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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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知り、


「まぁまぁそう悪いもんじゃないぜ?そりゃ奴隷なんざなりたくてなりたいもんじゃねぇけどな、俺らにとっちゃ安くあがる労働力だ。それに奴隷も奴隷で、大概は餌は与えられれるし着るもんも一応与えられる。見てくれが良かったり技術や頭がありゃあ重宝される。仕事も強制的に与えられてその代わり生かされる。働き口もなく飢え死にするよりはずっとマシだろ??」


私も、ステイルも、何度も外交で聞かされた意見だし教師からも習った。

そう、奴隷制度を実施している国は全部がただ自分以外の人間がどうでも良いから良しとしているわけじゃない。もちろん政治的目的や思想もあるけれど。

実際、確かにさっきの市場を見ても、そして今歩いている道も含めて私達が通って来た人通りの少ない道や路地にも我が国の下級層にいるような浮浪者は見なかった。仕事が見つからず貧困に喘ぐ浮浪者になるような人は奴隷になっているからだ。

勿論一概に浮浪者が全くいないわけではないだろうし、隣国のミスミ王国だって奴隷制度はあっても正規の手続きを踏まない奴隷調達は禁止されている。全部が浮浪者だったら誰でも人権無視で奴隷にするような制度というわけではない。……まぁ、そういうのを無視して人狩りするような連中が裏稼業の人身売買組織にいるのだけれども。


「しかし奴隷が全員生活の保障をされているわけではないだろう。主人の匙加減で食事も与えられず飢え死ぬことも、非道な仕打ちや扱いで殺されることもある」

そして死んだところで主人は罰せられることはない。

そう続けるセドリックは次第に案内のおじさんへ向けて足も早まっていった。完全に討論態勢の彼にヒヤヒヤする。

けど、彼の意見は私も最もだと思う。

奴隷はあくまで扱いとしては〝商品〟だ。所有者が〝壊した〟ところで罰せられるわけがない。生活を保障されて命も保証されて扱いも保証される奴隷制度の国なんて滅多にないだろう。だからこそ奴隷制度は非人道的制度とされているのだから。

セドリックの声の厚みに、案内役のおじさんは「堅いねぇ兄さん」と肩を竦めた。奴隷の扱いと現実は当然、この地に住んでいる彼の方がよくわかっている。


「んなもん結局は奴隷のねぇ国で行き倒れる下級層や浮浪者も同じだろ。こっちはそれを有効利用してるだけだ」

「しかしそういう者ばかりではないだろう?非道な手段で囚われた者も、国外から奴隷という存在にする為に強いられた者もいる。それに下級層や浮浪者とされる者も等しく人間だ。奴隷などという立場にせずとも、普通に労働の対価として生活を保障されれば」

「知らねぇよこっちは奴隷制の代表でもねぇんだ。奴隷無しでも今まで通りの生活が成り立つならなんでも良いぜ」

舌を回すごとに熱くなるセドリックの意見に、案内人はとうとう途中で投げた。……結局は、そこだ。


もうこういうやり取りも聞き飽きているのか、機嫌を傾けることもなければそれ以上話し合いの気もないといわんばかりにそのまま背中を向けてしまった。

その様子に、おじさんの背後に続いていたレオンはセドリックへ眉を垂らして気遣うように優しく笑いかけた。ヴァルはこちらは向かないけれど、頭をガシガシ掻きながら「うぜぇ」と溢すのがうっすら聞こえた。

元奴隷容認国ではあったアネモネ王国の王族であるレオンも、それに元裏稼業だったヴァルもきっとずっと昔からわかりきっていた〝常識〟なのだろう。


今でこそ奴隷撤廃がもう完成に近づいているアネモネ王国だって、もともと奴隷制度の中では良心的な制度だった方にも関わらずそれでも撤廃に時間がかかっている。それだけ奴隷は良くも悪くも、使う側には〝都合の良過ぎる〟存在だ。浸透していればそれだけ抜け出すことも難しい。

セドリックもその事実は既に理解はしているのだろう、ぐっと歯噛みしたまま下ろした拳を握るだけだった。

言い返してこないセドリックに、案内人も数メートルほど歩き進んだ後思い出したように「まあ向きになるなよ兄さん」と明るく投げかけた。


「そうはいってもまぁ治安がクソなことは否定できねぇけぜ?!奴隷狩りなんざ日常茶飯事だし、借金で首が回らなくなりゃあ一気にそっち側だ。今年は特に貧困街連中がどうにも荒れてやがっていけねぇ」

「貧困街??」

セドリックの聞き返しに、私も大きく瞬きをしてしまう。

貧困街……つまりは下級層みたいなものだ。ただ地域を指すというよりも、集落に近い。前世ならスラムとか呼ぶだろうか。お金がない貧困層で単独ではなく一丸となって生活しているグループ組織みたいなものだ。


けれど、ちょっとここで使われるのは引っ掛かる。ステイルだけでなく、これにはレオンも少し首を傾けていた。

奴隷制度の国でも、貧困街という集落は普通に存在する。けれどさっきの言い分だと、ここではそういう貧困層の人達はもれなく奴隷になっている治安のような口ぶりに聞こえたのに。

「どういうことですか」とレオンも今度は尋ねる中、おじさんは利き手でぐるりと自分の頭上で弧を書いた。


「奴隷商から逃げた元商品や地舐めても奴隷になんかなりたくねぇ貧困連中が盗みで生計立ててるんだよ。昔はそういう奴らもやらかしたらすぐ捕まって奴隷行きだったが、数年前から貧困街なんて呼べるくらいの組織ができて特にここ最近は力つけてきやがってよ」

なるほど。

おじさんの説明を聞きながらやっと今の状況が腑に落ちる。一般的には貧困街と呼ばれるの人達が全員犯罪組織というわけでない。けれど、この街ではどうやら軽犯罪組織といったところらしい。

さっき言っていた治安の悪さの理由も綺麗に当てはまる。案内を最初に渋っていたのもきっとこれが理由だろう。さっきの手の動きから察してもまさにこの辺が縄張りといったところだろうか。


おじさんの言葉の意味を悟った瞬間、最初から臨戦態勢だったハリソン副隊長を置いて他の近衛騎士達もピンと神経を張り巡らせたのが空気の感覚でわかった。

騎士達の張り詰めた糸にも気付かないまま続けるおじさんの話によると、今はその集団の犯罪活動が頻発しているらしい。


もともとケルメシアナサーカス団も規模の大きさや設営の関係もあって毎年同じような空き地広場で興行を行っているらしい。けれど今年は彼らが駐在し始めてから、運悪くその軽犯罪組織の縄張りがそのご近所さんに引っ越してきてしまったとか。

もちろん、偶然ではなくサーカス観衆目当てにわざと巣を張っている可能性が高く、実際に被害者も多発した。だからこそ誰もサーカスのテントにも安易に近付けなくなった。

本当ならサーカスがいつ開くのか、今年はどんな演目なのかと宣伝前から人が絶えないサーカステント周りが今は閑古鳥になっている。

お蔭でサーカスについての新しい情報も今まで以上に広まりにくい。今はサーカス側から何かしらの宣伝が触れ回れられるのを距離を取ったまま待っている状態らしい。


「むしろ連中の所為でサーカスの興行も遅れてるんじゃねぇかっていうもっぱらの噂だ」


サーカスの開催日時さえわかればその日は人がまとまって行き渡るようになるからこの辺も通りやすくなるんだが、と続けるおじさんに頷きつつ、……そんなに気長に待てないと思う。

既にサーカスの宣伝チラシが回っていてさえくれれば、こんな風に道案内を頼むことなく円滑に済んだのに。人通りのない道から段々と細い横道やパッと見は道があるのもわかりにくい通りを進んできて、本当にわかりにくい上に入り組んでいる。

こんな道を選んでサーカスに人が集まるのかしらと思ったけれど、おじさんが「本当なら大通りの道使えば単純なんだがそっちは今連中の仮住まいがすぐそこでよ」と溢したのが聞こえた。どうやらシンプルかつ近道は彼らに封鎖されているらしい。

ここを選んだのも、さっき言っていた人通りの多い道からの経由の所為もあるだろう。なるべく人通りの多い道優先したい気持ちは私もわかるから仕方がない。もうここまで入り組んで人通りのない道になると、あとは早々に抜けるに限る。

道の幅に合わせてずらずらと広々歩いていた私達も途中二人ずつの列になる。一番安全な道を選んだのだろうおじさんの「ここ抜ければテントも見える」という言葉を信じ、息苦しさを耐えながら先へ先へと進めば



「邪魔だどけ!!」



急に。文字通り声が降って来た。

反射的に見上げれば、壁の上から飛び降りたのだろう影がちょうど私の眼前になる位置へ降下するところだった。狭い上に敷き詰まった状態で、振って来た人間にできることは少ない。

慌てて下敷きにされないように後方へと地面を蹴ろうとすれば、殆ど同時むしろちょっと早いくらいにアーサーが私の腕を引っ張り込んでくれた。

振り返ったアラン隊長もレオンを庇うべく背中と腕で後退させる中、全員の素早い対応のお陰で人一人分開けられた空間へ着地したのは若い青年だった。深く帽子を被ってはいるけれど身体つきから男の子だとはわかる。


青年が着地の反動を殺す為に曲げた膝を伸ばす短い間に、今度はカラム隊長とエリック副隊長が私とセドリック、ステイルを庇うように前に出てくれる。途端に、あまりにも素早い対応に驚いたのか、さっきまで目の前に私が居た筈だと思っていただろう青年は「どけッ……?!」と言葉を途中で中途半端に詰まらせだした。

大きく背中が仰け反り、自分より背の高い騎士二人を見上げると今にも眼前にぶつけようとしていたのだろう肘の構えのままくるりと踵を返した。


舌打ちを鳴らした後は、私達とは正反対のアラン隊長が守るレオン達の方向へと駈け出す。

さっきまで怯んでいたのが嘘のように「邪魔だっつってんだろ!!」と怒鳴る彼は、……レオンの前に立つアラン隊長にまた少し怯み、それでも駆けた足のまま言葉に反してぐるりと迂回するように避けた。たぶんまた怒鳴る相手を間違えたと思ったのだろう。

レオンとその背後にいる案内人のおじさんとは反対側へと走り、そのまま壁と人の狭い隙間へ突っ込み今度こそ肘で相手の身体を押しのけるようにして勢いよくぶつけた。ドン、という勢いのある音の直後、青年はそのまま押しのけた先へと消え



「ッな⁈」



……よう、とした直前。青年が盛大に前方へダイブでもするように転倒した。

腕で庇うようにして顎を打ち付けずに済んだ青年だけど、次の瞬間には一番近くにいたアラン隊長により後ろ手で取り押さえられた。

腕が掴まれたことで、青年が握っていた革製の小袋がボトリと地面に落ちた。突然取り押さえられたことにジタバタと暴れる青年の前で、その小袋が褐色の指三本に摘み上げられる。


「なにすんだ!!おい!!離せクソ!!」

「あー-?人の懐に手ぇ突っ込んだ下手に言われたくねぇな」

……人選ミス。

その言葉が、最初に思い浮かんだ。レオンを守るアラン隊長を迂回して駆け込んだ青年が次の標的として選んだのだろう、彼に。

ヴァルを押しのけ消えようとした青年が転倒したのは偶然でもなんでもない。ヴァル本人がバレないように地面を一部操って青年の足を文字通り引っ掴んだからだ。そして、見事ヴァルのお金をスリ盗んだ現行犯はそのままアラン隊長に確保された……と。

多分、いつもの姿のヴァルなら狙われなかったんだろうなぁとこっそり思う。そして、青年に敢えてヴァルがスられにいってから足を引っ掛けたのだろうとも。


その証拠にお金を奪われた側のヴァルはご機嫌のニヤニヤ顔だ。

資金がずっしり詰まっているだろう小袋を手の中で遊ばせながら青年に見せつけている。恐らく隷属の契約がなければ懐に手を入られた時点で腕を掴み上げるなり返り討ちにしていたんじゃないかと思う。

スリの青年にとっては、どこにでも居そうな平凡な男性に見えても実際は凶悪な顔をした元裏稼業の大先輩だ。

アラン隊長に捕まって暴れる青年を見下ろす彼は、わざとらしくゆっくり懐に財布代わりの小袋を再び収めた。

レオンが道案内のおじさんに「彼がさっき話していた?」と貧困街の子か確認すれば、やはり思った通りの答えが返ってきた。

既にアラン隊長に捕まってなすすべもない青年相手に、おじさんはそれでも後退って、汗を顔中に滴らせて周囲へ目をぐるぐると見回す。


「な、なぁ兄さん達!!悪いことは言わねぇさっさとそのガキから離れとけ!仲間が絶対どこかで見てるぞ?!」


二話更新分、次の更新は来週月曜日になります。

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