Ⅲ29.越境侍女は闊歩する。
「ほぉ、似ている果物は見たことがあるが……これはこの地独特のものか?」
「ああまぁ……ほら!鼻を近づけてみろ兄ちゃん、甘い香りだろ?」
……。
「へぇ、子ども向けの玩具か。ただの紙筒に思えるけどどうやって遊ぶのかな?」
「ンなもん良い年して興味持ってんじゃねぇ」
「僕のじゃなくて君のところにだよ。ケメトは喜ぶんじゃないかい?」
…………。
「ほらほら!お兄さんも一口どうだい?そんな細くちゃすぐ倒れちまうぞ?うちのは栄養満点だから」
「いえ、俺はー……どうも。……アーサー、一口来い」
「何度カモんなってンだよ」
もう三度目だぞ、と。ステイルに差し出された串焼きへアーサーが呆れながら「あ」と口を開く。
毒見役として一口アーサーが貰うのに、なんだか私は顔が笑ってしまう。そうやっている間にも、またステイルの元へぐいぐいと他の露店のおば様おじ様が「これどうだい」と食べ物を差し出した。どさくさに紛れての毒じゃないかとカラム隊長が警戒してくれながらだけれど、今のところアーサーは全部美味しく食べてくれている。
むしろおじさまおばさまは「この辺も物騒だからスリに遭わないようにをつけろ」「古井戸も毒が放り込まれるから安易に飲んじゃ駄目よ」と親切な助言もくれる。
どうしようこの状況と振り返れば、視線の先では背後に控える憮然とした眼差しと目が合い、そしてすぐに逸らされた。……うん、知ってた。
市場に入ってから早速情報収集に露店に話しかけてみることになった私達だけれど、予想以上に難航している。いや、正確には難航というよりも〝盛り上がった〟という方が正しいかもしれない。
地図を一番精密に丸暗記しているセドリックの案内の元、街で一番大きな市場を選んだところ、まだ市場の手前にも関わらず思った以上に市場側の人達から絡まれた。
セドリックが果物屋さんで足を止めればそこでがっつりうちの果物美味しいよトークで捕まり、今も背後に控えるエリック副隊長がまるで保護者のような風格でその様子を見守っている。
セドリックも興味に釣られるのは簡単だけど、そこから「その名の果物は見たことがあるが、もっと柔らかく色合いも緑ではない筈だ。確かラジヤだけでなくこの大陸だけでも栽培輸出している国が……」と正攻法の知識を直接ぶつけるから果物屋さんの方が今はちょっと引き気味になっている。エリック副隊長も王弟相手に「それ騙し売りですよ」と言えない様子で唇を結んでいる。
セドリックからすればそんなバレる嘘で果物一つ騙して売りつけようとしているのが理解できないのもあるだろう。王族に騙し売りしようとする果物屋なんていないもの。
「ケルメシアナサーカス……?なんだアンタらそっち目当てか。てっきりミスミのオークションの方かと思ったよ」
「ご存じですか。実は友人がそこのサーカスに興味があって、噂だけでどこにあるのかも知らないんです。教えてもらえますか?」
ぴくっ?!と、思わず肩が上下し顔が風を切る。
見ればレオンが露天独特の子ども向けの玩具屋さん前で店の人から情報収集を始めてくれていた。流石レオン!
先ずはケルメシアナサーカスという団体名自体が通じたことに安堵する。ゲームでは間違いないけれど、プラデストみたいに名前が変わっていたらと言い訳を何個も考えていた。まぁ設定では何十年も続いたサーカスらしいし、大丈夫だろうとは思ったけれど!
早速の有力な情報にヴァルも少し店主さんへ首が伸びれば、おじさんもレオンよりヴァルへと逃げるように視線が動いた。攻略対象者への有力情報に私も思わずこの場で身構える。
レオンに尋ねられるまま、サーカスならこの街に来てる。移動型サーカスだからこの街にも年に一、二回しか滞在しない。国外にも出るから今回は運が良かったなと聞いて、ほっと息を吐く。ゲームだと追っ手が来るばかりだったからてっきり定住型のサーカスかもと思った。……いやでも、サーカス丸ごとの移動でよく攻略対象者達に追いついたわね⁇ゲーム都合⁇
「この時期はミスミの競売に向かう滞在者目当てに必ず戻ってくるんだよ。一か月ぐらい前からか?本当ならとっくに興行始めてて良いんだが、今年は遅くてよ。ま、いい加減始める頃じゃないか?」
人気があるからチケットの売り切れには気をつけろと。そう助言をくれるおじさんは、そのまま視線の先のヴァルへ「お子さんいるならこれはどうだい?」と今度は手を嵌める型のお人形を勧め出した。
当然、その人形に食いつくのもヴァルではなくレオンの方だ。顔を諌めて不快そうにするヴァルが首を引っ込める中、レオンは人形へ「可愛いな」と視線を合わせた。流れるように陳列された人形に目を奪われる。
子ども用の安物玩具に目を奪われる王子って、すごく貴重映像な気がする。レオンが乗り気になったのが予想外だったのか、店主のおじさんの方が背中を反らし気味になる。続けてレオンが思い出したように最初に手に取った紙筒玩具を手に取って尋ねれば、おじさんも使用用途を説明し始めた。
話が脱線したことにヴァルが苛々と歯を剥き出しにしながら「でぇ?サーカスの場所は」と用件を進ませようとする姿に、今だけはヴァルがレオンの保護者に見える。……お店のおじさんに無視されてそのまま玩具説明に殺気を零し始めたけれど。アラン隊長が一歩離れた位置でその様子にすごい笑ってる。
フィリップの特殊能力で姿も顔も変えた今、私達を王族と思わないことは勿論のこと普通にただの旅行客もしくは一般人として見られている。
本来なら王族相手だと畏まるか接待になるかの場合が多い民から普通に接されるのが、きっとセドリックもレオンも嬉しくて新鮮でたまらないのだろう。
特に顔立ちも目立つ二人だ。思い切り一般人としての買い物を楽しんでいるのがよくわかる。
王族であれば絶対に受けない得意口調の説明や嘘も交えた売り文句や常套句、押し売りと民としての買い物目線を楽しんでいるのは何よりだ。私の目から見ても、女性に見向きもされず通り過ぎられるレオンとセドリックはものすごく新鮮だった。
さっき路地に入る前にレオンへ悲鳴を上げてた女性も、今は普通に過ぎて隣の店で買い物をしているのがなんだか面白い。
情報収集も大事なのは前提だしそっちに集中して欲しい気持ちもあるけれど、のびのび楽しんでいるのを見るとちょっぴり羨ましくもなる。そう考えれば、さっきから良い香りしかしないステイルの方に視線が移る。お互いしか聞こえないように声を潜める。
「フィリップ様。私もいくつか貰っても良いかしら……?」
「……はい。……ただし、アーサーが食べてからでお願いします。カラム、さんも手伝って頂けますか?」
ちょっと目線をずらしている内に、またステイルの元に美味しそうな食べ物が集まっていた。
ステイル一人じゃ持ちきれず、アーサーも片腕がステイルの食べ物で塞がっている。野犬がちらちらと襲っては来ずともお零れ欲しさに集まってくる。
顔が姿が変わっても平均よりはずっと身長もあるステイルだけど、この面々の中では一番細い男性に見えたのもあるかもしれない。少なくとも健康を心配されるようなヒョロヒョロでは決してないのに。
周りの男に負けるなと言わんばかりに食べ物を差し出され且つ押し売りされて、ステイルも途中から抵抗するのを諦めたようだった。騒ぎを起こしたくないのもあるだろうけれど、最初は「結構です」「しつこい」「くどい」と断っていたステイルにそれでも負けず折れず「ひとつだけでも!」と食いついてくる商人に根負けしたようだった。
アーサーが何度か前に立って断ってくれても、そこで庇われるのがちょっと不服だった可能性もある。
今の姿のステイルにはガンガン商売トークの商人も、それ以上の高身長と騎士の威厳たっぷりのアーサーに睨まれたら去っていくのには、五分以上押し売りで付き纏われた以上にステイルの眉が寄っていた。
多分、フィリップに顔を変えて貰う時の注文を早々に後悔しているのだろう。男性としての矜持に響いているのは女の私でも見てわかる。
ステイルからの依頼にカラム隊長も迅速に料理の毒見を初めてくれたのを見守りながら、ステイルのポジションが羨ましい。私も商人さんに押し売りされてみたかった。
本来ならば女性である私にこそそういう「一個買ってくれよ」的な押し売りイベントの標的にされるべきなのに。今は目つきも悪くないし、目の色も一般的な茶色で茶髪にそばかすの素朴女性なのに!!……背後に佇んで常に警戒心を持って警護してくれているハリソン副隊長が見事に人除けになってくれていた。
一般の民にもヒリリと伝わる域での敵意も効果抜群だったのだろう。結果、私一人がまるでバリアでも敷かれているように市場の誰からも話しかけられなかった。
毒味を終えた食べ物を一つ頂きながら、なんだか呑気な気分になってしまっていることを自覚する。
「ケルメシアナサーカスについても、一応は聞けました。この街では有名なようですね。今は準備期間ですが興行もあると噂が立っているそうです。町外れだそうですが、道案内までは誰も」
店がある、少し入り組んでいるから、近付くのはちょっとと。ステイルに友好的だった人からガッツのある押し売りまで理由をつけてそこは断ったらしい。……なんだか嫌な予感がする。
沈んだ声で、それでもちきんと情報収集してくれたらしいステイルはそこで独特の香りがするラム肉へと齧り付いた。
今度はケルメシアナサーカスと名前も確定したし、街外れとわかっただけ幸いだ。「ありがとう」とお礼を言いつつ、こちらには策士ステイルも地図を完全記憶しているセドリックもいるのだからと彼へ視線を向ける。
「ならば十でどうだ?」
「馬鹿言うんじゃねぇよ兄さん。いって七だ七!」
「こちらは十名いる。七では割り切れない」
「セッ、……ダリオ様!!なにをなさっておられるのですか!!」
こら!と心の中で叫びながら、何やらお店のおじさんと交渉を始めちゃっているセドリックに声を上げる。
目の前にはさっき勧められていた果物がセドリックの前に七個積み上げらていた。腕を組みながらそれに対峙する彼は、明らかに今値切り交渉をやっている。ただでさえフリージアよりもこっちは物価が安いのに!!
串焼きを片手に怒鳴る私に、セドリックは片方の肩を揺らしてこちらに振り返る。けれど片手を顔の横で掲げるようにして返すだけのセドリックは、どうやら中断するつもりはないらしい。むしろ嬉々とした表情は大分楽しそうだ。果物屋で値切る王族なんて聞いたことがないのだけれど‼︎
それでも意思を持って止まらないセドリックに、一度止まり串焼きへ齧り付く。ばくん!と歯を立て串から抜けば肉汁が口いっぱいに広がった。……うん、美味しい。
どうやらセドリックは向こうからの果物のまとめ売り交渉に、更に数を上乗せしてくれと逆に迫り返したらしい。セドリックはレオンみたいに貿易に関わることはあまりなかった筈なのに、お兄様のランス国王から教わったのだろうか。いや、でもだからってその技術を実践するならもっと相応しい場所があると思うのだけれども。
「ならばどうだ?先ほど話していたサーカスの場所を紹介して欲しい。街の外れと言わず道案内までしてくれるなら十でその倍払おう」
「…………。う〜〜ん……だからよぉ、近付きたくねぇんだよ今は。サーカスは良いがあの辺は治安が腐ったっつってんだろ?」
「安全ならばこちらが責任を持って保証する」
おお!!?!
まさか突然のサーカスの話題にびっくりする。セドリックからの依頼に難しそうに腕を組んで考え込むおじさんは、ちらちらと自分の背後に立つ奥様らしい女性に目を向け出した。店番を頼むかまで検討してくれているのならあと一押しだ。
どうやらセドリックもただ果物屋さんと遊んでただけじゃなかったらしい。完全に観光モードだと思ってしまい申し訳ない。まだ民の誰とも会話らしい会話ができていない私と雲泥の差だ。
更にセドリックが「三倍ならどうだ」「安心しろ、彼らは腕が立つ」と一言ひと言揺さぶり値段を釣り上げ、さらにはエリック副隊長の肩を叩き示せばとうとう動いた。
わかった。と、仕方なさそうにしかめ面顔のまま、果物おじさんが十個の果物をセドリックの方へと積み上げ出した。
「兄ちゃん人が悪いなぁ。ほら行くぞ‼︎パッと行ってパッと帰るからな!」
「感謝する。ジャンヌ!この紳士がこの街一番のサーカスへ案内してくれるらしい!」
エリック副隊長が果物を両腕で抱える中、セドリックが懐に手を入れながらこちらに振り返る。物凄く頼もしい。
財布を取り出した後、一度引っ込め別の財布を取り出すセドリックは早速おじさんにラジヤの通貨で代金を手渡した。
セドリックからの呼びかけに私達も早足で集まる中、おじさんは大股で歩き出す。
結局、……悲しいくらい自分だけが棒立ちのまま役に立たず、私達は手掛かりを辿るべくセドリックの後へと続いた。
ステイルが手にした大量の食べ物とセドリックの果物を近衛騎士達の毒味のもと全員で分け合い、朝食を済ませることにした。




