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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
越境侍女と属州
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Ⅲ28.越境侍女は整える。


「人払いしてくれたことには感謝してやる。だがあんな派手な騒ぎを起こしてどうする?」

「あー?とっくに集めておいてよく言うぜ王子サマ」


声を低めるステイルにケッと吐き捨てるヴァルは、荷袋を肩に大股で私達の路地に入って来た。

さっきまでは近衛騎士達が両端に王族を挟む形で隠してくれていたけれど、ヴァルが路地に入り切ったところでその両端が地面から盛り上がった土壁で覆われた。かなり狭いけれど、壁に四方を囲われた状態だ。これで他の人の目に付くことはない。

蓋の空いた箱に閉じ込められた感覚は否めないけれど、今は一安心する。さっきの地鳴りの犯人もわかったところで近衛騎士達の警戒態勢も解けた。ハリソン副隊長だけが変わらず剣を構えているのが色々どきどきだけれども。何はともあれ、これで今回の極秘潜入の面々も全員揃った。


今回のラジヤでの潜入捜索、セドリック達と同じくらいの時期からヴァルも参入を決めてくれていた。

ただ、彼は私達と一緒に馬車での移動ではない。王族専属配達人って立場もあるしレオンとも飲み友達だし寧ろ一緒に馬車に乗って移動してくれて良かったのだけれど、ヴァルに却下された。

まぁ、彼の場合いずれにせよ二日に一度ケメトと接触しないといけない。昨日までゆっくりケメトとセフェクと会いつつフリージアで待機した彼は、今朝早々にステイルに瞬間移動で連れてきてもらった。そのまま街で先に待機して貰った。……私と同様、先んじてフィリップの特殊能力を四日は前から受けた状態で。


私や近衛騎士達の目にはいつも通りでしかない彼が映っているけれど、レオンやセドリックには完全に別人に映っているだろう。

身長や髪型は相変わらずだけれど、肌の色からして今は目立たないようにして貰っていた筈だもの。完全に周囲から遮断したところで深く被ったフードを外した彼の姿にレオンとセドリックがそれぞれ息を漏らすのが聞こえた。ちょっと盛り上がっている二人が羨ましい。


ステイルが問い質しながらのやり取り聞くところによると、早朝早速に瞬間移動された彼は暇をして一先ず水場に向かって川へ……で私達の騒ぎを聞きつけたらしい。もともとは私達の準備が終わり次第ステイルが連れてきてくれる予定だったけれど、先に見つかってしまった。

わかりやすい騒めきとついでにきゃあきゃあ声が聞こえたからかなりわかりやすかったと嫌味まで言われればもうぐうの音も出ない。むしろその上で命令無しなのに助けしてくれたのは本当にありがたい。彼が地鳴りや地割れで注意を引いてくれたから騒ぎに乗じてこうやって逃げられたのだから。

片手で額を抑えたステイルも、口を結んで唸っている。


「……非は認めよう助かった。早々に準備を整えたい。今からフィリップを連れてくるからもう少し壁の範囲を広げてくれ」

今のぎゅうぎゅう詰めじゃフィリップ一人入る間もない。ヴァルに重ねてお願いするからか、最初に一応の謝罪とお礼を絞り出した。

王族からの命令にヴァルもめんどくさそうな顔はするけれど、すぐに壁の範囲を広げてくれた。一度構築された土壁の内、路地奥のエリック副隊長側の一枚がそのままじわじわと後退していく。

もともと人通りが全くないから逃げ込んだし見られる心配はないと思うけれど、壁の向こうに巻き込まれる人がいないようにと少しひやひやしてしまう。壁が動く様子にセドリックも「おお……」と初めてヴァルの方から視線が動いた。レオンの方は未だちょっと笑った顔でヴァルを凝視したままだ。よっぽど今のヴァルの姿がイメージとかけ離れているらしい。


私は先に特殊能力を施して貰った後だから良くも悪くも特殊能力姿のヴァルの姿はわからない。

目立たず且つ我が国の配達人だとバレないよう、肌の色と凶悪な顔面だけなんとかしてくれとステイルがフィリップに注文していたのは知っているけれど。ヴァルも顔については「余計なお世話だ」と悪態ついていたけれど、特殊能力を施されることについては文句がないようだった。彼も彼でラジヤに入るのは警戒していたのだろう。

フィリップもヴァルに若干怖がりながらもステイルとヴァルの希望に応えてくれていた。


「なんか、やっぱり君はいつもの顔が合っているね。そっちの方が性格悪く見えるから」

「観光客目当てに絡まれるがな。それ以外は都合も良い」

ハッ、と。レオンのやんわりとした言葉にわざとらしく不快に見せる顔で笑うヴァルは、私の目では相変わらずだけどレオンの目には本当に性格悪に見えるんだろうなぁということはわかる。その表情にレオンがまた「うわぁ」と苦笑気味に眉を垂らしていた。


瞬間移動でステイルが一度消えてから、ものの数十秒でフィリップが一緒に現れた。

いつもの従者用の姿で現れた彼は、時間帯からきっと城で働き始めたところなのだろう。ステイルの表情が瞬間移動する前よりも少し険しいことから考えても、忙しい合間を縫ってくれたのかもしれない。

目の前に王族と騎士がずらっと敷き詰まっている図に、フィリップは視界が切り替わったこと以上に驚いた様子だった。大きく背中を反らしたかと思えば振り返った背後にも騎士も私もいるから二度びっくりしていた。

申し訳ありません、と前後両方に頭を下げて合図するフィリップにステイルが早速その背を叩いた。


「フィリップ。早速頼む。時間はいくらでも掛けて良いから注目を浴びないようにしてくれ」

「イイエとんでもございませんさくっと手早く完了させて頂きます。ジルベール宰相様に朝のお茶をお出しするところでしたので」

「だからゆっくり時間を掛けろといっている」

意味はあまりなく腕まくりするフィリップに、ステイルがむすりと顔を曇らせた。

どうやらフィリップはちょうどジルベール宰相のところに居たらしい。てっきりこの時間ならステイルの部屋か宮殿の清掃とかしているかなと思ったから少し以外だ。

数十秒ですぐ職場離脱できたのもジルベール宰相が快諾してくれたからかなと思う。そうなるとこの不機嫌顔は、知らないところで自分の専属従者であるフィリップがジルベール宰相と仲良しなのが気に食わないのかもしれない。

では早速殿下から。と、ステイルの肩に触れた途端、わかりやすくセドリックが目を大きく見開いた。私には変わらずの光景でも、セドリックの目にはみるみるうちに姿を変えていく光景だ。

私の時と同じように数秒で特殊能力を受け終えたステイルは、早速懐にこの為にだろう備えていた手鏡で顔を確認していた。ステイル本人にはきちんと変装用の自分の顔が確認できている。


「何かご希望があれば何なりとお申し付けください。可能な限りはお応えいたします」

続けてセドリック、そしてレオンと触れては同じ言葉でフィリップがリクエスト受付してくれる。

二人もやっぱり初めての変装がちょっと楽しいのか、セドリックは少し考えた後に、そしてレオンは即決で一つリクエストしていた。ちょっとレオンのリクエストの方はびっくりしたけれども。


これで全員お互いの顔は視認できるようになった。

ステイルから借りた手鏡をそれぞれ凝視し続ける横で、フィリップが「それでは私は」と壁際に背中をつけるほど下がり、顔を背け手で隠した。特殊能力をかけるのはそれとして、やっぱり前回のパーティーだけじゃセドリック達には慣れないんだなぁと思う。

顔が別人になったところで、全員がそれぞれ羽織っていたフードやローブを外す。この国に馴染む、王族が着ることはない庶民の服だ。

近衛騎士達は護衛のお忍び服でも変わらずローブで隠したままだけれど、私達は全員あくまで溶け込める格好に扮している。

騎士以外がそれぞれ脱いだローブを一枚一枚順番に皺が付かないように受け取り回収するフィリップは、ここでまた暫く離脱だ。


「フィリップ、本当にありがとう。また度々呼び出しちゃう時もあると思うけれどよろしくね」

「勿論です。今週は週末まで妹も帰ってこないので、深夜でもいつでもお呼び出し下さい」

「安心しろ。お前が城以外で人といる時は非常事態でもなければ呼び出さない」

手を振り、フィリップを見送ってから私達はとうとう路地から抜け出した。ヴァルの特殊能力を解かれ、入った道の通りへそのまま逆戻ることになる。ほとぼりも大分冷めたのかまた人が行き交っていたけれど、やっぱり地面のヒビが目立つ。


「ヴァル、地面もちきんと直しておいて下さい」

「チッ。別にこんなとこの地盤がどうなろうが良いじゃねぇか」

「ああ良かった。やっと〝ジャンヌ〟の声が聞けたな。ヴァルもやっぱりその姿の方が落ち着くよ」

舌打ちと同時に爪先で地面を突き、地面の亀裂を再補修するヴァルの隣にレオンが並ぶ。

滑らかな笑みでそのままヴァルの肩に腕を回せば、直後には「うぜぇ」と二度目の舌打ちが鳴らされた。レオンが腕だけで体重まではかけないからかそのまま無視だけれど、振り払われないのがレオンは嬉しそうだ。

レオンともこうして話すのは久々だなぁと私も嬉しくなり、やっと口を開けることに肩の力が抜ける。


「私も嬉しいわ。本当に今回は協力してくれてありがとう。ずっとお礼が言いたかったの。レ、……〝リオ〟」

「ジャンヌの為なら当然さ。それよりもその格好、凄く可愛いね。思わず二度見しちゃったよ」

滑らかに微笑むレオンに、ただでさえお忍び用の名前呼びが初で緊張するのに翡翠色の眼差しで見つめられてドキッとしてしまう。

そういえばこの格好で私の姿を見せるのは今が初めてなのだと思い出す。フィリップと特殊能力が共有されたから今はレオンとセドリックにもヴァルと私が正しく見えている。

真っ直ぐ誉めてくれる言葉にじんわり耳が熱くなりながら、改めて自分の髪を手櫛で整える。ステイルに私も鏡を借りれば良かった。

褒めてくれるのは嬉しいけれど、よく考えれば今は侍女の姿なんだし身嗜みもきちんとしないとだらしなく見えてしまう。


「ステ、……フィリップ殿。やはりアラン隊長達も顔を変えずで宜しかったのでしょうか。特にアーサー隊長は」

「言いたいことはわかるが問題ない。彼らは変装はしてもあくまで表向きも〝騎士〟だ。この顔が必要になる時もあり得る。それよりお前こそもう人の目を集めるなよ〝ダリオ〟」

セドリックの心配そうな声に顔を向ければ、早足で並ぶ彼にステイルが断った。

私はジャンヌ、ステイルはフィリップ、レオンはリオ、そしてセドリックはダリオ。レオンは略称に違い仮名にできたから良いけれど、セドリックは私達と同じくガラッと名前が違うから馴染むのが難しいなと思う。


変わらず近衛騎士達に守られながら、私達は情報収集の為に今度は人が多い市場へ向かうことにした。


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