Ⅲ27.越境侍女は歩き出す。
「まずは人影が少ない場所を探しましょう」
ステイルの言葉に、私は口を結んで頷いた。
早朝、レオンの宿で合流を果たした私達は人通りの少ない場所を選び移動を始めた。早朝になることはステイルが事前に特殊能力を使って伝えてくれていたけれど、それでも長旅でお疲れの筈のレオンは付き添いだった宰相に宿の留守を任せ、万全の体勢で迎えてくれた。むしろ朝食も軽く取ったとステイル達に話していたから、私達よりも早起きだったかもしれない。ステイルもステイルで早朝から動いてくれた。
太陽が充分に登り始めたところで身支度を終えた私は、欠伸を小さく噛み殺す。
昨晩は母上と同じ寝室だったから緊張でなかなか寝付けなかった。今まであまり気にしたことなかったけれど、寝息とか寝言とか母上に聞かれたらと思うと凄く悶々と考えてしまった。気を紛らわせるように今度は第四作目の攻略対象者について何かしら記憶を捻ったけれど、この地についたからといって何かしら思い出すこともまだなかった。……まぁ、当然だ。
ケルメシアナサーカスの手掛かりの可能性はあっても、ゲームの舞台はこの国じゃないのだから。むしろそうだったらもっと早く動けたかもしれない。少なくとも第三作目のレナードの過去編でもここの国名や属州名もなかった。
「あれ、こっちも結構人通りが増えてきたな。市場から離れたつもりだったんだけれど」
「少し先に行ったところに川があるので住民が多いのかもしれません。市場を避けるのであれば、一度戻って右の通りを使うべきかと」
「流石詳しいなセドリック王弟。昨日宿で地図を借りた成果か」
人の流れに視線を振るレオンに、見事地図を丸暗記してくれたらしいセドリックが的確にナビしてくれる。こういうのは流石セドリックだ。
感心しているステイルも、それに私もある程度の地形図なら覚えられるけれど、セドリックほど詳細かつ鮮明には無理だろう。地図を持参してくれている近衛騎士達が取り出すまでもなくの道案内だ。……今は、私が一番に持つべきなのかもしれないけれど。第一王子侍女役の私が。
今も三人の仲良し会話に私だけ入れないのが心苦しい。馬車での道中でもそうだったけれど、いろいろとお礼とかも言いたいのに口を動かせないのはなかなか辛い。
あとちょっと、もうちょっとしたら遠慮なく話せるから!と自分へ言い聞かせながら今は近衛騎士達と同じ頭まですっぽりフードで私一人は二重に正体を隠しつつ先へと進む。……の、だけれども。
「……。うん、流石にそろそろ危うくなってきたかな……」
ぼそり、と。そう最初に呟いたのはレオンだ。
じわじわとすれ違う人達の視線を感じながら、私はフードを深く被り直す。今は私なんかを見る人はいないとわかっていても汗がひんやり滲んでしまう。殆ど同時にアーサーがそっと「失礼します」と小声で私の肩から前へ腕を回して自分の影になるように引いてくれた。更にカラム隊長も目立たないように自然な動きでアーサーと一緒に私を挟む位置に並んで、アラン隊長とエリック副隊長も背後にしっかりと固めて立ってくれた。ハリソン副隊長も剣の柄に手を添えながら敵襲に備えてくれる。……敵、というかこれは。
「貴族?王族……?」
「絶対王族だろ?ミスミのオークション目的か……」
「ちょっとこっち!こっち‼︎ねっ?やっぱり……!」
「お前行ってこい!一人でも呼び込めば儲けもんだ」
「いや無理だろ…背後の連中、あれ護衛だろ⁇殺されたらどうする」
「きゃああ‼︎いまこっち見た‼︎」
「あの!あの金色のっ……」
恐るべし第一作目攻略対象者王子様。
王族の宿から出てきたレオン達は、社交界ですら黙っていても人目を引く彼らは当然のことながらここでも目立つ。騎士達と同じくローブですっぽり隠しているけれど、顔立ちや雰囲気も明らかに全てが一般的とは異なる。……まぁ、お陰でフードに侍女の私も目立たないで済むという策もあるのだけれども。
本来ならばこのまま人通りの少ない場所まで辿り着きたかった。けれど、予想外に人口多めになってきたからか、私達がずらずらと団体行動だからか段々と注目を浴びるようになってきた。これでも当初は騎士丸ごと一小隊くらいつれていけばと提案してくれた母親にお断りしての近衛騎士のごく少人数制なのに!
お金持ちを客にしたい商人から本当にただの一般人も誰もが彼らへ視線が奪われている。……特に。
「セドリック王弟。こんなところで人を沸かせるな。収拾がつかなくなるぞ」
「!も、申し訳ありませんステイル王子。つい……」
ほんっっとにこの子は。
心の中で唸りながら、今は顔を俯ける。この場で会話ができたら私からも今はファンサービスはしないでと言いたくなった。
注目に気付いてから、息を吸うような流れでセドリックは自分へ視線を向ける周囲へ微笑み掛けるし手を軽く振っていた。流石に話し掛けるまではしていない分自重の意識はあったのだろうけれども、周囲の視線に気付くイコール王族サービスというのがもう習慣なのだろう。
ハナズオでも民から人気だったし我が国でも来国早々民を沸かせ学校では毎日食堂に生徒を押し寄せさせた張本人だ。前世の言葉を使うならカリスマかアイドル根性の固まりと言っても良いかもしれない。
ステイルからの指摘でハッと顔色を変えて手を降ろしたけれども、それまでのほんの数秒で注目度は五割り増しだ。
「国に帰ったらティアラに言っておこう。お前はラジヤでも女性からの注目を集めるので大活躍だったと」
「?ありがとうございます……」
「セドリック王弟、今のは慌てるべきだと思うよ?」
ステイルの意地悪が届いていない。
ティアラに片思い中なのに女性に自分からちやほやされてるなんて言い付けちゃうぞと暗に言われているにも関わらず、多分この反応だとセドリックは純粋に活躍の部分しか受け取っていない。いや、それだけ疾しいところがないという意味では潔白この上ないのだけれども!
レオンもこれには少し苦笑気味だ。……そして、その苦笑の笑みすら女性を射止めるには充分の威力な笑顔だった。
黄色い悲鳴と共に真っ赤な顔に染め上がった女性が、飛び跳ねるし口を覆うし目がこぼれそうなほど丸くするで忙しい。その内また腰を抜かす人も現れるんじゃないかと思う。
注目を浴びれば浴びるだけ、呼水のように人の密集度が増していく。ステイルやアーサーだって攻略対象者だしすごく格好良いのに、この二人の注目度は段違いだなと改めて思う。色気最大値の妖艶王子にギラギライケメンは目立つなという方が難しい。
こんなことになるなら先に騎士の誰かに近くの宿を取ってもらってからそこに瞬間移動した方が良かったかしら。人通りのない場所なんてすぐ見つかると思ったのに。考えが甘かった。
段々と囲まれてきて、来た道をそのまま戻るのも難しくなってくる。ハリソン副隊長からじわじわ殺気が溢れ出すし他の近衛騎士達もここは強引にでも道を開けさせるべく少しずつ前に出始めたその時。
「……なにしてやがんだ、主」
バキャバキャバキャッ!!と。
地響きというより、地割れだろうか。突然何の前触れもなく揺れたと思えば、地面が次々と亀裂を作り出した。
地震国だった私の前世でもちょっとびっくりするだろうあまりに揺れの奇襲と、更には足元に亀裂が入るという不吉極まりない大災害感に誰もが声を上げて行方もわからず散開し出す。もうキラキラ王子に見惚れる場合じゃない。
当然ながら私達も私達で突然の異常に近衛騎士達が誰より早く護衛体制に構えてくれた。地面に亀裂が走り出した時点でこの場から撤退すべく別経路へ手を取られ背を押され誘導される。……まぁ、原因は七割がた確信付きで見当ついているけれど。
前方を見ればセドリックは目がまん丸でちらちら後方へ振り返るし、レオンに至ってはもう顔が笑ってる。ちょっと楽しそうにすら見える。
エリック副隊長が先導するように飛び出して人通りの少ない横道へセドリック達を守りつつ駆け、アラン隊長が人混みの流れが一番多い側へ移動してすれ違う人混みに肩をぶつけながらも王族全員の撤退経路を確保してくれる。先を走るセドリックとステイル、そしてレオンの間に立つ形でカラム隊長が全員が離れないように注意を払ってくれ、全員が最悪の事態も前提で避難誘導してくれる。アーサーが最後尾で剣を構えつつ首ごと震源地だろう方向へ振り返
「ッハリソンさん駄目です!!!今は離れねぇで下さい!!」
ぎょっとした目で、姿が見えないハリソン副隊長を声だけで呼び止めた。
いつの間にか消えていたハリソン副隊長だけど、アーサーの叫び一つで色々理解する。ひやりと冷たい汗が伝う中、ものの二秒程度で幸いにも今回はすぐに戻ってきてくれた。既に剥き出しにした刃の剣を手に、心なしかその表情がいつもよりも少し不満そうに眉が寄って見えた。
間違いなく元凶が〝どちらにせよ〟排除すべく動いたのだろうなぁと思いつつ、止めてくれたアーサーに感謝する。折角どさくさに紛れられそうなのにここでまたハリソン副隊長が路上戦闘になればまた別の注目を浴びてしまう。とにかく今は今度こそ人混みのない場所に隠れたい。
こちらに!と、少し道幅の狭そうな路地へ安全確認したエリック副隊長から次々と進み入っていく。
バタバタと騒ぎ出す大きな人の流れからなんとか避け、そこでやっと落ち着いた。埃っぽいけど人の視線はもう無い安全地帯にほっと胸を撫で下ろす。
何度かステイルが命令口調で狭い空に向かって声を上げたけれど、まだ地割れ騒動で騒がしくて聞こえないようだった。このまま進んでも良かったけれど、そうすると折角の合流機会も失ってしまう。仕方なく人影が減るのを待って暫く路地裏に身を潜め続けた。
今度はこそこそと声を顰めながら、ここはハリソン副隊長一人だけでも通りの方に出てもらって彼がいないか連れてきて貰おうかとステイルがカラム隊長と相談し始めた時。
「あー?なんでこんなとこに敷き詰まってやがる」
カタッ、と落ち着いた足取りで壁に一人の影が手を付いてこちらを覗き込んだ。
アーサーとハリソン副隊長越しに覗けば、そこにはやっぱり思った通りの彼がこちらを睨んでいた。一言反射的に言いたくなりながら、今はきちりと唇を結ぶ。
ステイルが代表として一言言い返す中、セドリックとレオンの方からの呟きも薄く私の耳に届いた。
「あちらがヴァル殿で……?」
「……取り敢えず、表情の作り方は一緒かな」
私達と違い、まだフィリップの特殊能力を受けていない二人の戸惑いが。