そして向き合う。
『俺はフリージアにまだ帰る気はねぇ。ここを出たらパパッと話を済ませて離してくれ』
『片付けることがあるからよ、それだけ終わらせたら合流ってことで良いだろ』
どこの人身売買と喧嘩するつもりかはわからないけれど、自分一人で大暴れしてその後にフリージア王国に捕まるでも保護でもされて亡命しようと!!
我が国で裁かれればどういう理由であろうとも奴隷にされることはない。もともと奴隷被害者を救出する為にジルベール宰相が頑張って考えた条約なのに、最ッ悪の悪用だ!というかそんなことできるわけないでしょう!!!
「ッふ、ふざけないでください!!そんなことをすればラジヤの地で奴隷墜ち以外の方法で罰せられるだけです!!」
あくまで我が国が禁止しているのは自国の民を〝奴隷〟にすることだけだ。この地で暴動起こして捕まればたとえフリージアの民であろうとも、今は奴隷ではない彼はこの地で裁かれるに決まっている。
犯罪者全てが奴隷になるわけではない。暴動なんて起こせば今度は処刑だってあり得るだろう。そうなったら私達フリージアは関与しない。フリージアの民だったらラジヤで何をやっても良いわけではない。
折角奴隷被害者の為に考えた条約と救済方法をふざけた扱いをするレオナルドに、気付けば声が上がってしまった。
そりゃあわかる!ラジヤの属州で、しかもつい最近できた法律を事細かく彼らが理解できているわけがないことは!!レオナルドが人身売買嫌いなのだって、何よりも嫌悪の対象だってことだってゲームの設定で知っている。でもだからって見逃せることにも限度がある!!
目立っちゃいけないのに思い切り声を上げてしまった私に、ステイル達が振り返る。怒りのあまり若干顔が赤くなってしまっているかもしれない。じんわりと額が濡れてきている。それでも、レオナルドの考え方は許せず下ろしたままの拳を握ってしまう。今が第一王女としてならまだ色々言ってやりたいくらいだ。どんな想いでジルベール宰相が考えたと思ってるの!!
私が怒鳴っても、レオナルドの顔色は大して変わらない。「なんだ」とつまらなそうに肩を竦めるだけだ。
「じゃあ明日の約束は無しだ。こっちはこっちで勝手にやるからお前らはさっさと報酬を連れて帰りな」
「そういうわけにはいきません!!」
さっきからそう言っているでしょう!!とそこまで叫びたい気持ちはぐっと我慢する。オスカーを連れ帰れと伏せて言ってくれるのは親切心だろうけれど、ことの深刻性を全くわかっていない。
肩で息をする私に、そこでステイルがそっと手を前に出して制した。これ以上目立つな、もあるけれど一番に「落ち着いて下さい」と言いたいのだろう。自分でも少し頭に血が昇ってしまった自覚はある。今は〝フィリップ様〟の指示に従おう。むむむと下唇を噛みながらもそこで意識的に黙秘する。
代わりにステイルが「騎士達も知った以上ここで見逃すわけにはいきません」と繰り返し説明してくれる。もうここまでくれば計画事件だ。未遂でも場合によっては逮捕案件でもある。
決行するというのなら、この場で騎士が正式に捕らえる。今度は衛兵に突き出されることになると、順序立てるステイルにそこでやっとレオナルドの眉が動いた。
「この場で取り止めを宣言したとしても、今回の計画について詳しく騎士達にお話頂くことになります。場合によってはこの場の人数以上の騎士が派遣されてくる場合も」
「良いぜかかって来い」
ステイルの言葉を、始めてレオナルドが上塗った。
低めた強い声色はもうその時点で敵意を含んでいた。今まで騒然としていた住民達まで声を漏らす。
ギラリと鋭い眼を光らせるレオナルドは手の平を上に指先をくいくいと動かした。
ステイルに向けてではない、騎士達にだ。明確な戦闘の意思に、ハリソン副隊長を始めとした全員が身構えた。
「止めれるもんなら止めてみな」
バサァッ、と。そこで視界が瞬いたように錯覚する。視界に映る彼は幻ではない、正真正銘の彼の姿だ。ゲームで描かれた彼の特殊能力がとうとう開かれた。
エルドから「待って下さい」という制止がレオナルドに向けてだろう途切れ途切れに聞こえたけれど、それもはためく音に掻き消される。風が吹き、思わず目を絞った。狭い視界の先ではレオナルドが悠然と笑っている。
その背中に、大きな翼を携えて。
白い、夜の闇でも月明かりひとつで輝いて見える純白の翼だ。こんな状況なのに、思わずその羽根に魅入ってしまう。バサリバサリと羽ばたく中で、彼は空中に停止するように綺麗に浮いていた。
翼の特殊能力。本人だけでなく、特殊能力者の羽は奴隷制のない国でも収集家がいるくらい稀少的価値が高い。レオナルドへの恨みを堪えてでも奴隷狩りや人身売買が彼を売るために殺せなかったのはその理由もある。
そして羽根を生やし鳥のように空を飛ぶこともできる彼こそが、貧困街を狙わせない抑止力そのものだ。
奴隷狩りであろうとも、彼を捕らえることすら難しい。彼はただ飛べるだけではないのだから。
ぐっと、腰の剣に私も手を伸ばす。戦闘態勢になった彼がここで暴れれば多かれ少なかれ貧困街に被害を出す。いや、それ以上に騒ぎにもなるだろう。ここは彼の手の内を知っている私がと前に出
─ら、れなかった。
「我々にお任せを」
トン、と胸の前で手で制したのは今度はステイルじゃない。カラム隊長だ。私とステイルにしか聞こえない声で潜ませて、視線は真っ直ぐに空中にいるレオナルドを見上げていた。
私達の背後から一歩前に出たカラム隊長に並ぶように、むしろ更に一歩前へとハリソン副隊長も前に出る。
……確かに、ここで私が出たら目立つどころの話ではなくなる。ただでさえ今は厳戒態勢で、私は他の誰よりも身の振りを考えないといけないのだと遅れて思い出す。掴み掛けていた剣の柄を、ゆっくりと手放した。こちらを目でちらりと確認したカラム隊長が小さく笑んだのが見えた。やっぱり、気付かれていた。
「アーサー、ロドニー、エリック。お前達はフィリップ様達の護衛だ決して気を抜くな。アラン、いけるな?」
「いけるいける」
カラム隊長からの素早い判断に、アラン隊長が手を上げながら軽い調子で返した。
アーサーが私達を守る為に傍に立つと同時に、アラン隊長がこちらに振り返ってニカッと歯を見せて笑ってくれた。その笑みだけで安心感がすごい。
思わず胸を両手で押さえて力が抜ければ、ドンと背中が何かにぶつかった。振り返ればさっきまで最後方にいたヴァルがすぐ背後にまで来ていた。さっきまでハリソン副隊長達がいた場所にまで前進してきてくれたらしい。
更にエリック副隊長がステイルの隣に立って、騎士三人が前に出ても変わらず強固に守って貰えていると全身で感じる。
「あまり痛めつけず、迅速にだ。騒ぎになれば衛兵が来る」
「取り敢えず俺が~……じゃなくて、ハリソンか。ハリソン、絶対殺すなよ??」
「何故だ」
……最後だけ若干不吉な気がしつつ、それでも落ち着き払っている騎士隊長格三人に私も少し緊張感が解ける。
何人でもと、明言した通りこちらの出方をご親切に見下ろして待ってくれているレオナルドの前で打ち合わす彼らが負けるとは私も思わない。翼の特殊能力者自体は珍しい方ではあるけれど、騎士団にも在籍がいる。彼らにとっても恐るべき相手ではないだろう。…………ただ、彼は。
「ジャンヌ?」
ぐっ、と奥歯を噛んだまま二歩だけ前に出る。
ステイルに呼びかけられるのも構わず、今は剣ではなく目の前に立ってくれた彼らへ手を伸ばす。レオナルドに集中していたからか、ぱしりと彼らの裾を掴むことができた。瞬間、掴んでいないハリソン副隊長が殺気を出して振りむいたけれど、私だとわかったらすぐに止まってくれた。袖を掴まれた張本人であるアラン隊長とカラム隊長も目を丸くしてこちらに振り向いてくれる中、私は前のめりに首を伸ばし、彼らに顔を近付ける。
「……彼は、見たとおり翼の特殊能力者です。ですが通常の翼の特殊能力者とは違います」
彼らに託す。その為にも私が知っているだけのレオナルドの情報を伝える。〝予知〟と言わずともすぐに彼らもわかってくれたように口を結びこちらに姿勢ごと傾けてくれた。
騎士団にも、翼の特殊能力者はいる。ただ、それを前提にしてもいけない。彼はただの特殊能力者ではない。第四作目の攻略対象者だ。翼の美しさとただ飛べるだけなわけがない。
「長時間、……ほぼ無制限に飛行が可能です。空中で動きや体勢を自在に変えることもでき、翼そのものは剣も銃弾も通さず、鉄のように強固です」
一般的に、翼の特殊能力者にはできない筈の数々に、アラン隊長達も僅かに肩が上がるのがわかった。騎士団に所属の特殊能力者にもきっと不可能だろう。
翼の特殊能力者は空を飛べるし、移動もできる。騎士団でも先行部隊に含まれるほどの移動力だ。ただし、一般的には体力も消耗するから長時間の移動には向かない。飛んだり特攻はできるけれど、あくまで鳥と同程度かそれ以下の範疇だ。けれど、レオナルドはそうではない。時間制限なんてなくずっと空に浮いて飛び続けるし、しかもただの羽根ではなく攻撃防御にまで適している。ゲームでも剣や銃弾を跳ね返していた。この世界に生きている今ははっきりとわかる。彼の特殊能力はチートと呼べるほど特別だ。
「羽一本一本や翼の付け根であれば攻撃も可能でしょうが、できることなら羽根を傷つけることなく確保してあげてください
強固な翼の弱点を伝えながら無茶なことを言っていると自分でもわかる。だからこそ私がやりたかった。少し弱い声になりながら、それでもこれだけはお願いする。
彼が戦闘の意思を見せる以上、こちらも手荒に対処するしかない。まずは確保して、事情をきちんと聞いてから彼を逮捕するかを決める。今はまず、彼に不用意な犯罪をさせないように止めたい。
お願いします。と、言葉を重ねる私に三人とも一声で返してくれた。一礼をくれるハリソン副隊長も、「お任せを」と自分の胸に手を置いて示してくれるカラム隊長も、なんでもないように手を振って笑ってくれるアラン隊長もそれだけで大丈夫だと思える。
そう、大丈夫だ。
彼ら一人でも、きっとレオナルドを無力化することはできる。そして三人ならきっと、被害も最小限に最短で彼を止められる。たとえ相手がゲームの攻略対象者であろうとも、彼らは我が国の誇る騎士だ。
そっと掴んでいた裾を離し、一歩ずつ後退する。彼らの邪魔にならないように、ステイル達も一緒に後退してくれた。いつの間にか私の隣にまで進んでくれていたのだと今気付く。
攻略対象者対、近衛騎士三名。
その決着は迅速でそして圧倒的だった。
貧困街が、揺れるほど。




