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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
来襲侍女と襲来

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Ⅲ254.騎士隊長は整理し、


「そういやカラムの方はどうだったんだ?」

「大したことはない。クリストファー団長に挨拶を済ませ、代金を支払っただけだ」


アランと私の会話に、プライド様が椅子から振り返られる。

王族の住まう宿に、ステイル様の瞬間移動で帰還してから今はプライド様も広間の椅子に腰を下ろしておられた。エリックやアーサーも興味深そうにこちらに視線を向けていることは視界に入らずとも感じる。


サーカス団を後にしてから貧困街へ向かう道中でプライド様と合流したが、その後は私の報告事項よりもプライド様の状況が大きく変わられたことの情報共有で道中の時間を費やした。護衛しつつ近衛騎士同士で一区切りついたのも宿に到着した後だ。

まさかサーカスへ挨拶を行っている間にここまで大きく事態が急変しているとは思わなかった。サーカス団を後にしてから、貧困街ではなく既に市場の方に向かっておられる可能性すら想定したから余計にだ。移動していたどころか、初手の貧困街で予知した民へ一度に二名に足を掛けられることになるとは、流石のステイル様ですら想定できなかっただろう。


中継地点の宿で、プライド様の口から改めて予知で見たという民のうち二名確認できたことと、今後の方針については確認できた。

お陰で今は私も落ち着いて行動を考えられるが、未だにあの短時間でそこまで情報を得たことが信じられない気持ちもある。しかも両方があのエルヴィンとホーマー元王子の所属する貧困街絡みだ。


「また結構引き留められたんじゃねぇの?あと、ノアのこととか」

「ノア先生のことは、表向き外出のままだからな。件の保釈金は無事届けたが、団長も他の団員達の目があった」

団長室テントにも誘われたが、そこは断った。なるべく早々にプライド様の方へ合流する為にも、対面で腰を落ち着けるのは避けたかった。

きっと団長も本音を言えばまだ先生についても話したいことは多かっただろう。

むしろアランの言う通り勧誘の方が凄まじかった。既に何度も何度も断った後だというのに、私だけではなく「アランは」「ジャンヌは」「フィリップは」「アーサーは」とサーカス団に誰か一人でも心が傾いている者はいないかと尋ねられた。あくまで今日は別れの挨拶に訪れたのであり、フィリップ様達は多忙な為今回の件で世話になった礼だけ改めて総意として伝えに来たと重ねた。

それでも「いつでも戻ってきていいぞ!」「君達の席はどれも空いている!」と至近距離で喉を張られた。……私達よりも遙かに関係の長いであろうノアが、結果としては我々がきっかけで衛兵に連れて行かれたというのに変わらないあの友好的な態度は逆に少し肩が強張った。

初対面の時もそうだったが、団長は気の持ち直しに関しては異常に早いと思う。アランよりも切替の早い人間は珍しい。勿論、逮捕の件に関しては悪いのはどう考えてもノア・シュバルツだが。

正直、あのサーカス団での潜入期間がなければ彼を「先生」と呼べる心境にはならなかっただろうと自覚がある。それまでが団員想いで物腰の柔らかい、どちらかというと苦労人にも思えたから好感を持っていたが、やはりプライド様にあの仕打ちは許せるものではない。団員や仲間や女性という枠組みも超えて人に対して犯してはならない領域だ。


「寧ろ団長よりもアンジェリカさん達に見つかってしまい……」

「お前本当すぐ懐かれるよな」

ぶはっ、と話途中でアランに笑い飛ばされる。

いやアンジェリカさんだけではなく他の団員達にもなのだがと団員の名前を連ねれば「そういうとこそういうとこ」とまた笑われる。しかしあれは私を慕って会いに来てくれたというよりも団長の騒ぎ声に引きつけられてのことだと思う。

団長に会う前にも団員達には会ったが、「また来たか」程度の扱いだった。脱退してからも連続で顔を出しているのだから当然の反応だ。団長が「私のテントに寄っていってくれ!」と言うのを断り、去ろうとしたところでアンジェリカさんに……恐らくは団長に会いにきたのだろうアンジェリカさんに見つかった。

アンジェリカさんから「ジャンヌちゃんは~?」に始まり早朝に発つのでと挨拶に代表で私一人が来たのだと告げれば、何故全員で来ないのだと苦言を受けた。アンジェリカさんが騒げば途中でレラさんと動物三匹を引き連れたオリウィエルが聞きつけた。彼女もサーカス団でレラさんのお陰もあり、顔色も良く安定した様子を確認できたのは良かったが。


団長からも見かねられ「仕方ない」と助け船を受けても、なかなかアンジェリカさんはめげなかった。彼女の目的を達成する為の諦めない精神は尊敬に値するが、正直見つかってしまった時点で「しまった」と思った。もうああなる事態は彼女に会った時点で目に見えていた。

しまいには彼女の騒ぎ声を聞きつけたアレスさんまで怒鳴り込んできて、気付けば完全に渦中に立っていた。

眉間を指で押さえながら説明する私に、アランもわははと笑い出す。そういうアランの方が同じ状況になったら私よりも苦労した分際でと喉の手前まで出かかった。睨みつければ、すぐに意図もくみ取ったのか「わりぃ」と笑いながら肩を叩かれる。


「お陰でサーカスの方も一区切りついたから良かったじゃんか」

「ええ、アラン隊長の仰る通りだと思います。団長には先生のことでもご心労をかけましたし、サーカス団の方になにも挨拶できないのも心残りだったので……本当にカラム隊長が挨拶を代理してくださって助かりました」

アランの言葉に、とうとうプライド様までもが両手を合わせた笑みで労って下さる。これには私も頭を下げずにはいられない。

プライド様がそれで一つでも心が軽くなって下さったのならば良かったとも思う。ここ近日で、プライド様はあまりにも負荷が掛かりすぎている。少しでもその荷を軽くする手伝いをさせて頂けるのならば望むところでもある。


私の労いの為とはいえ、笑みを浮かべてくださるプライド様の顔色は安定しておられた。

笑みに強ばりもなく、昨日と比べても現状は力が抜けておられるように感じる。緊急事態であることは変わらないが、やはり昨日と比べれば今は打開が目に見えている分プライド様としても先は明るいのだろう。アーサーとエリック、温度感知として配属されたロドニーからも労いの礼を受け、最後に前髪を払った。


宿の奥から騎士ではない影が、姿を現した。レオン王子、そしてセドリック王弟だ。

お二人とも今日は情報整理と推測に努めて下さるとのお話しだったからちょうどご一緒だったのだろう。大勢の騎士を護衛に引き連れながらこちらに歩み寄るお二人は揃って目を丸くしておられた。

レオン、セドリック、と。プライド様がほっとしたような笑みで小さく手を振れば、顔の筋肉が張り詰めている様子だった二人も、ゆるやかに力が抜けていくのが距離が空いているうちからわかった。


「プライド、どうしたんだい?何かあったのかい」

「予定より随分早かったではないか。ステイル王子が見えないが……?まさかっ」

「!いいえ違うわ。ステイルも無事よ、心配しないで」

この場にいない人物に気づき、早々に顔を青ざめられたセドリック王弟にプライド様が今度は両手を振られた。今、この場にはステイル様だけがおられない。

ヴァルは瞬間移動されたところで今は荷袋を下ろして壁際に寄り掛かっているが、ステイル様のお姿はこの場をいくら見回しても見つかりはしないだろう。私達を瞬間移動されて一番早く次の行動をとられた御方だ。


プライド様は今も侍女の格好で腰を下ろしておられるが、ステイル様は着替えの為に一度部屋に戻られていた。

予定より早い帰還の理由をプライド様が説明されようとする中、私からと挙手をすればエリックと重なった。ここは私よりも現場にいて詳しい彼に説明役を任せることにする。私もその方が改めて状況の詳細も確認できる。


玄関に近い広間の為、声を潜めたエリックの口から貧困街のことが語られれば、セドリック王弟がごくりと喉を鳴らされた。ちらりと焔のような瞳がレオン王子に向くが、むしろレオン王子の方が目は丸いが落ち着いておられる。

貧困街、という言葉だけならばまだしもその実はレオン王子にとってもアネモネ王国にとっても因縁深い人物だ。エリックなりに言葉に配慮は含まれていたが、その〝オスカー〟という人物が、貧困街に処刑されかけていたところをプライド様が止めたと聞けば私も奥歯をぐっと噛んでしまう。井戸に毒を盛ったといえば怒りは当然だが、彼が毒の特殊能力者であるというプライド様の予知を聞いた後では全く別の話に聞こえる。

被害者も遺族にも罪はなく、しかし今辛い立場なのはオスカー本人だろう。……そして、その事実を知った上で彼に報復することを強く望んだのはエルド、元第二王子のエルヴィンだ。

レオン王子も、流石に表情を変えられていた。ハァ……と頭を重そうに押さえながら俯き息を吐かれれば、表情もわからない。隣に並ぶセドリック王弟は男性的に整った顔立ちを険しくしている。

以前からセドリック王弟にとってエルド達はあまりにも水と油の関係に思える。しかし今の感情は恐らく怒りよりも困惑と驚愕も強いだろう。我々の中でも貧困街に自ら足を運んでくださっていた数も多いセドリック王弟だ。


「まさかそのようなことがあったとは……。すまない、プライド。俺がもっと早く気付ければこのような事態にはならなかった」

「!いいえ、そんなことないわ。私だって何度も足を運んでいたのに初めて気付いたもの。恐らくエルド……貧困街全体で隠していたのだと思うわ。その前首領の不在を知られるのは彼らにとっても命がかかっていたから」

命?と、大きく瞬きをするセドリック王弟の言葉と共にレオン王子も少し顔が上がる。

エリックから、貧困街の首領がまたプライド様の予知した民であったことと、更には現在奴隷収容所に捕らえられていることを続けられれば、これにはセドリック王弟も口が開いたまま閉じられない様子だった。

顔を完全に上げられたレオン王子の表情も両眉が上がったまま「二人もかい?」と尋ねられる。


無理もない、私も聞いた時は耳を疑った。一名であれば、もしくは事件に二つ巻き込まれたのであればわかるが、一度に二人も予知した民の手がかりに踏み入ったのだから。

その為にエルドと交渉し、これから奴隷収容所にと。そう説明が語りきられてもお二人からの質問は途切れなかった。

本当に貧困街は約束を守るのか、そのレオナルドという人物は貧困街元首領ならば危険人物なのではないのかと、……着替えを終えたステイル様が合流されるまで続いた。


宿に瞬間移動してから引き連れた護衛の騎士と共に訪れたステイル様は、商人の衣装から一転し、いつもの馴染みがある王子の姿に今はネイトの発明も首まで下ろしておられた。


「お待たせしました姉君。先ほど僕の方に返事が来ました。母上達も今からお時間を空けて下さるそうです」


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