Ⅲ251.来襲侍女は息を飲み、
「何故お前が……!!」
絞り出すような声と共にエルドは歯を食い縛る。見開いた目の先は、フィリップという商人にでもなく騎士でもない、部外者の侍女に向けられていた。
貧困街の誰かが漏らしたのかとも考えるが、今までそんなことを悟られた素振りもなかった。たった今自分が語った〝首領〟の存在も知らなかった彼女達が突然そんな名前を出せるわけがない。
しかし、今侍女の口から放たれたその名は他の誰でもない自分達が知るレオナルドを指しているのだとそれだけは確かだった。
エルドに鋭い眼光で睨まれ、プライドも我に返り唇を結ぶ。今自分達が知っている筈がない名前を口にしてしまったと省みるが、しかしここで口にしなければ確証も得られなかった。
先ほどまでの激情から驚愕へと色を変えたエルドを見ながらそう思う。
ふらついていたプライドの肩を支えるアランも軽く首の向きを変えて彼女の顔色を覗く。
プライドの異変に気付いたステイル達も、彼女の表情を見ればまさかと過った。今まで、彼女が知らない筈の名を語るのはどんな時かなど思い返すまでもない。エルドに視線が刺さったままのプライドから、ステイル達は互いに視線を配り合う。「おい!!」と声を荒げるエルドもエリックに羽交い締めされたまま主張するが、返事はまだ誰からもなかった。
プライド自身、まだ名前から蔓状に今頭に記憶が戻り巡っている最中だ。全てを思い出せたわけでもない。
ふらりふらりと、オスカーに続いて襲ってきた新たな攻略対象者の記憶にアランに支えられたまま更に重心を預け、半分寄り掛かってしまう。自分で立とうと思うが、視線はエルドに刺さったまま動かず思考があまりにも情報の濁流で一瞬すら気を散らせなかった。一つ一つ記憶の箱を空ける度に、レナード、レオナルドと何度も名前を反復してしまう。
何故よりにもよって第三作目の攻略対象者に近いこの存在を思い出せなかったのかと何度も考える。レナードと接点のある攻略対象者、名前まで近ければ余計思い出せていても良かったのにと思う。しかし、もうこの世界で長く生きてきたプライドにとってはレナードもレオナルドも珍しい名ではない。むしろ聞き馴染みのある一般的な名前だ。
予知したばかりなのであろうプライドが話せる状態ではないことに、ステイルも彼女へ問うのを少し待つ。今の彼女は王女ではなく、侍女だ。
あくまでこの場の決定権があるのは主人である自分であると振る舞うべく口の中を飲み込んだ。今も変わらず怒号を上げる首領へと向き直る。
「レオナルド。それが本当の首領の名ですか。失ったと仰いましたが、今その首領はどこに?」
「アァ?!本当の?!今の首領はこの俺だ!!アイツはっ……ッおい!!いい加減にその手を離」
「今、彼は、どこに。……それにお答え頂けるのならば放してもらいましょう」
クソッ!!と歯を鳴らし、そして吐き捨てる。裏を返せば話すまで羽交い締めにされたままだと告げるステイルの言葉にエルドも一度激しく暴れた後、脱力するのように諦めた。
フリージアの化物騎士相手にやはり力尽くで振り払うことは不可能なのだと再確認してから、乱れた息を整える。
何度も何度も自分達の現状を話したところで、しつこく毒の主犯を弁護し和解に持ち込もうとする商人達に思わず本音が漏れてしまった。
しかしあの癖のある侍女がレオナルドのことを知っているのならば、自分も彼らをこのまま何も聞かずに返すわけにもいかない。少しでも可能性に繋がるかもしれない以上、情報は多い方が良い。
自由な状態の首だけをぐるりと回し、周囲にまだ貧困街の人間は誰も覗いていないことを確認する。箝口令を敷いていたこの状況で、自分が吐かされたなど立場としても知られるわけにはいかない。「あの侍女からも聞けるんだろうな」とフィリップへ睨みながら声を抑え低めれば、にこりと社交的な笑みが返された。肯定にも否定にも取れる返事に、エルドは一度顔ごと背ける。
至近距離でないと聞こえない声量で「わかった」と短く告げれば、そこでステイルもエリックへ許可を示し頷いてみせた。ステイルからの許可に、エリックも一度ゆっくりと手を放す。
合わせるようにアーサーがステイルの隣にまで並んだ。ステイルがエルドに害を受けるような中途半端な実力者ではないことは誰よりも知っているが、あくまで今は商人とそして護衛の騎士だ。逆にステイルがうっかり報復をやりすぎる可能性もある。
エリックの手から自由にされ、エルドは乱暴に肘でエリックを突き飛ばすようにして離れる。一歩分、ステイルにまた距離を近付いたところで、ぱしぱしとエリックに触れられた服を手で叩いてみせた。無礼者、と。その言葉が声には出さずとも、習慣的に口が動く。
「……今は、奴隷収容所にいる。もう二度と戻ってこねぇ」
「ッ収容所?!!」
エルドの言葉に、思わずプライドの声が甲高く響いた。
ステイルも額に手を当て、アーサーは顎が外れ、エリックは顔が引き攣った。アランも自分の足に力が入ったプライドの肩を支えながら口の端がヒクついた。うわぁ、とその感情をそのままに今は発言だけ控える。無反応なのはハリソンだけだ。
一番離れた場所にいたヴァルも、プライドの叫んだ言葉を拾い片眉を上げた。嫌な予感しかしないと、早くも顔が歪む。
奴隷収容所。その存在がこの地にあることはプライド達も把握している。奴隷を安値で気軽に売り買いする奴隷市場、高級品を含めたきちんと商品保証のついた奴隷を品揃えしている奴隷店、そして奴隷と〝なる〟人間をいちから奴隷として教育調教、時には洗脳も施し奴隷商人等売買先へと卸す奴隷収容所。
その中でも一番規模の大手奴隷収容所だと投げるような口調で続けるエルドの言葉に、それだけでプライドは目眩を覚えた。まさかそっちかと、思えば今日一日捜索に費やしてもレオナルドを見つけられたかはわからないと思う。
─ てっきりケルメシアナサーカスが買えるような店で売られていると思ったのに!!!
「奴隷……として、どういう扱いかはわかっているか?」
「テメェらが知ってることを知らねぇと思うな。……首領が特殊能力持ちなのは、貧困街連中全員が知っている」
よくも自分の首領と同じ特殊能力者を昔と変わらず見下せたな???と、ステイルはその言葉を理性で飲み込んだ。
無表情を意識しながらも瞼が痙攣し、感情に表情が反映しない昔が急激に懐かしくなる。しかしそんな葛藤の最中にも、敢えて平然とした振る舞いで服を払い続けるエルドから「化物だ」と続けて断じられた。
首領にもまさかその態度だったのか、それとも不在になった今だからの本音かと、また別の疑問が浮かぶが今は置く。この地で一番大規模かつ大手な奴隷収容所はと、昨晩も確かめたこの地の地図を思い出す。そこであろう奴隷収容所のある方角に自然と目が向いた。
プライドから話を聞きたいが、時間の短縮の為にも向かいながら聞くべきだろうかと考える。
ステイルが急に静かになったことに、横目で睨みながらエルドは息を吐く。どういう理由で彼らがレオナルドを探しているのかはわからない。しかし、彼に会うことは難しいことも自分はよく知っている。
「知ってるだろうが、奴隷商と同じく奴隷収容所もこの国じゃ合法だ。近頃はフリージアの売買が禁じられてるそうだが、そんなの表向きだ。卸先もお前ら如きじゃ手が届かない」
自分達貧困街へのように力尽くで乗り込むことなど不可能だと。まずはその可能性を自らの口で潰していく。貧困街のような不法組織とは違う、市場の非合法奴隷商人とも違う。国で運営を認められた組織管理の店だ。捕らえられている本人を救出するどころか、会うことすらも店の許可を取らずに行えば裁かれるのは自分達だ。
大手として護衛や自衛の為に人狩りを大勢雇い入れていることも言ってやろうかと思ったが、そこは噤んだ。そんなのは、目の前にいるフリージアジア王国の化物騎士の手でどうとでもなることはエルドもよくわかっている。今彼らを縛るのは力ではなく法律だということも。
フンと鼻を鳴らし、顎を上向きに腕を組む。奴隷収容所の中でも大手として権利を持つそこは、客も一般人ではなく全て大手の契約した奴隷商だけだとそう続けながら首を振る。
「会いたいなら遅かったな。上級品として卸し先も決まった後だ。捨て値でもお前らが俺達に支払った額の十倍はくだらねぇだろうな」
「随分と冷静ですね。そこまで情報を入手したということは、取り返すという道も考えていたのではありませんか」
淡々と告げるエルドに合わせるように、平坦な声で言い返すステイルはそこで眼鏡の縁に触れようとして指先がゴーグルにぶつかった。今は眼鏡ではないのだと思い出しながら、代わりにゴーグルの縁に指を添える。
どれほど冷たく突き放した言い方をしようとも、本人がその情報を持っているだけで充分な判断材料だった。更には自分の言葉にエルドが苦々しく顔を歪めればもうそれは確証だ。
貧困街の男達が、一定の収入をセドリックにより支払われた後も尚出払っていた理由が井戸の犯人だけではなかったらしいと頭の中で結論付ける。どういう経緯であれ、売られた先さえわかればそこからは張り付き情報を探るだけだ。収容所には入れずとも、そこを行き交いする商人達の会話ならばいくらでも途中で盗み聞く機会はある。人海戦術を使えば素人でも難しいことではない。
上級品、ということは恐らく特殊能力者であることも収容所にはバレているのだろうと考える。十倍はくだらないという値段に、ステイルはならば卸した後に商品棚に並べられる時にはその更に数倍の額には及ぶだろうと計算する。先ほど、自分達に金で解決するならばと値段をふっかけたのも突き放すだけでなく、本音もまじっていたのだろうとそこまで想像できた。
値段を知っているのは〝支払う〟という意思があった証拠だ。
顔を歪めたエルドは一度奥歯を噛み締め、それから肩で息を吸う。何を言っても自分以上に平然と返してくるフィリップを煩わしく思いながらも、今は自分も平静を保たねば下に落ちる。




