そして挨拶する。
「どうも、レオン第一王子殿下。セドリック王弟、お前も一緒か?」
護衛の壁越しに聞こえる二人の話し声に、姿は見えずとも見当をつけたステイルは呼びかける。
直後には、まだ数メートル離れているにも関わらず振り返った騎士達がステイルの姿を通すように左右へ別れた。
護衛の向こうから、互いに相対していたレオンとセドリックが丸い目でそこに居た。最初に目を合わせたのはステイル、そして次の注目するのは当然侍女である。
どうもステイル王子、アラン騎士隊長殿、エリック副騎士隊長殿も。とレオンとセドリックそれぞれが挨拶を彼らに返す中、侍女の存在を静かに受け流す。
護衛であると同時に誇り高き騎士である彼らには挨拶しても、侍女へわざわざ声を掛けるのも意識を向けることもない。しかし、二人揃って視界の中にはしっかりと高身長の侍女が捕らえられていた。
その佇まいと何よりステイルや傍に立つ近衛騎士の様子から見ても間違いなくプライドだと、レオンとセドリックも頭では理解しつつ表情には出さない。ステイルが挨拶で礼をするのに合わせてプライドも侍女らしく頭を下げたが、口は開かない。
そのプライドからの挨拶に、レオンとセドリックも社交界で鍛え抜かれた表情筋のまま振舞い、ステイルへとまた視線を合わす。
「今回はアネモネ王国も同行させて貰えて感謝しています。先ほどローザ女王陛下にもご挨拶させて貰いました」
「いえ、僕らとしてもアネモネ騎士団と共に行動できるのは心強いです。それにフリージアと違い、オークションに慣れているアネモネ王国との同席も幸いでした」
「私もです。オークション自体、文献でしか知り得なかった文化でした。レオン王子にこうしてお誘い頂き感謝しております」
約束したからね。と、そこでやんわりとセドリックへレオンの言葉が崩れる。
流れるように会話をしながら、彼らの顔色には変化がない。その様子をステイルから一歩引いた位置で聞いていたプライドも緊張を隠した笑みで見守った。
侍女が自分から王族に話しかけるなど許されないことは自身もよく知っている。三人の会話にうんうんと小さく頷きと笑みだけで相槌を打つ中、静かに無数の視線が薄く刺さる感覚に呼吸が浅くなる。直接目を向けられるような鋭い視線ではなく、全員が直視せずとも意識下で注目している、向けられた本人しかわからないような空気そのものの圧だ。
きっと騎士達が自分を再認識してくれているのだろうと理解しながら、プライドはあくまで気付かない振りを徹すした。
その間もステイル達の会話は続く。
「本当に感謝しています。レオン王子、そしてセドリック王弟。お蔭でこうして〝安心して遠征にも〟乗り出せましたから」
「僕らの方こそ。フリージア騎士団と共に遠征なら安全も保証されたようなものですし、途中滞在される予定の〝ラジヤの属州〟も今後の為に気になっていました」
「私もです。フリージアに根を下ろした身としても〝周辺国の安全〟と状況をこの目で確認したいと願っておりました」
ピキピキと時折込められる敵意にも殺気にも思える鋭い気配が、互いにではなく未だ見ぬ敵へと向けて研がれる。
プライドは表情へ力を込め、なだらかな会話に見える彼らの緊張感に息を止めた。いくら騎士の護衛を大勢つけて万全を期していても、ラジヤの属州に巻き込むことに罪悪感はある。
発端は自分だがラジヤ帝国と一戦交えたばかりの彼らと共に乗り込むのだから。半面、心強いと思うことにも申し訳なさが重なった。
今後も宜しくお願い致します。こちらこそ。微力ながら。と、三人それぞれが握手を交わし合えば互いの顔合わせと挨拶も一区切りつく。先に会話を楽しんでいた二人を置き、ステイルはまだ回らなければならないとその場を移動した。
まだ一部の騎士達にしかプライドの顔見せも終えていない。まだラジヤまでは遠いが、それまでに何が起きても即時判断で侍女に扮したプライドを優先して守らせる為にも共通認識は必須だった。今はまだ、ステイルが連れ歩く侍女としか騎士達も把握していないのだから。
ゆっくりと、敢えての歩速で進み木陰で休む母親と叔父、騎士団長、そして続いてアネモネ王国の騎士代表者とレオンの付き添いの宰相そして遠回りするように残された近衛騎士達を探すという建前で散歩する。
騎士の誰もが第一王子の影に頭を下げ、そして背後の侍女をしっかりと確認し頭に焼き付ける。女性にしては高い身長とすらりとした身体つきで幸いにも背中姿でもプライドであることは認識しやすいと誰もが頭の隅で安堵した。たった数度見ただけで横や背後姿でも認識できるようにするのは騎士にも難しい。彼らにはその侍女がプライドだと、正面から見ても〝認識できない〟のだから。
「どうも騎士団長、それにカラム隊長。アネモネ騎士団とはいかがでしたか」
途中で、最初にロデリックと共にいたカラムを見つけ声を掛ける。
にこやかに笑いかけるステイルに、二人も一声を返しつつ頭を下げた。周囲の騎士達もそれに倣う。
落ち着いた言動でステイルと会話の往復を進ませる騎士団長と異なり、カラムは反射的にステイルと共に近衛騎士、そして侍女の姿が目に入った途端に口の中を噛んだかそれでもボワリと顔が茹った。振り返ると同時にプライドともばっちりと目が合ってしまった。
しまった……!と思いつつ、視界に入ったプライドの姿が頭に焼き付き頭を下げた後も火照りが収まらない。
ドレス姿の彼女とはまた異なるしとやかな愛らしさに、うっかり二度見したくなってしまった。騎士団長のロデリックや周囲の騎士達はステイルへ敬意を示しつつも平然とプライドを視界に入れているのに、自分だけが取り乱しているようで羞恥が煽られる。下を向くと同時に一度ぐっと眉間を寄せて、顔を引き締めた。
自分と同じように顔色に出たカラムの様子に笑みを浮かべつつ、ステイルは「アーサー隊長かハリソン副隊長を知りませんか」と尋ねた。
ハリソンはまだしもアーサーの居場所はロデリックより先にカラムが特定した。人気のない場所や勝手に消えて単独行動にも出やすいハリソンと違い、アーサーならば恐らくと水場の一角を指で示す。休息場所に到着してから、ロデリックと共に本隊騎士の代表としてアネモネ王国騎士団と挨拶を交わしに動いたカラムだが、その間にもアーサーが「水補充にいってきます」と自ら名乗り出たのを確かに聞いていた。大人数での移動では、水のこまめな補給と補充は必須条件だ。
ありがとうございます、と。感謝の後に水場へと歩き出すステイルの背後で、プライドも再びカラムとそしてロデリックにも目を合わした。
騎士団長であるロデリックに侍女の格好で立つのは気恥ずかしさもあったプライドだが、どうせ彼には自分としては見えていないと己に言い聞かす。
ぺこりっ、と笑みと共に侍女として彼らに礼をすれば、途端にカラムの肩だけが激しく上下した。その反応に、周囲の騎士達もやはりあれがプライドなのかと理解する。カラムが過度に緊張する相手などプライドしかあり得ない。
カラムの面白い反応に釣られるように、アランもしししっと笑いながら軽く手を振った。エリックも「お疲れ様です」と苦笑気味に挨拶する中で少しだけ緊張が解れる。
プライドの背後に立っていることと、自分達以外に緊張した反応を見ると落ち着くのは二人も同じだった。
水場へ進めば、小規模の湖と井戸が並んでいた。さきほどの馬車停車場所と異なり、中距離離れた位置には騎士でも王族でも使用人でもない一般人も腰を下ろし休んでいた。騎士に囲まれ隠されるが、それでも王族の誰かがいるだろうことは誰もが見当づき、口を俄かに開けて見入る。
道中の水場として有名な経由地では、騎士団だけでなく旅や長距離移動の民にも共有の重要且つ有名な休息場所の一つだ。
そんな中で騎士を間近に見れる機会に運が良かったと思いながらも、民は離れた位置からそれ以上近づこうと思わない。
「アーサー隊長、そこに居られましたか」
「スっ、テイル様。……どォも」
うっかり呼び捨てしかけたところを言葉を整えるアーサーに、フフンと笑いながらステイルは真っすぐ歩み寄る。
騎士隊長自ら水の補充も終え、一休みにと湖の前で足を伸ばしていたアーサーは慌てて立ち上がり姿勢を伸ばした。
ステイルとの友人関係が知られた以上、言葉を整える必要性もなくなったアーサーだが、他の一般人もいる現状ではとやはり整える。
挨拶が揺れながらも早くも緊張で顔に赤みが増す。その背後に立つ侍女の影が見えてしまった。うっかり反射的にプライドにまで頭を下げないようにしないとと頭の中で反復しながら正面を向ける。ステイルの背中からちょこんと一歩分横にずれたプライドに、次の瞬間心臓が飛び出しかけた。
ぐわりと覚悟していたにも関わらず全身の血が急上昇することを熱で自覚しながら、誰よりもはっきりとアーサーは顔色に出る。
周囲の騎士達が王族を前に澄ましている中、自分一人が舞い上がることに余計全身が熱った。
「おい?どうなさいましたかアーサー隊長。体調でも?」
くすくすと、アーサーのわかりやすい反応に満足するようにステイルが隠さず笑いしらばっくれる。やはりそうなるだろう??と、この場に自分達二人だけだったら言いたい気持ちを今は我慢する。
コノヤロウ、と心の底で悪態尽きながらアーサーも「イエ」と枯れた声で答えるしかできなかった。今は、目を逸らしたいのに逸らせない先でいっぱいだった。深紅の大きな三つ編みだけでも可愛いと思うのに、侍女服の姿までこんなに似合うのはいっそ反則だと思う。
よくステイルはこんなに平然としてやがるなと思うが、馬車で慣れただけだろうと思う。まさか振り返れば彼もまた自分と同じ醜態を曝すとは気付かない。
更にはプライドの背後に控えるアランとエリックも今は落ち着いた表情で、真っ赤なアーサーを見て笑っている。自分以外の騎士が全員落ち着き払っている中、自分だけ取り乱してしまうことがこの上なく恥ずかしく格好悪い。しかし、それも仕方がないことだった。
自分達とそれ以外に見えているプライドは、全くの〝別人〟なのだから。
─ マジでフィリップさんすげぇな……。
そう、頭の中で思い知らされつつアーサーは腕で口元を隠し口の中を噛んだ。
この場にはいない、第一王子専属従者の実力を改めて目の当たりにしながら。
本日二話更新分、次の更新は金曜になります。
よろしくお願いします。