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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
4/261

Ⅱ600.特殊話・八番隊副騎士隊長は贈った。

二部六百話達成記念。

プライドの誕生日、19才編です。

「我儘王女と準備」あたりです。


「……花を、でしょうか」


そう、尋ね返しながら己の首が僅かに傾く。

休息日であるアラン・バーナーズの代わりに近衛騎士として護衛の任務についたが、エリック・ギルクリストと交代して早々に第一王女殿下に告げられた言葉を未だに飲み込み切れなかった。騎士として正しい姿勢を保ちながらも、何の暗号か隠語かとまで考える。

「そうなの」と、答えられる第一王女殿下も僅かに笑顔が引き攣っているように見えるが、その意図までは汲みきれない。つい先ほど説明こそ受けたものの、未だにそれを私に向かって提案されている意味がわからない。


「嫌だったら断ってくれても大丈夫です!本来、騎士にお任せするようなことではないと重々承知していますから……」

「花を、でしょうか」

また殆ど同じ言葉を反復し確かめる私に、今度は「そう……!!」と先ほどより噛み締めるように返された。しかし、やはりわからない。説明された内容を頭の中で反復しつつ、口を閉じ思考する。


プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下。つい二週間ほど前に十九歳の誕生祭を迎えられた第一王女殿下からの依頼は、なんとも奇妙なものだった。

「ハリソン副隊長にお願いが」と仰られた時にはどのような任務か始末かと思考した。すぐ横にはアーサー・ベレスフォードが立ち、交代までエリック・ギルクリストがいた中でわざわざ私に依頼することを選ばれたということからも任務内容は限られる。

しかし、第一王女殿下の指令は想定したどれよりも、……私には不適当な任務だった。


城下の王都にある花屋。そこで、第一王女殿下に花を選別するという依頼。

形態としては近衛騎士の任務時にではなく、騎士として城下の〝見回り〟という形で城下に下りられるよう騎士団長にもステイル・ロイヤル・アイビー第一王子殿下が交渉済みだと言う。

花も選別さえすれば、城には花屋が勝手に城へ届ける為、見回りついでに花屋に寄って選ぶだけで良いと。そう繰り返される中、花屋と騎士に何の関係があるのかわからない。

花屋への襲撃や潜入任務、襲撃迎撃であれば理解できたが、今の説明だけを聞くとただ見回りで花を選べとしか聞こえない。それを何故この私に


「花を、でしょうか」

「ッハリソンさん!!さっきから同じことしか言ってませんよ?!!!」

アーサー・ベレスフォードが真横から声を荒げる。

しかし、どうしてもその部分に関してが最も疑問が深い。

花というのが植物の花なのか、それともまた別の物体を指しているのかも不明なままだ。

王族に捧ぐ花を無事持ち帰れという任務であればまだわかったが、何故第一王女殿下の花を私が選別する必要があるのか。


「気が進まなければ……!」と第一王女殿下もまた同じことを仰っている。

気が進まない……とは違う。ただ命じられる意味がわからない。それとも私には言えないようなお考えでもあるのか。以前に仰っていた〝学校〟の件にでも深く関わっているのか、しかし近衛騎士である私も当時の説明には居合わせた。それ以外にも隠されているとしても異議はないが、しかしどう考えても依頼された任務に危険性も、私である必然性も感じられない。


「花決めるだけですから!!俺らも一回やってるンで!」

「あの、別に近衛騎士の通過儀礼とかではないのですけれど……私が容易に外出できなくなって、ティアラも王妹業務で城下に下りる暇もなくてステイルも例の件の為に忙しくて……」

例の件が学校潜入であることは理解する。アーサー・ベレスフォードの話を補足される第一王女殿下の話によると、今までの近衛騎士達には城下視察で花屋に寄る折りに花を選別されていたらしい。それが今回、奪還戦後の第一王女殿下へ課せられた罰則として外出が困難になった為、近衛騎士単独で選びに迎わせることにされた。

しかし、何故花をと。また同じ言葉を繰り返す。途端に「ですから!!」とアーサー・ベレスフォードに声を荒げられるが、しかしわからないものは仕方が無い。

顔が私でもわかるほどに強ばっていく第一王女殿下に、ならば言葉を変えれば良いのかと考える。


「何故私にご命令されるのでしょうか」

「ップライド様!やっぱ別行動じゃなくて俺も一緒に行きます!!」

ドンと、アーサー・ベレスフォードが己の胸を拳で叩き前傾気味に進言する。

見回りという形式上、同じ八番隊に所属し騎士隊長副騎士隊長であるアーサー・ベレスフォードと私が共に見回りということは今までない。

見回りの機会は別々で、アーサー・ベレスフォードも私と同じ依頼を承ったことは聞いていた。しかし王族の命令と騎士団長のご指示であれば確かに共に花屋も可能ではあるだろう。

しかし、アーサー・ベレスフォードと共に行ったところで、私が任務に選別された意味は不明なままだ。花を選ぶ、が言葉通りの意味であるならばそれを近衛騎士の中で私に依頼される理由がわからない。アーサー・ベレスフォードはまだしも、私に依頼するくらいならば他の近衛騎士達の方が遙かに相応しい。


「アーサーと一緒なら良いかしら?」と尋ねられる第一王女殿下に首をまた傾ける。

ならばアーサー・ベレスフォードにのみ選別を任せれば良いのではと思うが、今は上官である彼に仕事を押しつけるような発言も許されない。


「アーサーも含めて、他の近衛騎士の方々には全員一度選んで頂いているの。だから、新しく近衛騎士に着任してくれたハリソン副隊長にも是非花を選んでみて欲しいと思って……。せっかくなら全員分揃って欲しいから……」

「承知致しました」

両手を合わせ、はにかみながら仰られる第一王女殿下の言葉にようやく理解する。

行動と希望の意味も意図もわからないが、結局は他の近衛騎士も行っていた恒例だと言われれば私一人が免れるわけにもいかない。課題を成していないのが近衛騎士で私だけだという話だ。


頭を下げ、遂行の意思を見せればそこでほっと息を吐く音が聞こえた。

距離と方向から考えて第一王女殿下とアーサー・ベレスフォードだろうか。顔を上げてから目だけを動かし確かめれば、安堵なのか呆れなのか表情も緩んだままアーサー・ベレスフォードは背中が丸まっていた。「背筋」と一言指摘すれば、直後には「はい!」と反るほどに伸ばされる。今は彼が上官であるにも関わらず、私に手本を見せないでどうする。

「良かった」と笑まれる第一王女殿下は、強ばりのほつれた笑みで私と自ら目を合わせられた。


「本当に気兼ねなく選んでください。どんなお花でも私は嬉しいわ」


第一王女のお言葉に則り、翌日には見回りが決定した。



……



「ッ自分は本当にすぐ決めるンで!!自分のことは気にせずハリソンさんはゆっくり選んでください!!」


第一王女殿下に指定された花屋。騎士団長のご命令により見回りを任じられた私とアーサー・ベレスフォードだが、近衛の任務がある。

騎士団演習場の見張りや城下の見回りを行う騎士は、その間は演習に参加しない。しかし、私とアーサー・ベレスフォードは近衛騎士の任務が今日ある。

彼だけでも早々に決めたなら私を置いて先に近衛任務でも演習にでも戻れば良いというのに「それじゃあ一緒に来た意味ありませんから!」と断られた。

ただでさえ八番隊の指導を合同演習中の五番隊に預けている最中なのだから、早いに越したことはないだろうと思う。しかし彼の行動を部下の私が全て指示もするわけにいかない。やはり早々に花を決めて終わらせるべきだろう。


アーサー・ベレスフォード曰く、今までの近衛騎士達も訪れたことがある第一王女殿下馴染みの店の一つらしい。

慣れない花ばかりの甘い香りに、自然と口での呼吸も増える。血や火薬の匂いは問題ないが、この匂いは慣れていない。


選べと言われても、ならばこれで良いだろうかと目の前の花を注視する。

花の美醜などわからない。店に入ってすぐの場所に置かれていたということは、客に見せても問題ないと判断された花なのだろう。私の判断よりも、この店に働いている者の判断の方が遙かに正しい。


店の奥まで進んでいったアーサー・ベレスフォードは早速店員と話している様子だった。

何を話しているのかと遠目に見ていれば店員に案内され歩き出し、そして目当ての先に辿り着いたのかそこで勢いよく花屋に礼をした。「ありがとうございます!」とその声だけは私の耳まではっきりと届いた。

店員も笑顔で花を手に取り、包み始めた。どうやら今のでアーサー・ベレスフォードは花を決めたらしい。安堵の表情で息を深く吐くアーサー・ベレスフォードはそこで周囲を見回し、私へとぴたりと首を固定した。ずんずんと早足で駆け寄ってくる。


「ハリソンさん?!まだそこに居たんですか?!他の花は見ました?!」

「見ていない」

これで良いだろう、と。目の前に置かれていた花を指させば、皿のように目を開かれた。

花と私を見比べ、それからまた他の花々を見回し見比べるを繰り返す。彼も宣言通り早々に決めたものだと、私も他の店員を目で探しながら考える。

すると「ハリソンさん……?!」と今度は潜めるような声が掛けられた。


「この、花にしたのは何か理由とか……?」

「ない」

「ないンすね?!!!!」

念を押すように食い気味に確かめてくる彼に、私も同じ言葉を繰り返す。第一王女殿下も気兼ねなくとおっしゃっていた。私に選ばせる時点で、期待もされていないだろう。相応しい花を望まれるのならば、私では無く最初から花屋に頼む筈だ。

口をぽっかり開ける彼に、理由が無いのは問題なのかと仕方なく言葉を続ける。店の一番前に置かれた花ならば問題ないだろうと言えば、途端に今度は頭を抱えだした。「そう……ですけど!!」と苦しそうに指先にまで力を込める彼は、他にどういう理由で花を選んだというのか。


「色とか形とか!!あと、……は、花言葉……とかもプライド様はとても詳しいので、もうちょっと考えた方が良いと思います……」

「?花はどれも花だろう」

彼は何を言いたいのか。花言葉というものも今初めて聞いたが、色も形も私が第一王女殿下の好みなど知るわけがない。花など贈ったこともないというのに。


目の前で一人悶絶でもするかのように頭を抱え苦しみ出すアーサー・ベレスフォードを眺める。

彼はその自分で言った全ての項目を鑑みて選んだというのならば、逆に随分を決めるのが早かったものだと思う。いっそ私も同じ花にすれば問題は解決するだろうか。

花が喋るとは思わないが、その花言葉というのも店員に聞いていたのかと今更ながらに気付く。


とりあえず目の前のこの花では問題があるということは理解した。この場で決めたのが悪かったというならば、一先ず店内の花を全て見回ってからであれば良いだろうか。

「全て見てくる」と一言彼に告げる私に、アーサー・ベレスフォードが呼び止める。持ち前の発声で、離れた位置にいた女性店員を呼び寄せ私にあてがった。

私に決めろと言ったのに、何故か店員の方に第一王女殿下に捧げる花であることと花言葉についても説明を伝えた。

それではと私を笑顔で先導する店員に従い足を動かし、一度彼へと振り返る。


「来ないのか、隊長」

「いや……こぉいうの選ぶのに、ずっと張り付くのはなんか悪いですし……。自分はもうちょっとこの辺で待ってるのでハリソンさんはゆっくり選んでください」

「ならば先に帰」

「帰りません」

何故そこで共に来るのを悪いと思うのかもわからないが、用が終わったのに帰らないのもわからない。

怠ける目的ではないことは彼の普段の演習姿からもわかるが、何も用もないのにこんな場所に棒立ちになる必要性の方もわからない。第一王女殿下の花を決めたのならば、そもそもここにいる意味がない。


「どうぞ」と促されるままに店員の後ろに続く。

一歩進むだけでも何種類もの花を横切るが、店員からの説明はない。説明されなければ、花を選ぶ以前に花の違いもわからない。甘い匂いと、色と形の違いくらいはわかるが、どれが良いかも悪いかも心底興味がない。

それなのにすたすたと歩く店員は正面を向きながら全く関係ない話を進める。


「お花の贈り物って初めてだと勝手とかわかりませんよね。プライド・ロイヤル・アイビー第一王女殿下のことはよく存じています。以前、騎士様に選ばれた時も本当に嬉しそうにされていて、きっと今回も」

「どれを選べば良い」

「!し、失礼致しました……!む、無駄口が過ぎました……」

無駄話を続けるから本題を私から尋ねれば、途端に肩を上下し萎縮したように全身へ緊張を走らせた。なにか疚しいことでもあるのかと思うほど態度を急変されるが、別に珍しくもない。

騎士の団服で町を歩いていると、最初から萎縮されるかもしくは馴れ馴れしく話しかけてきた直後にそうなるかの違いだけだ。この白の団服へ畏敬の眼差しを注ぐ気持ちはわかるが、馴れ馴れしくする理由が見つからない。


早口で花言葉というものの説明から、贈り物に相応しい花はと背中で話し出す店員の話に耳を傾ける。

その花が持つ意味、と言われれば輪郭程度は理解できた。つまりその花を贈ることがその花に含まれた言葉の意味も贈ることに相応すると説明され、アーサー・ベレスフォードがあれほど気にしていた理由も納得した。

しかし、贈りたい花も、贈るような美しい言葉も、そんなものを私は持ち合わせていない。

大体言葉が重視されるならば花など買わず直接言えば良いものをとも思う。


「プライド様は花言葉にお詳しいそうなので、花言葉もプライド様に合わせた花を選ばれると喜ばれると思います」

「どう合わせる」

「花言葉であればプライド様を連想や象徴する言葉、お気持ち。あとはお好きなお色や……花そのものの印象とかでしょうか」

第一王女殿下どころか、アーサー・ベレスフォードや副団長と騎士団長の好まれる花も色も言葉も知らない。いくら尽くすべき方々といえど、それと好みを知っているかは別だ。


「例えばこちらの美しい薔薇と、こちらの愛らしいチューリップのように」と交互に違う花を手で指し示しながら続けられても、まずこの花すら印象の違いなど感覚的なものはわからない。どちらも花だ。

花を愛でたことなどない人生に、突然感覚で選べと言われ首を捻る。美しいか愛らしいでいえば、第一王女殿下は美しいの方だろう。

なら薔薇で良いかと考えながら、その花言葉を尋ねる。途端に今度は色によって異なると言われ、余計に面倒になる。ひとまずは花屋の全てを見てから決めると告げ、また足を進ませる。

「お色や花の形状に拘りがないのであれば、花言葉から選ばれるのはいかがでしょうか」

店員の提案に、思考を巡らす。

第一王女殿下に相応しい言葉となると、確かにいくつかは浮かぶ。


「高潔、気高さ、誇り、苛烈、強者、美麗、鮮血」


鮮血……?!と、直後には店員の声がひっくり返り、こちらに振り返った。その花言葉はないということか。

途中まではコクコクと頷いていた首だが、今は私に振り返ったまま足も止まる。瞼を無くすほど大きく見開き、気のせいか血色を悪くする店員に、別に全ての言葉を込める必要はないと告げる。

それでも納得できないように私を凝視する店員に「深紅でも良い」と告げると、ゆっくりとそしてぎこちなくまた首が動いた。「あ、あ~」と妙な高低をつけた声で、また強ばった笑みで私から目を逸らし正面に顔も向け直す。「髪お綺麗ですものね!」と力一杯な声で言われ、一言返した。髪が美しいことは正しいが、何故今そういう話題になったのか。


早速歩きながら、店員が横切る花を次々私に解説する。「〝誇り〟〝美しい人〟〝愛情〟」「〝高潔〟〝永遠の美〟」「〝貴方を誇りに思います〟」と次々言われるのを聞きながら、結局全て揃うものはないと知る。似たような花言葉ばかりで、正直どれでも良い。

「深紅の花が良いですよね?!」と聞かれるが、別に色の希望を言った覚えはない。ひたすら解説を聞きながら、目を向けてもやはりどれが際立って見えるわけでもなかった。大体、第一王女殿下はどの花も似合う。

黙した私にしびれを切らせてか、折り返しにかかったあたりで「そういえば」と店員が私に身体ごと向き直った。


「プライド様は、送り主を思い出す花や花言葉も好まれるご様子でした。つまりは騎士様自身を想起させる花はいかがでしょう?」

余計に面倒で難解になった。しかし、第一王女殿下がそれを喜ばれるというのならば、そうするべきだろう。

「どうぞいくらでも仰ってください」と明るい口調で投げかける店員に、また言えということかと考える。

どうにも花屋自体が初めてで勝手がわからない。城下に下りてもナイフか保存食を買うことしかない私には、王都も城下も関係なく花屋自体が未知の設備だ。


私の……と言われても、それこそわからない。第一王女殿下を誇る言葉ならばいくらかは浮かぶが、私には浮かんでただの一つだけだ。いっそアーサー・ベレスフォードの方がわかるのではないかと彼のいた方向に目を向ける。

しかし今は折り返しだった為、彼の姿は植物に紛れて見えなかった。

命令を待つかのように直立不動で固まる店員に、私は一先ずその唯一の言葉だけを告げる。「……他には?」と十秒近い時間の後に尋ねられた。

ないと一言返せば、途端に目を泳がせる。あれだけ無数の花言葉はあってもその言葉はないのかと、そう思えば意外にも不思議とやや落胆を覚えた。

苦そうに顔を歪めながら笑う店員は、目を泳がせながら口を動かした。


「あるには……あるのですが」

「それが見たい」

ちょうどこの先にと。そう告げて折り返す地点ではなく、また別の植物が群生している区域を手で示す店員に私も答える。唯一のそれがあるならば、決め手としてもちょうど良い。


示されたまま向かおうとすれば、両手を見せて止められた。「少々お待ちください!!」とどこか擦れた声で叫ばれ、私が両足を揃えて止めれば店員一人が駆け足で区切られた先へと早足で消えていった。

なにか特別な区域なのか、花屋でどういう区別で並べられているのかもわからない。少なくともアーサー・ベレスフォードの依頼を聞いた上ならば花であることは間違いないだろう。

そう思いながら店員の消えた方向を注視し、約三分程度で戻ってきた。両手で慎重に持つ植木に生えているのはやはり花だ。

「お待たせしました」と慎重な足取りの店員にこちらから歩み寄れば、今度は止められなかった。


「こちらが申しました花言葉を含む唯一の花になります。ただ、こちら最後まで聞いて頂きたいのですが……」

苦そうに口を引き攣らせながら告げる店員の説明を聞く。

聞けば聞くほどに話す店員の顔から笑みは苦々しさを増し、今にも引っ込めようと足を半歩来た区域へと下げだす。

そして最後まで聞き届けた私は




これ以外ないと、確信した。









…………






「ありがとうアーサー」


無事に花屋から届いたのはアーサーとハリソン副隊長にお願いした当日のことだった。

流石王都の花屋なだけあって、すぐに第一王女への届け物として厳重に梱包した上で送り届けてくれた。花自体はもっと早い時間帯に届けられたのだけれど、届いたのはアーサーも近衛任務を終えた後だったしやっぱり二人にきちんとお礼も言いたかった。


二人に花屋へ行ってもらう為にわざわざ変則的な近衛任務五人態勢で二人ずつ回して貰った今日、改めてハリソン副隊長とアーサーが近衛任務に揃ってついたのは最後の夕食前の時間帯だった。

厳重に箱に梱包された花を、まるでプレゼント気分で二人の前で順番に開くことにする。

ハリソン副隊長とアーサーに合わせて今回は二人揃って交代したカラム隊長とエリック副隊長も気になる様子だったけれど、この後演習がまだ残っているから早々に退室してしまった。今ここには近衛兵と専属侍女以外は私達だけだ。


最初に開けたアーサーの花は、白くて小さな可愛らしい花だった。

去年も花束を選んでくれたアーサーだけれど、今年も「上塗りたいンで!!」と自分から選んでくれると言ってくれた。私は去年の真っ赤で大きな花も綺麗で好きなのだけれども、こちらの白い花もすごく可愛くて好きだ。

前世でも見た覚えのある花だけれど、……残念だから前世では花に詳しくなかったから名前が出てこない。少なくとも前世でも今世でもとにかく可愛い。ぎゅっと花束を抱きしめてしまいながら、アーサーに心からの笑顔でお礼を伝えた。


「今年はちゃんと花言葉は、……花言葉も。選びました……」

照れたように頬を指で掻きながら笑ってくれるアーサーに、私もフフッと声が漏れてしまう。

去年贈ってくれた花の花言葉をまだ気にしてくれているアーサーは、今年は花屋の店員さんに聞いてくれたのかしらと思う。アーサー本人は花言葉も詳しくないもの。

〝幸福〟〝清らかな心〟と、どちらの花言葉も私には勿体ない素敵な言葉だ。これをアーサーが選んでくれたというだけで胸がくすぐったい。


専属侍女のマリーが、そっと手を差し伸べて花束を受け取ってくれる。

早速部屋に飾って貰う一つが決定したところで、次にハリソン副隊長へと向き直る。「こちら開けて良いかしら……?」と尋ねればどうぞと短い一言が返ってきた。

ロッテが丁寧に梱包を開き出す。今回、花選びを受けてくれるかも正直賭けくらいの心境だったハリソン副隊長だけれど、最終的には応じてくれた。……あまりの乗り気の無さにアーサーがやっぱり一緒に同行してくれることになったけれども。


もともと、二人揃って騎士団長にお願いしてみようとステイルとも話したのだけれど、アーサーが花を選ぶのを見られるのが恥ずかしいこともあって別々で相談することになった。……けれど、最終的にはハリソン副隊長と同行を決めてくれた。

花屋にとっても騎士がバラバラ来るよりも一緒の方が花の用意や梱包もしやすいだろうし、店員さんに時間を取ってもらう面でもありがたかった。何より、乗り気ではない花選びもアーサーと一緒だからハリソン副隊長も乗り気になってくれた部分もあるだろう。


近衛任務に戻った時のアーサー曰く、ハリソン副隊長があまりにもざっくりと決めようとするから最終的には必殺の店員さんにサポートお任せしたらしい。

当時のハリソン副隊長の様子を聞かせてくれたアーサーの話に、……実は既に私はちょこっと覚悟している。


早々に決めて戻ってきたハリソン副隊長だけれど、そこに付いた店員さんが妙に怯えていたらしい。

騎士と王族に任された客ということもあってだろう笑顔は維持したまま、明らかに血色も悪く何よりハリソン副隊長を何度もちらちらと盗み見ていたと。「本当にこちらで宜しいのでしょうか?」「くどい」と最後には冷たく言葉で両断されて、半泣きで承ってくれたらしい。

アーサーが何かあったのか聞いても、ハリソン副隊長を気にしてか店員さんは「なにも」と首を横に振るし、ハリソン副隊長も「問題ない」ばかりで、結局アーサーにも謎のままこの時を迎えてしまった。

花屋の店員さんが怯えるくらいって、一体どんな恐ろしい花を用意したのか。いや!気持ちが一番大事だし何よりハリソン副隊長が選んでくれたのはほぼ間違いないから良いのだけれども!!

ロッテと、そして花束を一度置いたマリーも手伝い二人がかりで箱が開かれる。せっかく選んでくれたハリソン副隊長に絶対失礼な態度を取らないようにと、開封された瞬間気付けば表情に力を込めていた。社交界で鍛えられた顔の筋肉を行使する。箱から出てきたのは



……箱だった。



えっ、と。

思わず間の抜けた声が漏れる。自分でも目が丸くなるのがわかる。アーサーの後だと、予想していた形状と随分違う梱包だった。

てっきり箱の中に花束だと思ったのに、箱の中で更に硝子製のケースに花束が収められていた。

高級感もあってこれはこれで素敵だ。王族への届け物だし、花屋からの新たな梱包方法かしらと考えたけれど、ならアーサーの方はどうして厳重にとはいえそのまま花束だけだったのだろうと考え、…………気付く。


「……………………………………………………」

「??プライド様?」

二段構えの不意打ちに思わず顔が引き攣ってしまったまま固まった。

アーサーが声をかけてくれる中、これはどういう顔をすれば良いのだろうと考える。少なくとも多分いまは、アーサーが話していた花屋の店員さんと同じ表情だ。

高級感のある硝子のケースに目を奪われて気付くのが遅れてしまった。中身の花に注視する。とても、とても綺麗な花だ。

花一つ一つがサナギのような複雑な形状をしている。アーサーがくれた花よりは一回り大きいけれど、丈の伸びた花茎の先端あたりにいくつも花が連なり密集していた。

この乙女ゲームの世界には前世で見たことのないような花も、名前が違うだけの花も、そして薔薇やチューリップみたいに前世と同じ名前同じ花も混在している。

そして今、硝子ケースに入った花を私は前世では見た覚えがない。けれど今世での呼び名は、前世では有名なあの植物と同じくらいにたった一つの特徴だけで多くの耳に知れ渡っている。


「……アコニツム……」

そう呟いた瞬間。ハリソン副隊長以外、部屋にいる全員がざわついた。激震といっても良いかもしれない。

ロッテが両手で口を覆い、マリーが右手で口を覆いながら隣にいたロッテを更に花から離れさせる。

アーサーから「い゛っっ!!?」と声が上がり、私の前に立ち下がらせる。慄いたジャックが駆け足で近くにいたマリーとロッテを更に更に扉際へと引っ張り込んだ。ハリソン副隊長だけが変わらずその場に立ったまま小首を傾げている。まさかハリソン副隊長ご存じない?!!!?




猛毒で、有名なのに。




花に詳しくないとは思っていたけれどそこまで?!!と思いながら顔を向ける。

確か騎士ってある程度野営の為に食べれる生き物系統は学ぶって聞いたことがある気がするのだけれど!!しかもアコニツムなんてまさに毒植物の代名詞的存在だ。

アーサーも「ハリソンさん?!」と遅れて声を上げた。アーサーに叫ばれて、ハリソン副隊長は表情こそ変えないものの視線をこちらに向ける。


「なんっつーの選んでるンすか!!!毒っすよ毒!!!そりゃァ花屋も引きますって!!」

「硝子の中なら問題ない」

「硝子の中に入ってねぇと危険なンです!!」

アーサーの言葉に当然と言わんばかりに言葉を返すハリソン副隊長を見ると、やっぱりアコニツムとはわかって選んだらしい。いや、ある意味ものすっっっっごくハリソン副隊長らしいお花だけれども!!


暗殺目的のような花を選べば、そりゃあ花屋さんもびっくりする。きっと他の花とは違う危険物として分けられていたはずだ。うっかり目についたからとも言えない危険植物をしかも騎士が王族になんて、さぞかし花屋さんは驚いただろう。

けれどあのハリソン副隊長が私に対して殺意とまでは、……多分、うん、きっと?無いと思いたい。離れの塔まで駆けつけてくれた人だもの。あああでも怒ってはいるのかしら。

顔が強張ったままギギギッとブリキのような首をハリソン副隊長へと回す。一人今も平然としているハリソン副隊長は、硝子のケースごと花束を持ち上げ誰よりも至近距離で掲げてみせた。毒効果のないという証明だろうか。

口の中を飲み込み、私からもアーサーの背中から顔を覗かせる。


「は……ハリソン副隊長……?因みにこちらを選んで下さった理由をお聞きしても……?」

「第一は花言葉です」

花言葉……⁈とこれはこれで目が丸くなる。ハリソン副隊長には意外な選抜方法だ。アーサーやロッテ達も気になるように花言葉を把握する私に視線を注ぐ中、アコニツムの花言葉を思い返す。

複数の花言葉を持つ花だけれど、……半分納得して半分また混乱する。少なくとも間違いなくハリソン副隊長が好んだのだろうと断言できる花言葉は




〝騎士道〟




「……は、ハリソン副隊長らしいお言葉ですね。お好きな言葉を選んでくださったのでしょうか……?」

「はい。店員の助言で揃えました」

どういう助言をしたの店員さん!!!?

質問に応答してもらっているにも関わらず、回答されればされるほど謎が深まっていく。返答が短いから推理しないと全部を汲み取れない。

揃えた、ということは他の花言葉も揃えたということだろうか。

敢えて込められた花言葉を伏せて会話したけれど、そこで我慢できなかったようにアーサーが恐る恐ると口を開いた。

「あの、ハリソンさん……?自分もその花言葉、どんなんか伺っても良いですか……?」


「〝騎士道〟〝栄光〟〝人間嫌い〟〝復讐〟だ」


ッッしっっかり四つもご存知でいらっしゃる!!!

最初の二つは平和的だけれども、残りの二つが平和を見事叩き割っている。

ある意味ハリソン副隊長のイメージぴっったりな花言葉ではあるけれど、本当に贈り物にするには色々と敷居が高い花を選んだなぁと思う。いや、ハリソン副隊長のことだから騎士道一本で他は気にしなかった可能性もあるけれど!


「あの、プライド様は人間嫌いじゃないと思いますけど……まさかハリソンさん……人間嫌いなンすか……?」

「敵ならば」

それは人間嫌いとはちょっと違うような。

探るように弱い声で尋ねるアーサーに返答するハリソン副隊長に半分ほっとする。まぁ正直人間嫌いと断言してもやや納得してしまいそうだけど。少なくとも騎士団長と副団長を慕ってアーサーを溺愛してるし、単に好きと嫌いが極端なだけと思える。


淡々と告げるハリソン副隊長は、見事に堂々としていらっしゃる。しかも〝復讐〟という言葉も添えられていると、色々と怖い想像ばかりしてしまう。

でも花言葉にしては珍しく〝騎士〟の言葉が入っている花だし、ハリソン副隊長が気にいる気持ちもわかる。

もともと私も頂く花に花言葉を重視しているわけでもない。後々安全にドライフラワーにできるかどうかは置いておくとして、硝子の中なら安全なのは実証済みだし、毒であることを除いたら問題ない、本当に綺麗な花だ。

何より、花に興味がない筈のハリソン副隊長が本人の意思で花言葉まで鑑みてくれたならもう充分過ぎる。本人なりに選んでくれた証拠だもの。

そう考えながら、私は胸に手を当て息を整える。ふーーっ……と静かに息を吐きながら、毅然としたハリソン副隊長に他意はないのだと


「あと」

あと⁈

まさかのハリソン副隊長の言葉の続きに、口を結びながらも顔を上げ風を切る。アーサーも私と同じ方向に向いていた。

硝子ケースを手に持ったままのハリソン副隊長からは表情の変化はない。なんだか昔のステイルを彷彿とさせる感情の読めなさに、聞く前から冷たい汗が流れてしまう。

珍しく真っ直ぐに私へ向けられた眼差しとおっかなびっくりに目を合わせる。


「……ちょうど、紫でしたので」


紫。その言葉に、私は改めてそれを見る。

ハリソン副隊長が抱えているガラスケースの花の色。ハリソン副隊長の目の色と同じ、ついでに私の目の色と同じ鮮やかな紫色だ。

我が国でも紫の目の色は珍しい方で、私とハリソン副隊長にとってはお揃いの色でもある。以前にティアラに教えてもらった時のことを、もしかしたらハリソン副隊長も覚えてくれていたのか。それとも単純に自分か私かの色に合わせてくれたのか。どちらにせよ、色にまで気を遣ってくれたなんて!


これには私も純粋に口が俄かに開いたまま固まってしまう。アーサーに至ればあんぐりだ。

〝騎士道〟に〝紫色〟と、もうそこまで揃うとどこまでもこの花がハリソン副隊長らしさ極めているように思えてくる。

本当に、私が期待した以上に、ハリソン副隊長そのもののような花を選んでくれたのだなと理解する。気付けば足がゆっくりとハリソン副隊長へと進んだ。

アーサーの横を抜け、ハリソン副隊長の前で立ち止まる。もう安全性も周知した状況で、ジャック達も警戒が解けてきたのを視界の隅でわかった。


「ありがとうございます、ハリソン副隊長。とても嬉しいわ。……お気持ち、そのままお受け取り致します」

そう告げて、心からの笑みでハリソン副隊長の手から硝子ケースごと花束を受け取った。私が取れば、するりとそのまま渡してくれた。

ピクンッと少し身体を揺らしたハリソン副隊長は大きく目を見開き、…………逸らされた。

珍しく目を合わせてくれたのも束の間に、私とお揃いの紫の瞳が別方向へと向いてしまった。「はい」と短く返事が聞こえたのと同時に短い風が吹いた。

気付けば一瞬で目の前にハリソン副隊長は居らず、見回せば高速の足でアーサーの隣へと元通りに並んでいた。隣に立たれたアーサーも驚いたらしく肩を激しく上下させて、身を反らす。ハリソン副隊長御本人はまるで最初からそこにいたような表情だ。

やっぱりケース入りとはいえ、毒物を王族に選んだことを今気にしてしまったのか。けれど、ケースはこうして回収されることないまま私の手の中にある。今も眉ひとつ動かしていない。


私とハリソン副隊長を交互に見比べるアーサーの方が焦っていて、不動のハリソン副隊長と並んでいるとなんだかおかしくなって笑ってしまう。

もう私ともアーサーとも目を合わせないまま護衛の構えのハリソン副隊長に、ケースを抱き抱えながらもう一度笑いかける。


「大事に、飾らせて貰います。騎士のハリソン副隊長らしい素敵な花だもの」

アーサーから貰った花束と一緒に、と。そう重ねながら改めてアーサーとハリソン副隊長にお礼を伝えた。


近衛騎士五人分、花束を揃えることができた部屋がまた一層に華やいだ。





……





「……なるほど。一先ず、プライド様には喜んで頂けたのだな?」


はい、と。間違いない正答を副団長に告げる。

プライド第一王女殿下の御命令通り花束を選び、近衛任務を終えた夜。演習後にも関わらず対応して下さった副団長に促されるまま副団長室へ入った。

私としては質問にお答え頂ければ気が済んだのだが、質問をした途端に部屋へと招かれた。

「今日はプライド様のご希望で花屋にアーサーと行ったのだったな?」と私の方が逆に確認され、今日一日の経緯を報告した。無事、感謝の御言葉も頂けたことを報告したところで副団長からの確認だった。報告している間は時折手を叩いて笑われた副団長は、今は「そうか……」と苦笑されている。


「質問に答えずにすまないな。つまりは、私やロデリックに渡したいというのもその花ということか?」

「はい」


第一王女殿下に選んだ花。

最初はどうせ私にまともな花も選べぬだろうと思ったが、花屋で意外にも好ましい花を発見した。第一王女殿下に選んだが、しかしあの花ならば副団長や騎士団長にも相応しいと思い確認に伺った。

花など贈ったことどころか買ったこともないが、売ってる花屋も花の名も覚えた今は問題ない。ただ、第一王女殿下が「侍女達にも留意して手入れをお願いするわ」と仰っていた通り、花には手入れが必要ということになる。

確か副団長も騎士団長も使用人を持たない。ならば手間のかかる物体を贈ることがご迷惑にならないかの確認も必要だと判断した。硝子の中で枯れても構わないが、それも踏まえてだ。毒物の処理も面倒だ。


「花言葉に騎士をいれるのは心底お前らしいな。〝栄光〟は相手へ向けてだとして、〝人間嫌い〟はどうした?お前はどちらかというと無関心の類だと思っていたが」

「敵であれば」

「ははっ、なるほどな」

第一王女殿下と似たような疑問を投げられる副団長に、私も同じ回答をする。

くっくっと楽しそうに喉を鳴らして笑われる副団長は、そこで頬杖をつかれた。近衛任務後にアーサー・ベレスフォードは「なんか、一年も気にしてた自分が馬鹿みてぇで……」と歩きながら顔を覆っていたが、副団長がこうして納得くださったということはやはり間違いはなかったのだろう。


「で、〝復讐〟は……大方プライド様の敵には必ず報復するといった意味かな」

「はい」

やっぱりな、とまた副団長は楽しげに笑われた。

本当にあの花は、見事に相応しい言葉ばかりが並んでいた。先の奪還戦のように、今後も第一王女殿下を仇なす者がいればその敵意を見せた時点で罪に応じた報復をする。第一王女殿下の近衛騎士としてその誓いを示す為にも、相応しい花言葉だ。

第一王女殿下に相応しき〝栄光〟に、私の生き方そのものである〝騎士道〟も含まれた紫の花。花屋の店員はしつこかったが、あの花言葉を聞けば他は考えられなかった。

そして第一王女殿下へ捧ぐにも相応しい花は、私にとって副団長や騎士団長に捧ぐにも同様に相応しい。


「この上なくお前らしい選別で気に入ったが、わざわざ贈る必要はない。私もロデリックもお前の覚悟はとうに知っている」

確かに仰る通りだ。

喉を鳴らしながら眉を垂らして笑われる副団長の言葉に今度は私が納得する。第一王女殿下には選別の命令があったからそうしたが、別段送ろうとも送るまいとも私の意思は変わらない。

そもそも別段第一王女殿下に全て伝わる必要もなかった。忠誠も、尽くす意思も全て、私自身が遂行できればそれで良い。形にするまでもない。


「お前が花を贈ろうとまで考えてくれたことが一番嬉しいよ。だが、その花はお前がプライド様を想って選んだ品であることは違いないだろう?瞳の色に合わせるなど、今までのお前なら発想もなかった筈だ」

大事にすると良い、と。そう温かみのある言葉と共に微笑まれた副団長に、今度はすぐには応答できなかった。

瞳の色……。第一王女殿下と偶然にも同じ色だったと思い出したのも、あの花の色がまたその色であると気付いたのも店員から花言葉を聞いた後のことだ。それまで、色に固執する意思もなかった。

しかし花言葉を聞き、……改めてその花を見れば、第一王女殿下の瞳の色が重なり、そして想起した。


『ハリソン副隊長と同じ色だなんて光栄だわ』


あの時の言葉も向けられた笑みも、今なおはっきりと覚えている。あの日から今は誇れる、数少ない己の一部だ。

花の言葉とともに、その色に運命的なものまで不思議と感じた。そして私の手から直接あの花を受け取ってくださった笑みも、言葉もまた……この先も忘れることはないだろう。


瞳が重なった感覚に胸が高鳴り、眩みかけた。今まで贈り物も花も、賄賂か無意味な賑やかし程度にしか思わなかったが、今は少しその意味も知れた気がする。

副団長の仰る通り、今まで尽くすべき方々にも何も物的な贈り物はしたことがなった私が、何故今は第一王女殿下に飽き足らずまた贈りたいと思ったのか。

副団長に指摘されて今、私は己に対し首を傾ける。その私を見て、副団長はまた喉を鳴らして笑われた。


「どうしても贈りたいと思ってくれるなら、私が死んだら墓前にでもふんだんに供えてくれ」

「私が先に死ぬ予定なので、それは不可能かと」


ははっ!と今度は声に出して笑われた。

副団長が亡くなるような事態があれば、副団長が討たれる前に立ち塞がる私も死んでいるということになる。

机を叩き「なるほどな」と背中を丸めて肩を震わせられる副団長に、理由はわからないがしかしそれ以上は必要とされないから良いのだろうと自己完結する。

最後に「今日はご苦労様だった」「プライド様が喜ばれて私も嬉しいよ」「今夜はゆっくり休め」と肩を叩いて下さる副団長に私も応答で返した。


存外、花というのも悪くない。


第二部と通算で六百話に到達致しました。

本当にいつも皆様ありがとうございます。


こうして第三部まで進むことができたのは、ひとえに皆様のお陰です。本当に本当に感謝しかありません。

今後とも何卒よろしくお願い致します。


心からの感謝を。

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