そして備える。
「すげーじゃんエリック!もう距離離しても殆ど真ん中じゃねぇか!大分慣れたんじゃねぇ?」
「いえ、まだまだです。まだ遠距離になると外すことも多いですし……」
至近距離でなければ確認できなかったエリックと違い、アランはその場で目を凝らすだけでしっかりとエリックの弾痕を確認できていた。
まだ一年も経っていない新しい銃にそれだけ使いこなせていれば充分だとアランは思う。少なくとも自分ではここまで精度はあげられない。
もともと扱いやすい銃とはいえ、撃つだけと違い手に馴染ませるのはそれだけで相当な時間と練習が必要だ。
「やっぱそれも遠征に持っていくのか?」
「はい。……できればしっかり手に馴染んでから使いたいとは思いますが、念の為」
「充分馴染んでるって。俺なら待ちきれねぇで鈍器でも良いから使っちまうけどな」
ぶはっと冗談まじりに笑うアランに、エリックは「それは流石に……」と団服越しに銃を手で押さえてしまう。
丈夫さと強固さも保証付きのこれならば、確かに鈍器でも威力は甚大だとはエリックも思う。特にアランが持てば即殺も間違いない。
しかし、銃である以上やはりエリックとしてはその方法で使いたいと思う。いつか完璧に扱いきれるのが今の目標の一つでもある。
控えめに言葉を濁すエリックに、アランも別に強制しようとは思わない。なんでもかんでも早速使いたがる自分と違い、むしろエリックらしいと思う。「早く納得いくまで馴染むと良いな」と気楽に言いながら自分の後頭部に両手を回す。
「よっしゃ、行くかーエリック。どうする?演習所とか手合わせ場も結構空いてたけど面倒なら適当に外のどっかでするか?」
「流石に足元も見えないとアラン隊長はともかく自分は怪我の恐れもありますし……、やはり演習所で」
「待てアラン、エリック」
話しながら演習所の灯りをエリックが消し始めたところで、突然別の声が割って入った。
聞き覚えのある声に揃って動きを止めた二人は、きょとんと目を開いて声の方向へ振り返った。見れば、ちょうど入ってきたばかりの騎士が自分達へ鋭い眼差しを向けていた。
「うわ」と口の中だけで呟くアランと同じく、エリックも少し顔が引き攣ってしまう。まるで悪さをしているところを現行犯で見つかったような気持ちになりながら、二人は無言で互いに目を合わせ、そしてまた騎士へと向ける。
じっと、言葉以上を語る眼差しで自分達を咎める騎士へ最初にエリックが口を開く。
「お疲れ様ですカラム隊長。……あの、こちらたった今灯りを消したところですが、宜しければ」
「それで良いエリック。そしてアラン、深夜に部下に絡むな」
万が一にもカラムがこれから爆破物演習所を使用する為に訪れた可能性も考慮して投げかけるエリックへカラムは深く頷いてから、今度はアランへ声を僅かに低め注意する。
エリック達がちょうどここを引き払うところだったのは良かったが、その直前までの会話も扉越しにちょうどカラムには聞こえていた。
既に深夜を大きく回った時間帯にも関わらず、まだ手合わせか鍛錬をするつもりの発言をする二人に扉を開ける前からカラムは溜息を溢したほどだった。
この後にカラムが言うだろう言葉を読み、少し唇を尖らすアランだが、しかし同時に今日は反省したばかりだと思い返す。
つい口が滑るまま「フランキー達には悪かった」と白状すれば、すかさず「彼らが疲弊しきっていたのもお前か」と墓穴を刺された。
てっきり彼らの疲弊にカラムが釘を刺しに来たのかと思ったアランだが、実際はカラムも彼らから苦情を得たわけではない。騎士館へ向かいフラフラで戻る騎士達は偶然目にしたが、全員充実しきった笑みで肩を貸し合っていた為演習に精が出ているとしか思わなかった。
しかしアランが原因かと今知れば、一気に全て理解する。前髪を指先で払ってから「深夜まで後輩に絡むな」と言い直した。
さっきとより怒りの色を強くさせたカラムに、アランはひらひらと手を振りながら視線を浮かす。
「いやー明日遠征って思うとついつい気合入っちまってさ。お前もそうだろ?」
「私はお前達に会いにきただけだ。演習所にお前が居ないからてっきり飲み会の方へ移ったのかと思っていたが……」
まさかここだったとは。と、ため息交じりに吐くカラムはどうりで見つからないわけだと思う。
今朝から気合充分だったアランのことだからきっとまた誰かと手合わせでもしているのだろうとまではわかっていたカラムだが、自分が用事を終えて演習所を回り始めた時にはもう手合わせ場にはアランはいなかった。
ならば他の演習所か走り込みか鍛錬所かといくつかのアランが居そうな場所を経由しながらエリックの元へ向かったが、結局二人ともここに揃っていたとはと無駄足を踏んでしまった自分に眉を寄せたくなってしまう。
エリックと一緒といえば納得だが、アランがこの演習所にいる印象があまりなかった。演習を抜けば、アネモネ王国から届いた武器を試し撃ちしまくった時くらいである。
「だってよ、明日からは暫く移動ばっかだし今のうち軽く動かしとかねぇと」
「鍛錬馬鹿のお前の〝軽く〟の基準を私達と一緒にするな」
現に遠征の騎士は殆どがもう明日に備えて身を休め始めている。
そんな中でぶっ通しでこんな時間まで演習し続けているのはアランくらいだとカラムは考える。エリックも演習はしていたが、それでも休息はこまめに取りつつである。
悪い悪い、と軽く笑って流すアランにカラムは溜息を吐く。アランの演習癖は今更である。今はそれよりも無事明日になる前に二人と合流できたことを幸いと考えることにする。
一度顔の強ばりを抜くべく一度表情筋を顔の中心に寄せるカラムに、アランも「それよりさ」と別の話題を投げ掛ける。
「お前こそこんな時間まで何やってたんだよ?」
いつもならもっと早めの時間で切り上げるように演習所を回るだろと、それも自分達が結果として深夜過ぎまでのめり込んだ理由の一端だと思う。
エリックも確かにとそこには同意を込めて小さく頷いてしまう。まさかカラムまで演習にのめり込んでしまったのかとも考えるが、どうもエリックの知るカラムとしてはしっくりこない。
ちょうど自分が話そうとした話題にも繋がるそれに、カラムは「これを」と自身の団服へ手を伸ばした。
「ネイトの家へ行っていた。今日までにと頼んでいたからな、突然の依頼も考慮した」
「?件のステイル様達から依頼した発明なら既に納品されていませんでしたか?」
カラムの言葉に、エリックも瞬きする。
以前にステイルから任された発明の依頼を請け負ったカラムだったが、急な頼みの分なるべく猶予は長めに約束していた。今日もその為に演習を終えてすぐネイトの家へ向かい帰ってきたばかりだった。
往復には騎士団の馬を使った為大して時間はかからなかったが、ネイトに引き留められ両親に夕食にまで誘われた結果、遅くなってしまった。
しかし、ステイルからの依頼物が既に納品されたことは近衛騎士同士でも共有されている。まさか自分達が知る以外にも極秘の依頼を受けていたのかとも二人は考えたが、カラムは「違う」と説明する前に否定から入った。
「私個人の依頼だ。明日の遠征前にお前達にも渡しておきたかった」
用事もそれだ、と。そう続け、カラムは二人の前に二つの腕輪を差し出した。
パッと見は腕輪のようにも手錠の片割れにも見えるそれに、二人はそれぞれ首を捻りまじまじと眺める。取り敢えず受け取ろうと腕輪へ手を伸ばせば、指先が届く前に「ただし」とカラムが一度腕輪を引っ込めた。
エリックはまだしも容易に使いそうなアランには、渡す前に説明が必要だと判断した。
ネイトにされた通りに説明すべく、まずは自分の手袋を外してみせる。そこには自分達へ渡そうとしたのと同じような輪がぴったりと二つ嵌められていた。
大きさは丁度に調節できるがそれが最後。一度嵌めたら三回使用し終えるまで外せない。そう語りながらも手首をぐるりと回して見せた。
「しっかり調節すれば手袋と鎧も、演習や戦闘、日常生活にも支障はなかった」と実際の使用感想を告げる。今まで一緒に近衛任務や演習で合同演習を行うことも多かった二人も、カラムの手首にそんなものが嵌められているとは一回も気付かなかった。
そして本題である腕輪の性能を説明すれば、アランもエリックも一気に見る目が変わった。すげぇ、これで?とそれぞれ率直な感想を漏らす中、カラムはだから是非お前達にもと静かな声で続ける。
用途を説明した上で騎士団長にも許可は得ていると、必要な手続きを全て終えたカラムの説明にアラン達は大きく頷いた。
今度こそ必要という意志と共にカラムの手から腕輪を受け取る。
「アーサーとハリソンには?」
「ここに来る前にアーサーには会えた。ハリソンの分も任せた」
あー正解、と。
カラムの見事な適材適所にアランは笑う。
左手首へと迷いなく腕輪を通し合わせながら、エリックへ少し余裕がある程度で留めとけよと注意した。騎士として戦闘上、腕へと力むことも多い。カラムもネイトの協力を得て一度外し調節し直している。
怪力の特殊能力者であるカラムでさえ僅かに余裕は作っているが、自分達はそれ以上だ。
当然エリックも手首の自由度の大切さはよくわかっている。なるべく違和感を感じない程度は合わせつつ、注意して調節した。
ガチャリ、ガチャリと綺麗に手首へ合わせた二人は試しにもう一度外せるかやってみたが、やはり外れない。カラムから使用方法についても説明されれば、もうあとは身体の一部のようなものである。必要時以外は使わないようにと言われれば後はもう慣れるしかない。
「ま、ハリソンの奴にはある意味一番必要かもな」
「手袋や服の下ならば目立たないのもありがたいです」
カラムが言ったところでハリソンが大人しくつけるかはわからない。「要らん」「邪魔だ」と一蹴する姿すら想像できた。
自分達以上にハリソンはそういったものを普段付ける習慣がない。そう考えれば、アーサーからの頼みで一度付けてくれればこっちのものである。三回使わない限りは外せない。あとはアーサーからでもカラムからでも説明すれば良い。
「勿論、遠征中もその後も使わずに済めば一番だが」
「まぁある分は必要だろ。ありがとな」
「あの、代金は騎士館に戻ってからでも宜しいでしょうか……?」
カラムの呟きにそれぞれ答えるアランとエリックは、今は大した持ち合わせはない。
ネイトの発明と聞けばそれだけでもかなりの額だろうと察するが、カラムは「いや代金は必要ない」と右手のひらで示し断った。自分自身、ネイトに金銭は支払っていないのだから。
「付けて貰うだけで充分だ。あとは即刻部屋へ戻り身を休めるように」
おう、わかりました。と、カラムからの遠慮に続く指導にアランもエリックも一言で了解した。
額が額ならば払いたいとは思う二人だが、金銭感覚が自分達と貴族出身のカラムが違うことも知っている。ここでしつこく払うと食い下がるよりは、彼の望む通りに行動する方がお互い後腐れもない。
手合わせができないことは残念だが、揃いの発明を手にアランもエリックも今は満足する。これでまた、プライドの護衛もさらに万全になったと思う。
アランとエリック、そしてカラムも足並みを揃えて騎士館へ向かう。改めて明日からはよろしく頼むと語り合う中、道行くもうどの演習所にも殆ど騎士は残っていなかった。
「ネイトの発明、本当すげぇよなぁ。ほら、この前も深夜にカラムが暴発させたのとか」
「ああ、すごかったですねぇ。自分もちょうどここに居合わせたので、驚きました」
「本当にすまなかった。しかし、あれは場所を選んで正解だった……」
申し訳なさそうなカラムに、アランとエリックも互いに笑みを合わせてしまう。
気まずそうに前髪を押さえているカラムに、きちんとネイトからの発明の効果を確かめるのは彼らしいと思う。「使い切りだが用途はいろいろある」とカラムが言うと言い訳にも聞こえなくなる。
もともと優秀な騎士だが、天才発明家の発明も使えば更に隙はなくなり心強い。
「遠征から戻ったらさ、一番に近衛で飲もうぜ」
「アラン隊長、そういう話は……」
「付き合おう。その時はローランド達も誘うか」
遠征の前夜から帰国した時の祝杯を考えながら、近衛騎士三人は明かりも少なくなった演習場内を進んでいった。
久々の長期遠征に、ひんやりと指の先が冷やされる感覚を覚えながらも、真っ直ぐに突き進む。
 




