Ⅲ20.騎士隊長は合流し、
「ぃよっしゃ!もう一本!!」
ガキィンッ!
剣が弾ける音と殆ど同時に演習所からひと際威勢の良い声が放たれた。
今日はわりと調子が良いと自分でも自覚しながら、アランはぐるんぐるんと腕を肩ごと回す。剣ごと回すなと観覧していた騎士に怒られた。
視線の先では剣を弾き飛ばされた手合わせ相手が痺れた手をバラバラと振っていた。剣の衝撃に麻痺した手を指先まで血を通わせながら、苦笑う。「もう自分は」と言いながら、腕で汗を拭った。
陽が沈み切り空が鎮まる深夜。騎士団演習場は自主鍛錬や演習に身を注ぐ騎士で賑わっていた。
本隊騎士だけでなく新兵もまたこの時間帯はある程度自由に演習所を使用できる為、騎士団全体にとって貴重な演習時間である。特に今日は、全隊演習直後は演習場の至るところが賑わっていた。
騎士館や付近では酒を持ち出し飲み会を行う騎士達も、そしてアランのように演習に没頭する者も多い。当然演習を終えてすぐに自室で身を休める者もいるが、時間の使い方は様々だ。しかし、今夜は多くの騎士が飲み会に興じる割合の方が多かった。
そして、さらに時間も暮れた現在。
「んじゃ次!連携でも良いぞーかかってこい!」
「も……申し訳ありません、自分はそろそろ休もうかと……」
「アラン隊長、そろそろお休みになられた方が良いのでは……?」
「自分達はまだしも、アラン隊長は明日から遠征ですよね?!」
「アラン!お前一番隊の飲みにも誘われてただろ!!そっち行かなくていいのか?!」
平気平気!と元気よく笑うアランに対し、演習相手だった騎士達は今は背中も丸く姿勢が悪い。
アラン相手に敬っていないわけではない。しかし、演習所で打ち合いをしていた彼らの元へまるで道場破りのように現れ「ちょっと手合わせしねぇ?」と誘ったアラン一人に全員が見事に打ちのめされた後だった。
一番隊騎士隊長相手に手合わせができること自体は彼らも嬉々として望んだ。
本隊騎士とはいえ、隊長格相手に何度も手合わせや実力確認できる機会はそうそう無い。アランが本隊騎士相手に手合わせや鍛錬を誘うことは騎士団内でも有名だった為、寧ろ期待して演習所で張っている騎士達も多い。
彼らもまた例にもれず、アランが声を掛けてくれたことに心の底ではガッツポーズをした面々である。
アラン相手に一本取られればすぐに後方に控えていた騎士が交代してアランと打ち合いと、順番に何度も何度も手合わせを行えることに時間を忘れて手合わせに打ち込み、……打ち込み打ち込み、そして打ち込み、そこに終わりがなかった。
アランの後輩だけでなく新兵時の友人も含めた四人の本隊騎士が順番に休憩を取りながらの挑戦に対し、アランは殆ど休憩もなく常に誰かと手合わせを続け、しかし体力の限界を訴えたのは騎士達の方だった。
まだ全然打ち合える!と汗で濡れた顎と額を拭うアランは、まだ身体が温まったまま冷やす気にはなれなかった。
日は沈み切り、最初は数十いた観覧者の騎士も殆どいない。深夜に回り切った時間帯の今はもう演習所にいる騎士の数も半分以上に減っていた。
時間を忘れて楽しむアランと違い、明日の体力温存も考えて騎士館へ戻った騎士が殆どだ。時計が見える位置にないアランにとって、それだけが時間が経過している証拠だった。
一人だけアランに遠慮がない騎士がいたお陰で、なんとかアランもそこで剣を下ろした。
周囲を見回せば、手合わせを始めた時とは明らかに人影が減っている。「あちゃー……」と小さく呟きながら、取り合えずこの場での手合わせは諦めた。手加減はしたつもりだったが、今回は全員特殊能力者でもない騎士だった為に剣と腕のみという自分と同条件での手合わせだった。
自分も気合が漲っていた所為でつい熱が入り過ぎてしまったと、頭を掻きながら反省する。
「今日はありがとうございました!是非また次の機会も宜しくお願い致します!」
「片付けは自分達がやらせて頂きます!!」
「アラン、頼むからもう終われ。見ろこの汗、お前も休めいい加減に明日に響くぞ」
三人に礼儀正しく頭を下げられれば、もう駄々をこねるアランでもない。
あー、おう、また!と手を振り片付けと手合わせの礼を言ったところで、脇に置いていた上着を丸めて片腕に抱え駈け出した。騎士館とは全くの別方向へ向かい走るアランに、彼をよく知る騎士達は遠い目になってから肩ごと息を吐く。
アラン自身、飲み会は好きである。演習後に自首鍛錬や自主演習ではなく飲み会に参加することも開くことも多い。だが、今日はどうしても飲み会の気分にはなれなかった。
それよりも身体を動かしたいと、走り込みついでに演習に残っている騎士は他にいないかと演習所を回ることにする。
いくつもある演習所の中から、手合わせしている騎士はいないか探す。しかし既に夜も更け過ぎ、飲み会すら終えている騎士もいる時間帯だった。ただでさえ明日の為に今日は敢えて演習を控えた騎士もいる。
それでも自主鍛錬や手合わせ中の騎士も見つけたが、残念ながら八番隊の騎士か、互いの手合わせに集中していて自分が横槍できる様子ではない騎士ばかりだった。
中には入れそうな空気の新兵もいたが、残念ながら新兵相手では今のアランの手合わせ相手は重荷過ぎる。
諦めてこのまま走り込みと鍛錬に移るかーと既にキロ単位で走っている最中に考えるアランだが、ちょうどいまの地点から半周先にある演習所を思い出す。あそこなら、と思えばそこでアランはニヤリと笑った。
目的地を決め、走り込む足へと一気に力を込める。
本隊騎士でも追いつくのがやっとの速さから、隊長格でも追いつけない速さまで上げるアランが遠回りにも関わらず爆破物演習所に近付くのはすぐだった。
近づくにつれ、聞き覚えのある銃声が耳に届けば目で確認する前に「よっしゃ」と呟く。勤勉な彼なら、今夜は自分と同じく飲み会よりもそっちで残っていると読みが当たった。
「おーいエリック!!お疲れさん!」
「!アラン隊長……」
お疲れ様です。と、銃を構える手をそのままに振り返るエリックに、アランは大きく手を振った。
爆破物演習所で狙撃の演習をする騎士など、アランが知る限り一人しかいない。背中を見ただけでそれがエリックだと確信したアランの呼びかけは直前まで繰り返された銃声と同じほどよく響いた。
構えを下ろし、銃を一度懐に仕舞うエリックは身体ごとアランへ向き直ってから額の汗を拭う。時計をちらりと確認し、またアランはこんな時間まで演習をしていたのかと自分を棚に上げて思う。
エリック自身もまた最後に時間を確認した時と今の時間を比べ、銃の演習でうっかり集中し過ぎてしまった自覚だけはある。
お疲れ、と笑いかけるアランは、足を止めた途端に走っていた分の汗がどっと溢れた。エリックと行き違いになる前にと途中から全速力で走ったお陰で良い運動だった。
いやー汗掻いたと笑うアランに、エリックも慣れた笑みで「お疲れ様です」とまた同じ言葉で労った。
「アラン隊長も自主鍛錬を?ずっと走ってらしたのですか」
「いやさっきまでフランキー達と手合わせしてたんだけどさ、結構な時間になったから走り込みついでに来た」
なるほど、と思いながらエリックは思わず苦笑する。
五番隊の騎士の名前を一人上げられれば、他の騎士も二、三人誰かは想像もつく。隊長格ではない彼らが今夜のアランの手合わせ相手かと思えば若干同情してしまう。
今日のアランは早朝演習から気合充分だった為、確実に時間を忘れて手合わせ漬けだったのだろうとも予想できた。遠征や任務前のアランは飲み会でも演習でも文字通り底がないことを副隊長であるエリックはよく知っている。
自分も何度かアランの演習に最後まで付き合ってみようと臨んだことはあったが、各自判断の演習ならまだしも体力勝負の鍛錬や打ち合いでは一度も最後までついていけたことがない。
今も、単に銃の演習だったからこの時間まで残れたが、アラン相手の打ち合いやその後の走り込みを続けられるかと問われれば首を横に振る。
「お前ならここかなーって思って。一区切りついたら一本どうだ?あんま銃ばっかじゃ身体鈍るだろ」
「そうですね、三本までならお付き合いできます。ちょうど補充したばかりなので、撃ち切ってからでもよろしいですか?」
アランの性格上、今日は一本で終わらないだろうと先を読んだエリックの提案だった。
よっしゃ!と歯を見せて拳を握るアランに、エリックも小さく笑いを零しながら改めて銃を取り出す。的の方向へ身体ごと構え直し、スゥーーー……と静かに呼吸を整えた。
エリックに背中を向けられたアランも、そのまま自分の呼吸音ごとなるべく気配を消した。小脇に抱えた団服を軽く持ち直し、腕を組む。
いつ見てもエリックのこの時の集中力は大したものだと思う。きっと横顔を覗けば普段の倍は目が鋭くなっているのだろうと見なくても理解した。本隊に上がったばかりの頃は自分や先輩騎士にまじまじと注目されると集中が切れることも多かったエリックだが、今はこうやって突然訪れた自分が背後に立っても気にしない。
単純にアランの存在に慣れたこともあるが、それ以上にエリック自身の集中力の賜物だった。
太い銃声音を数度繰り返し、両手持ちから片手、そして反対手でも試みるエリックはアランを待たせているとは思えないほど一発一発丁寧に神経を研ぎ澄ませ、撃ち込んだ。
最後、もう引き金を引いても金属音しか聞こえないことを確かめてからエリックは深く呼吸を取り直した。一度大きく胸を膨らませ、そして吐き出す息と共に肩ごと下ろす。忘れない内に再び銃へ全弾補填してから安全装置を確認し、懐へと戻した。
手の違和感を癒すようにグーパーと手を開いては閉じるを繰り返しながら、背後へと振り返る。
アランへ待たせたことへの謝罪を一声掛け、最後に的の片付けをするべく駈け足で回収へと急いだ。
光の下でなければよく見えないが、間近で的を確認すれば跡の殆どが狙い通り中心部に残っていた。いくつか的の端に掠るか中心から外れているものもあれば、やっぱりこの距離じゃ利き手じゃないと難しいかと一人肩を竦ませる。
「すげーじゃんエリック!もう距離離しても殆ど真ん中じゃねぇか!大分慣れたんじゃねぇ?」
「いえ、まだまだです。遠距離になると外すことも多いですし……」
あはは……と額だけでなく首筋も手の甲で拭いながら、的を片付け終えたエリックはアランへ歩み寄る。




