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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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Ⅲ201.侵攻侍女は遭遇する。


「いや~会いたかったよ!ヴァレンタイン!もうこれは間違い無く運命だな!!」

「うぜぇ寄るんじゃねぇどっかいけ消えろ」


二度とそのふざけた名で呼ぶんじゃねぇと、悪態を吐くヴァルは既に機嫌も最悪まで傾いた。

せっかくの酒を買うために立ち止まった店の前で選ぶよりも先に飛びだしてきた叫び声に、今は奴隷市場の方がマシだと本気で思う。それほどに今迫ってくる相手は面倒だった。

雑踏に紛れて逃げても良いくらいだったが、プライド達が傍にまだ残っていた所為でここで自分が逃げてもどうせ足止めを食らうことは変わらないと思う。たかが煩わしい男一人を相手に自分が逃げるのも気に入らなければ、何よりまだ酒を買えてもいない。舌打ちを繰り返しつつ、顔も視線も酒に向けて視界から消すことにする。

渾身の睨みを向けたところで、気持ち悪いほどにきらきらとした眼差しを向けてきた相手に脅しは通じない。特殊能力で姿を変えられている影響もあるが、そうでなくてもこういう人間はヘラヘラするのだろうと思えば始末が悪い。

手前に並べられていた酒瓶を二本に止めようと思っていたが、やはり三本買うことにする。一本は苛立ちのままにこの場で飲みきると今決めた。

通貨の入った小袋を取出すべく服の中に手を入れたところで嫌な気配がし鋭い眼光を向ければ、次の瞬間には思わずぎょっと身体を反らし向き返った。


視界から消していた相手が満面の笑みで両手を広げ迫ってきていた為、考えるよりも先に手足が動く。

最初は反射的に足が出かかったが、すぐに隷属の契約で止まった為、右手が動く。それでも拳で固まりかけたが、手の平を広げ突っぱねる形でなんとか防げた。突き出した手の平の先へ馬鹿正直に突っ込んできた団長の顔をわしづかみ、その広げた腕で抱き締められる前に阻む。

うざってぇ!!!と二度目の怒声が直後に響き渡る。今まで身体的な粘着をされたことが無かった分、気持ち悪さも勝って触れている手の平さえ不快になる。顔面をこのまま潰したいくらいだったが、そこまでは危害になる為指に力を入れられない。

隷属の契約さえなければ蹴り飛ばすが、ここまで来るとナイフを突き刺していた。今も自分に顔を突っぱねられているにもかかわらず、平然と笑顔を固めた男に喉を反らす。口のいの形に歪めるヴァルに、団長は眼球の動きだけで周囲を見回す。


「それでリオはどうした?彼にも是非会いたかったが、別行動なんて珍しいじゃないか」

「おい!!このクソジジイぶっ殺して良いか?!」

勝手にひとまとめに考えるなと言い返す余裕もない。せめて許可があれば蹴り飛ばすくらいはと苦情混じりに声を荒げればそこで顔を引き攣らせていたプライドも我に返る。ヴァルが反撃できないのはわかっていたが、あまりの熱烈っぷりに呆然としてしまった。自分達の目には凶悪な悪人顔のヴァルに直撃しているのだから。

アランやカラムなどサーカスに所属していた彼らにはわかるが、何故ヴァルにもと考えてしまっていた。しかし青筋を立てて嫌悪を露わにするヴァルに、プライドもそこで慌てて止めに入ることにする。流石にここで許可を下ろしたら本当に殺しかねないと、代わりに「突き飛ばすくらいにしてください」と告げれば次の瞬間にはヴァルが渾身の力でわし掴んだ顔ごと団長を後方に突き飛ばした。ちょうどアレスが止めに入るところだった為、そのまま転倒する前に受け止められる。

団長に手荒な真似をしたヴァルに一瞬だけ眉を上げたが、しかし今のは団長が悪いとすぐに溜息で終わった。団長の悪い癖は大概見慣れたが、中には突き飛ばすどころか殺しにかかってきた相手もいた為にこれくらいは平和的な範疇だ。

受け止めた団長が完全に腰が落ちていた為に両脇を掴み支え、アラン達の次はこいつかと改めてヴァルを見た。途端に団長だけでなく自分まで上から睨まれたが、別に喧嘩を買う気はおきない。

また面倒な奴を欲しがったなと思いつつ、今も「力も強いなぁ」と暢気に笑う団長をゆっくりと立たせる。


「団長、なんでもサーカス向きな奴に特攻すんな。もうフィリップに断られた後だろ?」

「いやアラン達は断られたが彼とリオは手つかずだ!リオは商人だが、そういえば彼ならばと思ってね。どうだアレス!恵まれた体格だと思わないか?!アーサーより背があるぞ?!!」

「おい酒四本よこせすぐにだ」

バンバンと、再び酒屋に向き直ったヴァルはもう聞きたくないと言わんばかりに店の台を手の平で叩く。

今この場で二本飲み空けたい衝動のまま店主に一本追加された酒瓶を前に、今度こそ小袋から代金を支払った。バン!!と苛立ちのままに叩きつけた銀貨の枚数を店主は確認してからやっと酒瓶をヴァルへと手放した。

金を払っても安く奪われることが多い所為で、代金を確認されるまでなかなか酒を渡されないのがヴァルにとっては治安の悪さの欠点だった。


やっと手に入った酒瓶の栓を早速抜き、店の台をテーブル代わりに肘を置き仰ぐ。残り三本もさっさとどけてくれと店主に小言を言われれば、酒を仰ぐ首のまま懐からまた一枚余分に銀貨を店主へ叩きつけた。

金を受け取り一時的にテーブル代わりを許す店主をよそに、団長はまた「ほら良い飲みっぷりだろう?!」とまたアレスへ向けてヴァルを手で示す。しかしそんなことを言われて大酒飲みなんざ芸にもならないとアレスは思う。


混沌とした団長と絡まれたヴァルに、プライドもハラハラと見守ってしまう。

確かにヴァルは背や身体付きは悪役らしい逞しさだが、これで本来の姿が見えていれば団長からの勧誘もこれ以上だったのだろうと思えば恐ろしい。今は素朴な男性の姿に変えられているが、本来の彼は凶悪な顔つきとはいえ整った顔立ちだ。姿を強面にされているレオンにすら全く怖じけない団長を思えば、ヴァルの元の姿でも間違いなく特攻してくるのだろうと予想ができた。しかも、自分が演目で急遽行った土のイリュージョンもその正体は彼だ。

ヴァルの為にも絶対これは隠し通さないと……!と覚悟を新たにする間に、目の前で仰がれる酒瓶が早々に一本空になっていく。明らかに酒で今あったことを帳消しにしているヴァルの様子に、取り敢えず団長の注意を変えないととプライドは意を決して自分から虎の穴へと顔を覗かせる。


「あ……あの、団長……さん。昨日はどうも、アレスも元気そうで何よりです。フィリップ達には会えましたか?」

「!おおぉ!そうだそうだジャンヌ!!君にももちろん会いたかった!」

プライドからの呼びかけに、団長もずれた帽子の位置を直しながら向き直る。まだ数回しか顔を合わせていないヴァルよりも、元団員であるプライドやアーサーの方に当然親しみは感じているが既にステイルに断られている分勧誘対象が優先だった。

しかしラルクやアレスの騒動に一段落付けてくれた彼女達に、団長も全開の笑顔で歩み寄る。運命だな運命と繰り返しながら早足で真っ直ぐにプライドへ接近する。なんとか笑顔を維持するプライドも、団長の声の大きさが今は怖い。舞台で演者名をつけて貰えて良かったと今更になって目の前の団長に心の底で感謝する。そうしなければ、サーカス団を観に来ていた客にここで自分まで注目されていたに違いない。団長とアレスにだけでなく、周囲にまで注目されてしまえばせっかくのネイトのゴーグルも意味を成さない。

もともとヴァルの近くに立ち止まっていた自分に団長が接近するのもすぐだった。会いたかったとまた言われ、「我がケルメシアナサーカスの美しき」と繋げながら両腕を広げられた瞬間プライドも危機感のまま寸前に予知をする。同時に身体を動かそうとしたが、自分の身体に腕が回る方が早かった。


ぐい、と。


「あの、マジでジャンヌにはそれやめてください……」

プライド自身が避けるより先に、アーサーが背後からプライドを腕で引き寄せ庇う。更にプライドと団長の間にエリックが滑り込み両手の平で壁を作り胸板へ当て押し止めた。

しかし阻まれたところで足は止めても口を止めない団長に、エリックも笑顔が恐ろしく引き攣った。ここまで止められてまだ気にしないのかと、ある意味鋼の精神には感心しつつ更に腕へ少しずつ力を込めて安全に後方へと押し返す。ちらりと目配せ程度の一瞬で背後を確認すれば、アーサーもしっかりとプライドを守ってくれていることに安堵した。ちゃんと危機感も把握する眉間に皺を寄せた迷惑顔で団長を見据えている。

……同時に、ここに今ハリソンがいなくて良かったとエリックは心底思う。そうなれば止めるどころではなく血を見ることになっていたかもしれないと想像だけで背中が冷たくなった。前科者のヴァルとも違い、ハリソンは躊躇するものがない。


「団長!それ喜ぶ女アンジェだけだっつってんだろ。それ以上しつこくするとフィリップに金返せって言われるぞ」

「いやすまないすまない。こうも二度会えるのが嬉しくてねつい」

ハハハハハッと全く反省の色を見せない団長が帽子の隙間から頭を掻く。

背後からもアレスに肩を掴まれ後退させられながら、ジャンヌを庇うアーサーとエリックに一度帽子を浮かせて謝罪した。

客や他人であれば女性相手に抱き締めるまではしない団長だが、身内である団団員だとついつい愛情表現で手が伸びてしまう。相手が男性であれば団員候補にも愛情表現は抜からない。まずは団長である自分から好意をあるところから始めなければ、受け入れる場所として機能しないと考える。


アレスからの言葉に、確かに金を返せと言われるのは痛手だと団長も意識的に両足を一度揃えて止めた。別にジャンヌに対してはもう勧誘するつもりはなくての愛情表現だったが、アーサーとジャンヌのことであそこまで念を押してきたフィリップを思えば確かにジャンヌへ手を出すのも控えるべきだったと反省する。

正体を隠して場末の酒場に通う時も、うっかりその場の乗りで店員や客の女性を褒めすぎて連れの男に酒瓶で追いかけられたことも一度や二度ではない。


アーサーもすまない、元気そうで何よりだと言葉を結びながらそこで視線の照準が今度は目の前にいるエリックへと移る。団長と目が合った瞬間、エリックも笑顔ができず今度は肩がぎこちなく上がった。来た、と。口を開かれる前からそう確信し喉仏を上下させる。

途端にニカリと歯を見せた笑みを今度はエリックが向けられた。


「君もまぁすまなかったね!ジャンヌとも仲が良いのか?ところで名前は何だったかな。確かアランの部下だったが。君にもこう何度も会うとなると縁があるのかもしれない。よくよく考えると今も素早い身のこなしで私の前に」

「ッ申し訳ありませんが自分は職を辞すことは生涯ありませんし心底アランさんを慕っており付いていく所存ですので何卒、何卒ご理解をお願い致します……!!」

団長に負けずと声を張り、早口でまくし立てるエリックは額を湿らせながらも大きく背中を反らした。まだ団長に接近される前だったが、なるべく物理的にも拒絶を示したかった。

背後に下がるにも背中にはプライドとアーサーがいる為、背中を大きく反らして距離を稼ぐ。

常に温厚で人当たりの良いエリックだが、今までの団長の言動からここはやり過ぎなくらい拒まないと大変なことになると確信した。


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