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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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そして確保する。


「返事がないのなら構いません。どちらにせよ僕らの目的は果た」

「ッ抜かせ!!」


瞬間、目を血走らせた商人がレオンに飛びかかる。懐からナイフを掴み取り、抜くと同時に横へと振るった。

レオンが最後まで言い終わるより先に動いた音に、護衛の騎士も判断は早かった。懐に手を伸ばした時点で警戒し、剣で応戦すべくこちらも構えていた。

しかし男よりも速い騎士よりも更に決断が速いレオンが、先手を取る。敢えて前に出たままに男の振るうナイフを避けるのではなく、ぱしりと手首ごと掴み捻り上げた。軽く握手を返すくらいの気軽さで返され、直後にはナイフを振るった男の方が「あだだだだた⁈」と訳もわからず激痛に声を荒げる。騎士が動くまでもなかった。


最初からそのつもりで騎士を下げたレオンは、その手で男を拘束する。王族として自衛の護身格闘術をものにした彼にとって、たかが商人などナイフを持っていようとも相手ではない。

痛みで筋がぴくぴくと震える商人の指からナイフがずれ出す。周囲も騒ぎに気付き注目はするが、商人がナイフを落としたのを見ればどちらが悪いかはすぐに察しが付いた。


「最近、衛兵が妙にやる気を出しているのは君も知っているだろう?……確か、検挙されたのもこの辺の店だった筈だ」

男も違法の商売を扱う身として、警戒していれば間違いなく近場の捕り物は把握している。その確信をもとに、あくまでレオンは他人事として仄めかす。

実際は衛兵が動くように手を回したのは自分だ。彼らはやる気を出したわけではなく、単にあの一度だけ上からの圧力で動いただけ。もしここで衛兵を呼んでも、たかが一般人である自分達の訴えに衛兵が動いてくれるかはレオンも疑わしいと心の底で思う。しかし、その事実を知っている者は少ない。

先ほどと変わらない柔らかな声にも関わらず、口調から冷たい敵意を差し込まれる。捻り上げた商人はもう落としたナイフを気にするどころではなくなった。肩どころか首の根まで筋が張り痛みを訴えるが、整えた言葉をやめた青年は全く捻る手を緩めてくれない。痛みと敵意と立場の危うさに切迫する頭の中でかすかに、最近摘発された近場の店を思い出す。

焼印のない、違法の奴隷売買で検挙されたと聞いた。自分も荷車の奴隷はそうである為、一層売る相手は厳選した。しかしどこもやってることだしあの店が運が悪かったとしか思わなかった。

だがここで衛兵を呼ばれれば、間違いなく自分はあの店と同じ末路を辿る。


「さぁ、見せて貰おうか。もし全て僕の誤解だったら奴隷は買わないけれど、先ほどの君の言い値を謝罪として支払おう」

もともと金額など問題ではない。

商人の態度に推測を確信に変えながらもあくまで蓋を開けるまでは二手三手も折り込むレオンの目は、誰の目にも冷ややかだった。

単純にフリージアの奴隷を取り扱っていたからでも、彼一人に時間を食わされたからなだけでもない。それ以前に、違法の商品を取り扱う男を快く思えない。

彼一人が至福を肥やすだけで止まらない、他の正規の法に乗っ取り商売をする商人全員の格も信用も落とす行為だとレオンはよく知っている。実際レオン自身も、取引国や商人に取り返しのつかない落ち度を見つければ契約を切った覚えは数知れない。たった一回の落ち度でその後の莫大な利益が水泡に帰すのが商売だ。

そして、同じ国の同じ職種の一人が罪を犯せば他の商人もまた取引が成立しにくくなる。


「さぁ行こうか。荷車を開けてくれ」

そう次の男の行動を命じたところで初めてレオンは捻り上げる力を緩めた。

やっとビリビリ続く痛みから解放され、商人は悪態を吐くより前にブハッと大きく呼吸を繰り返した。ずっと痛みに耐え続けたせいで正常な呼吸も難しかった。

痛みを与える捻りから、動きを制限する程度の捻りにまでしたところでレオンはその手を騎士に預け渡した。交渉を終えた今、自分がわざわざ拘束しておく必要もない。衛兵を呼びに行く体勢を取っていた騎士も、再びレオンの側につき控えた。

突然急激に選択肢を狭められた商人も、背中を向けたまま自分の手を掴み上げる相手が変わったのはわかっても振り向く余裕もない。せめて衛兵に突き出されないようにとすぐ背後に止めていた荷車に回り込めば、そこで自由な方の手を使い鍵を取り出した。利き手を封じられている為、鍵穴に嵌めるのが難しくヤケ混じりに背後にいるレオン達へと突き出す。

勝手に開けてくれ!と叫べば、レオンも無言で受け取り護衛の騎士に手渡した。どうみても商人が想定していたとは思えないが、万が一にも罠が仕掛けられている可能性もある。


鍵を受け取った騎士がそこで商人を退け、扉を開ける。

奇襲を用心し慎重に隙間を作り、また間を取ってゆっくり開いたがやはり罠はなかった。開いた時点で異臭が鼻についたがそれは奴隷の荷車であればどれも同じだ。

扉を開き、外の光を受け荷車の中を見通せばそこには女性が一人。

騎士が駆け寄り、フリージア人かと尋ねれば「はんぶん」と枯れた喉で細くつぶやいた。自分で立つ気力もなく、鎖に繋がれたままぺたりと座り込んだ女性は光のない目のままだ。


「クソッ!!折角の高級品だぞ!この盗人共が!!」

「罪人は君さ」

騎士から断りを入れながら彼女の身体の焼印がないか、危険な特殊能力者ではないかを確認していく中でレオンはそこで一度踵を返した。

商人を捕らえる騎士と共に移動し、市場の通りへ出ようとすれば途中で足を止めた。呼びに行こうと思っていたプライド達がもう店の前まで様子を見に来ていた。

エリックが一番周辺の聞き込みと荷車の確認を終えた今、難航しているレオンと別行動に移るかそれとも全員で協力して商人を説き伏せるか、相談していたプライド達がレオンの動きの変化に気付くのもすぐだった。騒ぎに気づくには距離があったが、とうとう荷車の方へ移動を始めたレオン達を追いかけ集まった。

心配そうに視線を向けてくるプライドに、レオンは自然と顔が和らぐ。軽く手を挙げ、こちらに来るようにと手招きする。解放したとはいえ、奴隷を確認するのは自分だけではなくプライドの目を通さないとわからない。

うるせぇ!と悪態を吐く商人など、視界にもいれない。


「脅迫して人の商品横から掻っ攫っていく奴に犯罪だなんだ言われる筋合いねぇ!!」

「脅迫じゃないよ。……強いて言えば〝報復〟かな」

どこまでも見苦しく自分の非すら認めようとしない男に、レオンは言葉だけを投げ返す。

視界には商人は影もなく、小走りで自分のもとへ駆け寄ってくるプライド達だ。

脅迫など、まるで自分達が悪意があるように思われるのも心外だ。本当に悪意があれば、こんなに時間をかけずにさっさと無理やり荷車を開けるなりと別の方法がいくらでもあった。自分達が騒ぎを少々起こしても問題ないように、ここの市場一帯をエリック達が聴き終わるまでは平和的に粘り絞り込んだ。


「リオ大丈夫?荷車の中見せて貰えたみたいだけど……」

「うん、フリージアの女性だよ。ジャンヌも確認して貰えるかな」

まさかのフリージアの奴隷被害者を引き当てたレオンに、プライド達も目を見張る。

わかったわ、と荷車まで歩み寄るとそこで覗き込むプライドに、護衛のアーサー達もその傍のレオンと並んだ。今回はたった一人、しかも扉を大きく開けられた為中にわざわざ入らずとも入り口から覗き込むだけで確認できた。

アネモネの騎士に保護される女性を視界に捉え固まるプライドの背後で、レオンはちらりとまた背後を振り返った。騎士に取り押さえられた商人と、その更に後方にはレオンの顔色と捕えられた商人を見比べてニヤニヤ笑うヴァル、そして外に並べられたままの一般商品奴隷だ。


「……一応聞いとこうかな。君の取り扱い商品にアネモネ王国の人間はいるかい?」

「アァ?!あるわけねぇだろ!!」

口だけを動かし抑揚のない声で尋ねるレオンに、商人は喉を荒げた。そんなの知るか!大して高くもねぇ!と希少価値は置いてもフリージアほどの旨味はない小国の民について吐き捨てる。

少なくとも店に並べられた奴隷はどれも保護した女性のようにアネモネやフリージアの顔つきのには思えない。そう考えながらレオンは小さく息を吐く。こんな商人の言う事を全て信じられないが、少なくともいくらかの判断材料にはなる。このままフリージア王国の違法奴隷を解放されるのなら、自分もまた言ったことは守らなければならない。

ここがアネモネ王国内であれば迷わず詰所に突き出すが、この国の異分子である自分達が目立つわけにもいかない。世直しに来たわけではないのだから。衛兵を呼んだところで実際は罰せられる可能性は薄い。悪くても罰金を払う程度で放免だ。

顔を真っ赤にして当たり散らす商人に、ここは奴隷被害者だけ回収したらいくらか口止め料程度は握らすべきかなと見当を



「……あの、すみません。もうちょっとその人調べた方が良いと思います」



ぽつりと、自信なさげな声をかけられ、今度はレオンが目をぱちくりさせる。

見れば、プライドの背後に付いていたアーサーが首だけを動かして振り返っていた。言いづらそうに眉を狭めながら、蒼の視線はレオンへとそして商人へと向けられた。

ぎょっとする商人の顔にも今は気付かず、どういうことだい?と真っ直ぐアーサーを見返すレオンは眉が上がった。

レオンからの問いを受け、不用意に発言したことを「すみません」とまた謝罪するアーサーはそこでゆっくりと人差し指を商人へと向けた。まだ合流したばかりで、どういう流れでレオンが荷車を開けさせることができたのかもわからない。ただ、喚き散らした男とそして冷たい声で「商品にアネモネの」と自国の大事な民を案じたレオンに振り返ったアーサーはそこで目についたものをそのままにもしておけなかった。



「その人、多分いまなんか誤魔化してたンで」



「…………へぇ?」

取り繕いが感じられた商人の顔色を、アーサーが見通せることなどこの場の誰も知らない。

しかしプライドの近衛騎士である聖騎士と、違法商品を取り扱う男ではこの場の信頼は天地の差があった。


妖艶に光らせた眼光を商人へとゆるやかに刺すレオンは、もう笑むこともしなかった。

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