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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
32/289

Ⅲ19.騎士は受け、


「あー……、やっぱ落ち着く……」


はぁぁぁぁあぁぁぁ……と。息を長く吐き出しながら、一区切りついた雑草の山を傍らに手のひらの土を払う。

殆ど無心で雑草抜きして、終わったと思えば風も気持ち良かった。飯食って店から逃げ出してから、やっぱ一番静かなのはここだなと思うのはもう何百何千目だ。

店から退いても常連の呼びかけとか話し声とか自分の部屋に居ても聞こえちまうけど、畑にいる間はうっすらとした騒ぎ声と外の音だけだ。国外に通じる道も頻繁には人も馬車も通らねぇし、やっぱ外が性に合ってる。


昔は農作業に色々ぶつけたけど、今もやっぱなんか無心になれるなと思う。別に今更常連や客相手にイラついたりはしねぇし、どっちかっつーと気まずさの方が多い。けど、農作業はやってる間と後はすげぇ落ち着く。

本当は鍬でも振りてぇけど、今は時期もあってこれ以上耕す場所がない。雑草は抜いたし作物の調子も全部良いし、後は水撒けば終わりだ。父上が帰ってきた日にもやってくれたのか、思ったより雑草も少なかった。


畑の隅に重ねていたバケツを四つ提げて、井戸に向かう。うちのバケツがちょっと他よりでかいから、水を汲んでも移し替えるのが面倒だなと思う。昔っからの裏井戸があるし、水汲みは他より楽だけどそれでも一気に汲みたいと時々思う。畑分だけじゃなく家の流し場分の水も汲むとすっげぇ時間が掛かる。

満杯になったバケツを両手に二個ずつ持って、あんま零さねぇようにのろのろ歩いて畑に戻った。前を向けば、さっきまでは誰もいなかった筈の畑で一人がこっちに気付いて手を振ってる。……すっっっげぇ良い顔で。


「不死鳥さ~ん!おっつかれさまでぇす」

「おっつかれ様です。もう休憩貰えたんですか?」

遠目でも満面の笑みだとわかる顔で手を振るブラッドは、最近はこうして畑まで来ることがある。

俺の問いに、母上の下拵えが一区切りついたから取り合えず十分だけ貰ったと説明される。時計はねぇけど、多分人が増える時間帯になる前の休憩かなと思う。昼食の時間になったら一気に常連でごった返すから。

ちょっと前までは俺も混雑によって手伝ってたけど、今はブラッドがいてくれるから助かる。さっきの常連とのやり取り見ても、やっぱブラッドの方が俺よりずっと上手くやってると思う。


そっと水が零れねぇようにバケツを地面に降ろす俺に、ブラッドが「また一度で運んじゃったんですか?」と目を丸くした。

うちのバケツが他より少しでかい所為か、毎回同じ反応で驚いている。バケツ四つくらいわりといけると思うけど、少なくともノーマンさんはできない。……と、ブラッドは言ってる。

同じ隊として一緒に演習はするノーマンさんとはいえ、流石にバケツ四つ運ぶ姿なんか見たことねぇから判断がつかない。けど、普通に救助対象を抱えて走るとか器材運ぶのとかは普通にできてる人だし実際はあの人も四つくらいは余裕だろうと思う。


「あっ、これお水です。蜂蜜とレモン入っているんで元気になりますよ~」

やっぱ俺にか。

振っていた手とは反対手に持っていたグラスを受け取りながら、礼を言う。地下で冷やしておいてくれたのか、わりと冷えてた。

毎回手持無沙汰を気にしてか差し入れに飲み物持ってきてくれるのは、正直助かる。しかもさっきはサンドイッチ一気食いしてほとんど水分補給せず外でたから特に。


最初に差し入れ持ってきた時は冗談だったのか本気だったのか、ジョッキに生卵五個も入れて持ってこられたからすげぇ焦った。

「父さんは飲んでたらしいので」とか「ムキムキはなるらしいですよ」とか言われても、飲むのを想像するだけで気持ち悪くて無理だった。生卵飲むってまず飲み物じゃねぇし。確かに水よりは栄養はあるだろうけど、そんな食い方してたブラッドの父親さんはある意味すげぇなと思う。……でも、言い方からして絶対ノーマンさんとブラッドはやってねぇだろとも確信した。

「アーサーさんでも無理かぁ」とか不吉な言葉聞こえたから、多分ノーマンさんも飲もうとして諦めたのかなと考えるとそれはそれですげぇ気になった。

少なくとも俺の父上は一度もンな食い方してねぇし騎士に必須とは思わない。卵飲むならせめてスープにするか牛乳と酒混ぜて砂糖ぶち込みたいし、食うだけならオムレツでもなんでもあんだろ。

グビリッと、今日用意してくれたのは一度喉鳴らしたら止まらないくらい美味かった。一気にグラス一杯飲み切り、息を吐きながら手の甲で口元を拭う。

「良い飲みっぷり~」と酒でもないのに何故か褒められて、拍手までされる。こういうのご機嫌取りとか媚びとかの取り繕いじゃなく毎回本気で言ってるから、余計どう反応すれば良いかわからなく─……、……いや、今日は。


「……えっと。さっきすみませんでした、せっかく作ってくれたのにすっげぇ雑に食っちまって。どれもすげぇ美味かったです」

「えー嬉しー!ていうか謝る必要ないしすごく良い食べっぷりでしたよー!あっという間に食べきっちゃうからわくわくしちゃった」

両眉を上げて、その後は思い出すようにププッと笑う。「不死鳥さんが困ってるのも楽しかった」と言うのを聞くと、段々俺にもノーマンさんへと同じくらい容赦なくなってる気がする。


うちで働くようになってから、ブラッドは何でもかんでも俺を褒めてくれる。

その前からも調子は一緒みたいなもんだけど、騎士自体はノーマンさんで見慣れてる筈なのにそれでもきらきらした目だからちょっと照れる。今だって、んな褒められるようなことじゃねぇのに。

「本当に美味かった」ってそのままの感想を言うだけで目いっぱい嬉しそうに笑ってくれて俺も胸が降りた。


皿の料理全部流し込むみてぇに食っちまったことを気にしてないのは良かったけど、自分でもあんな手がかかっただろう料理にアレは悪かったなと後からじわじわ反省した。

飲み終えたグラスを戻しに行こうかと店の方を見たら、動く前から「僕がそのまま回収しますよ」と受け取ってくれる。聞くと、どうやらまださっきの以外にも昔馴染みの常連が増えたらしい。確かにそれじゃあ店に戻りたくない。


昔馴染みの常連ほどガキの頃のことで弄ってくるし、遠慮なく騎士団のことや〝聖騎士〟のことも聞いてくる。

そうすると常連だけじゃなく聞いていた騎士の噂目当ての人達にまで質問攻めにされるから、マジで料理出すところじゃなくなってた。

未だに〝聖騎士の話〟か〝聖騎士と同名の騎士〟目当ての客はいる。名乗り出るつもりはねぇけど、……その聖騎士が俺だって知ったら絶対肩落とすか肩透かし食らうんだろうなと思うと余計言いにくい。


結局、ブラッドが働いてくれるようになって一番助かってンのは俺だ。

今は繁盛時も店に出ないで済むし、店の客と絡まなくても済む。時々飲み物までこうして持ってきてもらって、大分甘やかされている自覚もある。

そこまでぼんやり考えてると、そういやブラッドが何も話してこないことに気付く。

いつもだと天気でも雑談でもなんでも話しかけてくんのにと、もしかして聞き流しちまったかなと思いながら首ごと向けた。見れば口を閉じたままのブラッドは笑んだまま、……ちょっと胡散臭い笑みのまま、俺を見上げてた。

ノーマンさんと同じ水色の瞳と目を合わせれば、おもむろにブラッドが動く。ぺこりと、空いたグラスを持った手のままに俺に頭を下げてきた。


「兄ちゃん。……宜しくお願いします。今回、いつもより心配そうだったので。もしかしてちょっと危ないのかな~……とか」

ははっ……と空気みたいな笑い声が下げたままの頭から漏れる。

力ない声色に、さっきも「良い飲みっぷり」の時珍しく張り付けた笑みだったのはこっちだったかと気付く。てっきり飯ちゃんと食えなかったのが悪かったかなと思ったけど、違った。


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