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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
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そしてやり過ごす。


「どうしたんですかぁ?この卵と牛乳。もしかしていつものところから貰いに行ってくれたんですか?」

「いえ。途中で偶然会ったヘルマーさんが余ったから持ってってくれって」

「えー、じゃあこれすっごい高級品じゃないですかー」


常連の名前だけで会話が成立すると、本当に客の色々覚えてんだなって思う。

ヘルマーさんは常連で、うちじゃなく王都の店に卵とか牛乳を卸してる人だ。発注の数間違えたとかで持って行ってくれって言われたけど、流石に五箱はすげぇ緊張した。重さは大したことねぇけど、零すか割るかばっかで運んでる間落ち着かなかった。

ヘルマーさん、という言葉に他の客も何人かちょっと腰が浮いた。常連ばっかだからヘルマーさんの仕事を知ってる人も少なくない。しかも高級品とかブラッドが言うもんだから多分食いてぇ人もいるんだろう。王都の食材なんて料理じゃなくても高過ぎて滅多に食えない。


すると、やっと母上もカウンター奥から出て来た。「おかえりなさい」と挨拶を交わしながら速足で箱を確認に来る母上に、もう一度行先を説明する。

あらあらと口を片手で押さえる母上は、目を丸くしながら早速卵の箱を一つ抱え出した。早速今日から使いましょうと言う母上に、俺も積んでた牛乳三箱を抱え直す。ブラッドも卵の箱を両手で持ち上げながら母上に続いた。


「アーサー、昨晩帰ってこなかったから今日も来ないと思ったわ」

「いや、昨日はちょっとダチと飲んでて。今日も夕方には帰ります。取り敢えず畑の手入れしてから行こうと思って」

あと母上に顔出しに。その言葉は飲み込んで、あっさりとしてる母上の横顔を目だけ動かして見る。

明日から遠征なのは知ってる母上だけど、だからって今更気にしない。四日前は父上も母上に顔出せたし今年は寧ろ良い方だ。

父上の頃から遠征で暫く居ねぇなんていつものことだったから、俺が初めての遠征の時も母上は俺より落ち着いていた。

見飽きた俺の面よりも、今は高級卵と牛乳に夢中だ。「オムレツは?」「卵サンドとか」「取り合えず大鍋沸かしますね」と言うブラッドと母上は大分息が合っている。

俺も食材なかったら店に入らず畑に直行してたし、このまま後は二人に任せて畑に出ようかと背中を向けた時。


「!あっ、アーサーさん朝食は済んでます??良かったら食べませんか?ちょうど力作あるんでー」

「貰います。っつーか力作って……またいつもみてぇなやつっすか?」

「あら、良いじゃない。アーサー、ここで食べる?それともカウンター行く?」

じゃあカウンターでと、取り合えず邪魔にならないように店の方に出ることにする。朝だし今なら常連もそこまで古くない数人程度だ。

本当なら厨房の方で食って済ませたかったけど、母上もブラッドもしかも卵と牛乳五箱もいるのに俺まで場所取るのは気が引けた。ざっと見ても今いる常連はそこまで古い仲の人はいねぇから、ぱっと食って下がれば良いかと思うことする。


うちにかなり馴染んだブラッドは、こういう客が少ない余裕のある時間帯はちょこちょこ料理で遊ぶ……っつーか飾るらしい。

ほとんどが子どもや女受けのするようなやつだけど、今は女性客が一人もいねぇからそれで出し損ねたのかなと思う。母上も食材を無駄にしないならって任せてるけど、俺は一回見た時結構驚いた。

うちの品目も順調に作り方を覚えていっているブラッドだけど、料理の腕というより普通に器用な奴なんだなって思う。料理の器用さだけでいったらティアラに近い。


「はーい!サンドイッチでーす!アーサーさん向けにちょっと増量しましたぁ」

満面の笑みで厨房から出て来たブラッドから皿を受け取る。

サンドイッチっていうわりにでかい皿で、パン何斤分だと思う。俺が帰ってからも客は注文入れてねぇし、多分わりとずっと暇だったんだろう。ノーマンが働くようになってから客が少ない時はあっという間に料理が行き渡らせられるようになったらしい。

受け取った皿は、思った通りすげー手が込んでいた。……味、っつーか〝見かけ〟の方に。

中身は断面を見ただけでもいつものサンドイッチだとわかる。けど、形が全部動物だった。犬、猫、うさぎが二個ずつ。表面もハムやチーズで顔の部品がつけられててどれも表情がバラバラなのが余計に凝ってる。俺向けに〝増量〟っつーか〝増殖〟だなとこっそり思う。

続けて出されたカップには、水面にハート型が浮いていた。なんか、実家の小料理屋の筈なのに城下のカフェに来たような錯覚を覚える。確かにどれも今いる常連のおっさん達には出せねぇだろうけど。


「本当器用っすね。パンとかどうやってこんな形に切ってんすか?」

「あっ、ちゃんと切れ端は僕がおやつに食べてますよー。あとカリッと焼いてスープに浮かべるのも美味しくて」

料理が好きなのはマジなんだろうけど、作るっつーか食わすのが好きなんだろうなって母上が言ってた。その気持ちは俺も何となくわかる。


実際、味は変わんなくても女客にはこういう料理が今も人気らしい。

ブラッドがいると客の注文量が違うとか、新規の客も増えたとか。最初はちょっとパンケーキとか飾るだけだったのに、今は料理を一つ覚えたらこういう風に工夫するのを暇さえあれば試してるらしい。

動物型のサンドイッチは食うのが悪い気がするくらいにはすげぇ上手くできてたけど、……食うの自体がわりと難しい。

並行を保たねえと上に乗ってるだけの顔の部品がずれるし零れる。一匹目はなんとか大口で零さず食い切ったけど、面倒になって二匹目以降は最初に顔の部品を先に食った。途端にブラッドが「やっぱそうなっちゃうかー」と言うから、多分こうなるのもわかってて盛ったらしい。

試作品つってたし、本当に色々失敗も兼ねて試してたんだなと思う。取り敢えずこのサンドイッチは動物の形だけで良いと思う。


そんなことを考えてたら、また扉が開いて客が入って来た。

振り返らなかったけど、開口一番に「おっアーサー!」って元気な声が聞こえて誰かわかる。とうとう古い常連もきちまった。……逃げるか、悩む。この人、昔ッからなんでも遠慮なく言っちまう人なんだよな。

お久しぶりです。と身体ごと向き直って頭を下げれば、いつものテーブル席じゃなくこっちに歩み寄ってきた。


「なんだアーサーがこっちにいるの久々だな!!ちゃんと本当に帰ってるのかー?!ロデリックさん見習ってお前もちゃんと店手伝わねぇと駄目だぞ?!」

「すみません、休みの日は時々帰ってるンすけど。殆ど裏方ばっかなんで」

「がはははは!!騎士様ってあろうもんがそんなガキみたいなもん食うな食うな!騎士が軟弱なもん食うなって笑われちまうぞ?!もっと肉食え肉!!」

「あ、それ僕が作ったんですよー。うっかり作り過ぎちゃってー。ジョネスさんの奥さんもすっごく喜んでくれてましたよぉ」

ブラッドもやっぱこの人にも慣れてるのか、結構すんなり助け船をくれる。

多分俺よりブラッドの方が接客は圧倒的に慣れてる。ジョネスさんも奥さんを出されたらすんなり「そうかそうか!!」とご機嫌のままブラッドの頭を撫で出した。器用だなって褒めてるし、本当に悪気はねぇ人なんだろうけど。ブラッドが上手くやっててくれてるようで良かった。


そのまま俺の隣にまで座ってくる常連のジョネスさんに、悪いとは思いながらも食う手が自然と早まった。また変なこと言われる前にカップの中身も一気に飲み干す。

人と話すのが嫌いなわけじゃねぇし騎士団じゃ絡まれんのも寧ろ好きな方だけど、やっぱ常連の絡みは未だ苦手だ。

ブラッドがいつもの席空いてますよと声を掛けるけど、それも断って俺にガンガン絡んでくる。……やっぱ皿だけ貰って畑か自分の部屋で食えば良かった。


「今日はどうした??とうとう嫁さん見つけて会わせに来たか?!嫁さんどこだ??」

「いえ、今日は遠征前に顔見せに来ただけっす。ちょっと長期になるかもしれねぇんで」

「おおぉ!遠征かそりゃあ大仕事だな!!ブラッドブラッド!ほら、お前の好きな騎士の話聞けるぞ!!」

ブラッドに話しかけてる間に四個目を頬張る。顔の部品が皿に落ちたけどあとで纏めて食う。

食ってる最中にバンバンと背中を叩かれるのはまだ良いけど、やっぱこの人苦手だ。今も続けて「なんでもアーサーに聞いてみろ!」「ロデリックさんも一緒か?」と耳が痛むぐらいの声で騒がれる。

お陰でさっきまで俺のこと気にしないでくれた客まで〝騎士〟と聖騎士と同じ〝アーサー〟の名前に反応して振り返る。この人みたいな常連も多いから、あんま表に出たくなかった。

けど、これでも昔みてぇに取り繕った顔で同情隠して大声で慰められた時期とくらべればかなり楽になった方だ。


「アーサー!!ブラッドのことももっと気遣ってやれ!いつも敬語ばっかでこんなに良い子相手に他人行儀なんて可哀想だろ!年下なんだから弟みたいにもっとだな」

「……ンンッ。っと、いや……年齢はそうでも、普通にうちの店の従業員ですし寧ろ俺は店と母上が世話になってる身分なんで勝手にそういうンは」

口の中に食い物がある間は返事しなくても済むから楽だけど、飲み込んだ後が忙しい。

折角ブラッドが作ってくれた料理だしもっとゆっくり食いたかったからすげぇ悪い気分になる。でも早く逃げねぇとまた「聖騎士アーサーって知ってる?」とか困ること聞かれる。

ごくりと喉を鳴らすと同時に、ブラッドから「へー」と相槌が聞こえてくる。直後には、なかったことみてぇに綺麗に話題を戻された。


「遠征かぁ、すごいなぁ。騎士様ってやっぱり大変ですねぇ。どこ行くんですか??隣国?」

「ッいや!遠征内容は機密事項なんで」

「なんだよアーサー!いいじゃねぇか教えてやれよ折角ブラッドが興味持ってくれてるんだからよ!子どもの夢壊しちゃ騎士の名折れだぞ!!」

「えー僕、秘密保持の騎士様も好きですよぉ。格好良くないですか?そういうお仕事してる人って憧れちゃうなぁ」

ほんっっとブラッドすげぇ。

なんつーか、ステイルとかジルベール宰相にも似た受け流し方だなと思う。いや、どっちかっつーとレオン王子か。顔は全然取り繕ってねぇでそのままの笑顔なのに、上手く全部受け流してる。こういうところは俺より大人なんじゃねぇかと思う。


だいたい、こいつも騎士団が遠征なのくらいは知ってる筈なのに。それも綺麗にしらばっくれてる。

流石にノーマンさんだし行先までは言ってねぇだろうけど。隣国ってのも普通にアネモネ王国を指してるんだろうし。

騎士の家系なのも、お兄さんが騎士なのも隠しているブラッドは、本当にこういうことに関しては流すのが上手いよなと思う。嘘っつーか取り繕いとかと別で本当にただただ右から左に受け流すのが上手い。


「アーサーさん気をつけて下さいねぇ。お土産話期待してまーす」

「ンぐっ!ンンッわっ、かりました……!!じゃ、俺もう失礼しますンで」


最後のサンドイッチをほとんど噛まず飲み込んだ。

皿の上に散らばった部品のハムとチーズを皿ごと傾け流し込む。カップを皿に乗せ、片付ける為に立ち上がればやっと逃げられた。

「またな!!」とまた大声で呼びかけてくる常連さんと手を振るブラッドに礼をし、店の奥へ引っ込んだ。


自分のと溜まってた食器だけ洗って、卵と牛乳で調理中の母上にひと言掛けて畑に急いだ。


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