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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
30/289

合わせ、


『それとも特別処置可能まで投獄し続けますか?何の罪もないとジルベール宰相がせっかく弁護した青年を、暗く、冷たい牢に、いつまでも』


村を襲った盗賊は全員焼け死んだ。父親も、祖父も殉職こそしているものの仇になるような者はいない。

私のように恨むべき相手もおらず、ただ一族の足跡を辿る為だけにブラッド・ゲイルは騎士になるというのか。

まだ質疑応答ができてやっとの青年に、騎士として生きる覚悟はあるかなど尋ねられるわけがない。いくら子どもといえど、十四歳だ。……もう、周りや大人がどのような「正答」を望むかもわかってしまう。

あの牢から出されるのならばと、縋る思いで無い覚悟を肯定する可能性もある。騎士は決して生半可な覚悟でなれるものでも、……なるべきものでもない。

本隊騎士にもならずして瓦礫の下敷きになり死ぬこともある。


『大事な部下が遺した忘形見でしょう。今回のような悲劇を二度と起こさない為にも、騎士団長である貴方が彼を育て上げることこそが、騎士としての美談になるのではありませんか?』

ノーマン・ゲイル。騎士団でも八番隊騎士に所属した彼とは数度言葉を交わしたことしかない。

騎士として真面目だが、他者とは一線を引いた騎士だった。他の八番隊騎士と大差ない、元一番隊である私個人の印象にも残ってはいない。しかし、共に同じ時を騎士として生きた者ではある。

私と同じ、騎士の父親を失った彼が、遺すことになった青年に思うところがないわけではない。だが、たがが美談の為に彼の人生を私達が決めるべきではない。

どこまでも人の心の弱さを知り尽くした言葉選びで、人の心がない選択を迫る。あの男を見ていると、前女王の政権が脳裏にチラつく。

ティアラ様は「前女王に命じられていただけ」という言葉を信じているようだが、私はどうにもそう思えない。


『もしくは、今からでも考え直すなら別ですが。王配にでもなれば民一人に特別処置優先も、……私を摂政から退任させることも、糾弾も不可能ではありませんよ」

ハッと、そこで確かにステイル摂政は笑んだ。かたまりついた筋肉を無理やり動かして笑ませたような歪な笑みからは、はっきりと皮肉が感じられた。まだ、あの時のことを根に持っていたのかと改めて確信した。


一度断ってから二度と話はなかったというのに、当時の報復だと思えるような言動は絶えない。

ブラッド・ゲイルを騎士団に入団させるか、もしくは今からでも王配の話を受けてみろと挑発めいた言葉に胃が熱さられるのを感じつつ、……つまりはまだティアラ様の婚姻相手は目処が立っていないのかと理解した。

私を嘲笑うステイル摂政に、皮肉めいた笑みは置いても王配の話に違和感はない。その皮肉も含めて、王配の話も本心からなのだろう。死んだ目でよく吠えるものだと思った。

「わかりました」「育てましょう」と私が言葉を返せば、一度勝ち誇ったように胸を突き出された。だが、その態度も今だけだと確信し言葉を続けた。



『ブラッド・ゲイルは()()()()引き取ります』



なっ、と。珍しく、摂政が一音を詰まらせたのをきいた。

目を大きく開いた彼は、いくら国一番の天才だともてはやされていようとも、私の返事は想定できなかったのだろう。

事実、私もあの瞬間まで想定していなかった。今思えば情に流されたとも、あの摂政の取り繕った仮面を剥いでやりたかったとも思える。何度顔を合わせようとも、常に不快極まりないあの男の。


『ちょうど良い。子どもがいる庶民など、いくら騎士団長であれど王族の婿に相応しくはないでしょう。これで、興味もなかった縁談を考えずに済む。ですから……』

二度と王族と政略結婚をしろなどという下劣な話を出されないその為だけに、婚姻してくれる女性を探していた。騎士団長という立場もあり、それなりに話は持ち上がったが取り繕いのある笑みでただただ騎士団長という権力に目を向ける女ばかり。私が騎士団長である今も立場としては庶民のままだと明かせば、それだけで取り繕いが浮き出た。騎士団の復興で忙しい中、浮ついたことに興味もない。しかし、だからといって形だけの婚姻で相手の女性を不幸にもしたくなかった。

ブラッド・ゲイルを引き取れば、表面上は私の子という名目になる。そうなればもう二度と




『もう二度と、終わった話を蒸し返さないでいただきたい』




責任は全て私が持つ、今すぐブラッド・ゲイルの釈放手続きをと。絶句する摂政へ一方的に最後は告げて、王居を出た。

馬を走らせすぐ実家へ戻り、母上に事情と最短でも他の引き取り手が見つかるまでと頼んだ。幸いにも母上は引き取ることには同意してくれたが、……まさかそういう意味で叱りを受けるとは。


もとより、父親になれるなど思ってもいない。もし十三歳だった私が、父を失ってすぐに母が再婚したところでその相手を父親と呼べることなどなかっただろう。

私にとって父親がロデリック・ベレスフォードしかないのと同じように、彼にとっても父親も、そして家族も失った存在しか有りはしない。

私の発言に口を僅かに開けたまま目を見開く母へ、身体ごと向き合う。眉間に力を込めてしまえば、嫌でもこの顔がまた父に似てしまうのだろうと鏡を見ずともわかる。……この顔で、母にこんな言葉を言いたくは無かった。


「私は〝父〟というものを知りません。父の功績と記憶こそあれど、父親がどういうものかわからない。自他共に厳しかった父にとって、私は良き息子にはなれませんでした」

唇を結び、呼吸まで止めてしまったかのように表情を硬くさせる母と目を合わせる。

父が悪いとは、決して思っていない。悪いのは出来損ないであった私の方だ。騎士団長でもあった父が、息子である私を甘やかすわけにもいかなかったことも理解している。常に己にも厳しく当時の騎士団を全盛期と呼べるほどに盛り立てた父のことは誇りに思う。しかし、……結局私が知る殆どは〝父親〟ではなく〝騎士団長〟でしかない。

そんな私が、父を落胆させるばかりで向き合うこともできずその真意を知ろうともしなかった私が何故、人の父親になれるというのか。

「ブラッドは十四です。私はもうその年には父がいなかった。十四歳ともなれば……もう立派な男児です」



『七歳。……私が王族として引き摺り込まれた年です』



摂政にはまだ子どもだと弁護したこの口で、母には逆の言葉を告げる。

まるであの薄気味悪い摂政と同じ、自分勝手を正論のように言い回す。きっと今の私を父が見ればさぞ幻滅するだろう。しかし今、母を前に他の建前も思いつかない。


まさか、我が国の摂政が身寄りのない青年を騎士の道へ放り込もうとしているなどといえるわけがない。

たとえ血も才も特殊能力もある男でも、今はただの青年だ。彼が騎士団でどのような殉職を何歳で遂げるかもわからない。いくら騎士の家系とはいえ、本人の幸福を決めるのは私でもましてや血でもない。


そう思考した直後、パタンと扉の音が耳をかすめた。母に集中して気付かなかったが、意識を向けて見れば外ではなく、家に繋がっている厨房の方からの気配だった。

母が目の前にいる今、恐らくはと過る。手洗いかそれとも空腹か。珍しく部屋を出たらしい彼は、今はまだ休むべき期間だろう。恨むべき相手も身内もいなければ、十三だった私もきっと彼のように抜け殻だった。


ブラッドの気配に気付かないままの母は一秒も変わらず私を凝視したままだった。

酷く表情を強ばらせうっすらと瞳を湿らせる母に、……亡き父の前にもっと幻滅させてしまった相手がいることを知る。

父に似たこの顔で、言うべき言葉ではなかった。父を失った時、どれほど母上が憔悴したか覚えているというのに。

「母上」と私は言葉を切り、その肩へと手を置く。

「ブラッドに今必要なのは〝家族〟ではなく〝安寧〟です。時間はかかるでしょうが、彼は己自身と戦っている最中です。彼が望む道を選んだ時、必ず私はその道を後押しすると誓いましょう。ですから……」



『お前が本当にその道に行きたいと言うのならば止めはしない』



「──────っ……⁈」

「もう、……わかったわ。本当、そういうところもあの人に似てきたわね」

言葉が足りない、と。呆れたように溜息混じりに語る母上からは、いつの間にか顔の強ばりも溶けていた。

まだ私が全てを言い終える前に、「今は彼を見守って欲しい」と言うより先に私自身が言葉が止まった。……何故だろうか。今、一瞬父が過った気がした。

眉間に皺を寄せた父が当時何を言っていたか、思い出した途端に振り払ってしまった。

「まったくもう」と呟き、最後に私の肩をぺしりと叩いた母上は再び台所のある厨房へと戻っていった。ブラッドにそろそろ食事を用意しなきゃと、何事もなかったように明るい口調の母上に、……きっと父はこういう母の性格に助けられていたのだろうと思う。

がらんと無人の店内で、私も客が残した食器を回収し始める。


「食事用意したから貴方が持っていってあげて。最近ね、あの子食事を食べた時には自分で食器を洗おうとしてくれるの」

「そうですか……」

「きっとお家の躾がしっかりしていたのね。変に律儀なところ、昔の貴方にそっくり」


母上と会話を続け、カチャリカチャリと食器の音を聞きながら、何故父のあの言葉を今思い出してしまったのだろうかと想起し続けた。




……










「おはようございます、ただいま帰りました」


母上、と。

実家の正面扉を開けながら呼びかける。店が開いてる時間ではあったけど、家族用の扉よかこっちの方が今日は手っ取り早い。どうせまだ店開けたばっかの時間だ。

片腕に抱えた荷物が邪魔で前が見えにくい。持てるからって安請け合いすんじゃなかったと今回は思う。一回地面に置きてぇけど、そこで崩れて中身が割れたり零れたら困る。

片手で扉を開けた後は足と背中を使って荷物ごとそのまま身体をねじ込んだ。前は見えねぇけど、わりと人の気配がするから客が入ってたんだなと姿を見る前から理解する。


昇りきった太陽に目を絞られながら入った店からは腹の減る匂いが溢れていた。

「おぉアーサーか?」って常連の声と一緒にパタパタと思ったよりもすぐ足音が駆け込んでくる。けど、一緒に上げられた声は母上の声でも常連の声でもない。


「わー!アーサーさーん!おっはよーございまーす!!どうしたんですその荷物?」

「ブラッド、その、わりぃンすけど一番上の箱だけで良いから持てますか?五秒で良いんで……」

やっぱ前見えねぇ。

目の前にいるんだろう相手がブラッドなのはわかるけど、取り合えず一番まずい上段の箱だけでも取り除いてくれと頼む。前さえ見えりゃあどこに置けば良いかもわかる。

店閉まってる時なら大体の位置もわかるけど、客がいると気配はわかっても料理や皿や荷物もあるから下手に置けない。


うわー重そー!と楽しそうなブラッドの声に、そういやコイツじゃ一箱も辛いかと考え直す。家事は慣れててもわりと腕は細い。ひと箱くらいならブラッドも持てると思うけど、あんま無理に押しつけるのも悪ぃし。下手に無理させて怪我したら色々まずい。

じゃあ荷物置いて良い場所まで誘導するか母上呼んできてくれと頼もうかと考えれば、俺が言うよりもガタタと椅子かなんか引きずる音が近付いてきた。


「アーサーさんおっきいから一番上の段は無理そうかなー。だから二段纏めてもらっちゃいますねー」

えーいっ!と気の抜けた声と一緒に、一気に視界が開けた。

椅子の上に乗ったブラッドがそのまま俺の抱えていた箱を上から二箱纏めて持ち上げてくれている。「おかえりなさーい」と笑うブラッドは、意外とそこまで重そうじゃ……いや。

ぷるぷると腕が見事に震えてる。しかも上に立ったままの土台の椅子まで震え出してるしやべぇと理解する。

大丈夫かと聞く前に大急ぎで残りの抱えていた箱を床へ慎重に置いて、すぐに預けた箱をまた回収した。ブラッドが持ってる箱を両手で受け取め支えてからやっと、止めてた息ごと叫ぶ。箱全部抱えてる時より圧倒的に汗かいた。


「ッッ持てねぇなら無理しねぇで下さい!!手足ぷるっぷるッ言ってンじゃねぇすか!!」

「えー、でも五秒ならいけるかなーって。僕ってライラより重いものあんま持ったことなくてー」

妹を物扱いしないで下さい。と、そう言いながらゆっくり箱を受け取って床に降ろす。二列にした五箱を一個ずつ開ければ、取り合えずはどれも中身は駄目にならず済んだらしい。卵も牛乳も割れたら全部無駄になる。

椅子から降りたブラッドも並んで中身を確認すれば「うわー割れなくて良かったぁ」と気楽に言ってくる。こっちからすりゃああの状態のブラッドが卵二箱と一緒に椅子ごと頭かち割らなくて良かった。

会った頃はすげぇなんにでも注意深かった筈なのに、なんでか会う度に変な無茶してる気がする。

母上曰く「慣れて来た証拠でしょ」らしい。

客としてくるブラッドの母親さんも席から立ち上がるほど焦る時はあるけど、特殊能力に目覚める前のブラッドはわりと木の穴に指突っ込むとか本棚に登るとか家具の隙間に入り込む類の常習犯だったと話してたらしい。……いや、それはガキの頃の話だろとは思うけど。つっても十四もガキっつったらガキか。

ンなガキが、特殊能力自覚してから危ねぇもん全部避けて通るのは結構息苦しかったんじゃねぇかなとこっそり思う。


Ⅰ32

Ⅱ488-1

本日二話更新分、次の更新は明後日26日になります。

よろしくお願いします。


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