Ⅲ2.我儘王女は確信する。
「あー?なんで俺までンなことしなけりゃあならねぇ?」
めんどくせぇ。そう舌打ち混じりに言ったヴァルは、寄りかかっていた壁にぐったりと頭を預けた。なんとも本当に申し訳ない。
母上達からの許可を得た翌日。配達で城に単身訪れたヴァルに、早速客間で私達は今回の件での依頼と説明をした。ステイルもわざわざこの為だけにヴェスト叔父様から許可を得てくれた。今回の依頼については、私も一緒にではあるけれどステイルが私の補佐として一人一人に説明役と依頼を担ってくれた。今回もヴァルに説明してくれたのはステイルだ。
もうステイルを呼び出した時点でヴァルは何かあると察したのか、手紙と報酬の受け渡し後も不機嫌だったけれど更に私の〝予知〟や来月の極秘ミッションを説明すれば大分顔を不快の歪めていた。
何度か説明するステイルではなく、私の方を睨んでいた鋭い眼光が「まためんどくせぇこと起こしやがって」と苦情を言っていた。もうぐうの音も出ない。
私も私で椅子に掛けながら肩を狭めてステイルの説明一つ一つに同意を込めて頷くしかなかった。今回、彼に依頼したいのは私も同意だしここは他人の振りはできない。
特に行き先がラジヤ帝国属州だと言った時は一番大きな反応だった。
「ハァ?!」と部屋中に響く声で怒鳴られた。やはり彼もラジヤに対しては皆と同じく良い印象がない。いや寧ろここで平然としていた方が驚きだけど。
最速を誇る配達に定評があるヴァルだけど、彼もラジヤ帝国は奪還戦前からなるべく迂回している。フリージア王国と同盟や和平を結ぶことを望む奴隷容認国に足は運ぶことはあっても、基本的に奴隷制度のある国にいるよりも国外で野宿を選ぶ方が多いと話していた。奴隷容認国でも彼が好んで足を運ぶのなんてアネモネ王国くらいだろうか。まぁアネモネ王国も今じゃ奴隷制撤廃も時間の問題であってないようなものだけど。
今じゃ城下を巡っても奴隷なんてみないし、あとは刑罰で奴隷堕ちを残すかどうかの問題ぐらいだ。
現状説明から、母上に提案された来月のラジヤ滞在。そこから具体的に依頼したい内容をステイルが話し進めても、一応顔を顰めながら聞いてくれた。
プラデストと同じように彼にもまた同行をお願いしたいのだけれど、……その潜伏方法が思った以上に彼には不服だったらしい。
「あいにく俺様は王族じゃねぇんだ。どうせ主にテメェらや騎士共が引っ付いてるなら俺は適当に町にいりゃあ良いだろ」
「自由行動については構わない。だが、お前は配達人としても一部の王族には顔が知れている。ミスミ王国のオークションには各国王族が呼ばれている。口元を隠しているとはいえ、その中にお前の顔を知る者がいるとも限らない」
チッ!と舌打ちで返すヴァルは、自分の膝に頬杖を突いて今度はステイルの背後に控える人物を睨み上げた。……フィリップだ。
ジルベール宰相の御屋敷で一度会ったフィリップだけれど、それからは配達の受け渡しでも会わなかったしまだ慣れていないのも無理がない。
ヴァルの極悪顔にビクリと肩を揺らす彼を守るように、ステイルが短く咳払いで注意を集めた。「命令だ。彼の特殊能力は他言しないように」と命じながら、表向きは髪を染める特殊能力というだけ捕捉してくれる。
フィリップの本当の特殊能力を説明されたばかりのヴァルは「そりゃあ随分と甘く見積もったもんだ」と悪態を吐いた。
「バケモン王子まで新しいバケモン飼いやがって」
「俺のことは構わないがフィリップはあくまで俺の専属従者だ。その呼び方はやめてもらおう」
バチン!と、一瞬だけヴァルと半歩前に進み出るステイルの間で火花が散った。
守られているフィリップの方がちょっと笑顔が引き攣っている。目がちらっちらっと泳いでいるから、心境的には「私の為に争わないで!」だろうか。
パッと見ではヴァルが怖い人に見えるからステイルを心配してくれているのかもしれない。まだフィリップにはヴァルの隷属の契約のことは話していないもの。
ステイルからの命令に舌打ちを零すヴァルはそこで「宰相の次はこいつか」と嫌そうに低い声を漏らした。やっぱり学校の潜入視察が終わってまだ二ヶ月で、来月また潜入というのは疲れるんだろうなぁと思う。以前も結局生徒としては馴染めず、……というか馴染む気もなく最終的には校舎裏に隠れていたぐらいだ。それと比べれば今回はマシな方だと思うけれど。
「お前にも共にラジヤでは行動して貰うこともあるだろう。だが基本は単独でも、セドリック王弟やレオン王子との行動でも良い。捜索になれば、散らばった方が都合は良いからな」
「馬鹿王子の御守りはお断りだ」
レオンは構わねぇが、と。そう続けながら相変わらず断固拒否のヴァルに、私の方が枯れた笑いが零れてしまう。
この場にセドリックがいなくて良かった。というかつまりそれ以外は了承してくれたということで良いのだろうか。
〝予知〟の捜索だけど、流石にそれを近衛騎士だけには任せられない。
彼らはあくまで私の護衛が母上から命じられるから、私の命令でも全員が散らばることはできない。だからこそステイルは協力者をこうして求めてくれている。
ヴァルは一番単独行動も慣れているし、レオンと一緒でも問題ないだろう。私と一緒に行動してくれればそれはそれで安心だけれども。
ステイルから改めてじゃあ依頼は受けてくれるのかと確認が入れば、嫌そうな顔ながら肯定が返って来た。
彼についてはもう以前にどこまでも付き合ってくれると言ってくれてはいたけれど、まさかこういう道連れになるとは思ってもみなかったのだろうなぁと思う。うん、私だって想像できない。
それでも、嫌々ながらも付き合ってくれるらしい彼には感謝しかない。配達も、母上の不在とセドリックの方も国際郵便機関のお試し始動が始まったからちょうど良いだろう。表向きは国際郵便機関の新指導に乗っ取り王族直属配達人は長期休暇、といったところだろうか。……実際はハードワークを課しちゃっているけれども。
ちゃんと報酬はお支払いしますので……!!とお金で解決しよう感凄まじいフォローしか出ずに声を張れば、ジトリとした眼差しで睨まれた。金の問題じゃねぇんだよと先に目が仰ってる。
ンぐ、と言葉に詰まって唇を絞れば、ヴァルは一度大きく溜息を吐いた。ハァ~~~と、飽きれ混じりの溜息のまま私を見つめて肩を落とす。
「おい、王子。本気で主をンなところに行かせるつもりか?よくテメェや宰相が頷いたもんだぜ。あの摂政もな」
「仕方がないだろう、事態が事態だ。姉君でなければ判断もつかない」
ケッと吐き捨てるヴァルに、ステイルも今度は溜息混じりだ。否定しないところは二人とも言いたいことは一緒なのだろうなと思う。
だからこそ万全の警備と策をこうして備えていると続けるステイルに、ヴァルも途中で聞く気が失せたように頭をガシガシ掻いた。
申し訳なくなって助けを求めるように近衛騎士二人に振り返れば、カラム隊長もアラン隊長もなんとも言えない表情で笑っていた。……うん、そうだった。私の護衛であるお二人もまた、同じく「よりにもよってあんなところに」組だ。
まだ奪還戦から一年も経っていないし、私だって怖いのは同じだ。
「勿論、セフェクとケメトまでは強制しない。二人に〝二日に一度会う約束〟も俺が責任持って協力しよう。ラジヤへ行くかどうか話すのもお前の自由だ」
ケメトに二日に一回会わないと特殊能力での自由度が格段に下がるヴァルへ、ちゃんと瞬間移動で会わせると言葉を伏せながらステイルが保証する。
セフェクとケメトも連れていくことも不可能ではないけれど、二人は学校がある。休んだからといってプラデストに罰則はないけれど、それでも多分ヴァルは連れて行かないのだろうなと思う。なにせあのラジヤだし危険だ。
返事を待つまでもなく、やっぱりヴァルの答えは「連れていくのもめんどくせぇ」だった。
私から、行先は言うつもりなの?と尋ねれば一音が返って来た。そこは一応言うつもりはあるらしい。
「特にセフェクにバレた時がめんどくせぇからな。話したところで変わらねぇが、逐一バレねぇように誤魔化すことの方がだりぃ」
「話す時は室内以外にしておけ。周囲の人間も巻き込むなよ」
頭をガシガシ掻きながら言うヴァルに、ステイルもちょっとだけ遠い目になった。
私にも、セフェクが「そんな危ないところにヴァル一人なんて危険じゃない!!」と怒鳴って放水攻撃をする姿が目に浮かぶ。
ヴァルもステイルの言葉の意味がすぐにわかったらしく、力いっぱいの舌打ちが二度繰り返された。いっそセフェクと仲良しのティアラに仲裁をお願いしようかしらと考える。
私からも誠心誠意二人にお願いしよう。取り敢えず今週末にでもまた二人を連れてきてくれれば私達も説得と了承に協力を……と言おうとしたその時「でぇ?」とヴァルが眉を寄せながらステイルに投げかけた。
「レオンにはいつ話を通すつもりだ?」
「四日後にちょうど定期訪問がある。アネモネ王国へ俺も補佐として姉君に同行する予定だ。ティアラも許可を父上に願い出ていたな」
「なら邪魔するぜぇ?王女もいるなら余計都合も良い」
大きな欠伸を零しながら言うヴァルは、どうやら私達の定期訪問に都合を合わせるつもりらしい。いや、どちらかというとレオンが知った上で彼にもセフェク達の説得を手伝わせるつもりだろうか。
確かにティアラとレオンの合わせ技なら、セフェクとケメトも納得してくれるかもしれない。こうやって聞くと、レオンもセフェクやケメトと本当に仲良くなったんだなぁと思う。……私よりも、もしかすると。
むぐぐぐぐぐ……とこっそりそう思うと羨ましい。セフェクとケメトと知り合ったのは私の方がちょっぴり先なのに、今やレオンの方が仲良しなんだもの。社交性まで完璧王子恐るべし。
「別に構いませんが」と悔しさを抑えて取り合えず定期訪問に、ヴァルも珍しく同席するのを私からも了承する。ヴァルもレオンと一緒の方が心強いのかもしれない。
「逐一説明も面倒くせぇ」
そっち‼︎⁈
もう飽きたかのように首をゴキゴキ回すヴァルに、あとちょっとまで声が出かかった。まさか説得以前の問題だった。この人全部丸投げする気満々だ。
まぁヴァルに協力を求めてるのは私の方だし、説明の手間を省く協力くらいはするべきだろう。
ステイルが追って定期訪問の時間も伝えれば、生返事だけが返された。お昼前の時間だし、うっかり遅刻しないと良いけれど。
ヴァルにとっても思ったより早い時間帯だったのか、ちらりと今から時計を確認した。まぁ彼の場合いつもの高速移動であれば、大概の時間は間に合う筈だけれども。
そこまで考えていると「おい主」と低い声で呼びかけられる。他にも何か不安か不満かしらと思いながら目を合わせれば、さっきより鋭くされた眼差しで見上げられた。
「…………行くんだな」
さっきまでの面倒そうな表情とも違う、確認するような静かな眼差しだった。
ガシリと自分の髪を掴んだまま、それ以上は言おうとせずに口を結ぶ。片眉を上げた彼は、他でもない私の返事を待っている。
ステイルの説明ではなく、あくまで私を待つ彼に全身の強張りを感じながらも目を合わせた。
何処に、と尋ねる必要もない。定期訪問の行き先のことじゃないことくらい私もわかっている。胸を張り、彼へと向けて王女らしく背筋を伸ばす。
さっきまで全部ステイルに説明を任せた私だけど、この全ては間違いなく私の意思でもある。
鼻から息を深く吸い上げ、唇の隙間から細く吐き出した。
母上達の提案通りラジヤへ行くのも、そこで四作目の攻略対象者である我が国の民を助けに行くことも、ステイル達に助けてもらうことも、騎士団に守って貰うことも、セドリックに依頼をしたことも、これからレオンを頼ることも、……そして今、ヴァルに協力を求めていることも全部
「……ええ、行くわ」
私の意思。
女王らしく笑んで見せれば、彼は両眉を上げて見返してきた。本国ではないとはいえ、ラジヤ帝国。そこに救うべき彼らがいるとわかった時は戸惑いもあったけれど、今は恐れもあまりない。ピンと張り詰めた緊張感だけだ。
第二作目の学校を乗り越えられたからもあるかもしれない。最初から皆着いてきてくれると思える今は、余計に。だって彼らが居てくれるのだから。……そう、〝私は〟彼らにいて欲しい。
「付き合ってくれるのでしょう?」
フ、と口にしながら勝手に音が漏れた。
確信を持ってそんな大それたことまで言ってしまえば、彼の目が身開かれたまま丸くなった。もう、彼の返事は今日よりずっと前に貰っている。
それもまた、わざわざ説明しなくても伝わるとわかって今度は私から口を閉じ返した。床に座ったままの彼と佇む私で、こちらが見下ろす形になるけど今は気にしない。
ニヤリ、と期待通りの悪い笑みを浮かべてきた彼に、私もまた口元が緩んだ。影響されたのか、さっきまで意識していた整然とした王族らしい笑みじゃないと自分でもわかる。
けれど今は、彼の主らしい王女の笑みで。
内側から軽くなった胸を張り、覚悟も自信も隠さずみせつける。
自分の膝に頰杖を付いた彼は、今もその形のままだ。けれど、さっきまでの面倒そうな様子は微塵もなくなった。ニヤニヤと人を揶揄う時や悪いことを企む時の笑みで、牙のような歯を見せてきた。
「仰せのままに?」
─ ヴァル参戦決定。