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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
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Ⅲ18.騎士は訪れ、


「!帰ったのねアーサー」


店に入ってすぐ声を掛けてくれた母上に、一言返す。今日は休み?と聞かれ、予定がずれたのだと説明する。

店の客もまばらに座っている中、物珍しそうに振り返ってきた。「でかくなったなぁ」と会う度に呼んでくる客は、殆どが昔馴染みの常連だ。

もともと稼ぎの為でなく趣味の延長戦だった母上の小料理屋は、馴染みの客の為に開かれているような部分も大きい。母上も、営業時間や料理の品数は延長短縮も増減もこだわりがないのに、店を客の為に開くという一点だけは拘っている。

どうもと、一礼で済ませようとすれば「最近どうだ?」「元気してるか」とまた常連の話が続く。すると母上が早足で「ちょうど良かったわ」とカウンターの向こうから回り込む形で駆け寄ってきてくれた。

母上が動けば、いくらしつこい常連でも無理に話しかけてこようとはしない。昔から常連の相手が苦手な私もあまり常連と長く話し込みたくはない。

常連の一人が「仲良いもんだ」と言いながら、視線を母上へと向けた。



()()()()()()()()()が見に来てくれるなんてクラリッサさんは幸せ者だなぁ」



「そんなことありませんよ。もうこの子ったら最近はたまにしか顔を出してくれなくて」

「いやいやたまにでも会いに来てくれるってだけで恵まれてるぞ?うちなんて息子夫婦も娘夫婦もみ~んな田舎に引っ込んじまって……」

「そうそう!うちも実は最近引っ越しが決まってよ……一緒に来ないかって誘われたんだが今更新天地なんてのもなぁ」

母上が言葉を返せばまた常連達が話し始める。

こんな時間にもう飲み始めている彼らに、母上はきちんと代金を貰っているのかと少し心配になる。私が騎士団長として給金は家に入れているから店は大丈夫だろうが、母上が上手く利用されていないかとたまに思う。


騎士団長の母親ということもあり裏家業の標的にされることはないが、同時に金を貸してくれ今夜だけでも食わせてくれ食料を分けてくれと頼りにされることも多い。

父が亡くなってから二、三年経つまで母上に色目で近づいてきた連中が、今も何食わぬ顔で常連として顔を出すことにたまに吐き気がする。クラークが死んでからは余計に顔を出すことが増えた。

母上は「あんなのお酒の上の冗談だから」「ちゃんと言えばわかってくれたから」と言っていたが、父が亡くなってから急に店に通い始めて一年もしねぇうちに求婚してきた野郎は出禁にしやがれと、……今でも、思う。


ハァ……と気付けば溜息を吐き、片手で頭を押さえる。

昔から常連は苦手だが、今は別の理由でこうして嫌悪も抱いてしまう。父を失ってから私よりも遙かに母上に寄り添い力になってくれた常連も大勢いるというのに、未だに上手く好きに思えない。

騎士団長になってからは私にまで「借金取りに脅されている」「家が泥棒に入られた」「娘が帰ってこない」と、頼りに来る者も常連どころか近所に住民からも相談が増えた。そういうものも全て含めて私個人にではなく騎士団へと相談を通せと母にも伝言を頼んだが、誰もが城に近づくことも恐れ、……「クラリッサの息子のアーサー」以外の騎士は信頼できないと言う者もいる。


「母上、彼は?」

長話を始めようとする常連の言葉を遮り私から切り出せば、母上も同じことを話そうと思っていたのかすぐにこちらへ振り向き小声で耳うちをしてくれた。

「まだ駄目」と、短い母上の言葉に私も肩を落とす。あれから騎士団の演習後になるべく帰っているが、なかなか彼と接触する機会はなかった。こうして度々母上に話しを聞くが、今のところ変化はない。……部屋に閉じこもり、会話の一つも望もうとしない青年は。


ブラッド・ゲイル。未だ常連にも伏せている、我がベレスフォード家が引き取った青年だ。


客間にしていた空き部屋を与えたが、それから一日の殆どをそこで過ごしている。食事も一日一度しか取らず、母上からの呼びかけにも答えないことの方が多い。

引き取って一週間の口を閉じたまま食事どころかこちらの呼びかけに反応すら示さなくなった頃と比べれば大きな変化だが、それでも頑なさは変わらなかった。扉の鍵を開けることは簡単で、彼も立てこもるわけではない。

触れようとすると酷く怯え、また部屋へと逃げ込むか毛布を被って震え出す。手負いの獣のようになってしまったことも、……無理はないとわかってはいる。


母上の深刻な表情を察してか、店にいた常連達が金を置いて一人また一人と去り出した。

母上も「すみませんね」と愛想笑いで見送りながらも、引き留めはしなかった。それだけ私に話したいことの方が優先事項なのだろう。……母上に、彼の面倒を殆ど押しつけてしまっていることは本当に申し訳がない。

最後の客が出て行ったところで、母上は手早く閉店の看板を下げた。扉を施錠し、残された食器や代金を回収するよりも先に「アーサー」と今度は少し低めた声で私を見上げる。


「……貴方、本当にあの子を引き取るつもり??ベレスフォード家の一員にするの?」

「母上、彼の面倒を押しつけてしまい本当に申し訳ありません。しかし以前にもお話した通り彼は他に」

「そんなことを言っているんじゃないの」

ぴしんと、叱りつける声に思わず口を閉じてしまう。……そういえば、父も生前はこうやって母に怒られている頃があっただろうか。


眉をつり上げる母上に、私も頭の位置を低くし両手を横に聞く姿勢を見せる。

「あの子の事情は良いの」と、そこについては引き取る前に相談した時と変わらず構えてくれている母に、それだけでも頭が上がらない。

危険かつ制御もできていない特殊能力者。盗賊に襲われた村に火を広げ、結果的に全滅へと招いた青年。彼を我が家に住まわせたい、私は騎士団がある為母上に負担が向くことになると全てを洗いざらい話した上で、母上は応じてくれた。


「何日でも何年でも預かることは構わないの。私も店なんて暇だし、貴方とロデリックのお陰でお金には困っていない。けれどね、引き取るということがどういうことか本当にわかっているの?あの子の家族に、立場上は〝父親〟になるということの責任を本当に理解している?年があんなに近い子を」

「……父に、なるつもりはありません」

母からの叱咤に、気付けば釣られるように私の声も低まった。

そういうことかと、今更になって理解する。彼が手に余るという意味ではない。この私自身に資格があるのかと問うている。私が彼の父親代わりになれるのかなど、……そんなこと最初から決まっている。


首を横に短く振った私に、母上が顔を険しくさせた。「どういう意味?」と尋ねる母上に寧ろ、……母上は彼を養子としてそこまで本気で受け入れようとしてくれていたのかと知る。

母上ならばきっと、時間の流れと共にブラッドを孫と呼ぶことも、親子になることも可能だろう。

私が、代理でも父親になれるわけがない。実の父のことも最後まで落胆させるばかりで、親子らしいことなどもう記憶に少ない。


私と違い、たった一日で父親代わりの兄も妹も母親も失った彼に、今更この私が父親など名乗れるわけがない。

あくまで彼にとって「衣食住を提供する人間」で良い。由緒正しき騎士の家系であるゲイル家の血を引く彼に、ベレスフォード家の系譜を押しつけたくもない。

私がロデリック騎士団長の遺族であることが一生変わらないように、彼にとっても「ゲイル家」であることは一生変えられない。彼の大事な家族を、突然まるごと変えろなど言えるわけもない。

……もともと、養子を取る気もなければ、むしろ適当な縁談話はないかと考えていたくらいの時だった。



『ちょうど良いではありませんか。騎士団長』



あの凄惨な山火事から彼の裁判を終え、何日も経ってからのことだ。

いつまで経っても彼を牢から出す許可も出さない摂政から呼び出しは、予想した通りの不快なものだった。

……いや予想以上の、と言うべきだろう。

彼の処遇については私も気に掛かっていた為、呼び出されてすぐに本題を促した。いつまで彼の処遇を保留にするのか、法に則り特別処置はまだ敵わないのかと。

摂政はまるで私が急かすことを待っていたかのように、濁った漆黒の目を私に合わせ、提案した。




ブラッド・ゲイルを特例として王国騎士団で請け負えと。




孤児の後処理までは騎士の職務ではない。それは例え誰の身内であれど例外ではない。

任務で孤児を見つける度に騎士団が引き取っては、際限がない。ティアラ女王の代から騎士団への処遇見直しこそされたものの、全ての孤児の世話をするほどの資金はない。

最初はあまりに耳を疑う命令に、また私個人への嫌がらせかと思った。しかし、聞いていけば聞くほどに摂政は本気だった。

あの男は合理化のつもりなのか、時折狂ってる。


『未だ我が国の騎士不足は深刻。件の山火事でも村人や盗賊だけでなく騎士が一名殉職しました。報告ではその青年の身内だったと記憶しております』

淡々と表情のひとつも変えず、あれほど凄惨な事件と事実を語り出す彼の顔は始終薄気味悪かった。「たった一人遺された彼には酷く同情します」と声色しか変えず、眉のひとつも動かさなかった。

話し方から報告書には本当に目を通していることはわかったが、私に愛想笑いが無駄だと理解したあの男はそれでも時折表情の違和感が滲み出る。


『少し調べさせましたが、ゲイル家は騎士の家系です。彼にも騎士の誇り高き血が流れている。貴方方の尊ぶ騎士の血をここで絶やすのは本意ではないでしょう』

騎士の誇りを事あるごとに引き合いに出す、卑劣な手だ。

確かにブラッド・ゲイルの兄であるノーマン・ゲイルも我が国の騎士。そのお父上も、祖父曽祖父その先にも騎士の系譜が紡がれていることは、騎士団長室の記録でも少し調べればわかった。

騎士の血を絶やすのは本意ではない。しかし、我々騎士団からその系譜が絶えている原因こそ国に、前女王そしてあの摂政にある。どれほどの由緒正しき騎士がこの十年余りで殉職や辞職で途絶えたか。

『彼は十四歳。騎士団入団規定にも合っています。特例処置として入団試験を免除し騎士団に入団させ、これから育てあげるべきでしょう。騎士の家系ならきっと才もある。あの特殊能力も、騎士として使い方を身に付ければ将来的に大きな戦力になる』

『いくら十四とはいえ、彼が騎士の訓練を受けてきたとは限りません。家族を失ったばかりの子どもを無理矢理騎士に引き摺り込むなど許されることでは』



『七歳。……私が王族として引き摺り込まれた年です。前女王の治世以前から国がそれを許しました。



黒縁眼鏡の奥を黒に澱ませ、正しいことのように語る。語れば語るほど薄気味悪さが強まり、しかし顔の皮一枚上だけは表情が無のまま維持されていた。

語りこそ王家の判断のようにも聞こえるが、つまりは己と同じ不幸を味わえと言っているようなものだ。

確かに騎士団に入団させれば、彼も特殊能力の扱い方も学べるだろう。……騎士団長子息であり遺族の私に対し気を配ってくれた騎士団であれば、ゲイル家系譜の彼のことも受け入れはするだろう。しかし



ブラッド・ゲイルは、何の為に騎士になるというのか。


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