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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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そして閉幕を見届ける。


「……やっぱり、団長達も追い出しの件とかは言わない方向なのでしょうか…………アンジェリカさんの為にも」

「恐らく、そうかと。団長本人が立件を望まない以上、こちらとしても騒ぎ立てるわけにもいきませんが……」


プライドに問われたところで、一度フォークを下ろすカラムは少しだけ難しい眼差しをオリウィエルのいる場所へ向けてしまう。

ここがフリージアであれば、どういう理由であれ騎士として見過ごすわけにはと判断する部分はある。被害者が良いと言っても、事件は事件だ。しかし、今は異国で自分達も正体を隠す身、団長にしらばっくれられれば立件しようとも裁くことは難しい。

ですよね……と、団長がオリウィエルを勧誘し直したと聞いた時点で結果として予想できたことだが、本当にこのまま彼女の事件はサーカス団に飲まれるのだなと、プライドは静かに思う。アレスの語る〝別世界〟という言葉がまた頭に浮かんだ。

再びフォークを動かしサラダを口に運ぶ。肉やパンと違って、腹に溜まらない野菜は比較量も多く残っていた。


「でー、その時アンジェリカさんすぐにラルクさん様子が違うってわかったんですか?」

「決まってんじゃーん!ここ一年私を無視して目も合わせてこなかった奴が急に話しかけてきて目合ったら「え?」って思うし」

「あれは、……あれも、すまなかった……。………ごめんなさい」

下働きの青年の投げ掛けに、アンジェリカはぷんっと鼻を高くしてから八つ当たりに骨付き肉に歯を立てブチリと食いちぎった。ラルクからの素直な低頭もわざと視界にいれない。

もともとは若い者同士の同僚だったが一年前にオリウィエルの支配下になった時から、関係を一方的に断ったのはラルクの方だ。彼女に心酔するまま他の女の影など誤解でも立てたくなかった。

しかしアンジェリカからすれば、恋人ができた途端に縁切りされたような感覚は気分の良いものではなかった。


「カラムお前本当にアンジェリカさん相手に頑張ったなー。結構気難しかったんじゃねぇ?」

「まぁ……。しかし、協力的にして下さる部分に関してはとても頼れる経験者だった」

わはは、と軽く笑い流しながら声を潜めるアランに、カラムも前髪を指で押さえて言葉を選ぶ。

苦手分野を教えてくれずに隠し通そうとしたことも、それでも断行すると言い張られた時も困ったが、彼女にその弱点さえなければああはならなかっただろうことも理解している。

カラムに「頼れる」と言われること自体にはプライドもアンジェリカへ純粋に尊敬と賞賛を思うが、同時にアランの言葉を全面否定しない時点で本当に大変だったんだろうなぁ……と、察してしまう。第一部では素晴らしい演目を見せてくれた二人だが、その裏には高所恐怖症と戦ったアンジェリカとそのアンジェリカを最後まで誘導したカラムの血の滲む努力の賜物だ。

なにか労うべきかと視線を泳がせれば、早々におかわりに入ろうとするアランと違いカラムはまだ皿が進んでいないと気付く。プライドやアランが話しかける度にフォークを止めるカラムは、当然その分速度も遅くなる。もともと早食いでもない。


「でも良かったじゃんか。お陰でお前ジャンヌさんと堂々と踊れたし」

「ッそれとこれとは別だろう!!」

人前で言うな!と、その言葉を飲み込みカラムは必死に声を殺す。

まさかのプライドの前で言われ本当ならば怒鳴りたいくらいだったが、ここで悪目立ちするわけにもいかない。団員達にも見えないように背中をバシリと手の平で一発叩いてから拳を握った。

むしろそれを言うならばプライドの舞台に堂々と飛び入り参加したアランの方が凄まじいと言いたくなる。何より、結果として成功したとはいえ「良かった」とは言いにくい。

一番良いのは、アンジェリカの恐怖心もそして何者からの妨害もなく演目を成功させることだったのだから。

今回はなかなか心臓に悪いことが多すぎた。むしろ、経緯はどうあれ氷柱の先にプライドを投げてしまったことは悔やんでも悔やみきれない。思い返せば今も、謝罪をするべきかとまたフォークを取ろうとした手が途中で止まった。

もともと空腹も騎士として慣れているカラムだが、今は食事よりも思考が忙しい。当時もプライドには謝ったが、ここでもう一度正式に謝罪すべきかという思考と、それも今は悪目立ちしてしまう為後に回すべきか、自己満足で二度も謝罪するのはという思考が混ざり合う。


眉間に皺を寄せるカラムに、プライドは大分やはり疲れているらしいとそこでそっと大皿から焼き菓子と果物を別の皿によそった。

疲労には糖分を!!と、そっとアランとカラムの前に皿を添える。気付いたアランから「ありがとうございます!」と放たれてからカラムも気付き、頭を下げた。

「お二人も、本当にお疲れ様でした。公演も両部とも楽しかった……と言って良いかわかりませんが、無事に終えられたのもお二人の協力あってだと思います」

「いえ、とんでもありません。危険な目にも遭わせてしまい、申し訳ありませんでした」

「むしろジャンヌさんの方がお疲れ様でした。それに俺は結局楽しかったですよ!」





「それは本当かアラン!!」





ドン、とまるで大砲のような響きに劈かれ、直後にアランだけでなくプライド達も身体を発声先から反らす。

見れば、さっきまで団員と賑やかに語らっていた中心の団長が目をギラギラさせてアランを見ていた。あまりの眼差しと光に、聞き返すより先にアランから「い゛」と声が漏れたのをカラムは聞いた。


突然の名指しに、周囲の団員からの注目を受ける。団長が釘で刺されたような眼光のまま大回りで自分の方に歩みよってくれば、アランは敢えてプライド達の方へ辿り着く前に早足で別方向へ逸れた。

本音は逃げたくなったが、この状況で逃げる方が追われて面倒になる。顔が引き攣りながらもカラムから離れ、プライドから離れステイルから離れ、アーサーから離れ、自然と足がエリック達のいる丸テーブル側へと移る。

珍しく逃げ腰なアランにエリックは巻き込まれそうな危機感よりもそちらで動けなくなった。明らかにエリックの方へ逃げたのだろうアランに、騎士のジェイルとマートは速やかに無言でレオンとセドリックをさらに下がらせた。団長の厄介さを知る王族二人も素直に誘導には従う。

大股で迫る団長は両手を広げ半分飲んだジョッキを片手のままアランへ「嬉しいな!!」と一直線だった。


「団員にそう言って貰えることが団長として一番の喜びだ!!これからも我がサーカス団で輝いてくれるかね?!」

嫌ですね。の、一言をアランは寸前でごくりと喉を鳴らして飲み込んだ。本音は即決だったが、流石に団員全員がいる前で拒絶を大声も悪いと良心が僅かに勝った。

勢い余って抱き締められる距離まで迫られたアランは、エリック以外いなくなった丸テーブルに背中をぶつけた。今は護衛がたくさんいるし自分だけテントの上にでも逃げようかと考えたくなる。


アレスと団長、それと他の団員達では情報量が違う。団長は当初からアランとカラムがステイル達と同じ、あくまで潜入の身である騎士ということも知っている。特殊能力者であるカラムは勿論のこと身体能力の凄まじいアランもアーサーもジャンヌも、手品も企画力もあるフィリップも本音を言えば全員欲しい。

そこでちょうど自分のサーカスへの好感を聞けば、聞き逃すわけもなかった。雇用条件で騎士に勝てないことが突きつけられた以上、残すはやりがいと夢だけだ。


せめて一人でも!!と目を若干血走らせる団長からの遠回しの勧誘に、アランも少し喉が干上がった。

ここで口任せに「はい」とは言えるが、その途端にこの場から面倒なことになることを確信する。こういう種の人間はその場で「決定」「よし今から歓迎会だ」「これからよろしく」と外堀から埋めると知っている。

「いやぁ~~えーーーー」と言葉を伸ばして時間稼ぎをするアランの危機に、エリックも助けるべく団長を背後から羽交い締めの形で押さえつける。「無理強いはちょっと……!」と耳打ちするが、団長自ら発する声で本人に届かない。

「アンガスも帰ってきたんだ!空中ブランコもより素晴らしい、いや歴代最高の伝説に」




「すみませんが、団長。アランさんとカラムさんも、僕らと同様のお約束ですよね??」




興奮に氷をかけるような冷えた声に、団長もぴたりと止まった。

振りかえれば、ステイルがにっこりと社交的な笑みを向けていた。覚えてないとはいわせないぞと言わんばかりの笑みの裏側を団長もすぐ読み取った。

一気に勢いが落ちて前のめりからエリックに取り押さえられた姿勢へと背中が直立に戻っていく団長に、アランは胸をなで下ろしながら気付かれないように下ろした手でガッツポーズをする。助かった!!と心で叫ぶ。


団長がアランにこれ幸いと王手をかけようとしている時点で、プライドとステイルも意見は互いに目を合わせた瞬間に合致した。

既にオリウィエルは止め、〝予知〟した団員が他に疑わしき者がいないことを一通り確認した。団長も元の椅子に戻ったサーカス団と繋がりもできていれば現時点でサーカス団に入り込んでまで探る必要はない。

大事な近衛騎士にこれ以上苦労をかけるくらいならば、はっきりと言葉にするしかない。先手を打ってきた団長に、ステイルもプライドも勝手を許すわけはなかった。

フィリップから突然のカラムとアラン脱退宣言に、団員も口がぽかりと空いたまま耳を疑う。暫くの沈黙後「どういうことだ?」「え??」と、疑問をやっと口に出し始めたところでステイルは再び団長へ杭を打つ。


「クリストファー団長。突然にもかかわらず長らくご協力ありがとうございました。明日からも度々訪問させて頂きますが、団員としては今日までで結構です」

協力費と弁償費用は必ず払いますので、と。腹黒策士からのさらなる先制攻撃に団長はまだ言葉が出なかった。

もともと調査の為であることも数日ということも了承したが、まさかの団員の前ではっきりと纏めて断られてしまったショックで硬直する。

そんな!と言いたいが、もともとそういう約束だと自分もわかっている。だからこそ必死になって一人でも誰かと動いたのだから。


皿を置いたまま、にこやかな笑顔を維持したステイルがゆっくりと歩み寄れば、エリックも拘束から手を離す。団長がゆっくりとだが振り返り始めれば、アランも素早くテーブルと団長の間を縫って二メートルまで距離を空け逃げた。

肩が丸くなり、哀愁漂う眼差しを向ける団長にもステイルはまったく惑わない。有望な団員かつ身内にも思えるほど心強い五人が一気にいなくなることに落胆する初老の男の表情は同情を引くには充分だったが、どこぞの宰相の手の平と比べれば動じるに及ばない。ただし



「…………代わりに、一つご提案が」



漆黒の眼差しが、団長の目には別の色で光って見えた。

僅かに怪しげな誘いの声で続けたフィリップの言葉に、団長も少し眉を上げた。今回の提案も結果としてラルクもサーカスも取り戻し、興業も上げられた以上、次なる提案も期待できる。

団長の目が大きく開かれ、落胆より期待の色が強まったところで、ステイルはそれを口にした。

直後、団長の目がギラリと太陽のように輝き決定が響かされる。


「素晴らしい!!!」


「フィリッピーニ!君を信じていた!!」と声高に歓喜を叫ぶ団長に、団員がオリウィエルの処遇について最終決断を迎えたのはアランカラムの脱退について説明を求めるよりもまた後だった。


サーカス団潜入任務は夕食会を最後に、無事閉幕を迎えた。


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