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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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Ⅲ180.侵攻侍女は聞き、


「……ということでこれからは彼女の特殊能力も大いに有効活用しつつ共に我らがサーカス団でさらなる高みに向かおうということだ!!どうだ素晴らしいだろう!」


ハハハッ!!と高らかに笑う団長に、拍手を送る者はいなかった。

無事サーカスの興行と片付けを一区切り終え、夕食の時間にそれは行われた。多くは無いが酒も用意され、これから団長のいつもの演説の後に食事を行うところだ。

返金無し確定した興行収入に更に臨時収入が加わったことで、下働き達が追加で買い込んだ食材も含めて料理長も腕を振るった。ご馳走の数々がテーブルに並べられれば団員の誰もがそこに集った。


そう、全員が。


つい近日に入団した新入りと、そしてサーカス団から姿を眩ませた元団員。その団員の代理に参入した新入り。その上、ジャンヌ達の協力者という男達までも集められ食卓はケルメシアナサーカスにとってはいつにもなくの大所帯になった。

更には団長の話が始まる前から、団員の誰もが料理以外にも注視した。全員で万歳祝杯をするには、今回の公演は成功もあればトラブルも多過ぎた。その代表者であるラルク、そしてアレスが団長の隣に並び、更には今まで一度も食卓に姿を現さなかったオリウィエルまでレラと猛獣三匹に囲まれる形で肩を狭めて俯き立っている。

過去ケルメシアナサーカスでも異色に分類される食事会に、団長の説明が始まる前からその場は混沌だった。


やっと団長による食事会の音頭と説明が入れば、今度は瞼を無くしオリウィエルと団長を見比べるしかなくなる。

同席していたプライド達も居心地悪く肩が強張った。団長に是非ともと招待された食事会であることもそうだが、何よりも団長が一体どのような説明をするかが不安での同席だ。

一度締めくくった団長の言葉に、本当にそれで説明がつくのかと当事者であるプライド達が一番胸の内で叫ぶ。彼の説明はご都合改良もされていなければ、詳細とはほど遠い説明だった。


全員の注目を集め、オリウィエルを同席させた上で彼らにした説明は、彼女が魅了の特殊能力者であること。そしてジャンヌから聞いた、条件の恋愛経験と女性には効果がない点。そして今までは制御できなかったが、今日から解くことと掛けてしまってもすぐに本人は自覚できるから心配ないというあまりにも不安要素の多すぎる情報だけだった。

その上で、ジョッキを掲げ笑う団長に、最初は誰も言葉が出ない。事前に情報を知っていたのは、プライド達を覗けばオリウィエルを任された下働き女性のレラだけだ。


一人高らかに笑う団長に、しんと無音で返す団員達は思考の整理だけでも忙しい。てっきりもっと違う話がされると思ったのに、全く別方向の爆弾を落とされたような気分になった。

招かれたとはいえ流石に団員達の食卓に共に囲む気にはなれず、別の丸テーブルから距離を取って様子を伺うレオン達もなんとも言えず口を結んでしまう。この膠着が何秒続いてしまうのか、と頭の中で秒読みしてしまう。セフェクとケメトと一足先に寮へと帰させたヴァルに至っては、既に丸テーブルの料理に手を付けていた。


「……お……おい、団長?!ちょっと待ってくれ。オリウィエルが??なんでいきなりそういう話になった?」

「要は自分に惚れさせるってことですよね?…………まさか、ラルクさんのここ一年のって」

「ていうかあ!!本当に効かない人は効かないのぉ?!団長実はもう好きになっちゃってるとかない?!ねえ!!証拠は?!」

一人がぽつりと戸惑いを口にすれば、呼び水のように次々と団員が目を泳がせ団長へと前のめる。

全員が困惑の色を露わにする様子に、当然だとプライドも静かに思う。むしろそうでなければおかしい。中には早速オリウィエルの特殊能力とラルクを関連付けている団員もいる。

まだ彼女がラルクの猛獣を取り巻いている理由も、今まで団長を敵視していたラルクが大人しく団長の隣に立っていることも、そしてアレスとラルクの騒ぎについても何も説明されていない。憶測が憶測を呼び、最悪の妄想すらも可能にさせる。

目の前で香しくうっすらと湯気も残している料理すら、目に入らないほどに団員達全員が団長とオリウィエルを見ては声を荒げた。攻撃的に聞こえる言葉を耳にする度に、オリウィエルの首が縮みすくみ上がる。

客観的に見ているステイルには、この場で第二の戦争が起こってもおかしくないほどの荒れようだった。


団員達の声が一斉過ぎて殆ど混ざり上塗り聞こえない団長は「おぉ興味津々だな!」と陽気に笑う。

隣に並ぶアレスとラルクすらその声を拾えなかったほどの喧噪の中で、団長は全く変わらずの楽しげな顔だった。

先生を含む一部の年長者団員だけがもう諦めたと言わんばかりに我関せずとなる。ラルクが眉を寄せた苦しい顔で俯いても、アレスが頭を掻いて顔を顰めても団長だけは常に変わらない。まぁまぁまぁと両手を前に伸ばし、小刻みにパタパタさせる。

落ち着け静粛にと、声の代わりに動作で示せば団員達も一度はそれぞれ口を噤んだ。問い質すにも聞くにも、声が届かなければ意味もない。全員が静まり、しかし視線が全て自分に集中しているのを確かめてから団長は再び満面の笑みを浮かべてみせる。


「諸々細かい部分も答えよう。まずは皆、ご馳走を楽しみながら聞いてくれ。今日のご馳走はすごいぞ?そこにいるフィリップの友人達の奢りだ」

そう言いながら、まず矛先を変える。丸テーブルで約一名を覗き、団員と同じく食事の機会を待ち伺っている男性達に団員も視線を向けた。

正体不明の彼らが、特別席で一部二部ともに寛いでいた者だと何人かは気付いたが、殆どにとっては初対面だ。どうも、と手を軽く上げる動作でレオンとセドリックが挨拶すれば、続いてエリック達は礼儀正しく頭を下げた。

奢り、という言葉に団員達も邪険にすることはできずに手を振り返すか頭を下げてしまう。てっきり今日の興行収入からの大盤振る舞いだと思ったが、奢りだと知ればありがたみも増す。昨日の肉の塊やパンとも違う、今回は料理長の手も加わった間違いない料理だ。さらにデザートの果物や焼き菓子まで並んでいる。

「冷めないうちのほらほら」と団長がダメ押しをすれば、自然とテーブルのご馳走にまた目が惹かれていく。昨日の夕食から団員が更にはサーカスの公演を終えた後の今、全員が空腹だった。ごくりと喉を鳴らす音も聞こえれば、更に団長はダメ押しをする。


「まずは食べ始めてくれてから質問を受け付けよう。冷めたら料理長が可哀想だ」

瞬間、誰ともなくほぼ一斉に団員達がご馳走へと手を伸ばした。

骨のついた肉をわし掴み、甘い果物を最初に確保し、サンドイッチを種類も選ばずとにかく一個二個と自分の皿に置き、魚丸々一匹に直接かじりつく。団長への説明不足の不満も手伝い、男も子どもも女も関係なく大口だった。

あまりの勢いに、プライド達は手を逆に引っ込め背中をわずかに反らしてしまう。騎士達に毒味をしてもらう料理を選ぼうにも、あっという間テーブルの中央から大皿自体が他の団員の手元へと連れて行かれてしまう。昨日もそうだったが、今日はもっと皆空腹だったのだと改めてサーカス公演の苛烈さをプライドは思い知る。

後から乾杯を損なったことに団長も気付いたが、すぐに肩を落とすだけで諦める。当事者として手が進まない様子のアレスとラルクにも「お前達も食べなさい」と大皿を促した。

思ったよりもすぐに質問が飛んでこないことに、二人も数秒呆けてから渋々と料理を取った。団長も先に酒でグビグビと喉を鳴らしたが、途端に酔われる前にと気付いた団員が声を上げた。食べかすを溢しながら、さっきよりも威勢の良い声で食べかけの肉を掲げる。


「団長!!本当に今は操られてないのかの証明は!!?」

「まず彼女は三体しか操ることができないらしい。今はラルクの猛獣達が三匹懐いてみえる理由もそれでわかるだろう?」

「本当は四人とかじゃないのぉ!?」

「大丈夫。それについても確認済みだ。不安なら条件に合う誰か特殊能力を受けてみるか!同時に猛獣達一匹が彼女から離れていくからわかりやすいぞ」

許容量を超えると、最初に操った相手から強制的に解かれるらしい。と、軽々しく彼女の人的被害を試そうとする団長に、手を上げる団員はいない。

だから条件に合う者は彼女に触れないように!と注意を続けられれば、十センチ程度だがレラを覗いたオリウィエルの周囲が更に距離を開けた。もともと猛獣達により守られていた彼女だが、団員からも距離を取る意識ができる。

下働きの一人がぼそりと「操られることより恋愛経験の有無バレるのエグくないか」と呟けば、敵意よりも苦笑いを浮かべてしまう団員も出た。ここで彼女を警戒するということは、そういうことになる。無条件で安全な女性であるリディア達を羨ましく思う団員も出る。


大勢の視線を浴びて、早々に顔を蒼白にするオリウィエルはレラによそわれた皿にも手を付ける余裕がでない。立っているだけで精一杯だった。

まだ、本題に入っていないにも関わらず自分へ向ける目は好意的とはお世辞にもいえないものばかりだ。やっぱり今すぐにでもテントに逃げたいと一分に二十回は思う。


「おいラルク!!お前は!なんでいきなり団長の隣に平然と並んでんだ!!」

「あっ!第一部中の猛獣乱入もちゃんと説明しろ!謝れ!!」

ビクッッ!!と一番大きく震えたのはオリウィエルだ。

まさに自分の行いが知られる直前だと理解し、息も止まる。団員達からの注目を一身に浴びたラルクは、魚の骨を口から指で取り除き残りを飲み込んだ。

自分にも当然に指摘が入ることはわかっている。今まで団長を追い出そうとしたのも、団長へ酷い振る舞いや態度を取っていたことも団員全員が知っているのだから。

団員からすれば急に態度を改めたのか、和解したのか何があったのかと全く要領を得ない。オリウィエルと関連つけなければ、理解できることではない。

団長からも「説明できるか?」と陽気に促され、ラルクも眉を寄せたまま団員達を視界に入る分見据える。人前で話すことは苦手だが、相手は団員。なにより、ここで団長に任せても説明が説明にならないことはよくわかっていた。

「まず、すまなかった」と低い平坦な声で謝罪をしたラルクは両手を横に深々と彼らに頭を下げた。


「要所だけ言う。オリウィエルに触れられて、ここ一年以上僕は正気じゃなかった。けれど、だからといって団長やサーカス団に犯したことが全て許されるとも思っていない。今後はきちんと貢献できるように誠心誠意努力する。……あと」

聞かれたらと決めていた説明を一字残らず順番に告げるラルクに、団員達も目を見張る。一年以上前のラルクを知っている団員からすれば、気持ち悪いほどに今のラルクに違和感がなかった。

落ち着いた波のない口調こそ今までとも変わらない。しかし冷ややかな眼差しでも敵意の眼差しでもない。その上であそこまでべったりだったオリウィエルから離れ団長の隣にいれば、まさに一年前のラルクそのものだった。

さらには、食べかけの魚を置いた皿を前に両手が空いた彼はおもむろに腰の鞭に手をかけた。ここ最近は特に自分達団員に向けてきた彼の武器でもある。彼女に近づくな、彼女が嫌だと言っていると睨まれ脅された覚えのある団員達は多い。

そして今、鞭をバシンと足下に叩きつけたラルクはそこで握ったままにオリウィエルの方へと突きつけた。


「何度も言うが僕の猛獣達だ。今は我慢してやっているが、明日には絶対代わりを見つけさせて猛獣達は解放させる。今日だけだ絶対に今日だけ」

「よしよしラルク!今日は我慢してくれたお前の心の広さには本当に私もオリウィエルも感謝している。皆!この通りこれからはラルクも以前通りだ喜んでくれ!」

オリウィエルに向けてこの上なく殺気の込めた眼光を向けるラルクに、団長が両肩に手を置き宥める姿に古株の団員は目が遠くなる。嗚呼ラルクだ、と。たった一年の間に懐かしくなってしまう団長とラルクのやり取りに、またあのラルクが戻ってくるのもまた苦労するなと一部は思う。

しかし、ここ一年のラルクよりはずっと良いことは変わらない。今も、団長に宥められ下唇を噛んで鞭を下ろすラルクだ。しかも怒っているのは操られていた一年よりも今は猛獣達を奪われていることなのが彼らしいと古株は思う。

ラルクが以前に戻ったことを理解した下働きの一人が手を上げる。ラルクと元々は関係もそんなに深くはないが、しかし彼がオリウィエル保護になってから押しつけられた仕事を確認してみる。


「あの~猛獣の世話は今後どうしますか?」

「勿論僕がやる。餌やりも掃除も毛繕いももうやらなくて良い。今まで押しつけてすまなかった」

よし!!と、下働きの多くがそれに拳を握る。それまではラルクが全て担っていた仕事だが、また本来の状態に戻った。

ラルクの指示さえなければ大人しい猛獣達だが、いくら餌をやろうと洗おうともラルク以外に懐くことがなかった。むしろ機嫌を傾ければいつ噛み千切られるかもわからない危険と毎日隣り合わせの仕事でもある。今迄は交代制で回していたが、今後はラルクが一人でやってくれるのならば願ったりでしかない。ラルクの言うことならば猛獣達は喜んで聞くのだから。

良かったな、これで大分楽になると下働き同士で喜ぶのを眺めながら、プライドは口が僅かにヒクついた。ちらりとステイル達へも目を向ければ彼らも似たような曖昧な表情だった。


オリウィエルの特殊能力にラルクが操られていたことについては自然と全員が受け入れていることに、若干恐怖を覚える。

普通はもっとアレスくらい怒ってもいいことだ。食事を得て、気持ち的にも落ち着いてきたこともあるが、それにしても団員達の受け入れが広すぎると思う。

次に手を上げたのは少女だった。今日やっとサーカス団に復帰できたユミルだ。久々のご馳走に口の周りを汚しながら、「団長」と呼びかける。


「もしかしてアレスお兄ちゃんが二部でおかしかったのも同じですか?」


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