そして見通しを持つ。
「……けど、やっぱり……手紙書き終わったらまた頑張って読むから……」
「そう仰って三週間です。しかもまだ二通しか書き終えておられないとおっしゃりましたよね?」
ぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……
だって、だって!!と下唇を噛まないと子どものような言い訳が出そうになる。
セドリックと文通していた頃はこんなに時間が掛からなかったのに!どうしてもアムレット宛の手紙は時間を掛けてしまう。ステイルなんてパウエルへのお返事を三日で書き終えてフィリップに預けたというのに。
言い訳を探して「セドリックは全校女子生徒の手紙も一週間で読破したし」と苦しいことを言えば「彼は例外です」「あの人は違いますっ!」とステイルティアラからダブル攻撃を受けた。
前世の夏休みの宿題だってこんなに追い込まれた気持ちになったことがない。
顔を上げてもう一度部屋を見ても助けはいない。ノルマをこなせず打ちひしがれる第一王女に誰もがなんとも言えない苦い表情だ。
「……本当はこれをお伝えするのは、進捗状況によって考えようと思っていたのですが」
ハァ、と溜息混じりのステイルの言葉にひんやりと嫌な予感が背中を走る。
盗み見るように視線をステイルへと上げれば、ちょうど懐へ手を伸ばしたところだった。なんだろう、懐に入るサイズだし書状だろうか。今日分の届いた手紙ならもうマリー達が積んでくれた後なのに。
ステイルが取り出したのは、やっぱり手紙だった。けれど、いつもの積まれた手紙と違うどちらかというと庶民向けの……。
まさか!!と思った時にはステイルの漆黒の眼差しが光った時だった。気になったティアラがそっとステイルの手にもつ手紙の封筒を覗き込めば、表情が僅かに強張った。苦笑、に近い妹の表情とステイルの射抜く眼差しに背中が反る。
「ネル〝先生〟からジャンヌ宛ての御手紙です。先ほど、こちらへ伺う前に副団長からお預かりしました」
きゃああああああああああああああああああああ……。
ネル、ネル先生……まごうことなき同一人物様。
けれど彼女は私の正体をまだ知らない。ステイルの話によると、ネル先生から「ジャンヌの親戚の人に渡して」と言われて預かった手紙を副団長は近衛騎士にも任さず自らの足でこの王居まで届けに来てくれたらしい。もうなんか本当にごめんなさい。
私と文通していることを知っている筈のアムレットやファーナム姉弟に頼まず、お兄さんである副団長に直接頼むネルもネルながら、副団長も副団長でお忙しい身で直接届けに来てくれるなんて!!!
もう今度からは近衛騎士に預かったもらって良いですと私からお伝えしよう。騎士団演習場から王居までだって結構離れているのに!
手紙は嬉しい!ネルとは第一王女としても仲良くしてもらっているつもりだけど、ジャンヌとしてのネル先生も大好きだもの!けど!今は!!数が!!
そんなことを考えながらも、ステイルの手に掲げる手紙から目が離せない。六枚プラス一枚!!合計七枚中書き終えているのはたった二枚!!
「遠征まで残り三日。遠征中も当然ながらプライド宛ての手紙は大量に届きます。遠征から帰ってきて、それから貴方が最初に読む手紙は一体何日、何週間、何か月前のものになるとお思いですか……?」
天才策士に完全詰将棋のように逃場を封じられていく。
若干黒い気配まで見えるステイルは言葉以外の全身全てで「もう諦めてください」と言っているようにしか見えない。
今の状況では遠征前に手紙全てのお返事を書くことすら不可能。そして長い遠征機関中にノルマは増え……もう無間地獄しか見えない。
完全に追い詰められて小さくなる私に、ティアラがぱたぱたと駆け寄ってくる。「お姉様っ!」と言いながら、ぎゅっと私の両手を元気づけるように握ってくれる。
「私もお手紙の整理お手伝いしますからっ!!今日は先に手紙の山を一度整理しましょう!学校のお友達には帰国してからもお返事できますし!」
「………………はい」
投了。
もう可愛いティアラにそんな一生懸命に言われたら逆らえるわけがない。
がっくしと肩を落とす私に、そこで複数の息が図れる音が落とされた。見ればステイルが「それではこちらで」とテーブルの前に座り、更にマリーがこちらに歩み寄ってきたと思えば手紙の山を一言断ってから机横からテーブルの方へ運んでいった。マリーも毎回毎回この手紙の山をなんとかして欲しそうだったから処分大賛成組だ。
私も机の前から立ち上がり、今書きかけの手紙を一度片付ける。まるで大家族の年賀状整理のようにどっさり手紙を一枚一枚手分けして区別することになる。
せめてもの情けで、手紙の差出人を全員私が確認するのは了承して貰えた。今まで手紙をちゃんと読んできたお陰で差出人名で大体同じような内容が書かれている人か、珍しい人からの手紙かは判断できる。
「ティアラ、差出人不明の手紙は全て俺に寄越せ。それだけは間違いなく確認してから燃やしたい」
「兄様、せっかくならジルベール宰相も呼ぶ?」
いえそれは流石に……。とステイルに応じるティアラに力なく笑ってしまう。
手紙の処分作業だって毎回手伝って貰っているのに、忙しいジルベール宰相をここで呼ぶのは申し訳ない。ただでさえ彼は来週大事な予定が迫っているのに無駄に疲れさせたくない。
ステイルからも却下が入り、代わりに専属侍女のマリーとロッテ、そしてステイルの専属従者フィリップにも簡単な作業は手伝ってもらうことになった。
流石に近衛兵と近衛騎士にまではさせられないけれど、それでもなかなあの大作業だ。
綺麗に一方向に重ねられた手紙を、私が封筒だけで次々判断する。なるべく最近手紙をくれるようになった人は読むように、そして国名不明や差出人不明の手紙はステイルに。アクロイド……は多分いつもの典型文の恋文だろうから今回は読まずに見送りにする。
「じゃあこれは見送りに……」とテーブルの一角に置いたら、その途端ステイルが私が弾いた差出人と同じ名前の手紙はチェック抜きで処分方向にとフィリップ達に指示をした。確かにそれなら私が何度も確認しないで済む。……けど、なんだか本当罪悪感凄まじい。
次々と差出人で毎回同じ内容かな、と思う人を弾く枠に重ねれば、手紙の山から次々とマリー達がそれを探り当てては弾いてくれる。まるでババ抜き前の準備作業だ。
「お姉様、こちらの公爵のネペンテス家も宜しいのですか?こちらフィルズ爵子ではなく、公爵からですよ??」
「ええ……、多分また家の夕食会へのお誘いだと思うから……」
「失礼とは承知ですが最近その名を聞くだけで眉が寄りかけるので苦労します」
名前が一緒なのは罪じゃないから……。そうやんわりステイルに言いながらも、強くは言えない。ステイルもわかっているからきちんと社交場は仲良くしている相手だ。
しょうがない、ネペンテスという家名は他国でも我が国でも珍しくない家名だ。それにフィルズだって普通に良い人だ。昔からこうやって私に手紙をくれるし、……何故か途中からは恋文の典型文やコンサートのお誘いとかになったけれど。多分家から圧力が大変なのだろうなと思う。
だからか、最近ではお父様である公爵まで私に手紙を書くようになった。こういう家は他にも珍しくない。ヤブランからもライラックからもベロニカからも各国来ているし。
「!お姉様っ、ミリアからもお手紙が来てるのですね!」
「ええ、……多分またネルの刺繍についての問い合わせかなと思うけれど一応ね」
最近はそういうのも増えた。
セドリックの誕生日パーティーを皮切りに、未だ謎の多い私の刺繍職人の正体やお近付きになりたい女性は多い。お陰で今まで〝フリージア王国第一王女〟宛ての男性からのお手紙が殆どだった私宛にも、女性からの手紙は増えた。ネルが人気なのは心から嬉しいけれど、そうでなければ女性から手紙が少ない事実はちょっと悲しい。いや仕方がないのだけれども。
こちらはネルの貴重なお仕事に繋がるかもしれないから一応確保側だ。
「プライド。もっと思い切って捌いても良いのですが」
「けど、カンナ帝国とモンステラも……あとリナリアもここから同盟に結びつくかもしれないし」
ちまちまと削ってもやっぱり後程読む確保分の割合が大きい私に、ステイルが訝しむ。
学校が開いてからプラデストを一目見たいと同盟希望の国も増えた。更にはセドリックが最近少しずつ動き始めた国際郵便機関目的もあるだろう。学校のモデルケースは今はまだフリージアだけで、国際郵便はあくまでフリージア王国の同盟国主軸だから。
多分セドリックも同じように手紙の嵐なのだろうなと思う。私の場合は例によって第一王女へ御近づき手法の恋文が大いけれど。皇女や王女がいればきっとセドリックにも同じような手紙が届いているだろう。
同盟国を増やすことは我が国の望むところだし、私もやっぱり今後の為にも御近づきになりたい。場合によってはそれこそ正式にお返事の書状が必要になる。
ステイルが眼鏡の黒縁を押さえながら「それはそうですが…」と呟く中、そそくさと新たな国からの書状も確保側へと移す。
「お友達へのお手紙も、無理せずに帰国してからにしましょうね!その方がたくさんお土産話もかけますし!」
「ふふっ。あくまで〝ジャンヌ〟としてだけどね」
あっ!と直後にはまん丸の目でティアラが自分の口を覆う。
だけど工夫すればそれらしい話題にはなるわねと私からフォローすると、マリーとロッテだけでなくステイルやフィリップまで小さく笑った。流石ティアラの癒し効果。
取り敢えずは恋の相談アムレットに書き切れれば及第点としておこう。今週末会うディオスとファーナムお姉様にはお返事はなんとか書き終えているもの。山に住んでるジャンヌの出来事として一つでも良い報告を書ければ嬉しい。
「マリーやロッテも一緒だから心強いわ」
目の前で手紙整理を手伝ってくれるに笑いかける。
ステイルの専属従者のフィリップはお留守番だけど、マリーとロッテは今回は私の身の回りの為にもあり付いてきてくれる。
「護衛も現状は全て完璧です。協力を求めたい相手には全員了承を得られましたから。……もちろん、近衛騎士の皆さんは一番頼りにしています」
少し落とした声色で呟くステイルはそこで私の背後に向けて視線を注いだ。
振り返れば、アラン隊長とエリック隊長が揃って頭を下げてくれていた。うん、本当にその通りだ。
騎士団以外にも協力してくれる人達はたくさん居て、既にその為に動いてくれている人もいる。
国を離れることもラジヤの領域に行くことも不安はないといえばウソになるけれど、彼らが居てくれる限りきっと大丈夫だと思える。
必ず、我が国の民を救えると。




