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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
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そして気合いを入れる。


「パウエルもいらっしゃい。兄さん、ちゃんと休めてた?」

「アムレットの顔見れた時から兄ちゃん元気いっぱいだぞ!!!」

「おかえりアムレット。これ、いつもの。アムレットは毎日食ってるだろうけど」


街に帰って来た後も久々に近所や友人へ挨拶廻りをしていたアムレットは、いまやっと家に帰れたところだった。街でも頭が良く、友人も多いアムレットに会いたがっている人間は多い。

学校は、授業は、友達は、寮生活はとアムレットに会えば誰もが質問も途絶えない。アムレットのことも、学校のことも知りたい人間は多い。もう一人学校に通っているパウエルは馴染んだとはいえ会話が得意ではない為、その分もしっかりとアムレットが街中に挨拶に回っていた。

パウエルもいるから大丈夫。パウエルも友達と仲良くしてるのと。アムレット越しにでも聞けば、彼を心配する年長者達も胸を撫で降ろした。

四年前には初対面の相手に目を合わせることもできなかった青年が、今では知らない人間だらけの学校で問題を起こさず平和にやってこれていると思えば微笑ましい。


パウエルも彼女が自分の分も挨拶に回ってくれていることはわかりながら、少し申し訳なくも思う。当初は一緒に付き添うくらいはしようかとしたが、アムレットから断られた。

「私に任せて!」と胸を突き出したアムレットは、パウエルと並んで挨拶廻りすれは余計に妹扱いが周囲からも確立し続けることを痛感している。街の人間からのパウエルとアムレットの扱いは「兄妹」なのだから。

パウエルが差し出したかごに、アムレットはわっと声を上げた。「リネットさんのパン!」と満面の笑みで手に取り、早速床ではなくテーブルへと運ぶ。


「嬉しい。リネットさんのパン美味しいから人気で最近じゃ女子寮でも争奪戦なの」

「そっちのは結構日が経ってるからちょっと固いけど」

「日が経っても美味いもんなあリネットさんのパンは!」

女子寮の寮母として働くリネットのパンは、街に住んでいた時から三人にとってご馳走の一つでもある。

女子寮に移り住んでからも街へ帰る度に彼の好きなパンを大量に焼いておいてくれている。最近は仕事に慣れる為に忙しくなかなかパンを食べきれないパウエルからのお裾分けだった。

ミルクで良い?と帰り際に勝ってきたミルク瓶を見せるアムレットに、フィリップも弾むように立ち上がる。折角なら珈琲も入れるかー!と提案したが、直後には二人から揃って「休んで」「休めって」と止められた。

二人が居る時くらい得意の珈琲で歓迎したいフィリップは少しだけ肩が落ちた。最近練習している紅茶も未だステイルの腕には遠く及ばない。王族のくせに自分より紅茶を淹れるのが美味いステイルは少しフィリップも羨ましかった。


「そういえばパウエルは仕事の方どう?ちょっとは落ち着いた?」

「ああ、最近やっと少し覚えてこれた気はする。フィリップの言う通り雇い主は良い人だ。……まだ、すげぇ食わされるけど」

ははは……と、途中からは少し枯れた笑いが零れてしまう。

フィリップに頼み貴族の屋敷で衛兵として雇われたパウエルだが、彼の中で想像した衛兵の一日とは少し違っていた。既にその事情も何度か聞かされているアムレットとフィリップも顔が半分だけ笑ったまま止まってしまう。


城の従者という大出世とそして宰相との縁を謀らずとも形成したフィリップに、屋敷の元雇い主は手放しで大歓迎だった。

最初こそクビになったのかと警戒した雇い主達だが、そのまま仕事は決まり今回は友人を紹介にと言われれば客間にまで二人を通した。しかも、衛兵希望とはいえ紹介されたのは顔の整った若い男性である。美男子好きの夫人が即採用を決め、その後もフィリップの紹介であるパウエルのことはかなり目にかけた。

衛兵なら身体が基本と。衛兵の業務以外にも鍛錬を課せられたパウエルは、もともと身体つきに恵まれてはいたがそれでも足りないと食事もしっかり課せられた。これを全部食べきってから休憩、その後は鍛錬そして衛兵の業務を覚えると想像以上にめまぐるしい時間を過ごしていた。

お蔭で夕食用に焼いて貰っていたパンも腹が膨れて入らないことが増えた。


「奥様、パウエルのこともかなり気に入ってたからなぁあ。他の衛兵みたいにムキムキになるまで続くかあぁ~~。やっぱパウエルも従者にしておけば良かったな」

「大丈夫本当に?!その奥様に変なこととかされてない?!」

自分好みの顔に技術を求める奥様。元雇い主の性格をよくわかっているフィリップだったが、まさかそんな歓迎のされ方は想像もしていなかった。

身体づくりにも援助はあるだろうと思っていたが、自分達の中でも大食いな方のパウエルがそれでも苦痛を覚える域の量を食べさせられているのだから。

リネットと共に住むようになってから食事もしっかり食べさせてもらっていたパウエルだが、毎回腹がはち切れるほどに肉を食べさせられるのは流石にきつかった。庶民でいればなかなか食べられない肉の固まりは最初はただただご褒美だったが、今は後の胸やけが頭に過る時もある。


パウエルの身を案じて顔を青くするアムレットは、未だに兄が紹介した職場がまともなのか疑っている。

仕事で鍛えてくれるのは良いが、業務として限界まで食べさせるなんてそれこそ絵本に出てくる子どもを食べる魔女だ。

今からでも従者にするか、仕事別のにすれば?!と心配する兄妹にパウエルは力なくだがはっきりと首を横に振る。今までの仕事のどれよりもきついことは間違いないが、衛兵の仕事を覚えられて貴族との関係も作れて、そして身体を作るのに必要な食事も食べさせて貰える。その分リネットのパンが腹に入らなくなったのは少し悲しいが、夢の為にもここは逃げられない。

ぱくりと、目の前のパンを頬張りながら優しい甘さに少し慰められる。今日は仕事がなかった為、普通にパンも美味しく腹に入った。

相変わらず頑なにやめる気はないと示すパウエルに、アムレットは少しだけ唇を絞った。働き始めてから少し身体が逞しくなった気はするパウエルだが、パウエルのことが気に入っている奥様の話を聞くと心配で仕方がない。


「パウエルのやりたい仕事だし応援するけど……。でもほら、先月学校でも話題になったのとか。手紙届けるだけだから人とあんまり関わらないと思うし、フリージア国内なら仕分けとか事務の仕事もあるらしいよ」

国際郵便機関。先月から試験始動している機関は、今のところ順調に配達業務が続いている。もともと同じ第一王女による発案機関という繋がりもあり、プラデスト学校でも今後の卒業者への職業斡旋先に含まれるという広報も行われた。

給料も含めて待遇も良く、プラデスト卒業者は優先的に雇われるとの報せに大勢の生徒が目を輝かせた。学校の創設者プライド第一王女の発案機関、そして代表は〝あの〟王弟セドリックである。事務職は特に女性にも人気が高かった。


怪しい貴族夫人の元で働いてまで衛兵を目指すくらいなら、そういう健全な仕事もあると示すアムレットだが、当然それもパウエルは首を横に振る。

アムレット自身、ついこの前まで兄に夢を認めて貰えなかったことで苦しんでいた為、パウエルにも強く言いたくない。他のパウエルが気に入りそうな仕事を上げるのが精いっぱいだった。

なにより、パウエルが衛兵になるのが嫌なのではない。パウエルに色目を使っているかもしれない夫人という雇い主がいる職場が凄まじく不安なだけだ。


「ごめんな。けど俺どうしても衛兵になりてぇから。貴族の家なら城への仕事も推薦とか貰えるかもしれねぇし」

「おうとも!絶対貰えるぜパウエルなら!!俺だって奥様に推薦もらったようなもんだからな!!」

実際はステイルやジルベールの根回しも大きいが、それでも城への繋がりがあることはフィリップが身をもって知っている。

パウエルの夢を全力で応援するべくバシン!と逞しい背中を思い切り叩いた。以前よりもフィリップからの一撃が痛く感じなくなったのも衛兵の鍛錬の成果かなとパウエルはこっそり思う。

いつものように断られたアムレットだが、そこでふと首を小さく傾ける。何でもないように言われた言葉にどこか引っ掛かるものがあると思考を回せば、すぐに言葉に出せた。


「…………城??」

今まで、パウエルが衛兵になりたいことも、その為に小間物行商を止めて兄の紹介する屋敷で衛兵の短時間勤務を紹介されたことも聞いたアムレットだが、城という単語は今初めて聞いた。

ぽつりと呟いたアムレットに「言ってなかったっけ?」とパウエルも丸く瞬きで返す。フィリップには城を目指そう、城下の衛兵でもどこかの領主下の衛兵でもいっそ街のでもと夢を膨らませたパウエルだが、はっきりと最大目標が城であることはフィリップにも断言していない。

そしてアムレットには城も視野にいれていることすら明言していなかった。将来の夢が城で働くことであるアムレット相手に〝衛兵〟といえば、当然城の衛兵を想定することが前提だった。

聞いてないと首を小刻みに横に振るアムレットに、フィリップも「そういや一番は城か?」と確認する。二人の視線に少し気恥ずかしくなり遠慮がちに頷くパウエルに、アムレットも目の奥が朱色の蛍のほうにぽわぽわと光り出す。まさかパウエルの夢が自分と同じ職場とは想像もしなかった。


「じゃあ、……いつか、もしかしたら私もパウエルも、城で……?」

「まあ目指すのは衛兵だし、アムレットやフィリップみたいにすげぇ仕事じゃねぇけどな」

「ううんすごい!!嬉しいっ!!絶対一緒に働こう!!!」

バン!!とテーブルに両手を付きながら、今日一番の声を張るアムレットは希望に溢れていた。

自分が城で働くのを目指すことを認められただけでも最近は意気の高まっていたアムレットだが、更にパウエルと同じ職場かもしれないと考えれば夢が広がった。

自分より年上のパウエルがもし兄と同じく城で働くようなことになれば、自分は学校に通う間もっとがんばれると思う。いつかは三人で職場へ通う光景も頭に浮かんだ。


「パウエル!勉強も頑張ろうね!!城の衛兵なら学校の成績優秀者って絶対良い印象だと思うし!私もわかることは力になるから!」

「……そう、だな。頑張る。アムレットは俺よりも頭良いもんな」

兄に通じる大声を続けながら今からやる気に燃えるアムレットに、パウエルも静かに微笑んだ。

勉強なら同じ特待生でもアムレットよりもヘレネという同級生の友人がいる。昼休みにはアムレットと同じ特待生の首席次席の双子にも会う。それでも、アムレットの力になるという言葉はそのまま受け取りたくなった。

二人から貰える応援の言葉だけで、明日からもまた放課後に死ぬ気で衛兵の仕事へ向かえると思う。

腕を伸ばし、ぽんとアムレットの胡桃色の頭を上から撫でる。その途端、さっきまで燃えていたアムレットの勢いが一瞬で飛んだ。代わりに顔色が茹ったように赤くなる。ちょっと子ども扱いされていると思いながら、それでもパウエルからの大きな手に心臓がばくばくと暴れ出した。


「じゃあ今度高等部の授業のノートも見て貰って良いか?アムレットなら俺よりも理解できると思う」

「ままま任せてっ!今も皆で勉強会してるから説明も慣れてるし……~っ」

「?!アムレットどうした?!風邪か?!!熱っぽいなら横になってろよ?!兄ちゃん付きっ切りで看病するからな!?」

もう兄さん!!と直後には目を吊り上げて照れ隠すアムレットに、パウエルは手を引っ込めながら二人を見比べる。


いつかもし会えたら今度は〝ステイル〟に、きちんと自分の大事な二人を紹介したいなと胸の奥でまた夢を広げた。


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