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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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203/321

心の準備し、


「なんだどうした緊張しているのかアーサー!汗を掻きすぎると化粧が落ちてしまうぞ?!」

「ッ団長?!なに堂々と舞台裏に出てきてやがる!なんで出る気満々なんだ!!」


ハッハッハッ!と両手を広げ笑い声をあげる団長に、アレスだけではなく周囲の団員達も振り返った。

ラルクからテントに近付くなと怒鳴られたことは団員の間でも有名な話だ。その団長が堂々と裏口正面から現れたことは衝撃だった。

さっきプライド達が会った時には下準備の手伝いとして演者の化粧を手伝っていた程度である。まさかその本人が本番さながらに衣装や化粧を済ませているとは思いもしなかった。

プライドもアーサーも血の気が引きながら呼吸も一瞬止まる中、団長の背後に立つアランは頭を掻きながら苦笑していた。団長を無理矢理にでも回収しようとするそぶりも今はない。


「アラン!団長見とけっつったろ!!」

「あー見てたんですけど、なんか最初の開演挨拶はするって聞かなくて。取り敢えず格好するだけなら良いかなーと」

すみません、と笑い流しながらもアランはちらりとアーサーとプライドを確かめる。

団長の暴走で舞台裏に向かうとまで言われた時は力尽くで止めようかとも考えたアランだが、自分一人よりもアーサーもいてくれたら方が互いに動きやすい。何より、自分とアーサーが舞台に出される時にはまた別の護衛であるカラムに団長を任せないといけない。その為にも演者が必ず集合する舞台裏は都合が良かった。

まさか本当に開演挨拶をするとまでは思わない。


「大丈夫だ!ラルクもこの開幕挨拶には現れないだろう。客にいつもの挨拶をしたらまたその辺に隠れるさ」

「ラルクの猛獣共に速攻で見つかんぞ!大人しく化粧落として奥引っ込んどけ!!」

プライドもアーサーも言葉が出ない。

アランが交代を踏まえて現れたのは察せられたが、あまりにも団長の自信が大まか過ぎると思う。ラルクがもしこの場に現れれば最悪の場合本番どころではなくなる。ラルクの責任になれば賭けは勝てるが、サーカスとしては大赤字である。それなのに客への挨拶をする為に自ら訪れた彼が、客への誠意の塊なのかそれとも単なる目立ちたがり屋なのかもわからない。


「いやしかしそれでは折角の舞台が見れないだろう?私も新入りやアンジェリカ達の勇姿を……」

「!あっ。それなら団長、客席に混ざったらどうですか?化粧落としたらどうせ客にもバレませんし、今日はちょうど団長も〝知り合い〟呼んでますよね?」

特殊能力者であるカラムを始めとする今日しか見れない舞台をこの目で見たいと駄々を捏ね出す団長へ、アランが思いつく。

ちらりと幕の向こうへ視線を向けながら、彼らになら任せても安心だと考える。一番は大人しくテントの外に居てもらうことだが、騎士である自分達三人も舞台が一度は控えている以上いつ団長がどこかに消えるかよりも他の騎士に見てもらう方が安全である。今は少なくとも五人の騎士がテントの客席に控えている。

アランからの〝知り合い〟という言葉に、団長もすぐに察しがついた。「なるほど!」と声を上げ、名案だと目を輝かす。それならば誰よりも良い席で舞台を見ることができるのだから。

ラルクにバレないように、一先ずは裏舞台に入り浸ることは諦めた。


「……まぁ……こっち側いねぇでくれるならそれで良いけどよ……。アラン、連れてくんなら責任持ってお前が頼んでこい」

団長の無事が確保されるならもう何でも良い。

その気持ちのまま顔を顰めるアレスに、アランもはっきりとした声と共に手を振り返した。団長が挨拶を終えたら自分の出番前に速攻でエリックに任すと決めた。

そのまま無駄に肩をぐるぐる回しながら団長が幕裏に歩み寄れば、プライドとアーサーの方が反対にそろそろと幕から更に距離を取った。そのままアランの傍へと並ぶ。


「お、つかれ様です。アランさん……」

「いや〜あの化粧すっげぇよなあ。アレ全部鏡見ながら一人でやっちまうんだぜ?」

今日も変わらず団長に引き摺り回されている先輩を労うアーサーだが、アランの方は平然と笑って返した。それよりもとアーサーに続いてプライドが自分を労う前に団長の背を軽く指差す。

歯を見せて楽しげに笑うアランにアーサーも胸を撫で下ろしながら、投げかけに頷いた。

「確かにすげぇですね」と溢すアーサーに、プライドも同意する。衣装こそ団長らしいマントや帽子だが、化粧の力でアレスよりも更に別人に扮していた団長に感心してしまう。元祖サーカス団員と比べれば、自分もアーサーも大した化粧ではないとまで感じられた。アランに至れば、本人そのものだ。


「やっぱりお似合いですね、衣装。アランさんもとても素敵です」

「ありがとうございます!アーサーと比べりゃ全然ですけどね。ジャンヌさんは昨日と変わらずすっっげぇお綺麗ですよ。あ、あと可愛くもあります!」

ははっ!と笑いながらアーサーの肩を叩く。

途端にアーサーから「いえそんな」と謙遜ですらない心からの言葉が漏れる。絶対自分よりアランの方が身体付きからして逞しいし、格好良い。女のような化粧をべた塗りされてない分も含めて男らしい。揃いの衣装だから余計に際立つ。

騎士団でも同じ団服だが、それと違い今ははっきりと自分とアランの筋肉量や締まり具合までわかってしまうから一方的に恥ずかしい。


しかしアランにとっては団長からの化粧の力の入りようも去ることながら、やはりアーサーの方が似合うし顔立ちも相まって女性も喜ぶだろうなと考える。

むしろ正体を隠す為とはいえアーサーは仮面を被るのも勿体無いとすらこっそり思う。もともとその甲乙自体どうでも良い為、自分よりアーサーの方が化粧で贔屓されようと全く気にならない。あれだけ塗りたくられずに済んだ分、得ですらある。


真正面から褒めてくれるアランに不意を突かれ「ふぇ⁈」と声を漏らしたプライドも、そこで一瞬視線が泳いだ。あまりにはっきりと言われてしまい、反応に困る。

お世辞でも嬉しいわと言いたいが、アランの性格上きっとお世辞じゃないのだろうと今はわかってしまう。


「い、いえありがとうございます……。アランさんも、本当に格好良くて……。おっ男らしい格好、いえ!男らしい衣装だからこそすごくアランさんにお似合いだと思います!」

せめてアランから貰えた分の賞賛を返したいと思いつく限りの言葉で褒めるプライドは、拳を握りながら僅かに前のめる。

アーサーも間違いなく格好良くそして鍛え抜かれた身体だと思うが、露出する衣装だとやはりアランの身体は際立つと思う。比べてどころか、違った格好良さである。

アーサーがアイドル衣装なら、同じ衣装でもアランだと風格が違う。アイドルというよりもアクション俳優のような風格を感じられた。本音も言えば〝筋肉隆々で!〟や〝腹筋が!!〟と言いたくなったが、逆に褒め言葉ではなく失言になりそうで怖い。アランやアーサーにそこで引かれたら立ち直れない。


力説のあまり途中からアランに負けずの声を上げるプライドに、アーサーも思わずじっとアランの露出した筋肉を見てしまう。騎士団でも筋力肉体共に上位の自分だが、やはりアランには敵わないと己が腹を摩った。

プライドなりに全力で褒められたアランも、流石に顔が笑ったまま暑くなる。じわ〜と末端から熱が上がってくるのを感じながら、今は空笑いも出てこない。

自分なりに素直な感想を伝えただけのつもりだったが、まさかプライドからこんな大きな反撃がされるとは思っていなかった。

額から汗まで滲んでくれば、やはりアーサーほど塗りたくられなくて良かったと思考の隅で思う。

頭を掻きながら必要以上に指に力が入り、そのまま痛みも感じる余裕もなく髪を数本うっかり抜いた。今は取り敢えず可愛い格好のプライドに褒められたことに、この場でガッツポーズしたいほど嬉しい。本気で空も飛べる気がする。


プライドの前に棒立ちになったまま露出した肌までほんのり赤く火照り出すアランと、何か褒め間違えたかしら?!と後から顔が熱くなるプライドと、そしてプライドに全面的に同意しながらも今はアランの肉体が少し羨ましいアーサーとで三つ巴だった。


「だ〜から幕の傍でイチャつくんじゃねぇっっつってんだろ本番前だぞ」

なんだあいつらマジで、と。

次の演者の化粧を施すべく一度椅子に腰を下ろすアレスは、ぐわりと顔を顰めた。団長の断言通り姿を見せないラルクを見回しながら、またオリウィエルのもとにいるのかと思う。しかし今は昨日入ったばかりの新入りの分際で誰よりも呑気にしか見えない特殊能力者でもない正真正銘化け物演者を睨みつける。


化粧の手を止め、降ろす。ゆっくりと息を吸い肺を膨らませ、そして二度目の怒鳴り声を荒げるべく喉を張り上げた。


「新人共!!さっさとそこ退け邪魔だ視界入んな!集中切れんだよ!!」

ぶっ殺すぞ?!と牙を剥き叫ぶアレスの怒鳴り声にプライド、アーサー、アラン三人それぞれ温度差は違えど「すみません」と振り返る。

幕前を鼻先に佇む団長一人をそのままに、護衛のアランも共に今は距離を取った。団長が舞台に出れば幕の間際まで立って見守るが、それまではプライド達と共に居ることにする。

視界からは決して外さずとも、そこで大人しく精神統一してくれる分は一番安全でもある。自分達の目の届かない場所へうろうろ歩かれる方が苦労する。

いつもの騒がしさが別人のようにしんと静まり返る団長の背中を見つめつつ、改めてプライドにアランは頭を下げた。


「すみません自分の所為で怒鳴られて。お褒めの言葉、ありがとうございます」

自分の頭に右手を置きながら謝罪するアランに、プライドも慌てて首を横に振った。

とんでもありません!と声を抑えて首を振りながら、またちらりとアレスを見る。幕から完全に離れたことで今は睨まれるまではしていない。

もともと演者である自分達は他の下働きと違い本番までの時間は、下準備さえ終えていれば自由に過ごすことを許されている。が、演者であるにも関わらず忙しなく他演者の化粧をやっているアレスを見ると確かに騒ぐのも申し訳なかったなと思う。

幕の向こうは騒めいているからとはいえ、衣装をお互い褒め合うなど緊張感が掛けていたとプライドは気を取り直すように意識的に一度咳払いをした。

そろりそろりと後ずさる形で幕から更に距離を取り、アランの射程圏内で邪魔にならない端に三人で落ち着いた。そして潜めた声で改めてプライドは投げかける。


「……団長の化粧、あれ本当に一人でやられていたのですか?」

「ああ、はい。そりゃもう手慣れた様子でした」


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