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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
201/289

Ⅲ121.貿易王子達は着席する。


「開場しまーす!」


ケルメシアナサーカス第一部。

正午に開場が行われた途端、前売りチケットを所持する客はここぞとばかりにテントの中へと早足で突入していった。

中には周りを押しのけ駆け出した者もいる。誰もが見晴らしの良い席を狙い前を前をと腰を下ろす。前方の席に煩わされず手を伸ばしキャストへ手を振り声を上げ、時には目配せも与えられるかもしれない最良席で見たいと思うのは当然のことだった。今この時の為に買ったチケットの値段も決して安くはない。


当日券を購入した者も誰よりも良い場所をと走り狙う中、中には席どころかまだ空いたままの特別席と札の置かれたそこに構わず座した者もいた。

二人組で足を組み腕を組み、ここは譲らないぞと男性特有のガタイの良さを主張し息巻いたが、その後にゆるやかな足取りで入場した十人の団体が立ち止まる。

「そこは我々の席で」と丁寧な口調でチケットを見せつつ立ち退きを促した栗色の髪の男に、アァ⁈と唸ったが動じる者はだれもいない。

それでも街でもガラの悪さで有名なつもりのゴロツキ達が恐喝まがいで威嚇した。途端に、栗色の髪の男と目配せし合った二人の男達が動く。

なるべく穏便に、力付くで席から持ち上げるように剥がしずるずるとテントの外へと引き摺り出す。この場でも実力行使はできるが、あまり目立たない為にもテントの外で済ますのが早い。

話せこの野郎と怒鳴り散らそうとする口を塞ぎつつ、手慣れた確保の動きで排除した。


「お待たせしました、リオ殿ダリオ殿。どうぞ」

「悪いね、エリック」

五人分の席横二列の特別席。

そこで最も見やすいその席の最前列中央をと王族である二人へ譲る。中央に、特別席を得た本人でもあるレオン、その隣にセドリックが掛ける。ゴロツキを除去したマートとジェイル以外の騎士も、護衛の為に背後の席へ移動しようとした。……が、既に王族よりも先にずっかりと席に寛ぐ三人に戸惑う。


「ヴァル、君達も前に座れば良いじゃないか。もう三人分空いたよ?」

「めんどくせぇ」

最前列だろうがその後ろだろうが大して関係ない。

最前列中央席のゴロツキを騎士達がどけている間に空いてる後ろ席の端に座したヴァルに、ケメトとセフェクも続くように腰を下ろしていた。結果として背後の一番良い真ん中席にケメトが座している。邪魔者が撤去されたからといってわざわざ前席に固執したいヴァルでもない。そしてヴァルが動かないならば自分達が動かないのも同じだった。

中央席に座るレオンだが、振り返れば背後席にいるのがケメトのままだと確認する。背後の席はその分一段高くなっているが、自分とケメトでは体格に差があり過ぎる。足が長いレオンだが、座高でもやはりケメトには充分壁になる高さである。

見えるかい?とレオンが尋ねれば、ケメトも正直に首だけでなく自分の上体ごとを傾けての「大丈夫です!」だった。


「ケメト、セフェク。テメェらは前行け」

顎で前方を差し促すヴァルに、セフェクとケメトが互いに顔を見合わせる。

まだ前方が空いているセフェクはまだしも、現時点で前が見えにくいケメトを前にセフェクも少し考える。せっかくなら三人で一緒に見たいが、ケメトが見えにくいのでは本末転倒でもある。

前後列には充分に高低差をつけた段をつけていたが、今日の十人席は自分とケメト以外の全員が男性の平均を上回っている体格である。大型テントとはいえ、直接の収益に関わる客席は一人でも多く収納できるように密集型の席構成の為、高低差もレオンとケメトの身長差を埋めるには至らない。

昔ほどヴァルと離れるのも不安ではない分、席の前後くらいならとも考える。しかし、せっかく三人で来れたのなら一緒にも見たい。

ケメトも、セフェクの思ってくれていることもヴァルが考えてくれていることも理解した上で困った。自分は顔の向きを変えればちゃんと隙間から見える分、不満はないが体格の小さい自分が後列なのは間違っていることも自覚はある。


「ヴァル。やっぱり君もこっちの列来なよ。君も団長に招かれた一人じゃないか」

「こちらも配慮が足りず申し訳ない。こちらが端に避けますのでお気になさらず」

「ンなことしねぇでもガキ共が前くりゃあ良い話じゃねぇか」

たかが席の話にも関わらず自分を動かそうとするレオンと、まとめて三人分席を開けるべく端に詰めようと腰を浮かし出すセドリックにヴァルも眉を吊り上げる。

長い脚で自分の前方にある空席二つをそれぞれ蹴飛ばし示せば、セフェクとケメトも席から一度降りた。そこならば振り返ればヴァルもいて近い。

しかし、そうなるとまた違った問題が生じると先読みできていたレオンは、二度手間にならないうちにゆっくりと自分も腰を上げた。


「そうなると君、僕らの護衛達と仲良く隣になるけど我慢できるかい??」

「……………………チッ!!」

ダンッ!と、数秒の沈黙後に座っていた状態から足元の段を踏み鳴らし立ち上がる。

イライラとその後も舌打ちを繰り返しながらも仕方なく後方から前方の列へと一段降りる。二段目からあとの後列は客が少しでも見えやすいようにと段構えに設営されているが、最前列につけば舞台と同じただの剥き出しの地面である。

後列の足踏みでは前に座っていたレオン達だけでなく、席の繋がっていた他の客達にまで振動が伝わったが、一段降りた今はただただ地面を蹴りつけるだけで終わった。階段としても低く感じられるその段差に、この程度のことで自分が煩わされることに腹が立つ。


ヴァルが前列に降りる意思を示したところで、ケメトとセフェクも共に前へと降りた。

セドリックが端へと一個席をずらし、レオンは横にはずれるどころか席から完全に離れてケメトを促した。セドリックの隣にケメトが座り、続いてセフェクが掛ける。その隣にヴァルが詰めるようにずっかりと座ってから回り込んだレオンがその隣である端席に掛けた。

前列に移るだけでなく、レオンが隣に掛けて来たことにヴァルは嫌そうに不快に顔を歪め、レオンを避けるように大きくセフェク側へと上体を傾けた。


「なんでテメェまで移ってきてやがる」

「僕の護衛が守りやすいからだよ」

ほら、と。ヴァルの鋭い眼光を受け、レオンは振り返る姿勢で背後を示す。自分の背後を守るべくアネモネの騎士が二人並び掛けたところだった。

真ん中にはエリックが詰めるように掛け、反対端であるセドリックの席の後方2席はゴロツキを回収したジェイルとマートの為に空席状態だ。

本来の流れであれば王族が真ん中に座ることで騎士も左右に分かれられたが、片端に王族二人では各国の護衛騎士も配置が難しくなる。

「僕だって彼らの傍で一緒に楽しみたいしね」と言いながら最後に滑らかな笑みでアネモネの騎士へ小さく手を振った。セフェクとケメトがヴァルと一緒に居たいように、レオンもまたアネモネの民である護衛の騎士と共にサーカスを見れるのは小さな幸福だった。そしてまた、今はセドリックとは離れている方が万が一にも都合が良い。

結果として王族二人が端席、ヴァル達三人が真ん中を陣取る形で席順は落ち着いた。ゴロツキの戦闘意思を無力化したジェイルとマートが戻り全員が無事に席に掛けた時には、特別席以外の客席も満席になっていた。

テントの中とはいえ密室に近い空間で大勢が集い騒めく空間に、セドリックもぐるりと周囲へ首を回した。ただの満席だけでなく、最後方には立ち見客も肩がぶつかりあうほど密集している。


「……これほどの数ならば俺が買切る必要もなかったな」

「そうとも限らないよ。あくまでこれは第一部だから。二部でもこれほど満席かはまだわからないさ」

立ち見客の数に、前売り券完売は余計だったかと思わず零すセドリックに、レオンが前のめりに身体を屈めながらセドリックに呼びかける。両端席とはいえ間にいるのはたった三人である。

ラルクとステイルとの賭けは第一部だけではない、ケルメシアナサーカスは基本二部制である。第一部には客が集中しただけで、今いる客全員が次の第二部も観覧するとは限らない。

第一部も第二部も時間が変わるだけで、演目内容はほぼ固定なのが基本である。一度見たのと同じものを金銭を払ってまでもう一度見たいかどうか、それこそがサーカス団の腕の見せ所だとレオンは思う。もし第一部が好評を博せば第二部の集客にも繋がるが、逆を言えば第一部で不評を受ければ繋がるどころかチケットの払い戻しになりかねない。評判が広まれば、見ていない客も早々に金を無駄にしないようにするのが賢い判断だ。


「まずはこの回だね。良くも悪くも今日一日の公演だし二部の方は問題が起きない限りは良いけれど、ここで熱気を冷ますようなことがあればラルクの条件を満たすことも難しいだろうね」

「ハッ。バケモン共にあの腹黒野郎まで噛んでいてそうなったら逆に見物だぜ」

冷静に状況を分析するレオンに、ヴァルは鼻で笑う。

サーカスに興味もなければ元々の演目にも期待は皆無だが、ステイルが絡み更にプライドや騎士がいて失敗することの方が難しいと本気で思う。あくまで今日は見せ物になった彼らを笑いに来ただけ。心配などする方が時間の無駄だと思う。

杞憂を足蹴にするようなヴァルの言葉に、レオンも「そうだね」と肩を竦めた。


「ジャンヌ達も今頃幕を上がるのに緊張してるだろうし、僕達だけでも楽しまないと」

「フィリップ殿は心待ちにされていそうですが」

「ヴァルは!主どうしてると思いますか⁈」

「あー?誰かしらはべらしてるに決まってんだろ」

「そのラルクってやつ?それともアレス⁇」

柔らかなレオンの言葉にセドリックも推測を告げればケメトからヴァルにセフェクと野暮な話題まで持ち上がる。

前列の誰もが好き勝手言う背中を見つめながら、エリックは半分笑ってしまいそうな口を意識的に引き締めた。

今頃サーカスの舞台裏では予行練習も準備も着替えも終えている。そう考えれば、エリックが思うのはプライド達と同様に潜入している上官達である。

アランは心配ない、アーサーは間違いなくガチガチに緊張している、そして一番心配なのはカラムだと思う。カラム本人には全く心配は要らないが、ステイルから聞いただけでも彼が最も苦労していることは誰もの察するところだ。


……どうか、頼むから全員無事に終わりますように。


そう、言葉には出さずとも緊張を伝染させまいとエリックは静かに喉骨を上下させた。


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