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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
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そして行き違う。


「えっと、……ピエロと、ゾウ?っていうのと……ライオン……」

「虎と猛獣使いもありました!どの人形も可愛かったです!」


顔の筋肉が強張り顰めたような表情になるセフェクに続き、ケメトが手を挙げて補足する。

セフェクと違い人形を所望はしなかったケメトだが、一緒に出店に並べばどれもセフェクに似合いそうだと思えた。結局一目で決めてしまったセフェクよりも棚の端から端までみたケメトの方がよく記憶もしていた。


ほう、と教えてくれた二人に感謝を告げながらセドリックは真剣に腕を組む。

実物を見なければはっきりとはわからずとも、ティアラならばどの人形が好むだろうかと考える。サーカスを見終わって一番印象に残った人形にするのも一つの手だが、彼女ならば可愛らしい虎や象の人形が喜ばれると思う。しかしサーカスらしさならばピエロも好ましい。

ティアラとセフェクの仲の良さを知っている身としてはお揃いの狼も喜ばれるかもしれない。しかし、昨日のプライドの服装を思い出せば猛獣使いに印象の似た衣装だ。ならば実物の猛獣使いの人形がプライドに似ている要素があればそれを買うのも良いと考える。

思考のあまり薄く唸り目の焦点が浮かぶセドリックに、レオンは並びながら先に至った結論を口にした。


「……。……ライオンが良いんじゃないかな」

「!なんと。もしや彼女が何か話していたのでしょうか。リオ殿は私よりも遥かに睦まじい関係であることは存じております」

どうかお気になさらずに是非と。

セドリックの目が強く燃え、輝く。レオンとティアラが親密なのは既に理解を通り越して諦めもついている。自分よりも話す機会も遥かに多いことも。プラデストでは学校見学で何度も仲睦まじい姿を目の当たりにした。

ならば自分が知らないだけで、ティアラがなにかしらサーカスや動物に思い入れがあると聞いている可能性がある。それならばくだらない嫉妬や矜持よりも人づてでも良いから彼女のことをよく知りたいと思うのは当然だった。犬派猫派か知れるだけでもセドリックにとっては大きな情報である。

再び向けられるセドリックの熱量と、前のめりにレオンも少し背中を反らした。彼に正面を向けつつも、逃げるように半歩下がればヴァルに肩が当たる。

レオン自身、別にティアラのそういう動物の好みまでは把握していない。彼女が花も動物も人もこよなく愛していることは知っているが、ライオンについて何か聞いたわけでも猫派かどうかもわからない。ただ。




─ なくはないと、思うから。……とは言えないし。




「……ただなんとなくだよ。なかなか手に入らない生き物だし、サーカスの代表格だと思うから」

ティアラの為にも、と。そう思考だけで呟きながらレオンは別の優しい嘘で取り繕う。

ティアラの好みを、セドリックが期待するほど自分は知らないとレオンは思う。しかし、彼女が特別な好意を抱いているかもしれない異性にならば検討もつく。

あくまで自分の想像で、叶うかどうかはセドリックの頑張り次第である。少なくとも彼自身には本当の理由が伝わっていない以上、自分がここで勧めても問題はないと判断する。むしろティアラに本当の理由を言い当てられても「レオン王子の勧めで」と言えば良い言い訳にもなる。ここまでティアラへの想いに胸を燃やす王子に、レオンも応援したい気持ちも少し湧いていた。


レオンの建前にも疑わず「なるほど」と返すセドリックからは、納得とともに少しの落胆も垣間見えた。

きっと彼女の好みを知れなかったことが残念なのだろうと理解しつつ、レオンは滑らかな笑みだけを浮かべて黙した。

まるで〝ライオンのような〟金色の揺らめく髪を風に流すセドリックの姿を確かめてからセフェクの抱く狼の人形と、今度は隣に並ぶ自分の友人を見比べる。今も背中をぶつけた途端、迷わず手で押し返してきた友人だ。

意味深に向けられた視線に「なんだ」と鋭い眼光と牙のような歯を剥くヴァルもまた、自覚はないのだろうこともレオンは当然理解する。彼女は好意は好意でも恋愛ではなく家族としてだ。


「君はどうだいヴァル?そういえばサーカスとか行ったことはあるかとかまだ聞いてなかったなと思ってね」

「あるわけねぇだろ。見世物小屋なんざ誰が好き好んでいくかよ」

「サーカスは見世物小屋ではなく夢のような時間と演目を味わう場所だと酒場で〝彼〟も言っていたじゃないか」

サーカス団団長のサーカス自慢を思い返しながら切り返すレオンに、ヴァルは「知るか」と一蹴する。

うんざりと顔を歪めながら大テントを軽く顎の角度を変えて見上げた。子どもの頃から興味もなかったこともあるが、フリージア王国の城下であったサーカスも小さな見世物小屋だった印象が強い。そのテントの前を素通りした記憶を思い出せば、自分の肌の色の所為で〝見世物側〟と当時勘違いされたことを今更のように思い出す。

配達人業務でも偶然祭りやサーカスの都興行に鉢合わせたことはあるが、一度も訪れようと思ったことはない。

セフェクとケメトは興味を向けてもヴァル自身は心から興味がなかった。

更には今回のサーカス団は団長が酒場の面倒な飲んだくれである。そう考えるだけで開場前からヴァルの中でサーカスへの好感度どころか不快指数ばかりが着々と積み重なっていた。


「くだらねぇ、大体サーカスのやる見世物芸なんざ大概フリージアじゃ特殊能力者かバケモン騎士団ができることじゃねぇか」

「あぁ……だからフリージアの城下にはサーカス団の興行が少ないのだろうね」

目の前にフリージアの騎士が三名もいるにも関わらずはっきりとした声で吐き捨てるヴァルに、レオンは純粋にフリージアの人間らしい意見だなと受け取る。

親愛なる同盟国であるフリージアの特殊能力者も最強と謳われる騎士団も化け物とは思わないレオンだが、どちらも一般人にはサーカスより遥かに夢のようで現実離れた存在であることは理解している。特殊能力者は当然ながら、戦闘力が他を圧倒するフリージアの騎士団の噂も有名である。

そんな国の城下へ行ったところで中途半端なサーカス団ではいくら自信があってもフリージアの人間にはどこまで通じるかは未知数だと思う。少なくとも自分がサーカス団を経営していれば、やはりフリージアの城下は外すとレオンも考える。あっと言わせる花形が全て特殊能力者には平凡に見られてしまっては格好も付かない。

だからこそフリージアの城下で行われるサーカスは国内でも国外からの巡業でも小規模の人形劇や歌や劇、大道芸といった子供向けに近いものがあっと言わせるものよりも遥かに多い。


「けれど、単なるびっくり芸だけじゃないとも言っていたよ。ケルメシアナサーカスは技術そのものの演目も多いみたいだし、猛獣使いなんて動物との信頼関係がないと成り立たない。そうでなくとも美しい演奏に合わせられる演目は芸術であり魔法だとね」

ヴァルへとサーカス団のフォローを入れながら、セドリックとセフェク、ケメトそして護衛の騎士達にも聞かせるようにレオンは団長の語りを思い出す。

サーカス団団長である彼の語り口はどれもケルメシアナサーカスの魅力を本来以上に伝えるものだったとレオンも思う。客に語り聞かせれば目に浮かぶようなその説明を、自分の口でなるべく正確に語る。

レオンの語りにセフェクとケメトも口を半分開いたまま聞き入った。時折テントへ振り返っては、またレオンの語りに目を輝かす。今まではヴァルが興味ないと嫌がっては入れなかったサーカスである。

二人の純粋な視線を受け、最後にレオンも「楽しみだね」と笑いかけた。顔は別人に見えても、見慣れた滑らかな笑みを浮かべる相手にケメトもセフェクもやはり目の前の男性がレオンなのだと実感が強くなる。


「ねぇ!ヴァルはなんで出なかったの?!ヴァルも頑張れば何かできたでしょ!!」

「僕も!僕もヴァルが格好良く何かするの見てみたかったです!絶対すごく格好良いと思います!」

「この俺様にピエロの真似事なんざしろってか?」

期待いっぱいのまま二人に袖を掴まれるヴァルは、ただただ不快そのものを示す顔で声を低めた。

レオンからナイフ投げもあると以前に聞いたことを思い出せば、可能性がなかったわけではないがやはり自分は見世物にだけはなりたくない意識が強い。たとえ衣装がまともであろうとも想像するだけで吐き気がする。


この上なく不快な表情で睨むヴァルにも、ケメトもセフェクも今更動じない。「格好良いのが良いです!」「そんなわけないでしょ!」と二人が同時に声を合わせたせいで上手く聞き取れず、また顔が顰められた。

この調子だとサーカスが終わった後に、ナイフ投げを見せて欲しいとせがまれそうだと想像する。ケメトに至っては実際に自分が指南している状況である。

いっそ二人がこれ以上サーカスへの意欲が高くならないように演目全て失敗しちまえと今だけは思う。しかしそうなると今度はこの一週間の付き添いが無駄になる。


最悪の場合は二つ。

プライドの予知を防げず終わるのも面倒だ。そうなれば彼女は間違いなく防げなかった予知で自分を責めてまた別のことで償うように自分を自分で削り消費する。

もしくは、オリウィエルに会う為に実力行使でラルクを潰し乗り込んだ結果、プライドかその身近な人間が洗脳下になられるのも死ぬほど面倒だった。想像するだけで舌打ちを繰り返す。

オリウィエルの特殊能力と弱点も共有はされたヴァルだが、そんな気持ちの悪い特殊能力を持っているなどまずオリウィエルに怖気が走った。特殊能力は自身で選べない以上、もしそんな特殊能力を自分が持っていたらと想像すると胃酸を吐き出しそうだった。

そう考えればふと自分にくっつく二人を見下ろし、少なくともサーカス団の敷地内にいる間は決してケメトは単独行させないと決める。昔と違い、今ではある程度単独行動もとれるようになってきたセフェクとそしてケメトだが、オリウィエルの特殊能力を向けられたら厄介どころではない。

自分は隷属の契約でオリウィエルを殺せない以上、ケメトのことを守るしかない。

ヴァルの顔色が変わり出したことに、ケメトもセフェクも首をかしげるがヴァルは舌打ちを大きく鳴らすだけだった。ただでさえ大勢の来客を収容するテントでは、いつどこで誰にすれ違い触れられるかもわからない。


「…………こんだけ塵みてぇに溢れかえってやがんのも面倒くせぇ」

「僕はむしろ安心かな。人が多ければ多いほどお互いに気付かずに済むから」

げんなりとした声を漏らすヴァルに、レオンは深呼吸するような晴れやかな声で笑んだ。

プライドの演目と大規模なサーカス、団長から十枚の前売りチケットを与えられたことも総合してサーカスを楽しみにしていたレオンだが、言葉にしないだけで杞憂もあった。

昨夜ステイルとの情報共有は、自分とステイルだけでなく当然セドリックからも行われたのだから。初日にケルメシアナサーカスのテントの規模を目にしていなければ実行を悩んだほどの杞憂だ。




「?どうした」

「…………いや、さっきの匂いがなんか……」




目立たないようにフードを頭まで被り、混雑する群衆の隙間を縫うように進みテント入り口の近くへと横入りを続ける青年は潜められた問い掛けに、もう余韻は残らずともその匂いの不快感に手の甲で鼻を擦った。

大勢の中で目立たないように潜むのも今は慣れている。その中で、先ほど強引に人波を突き進んだ中で一瞬だけすれ違いざまに鼻にかかった匂いが今でも脳裏に引っ掛かった。自分でも嫌だと思う理由がわからないが、香りは良いのに塵溜めの臭いより吐き気がした。

しかしそこまで思ってから青年は思考を振り払い、また人の間を縫った。他の貧困街の子ども達は好きな場所に座れば良い。自分は来たくてきたわけじゃない。



『お前ら化け物ががサーカスの見せ物になったら笑いに行ってやる』



そう、あの侍女に啖呵を切ったのは自分なのだから。


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