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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
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Ⅲ1.王弟は応じる。


「セドリック様。ご所望の本をお持ち致しました」


ああ、ありがとう。

言葉を返し、買い物から戻った従者をセドリックは笑みと共に机の前で迎えた。

机上には郵便機関関連の書類が束となって重なっている。この一か月は書類審査と面接を重ね続け、国際郵便機関の人員選抜も一区切り終わりを迎えた。主要役職からその下働きまで、稼働に問題ない人員の決定と確保もやっと終えられた。

もともと人員募集自体大多数を一般からもフリージア王国全土に公布を行った甲斐もあり城下にはこの一か月、地方からも雇用希望の民が集い、人口増加し目に見えるほどの盛況だった。

栄えていた城下町だが、このひと月は特に宿屋や飲食店、土産店も含めて経済が回ったと国際郵便機関での打ち合わせで上層部からセドリックも話は聞いている。国際郵便機関自体は自分の案ではなく、あくまでプライドの立案だがそれでもこうしてフリージア王国の活性化に繋がったことは誇らしく思う。しかも、同様の活性化は祖国であるハナズオ連合王国でも起きている。


細かい本部の仕組みや責任者選抜などが必要になったフリージア王国よりも早く設備確保に伴い人材確保できたハナズオ連合王国。

あくまで同盟国を結ぶ支部ではあるが、規模も大きくそれに伴い仕事を得た民が始動を今か今かと待ちわびていたと兄達からも聞かされている。

兄達が参列した大規模な式典で公式発表が間に合ったこともセドリックには幸いだった。今は各所の準備期間と予行始動も行われ、本格始動を待つのみ。

プラデスト学校と同じく、予行始動の時点でも問題が起こるであろうことは想定できるがそれでもその問題を微調整することも含めての予行運用だ。セドリックにとっては、やっと肩の荷が降りた感覚だった。


─ まだ、課題は残っているが。


ふぅ、と息を吐き従者から受け取った本を一度机に置いたセドリックはついさっきまで目を通していた書類とは別の山に目を向ける。

既にこちらも一度目は遠し、中身を読まずとも一字一句違わず記憶している。書類の山に目を向けるだけで、絶対的な記憶能力を持つセドリックには文面が鮮明に浮かんだ。〝こちら〟の方はこれからだと考えながら、未だ自分には心の整理が完全には付いていない問題である。

先月の式典でも実の兄である国王ランスは懐深く全面的に理解を示してくれたが、兄同然のヨアンにはセドリックも申し訳なさがあった。しかし実際に会えば、ヨアンまで「きっと救いになるよ」と柔らかい笑顔を向けてくれたのに、自分だけが完全には煮え切れていなかったのがまた情けなかった。

もう覚悟はできている、統括役として方針も決めた。だが、自分自身のこの心境だけはなんとかしたい問題だった。

今まで先ずは国際郵便機関の人材募集と始動をとそちらの方に意識を向けていた分、今は予行運用と合わせてそちらの方へ本格的に検討していかなければならない。

試験運用を終えてそこから改善と調整を終えたらとうとう本格始動だ。そうなれば、もう自分は本格的にこの課題にも臨み動くことになる。

できることならば自分でも兄達のように覚悟と意思を持って望みたいというの己の心境が、セドリックにとっては今最大の難題でもあった。


「……煮詰まっても仕方ない。一呼吸入れるか」

背凭れに身体を預け気持ちを一新しようと、置いた本を早速手に取る。

従者に命じ、わざわざ買い寄せた本はまだセドリックが直接読んだことのない本だった。フリージア王国一番の規模を誇る城の図書館にもある本だが、敢えてセドリックは自分用に一冊欲しかった。

昨日使用人として自分の元へ訪れたディオスとクロイから聞いた本だ。


月に二度から四度。学校が休みの日に訪れるディオスとクロイは、基本的にはセドリックの宮殿で使用人として雑務を集中的に行っている。

しかし休息時間になれば、セドリックと共に茶を飲み勉強を教えて貰うのも双方にとっての楽しい時間だった。特に、昨日ディオスに相談された読解の元本はセドリックもまだ読んだことのない書物だった為、セドリックにもまた興味深かった。

学校では借りた本を手に、授業中なるべくノートへ必要な部分だけでも書き写している二人だが、当然全てを書き写せるわけでも記憶しているわけでもない。

要所は記載しアムレットとも勉強会で補い合っている為、セドリックとの勉強会でも問題はなかった二人だが、セドリックにはまた別の問題が生じていた。


「結局この男は夜明け前に走り切れたのか……」

続きが気になって仕方がなかった。

物語が長く、本が分厚ければ分厚いほど授業では数ページを引用するだけで終わることが基本。更には一回の授業で完読するわけでもない。

ディオス達が授業で習った部分では、主人公が明日自分の身代わりに処刑される兄弟の元へ帰ることを新たに決意したところで終わってしまった。その後の内容をディオスもクロイも読んでいなかった為、セドリックには知るすべがなかった。

昨日は試験運用の報告書と確認書類で忙しく読書の暇もなかったが、それを終えたら必ず続きを読むと決めていた。

学校の教材にも使われるような有名な本ならば図書館にもあるだろうと確認せずとも察せられたセドリックだが、それでも自分でお預けにしている分いっそのこと購入を決めた。その方が今後もしファーナム兄弟との勉強で聞かれても役立つこともあるが、単純にその引用部分だけで内容が気に入ってしまった。

早速ディオス達から聞いた内容までページを飛ばそうかとするセドリックだが、最初の頁に目を通せば自分の知らない内容があった。クロイ達が授業で使った部分は引用部分とはいえ、最初からではない。

自分がディオス達に聞かされた内容は国王と主人公が喧嘩を始めるところからだったが、ざっと最初に目を通した内容だけでも主人公の生活苦から家族と友人関係まで事細かく語られている。はやく続きを読みたい気持ちもあるが、せっかくならば最初からきちんと内容を把握して読み直そうとセドリックが考えを改めページを指で摘まんだ時。


コンコン。


「失礼致します、セドリック様。お忙しいところ申し訳ありません。ただいまお客様がいらっしゃられました」

「?使者ではなくか?」

許可の一声直後に扉から深々と頭を下げ入って来た従者に、セドリックは僅かに目を丸くする。

今自分のところへ来訪する予定の客は、記憶にはない。急な来訪であっても、王族である自分には事前に使者で断りをいれるのが普通である。それを飛ばして急な来訪を行う客人であれば、場合によっては自分のところに確認が通されるまでもなく従者達の対応で終える場合もある。

それをわざわざ自分のところに従者が「客が来た」と報告にまで来るということは、それだけで応対が必要な相手ということがわかる。

本から目を離すセドリックの問い掛けに、従者はまた深々と頭を下げた。主人の心の準備を与えてから、もったいぶることなく来客の名を告げる。


「プライド第一王女、ステイル第一王子、ティアラ第二王女殿下がお揃いです。御都合が悪ければ出直されると仰っておられますが……」


すぐに通してくれ!!!

そう、思わず声を裏返しそうになりながら叫ぶセドリックは、勢いよく片手で本を閉じた。

続きが気になることは間違いないが、今はそれ以上の最優先来賓で思考が埋め尽くされた。他でもないプライド。そしてステイルだけでなく、あのティアラまでわざわざ自分の宮殿に訪れてくれること自体珍しい。

三人揃って訪れるなどそれだけでどんな重大事件だと思うが、そうでなくても彼女らが来てくれているにも関わらず追い払うなどあり得ない。


セドリックの反応も予想できていた従者は「承知致しました」とすぐに応じた。馬車で待っているという彼女達をそのまま客間へ通す旨を伝え、一度部屋から退いた。

扉を閉じられた途端、セドリックも忙しい。衣服自体は良いとしても皺はついていないか、また全身鏡を前に身嗜みを確かめる。昔のように髪の先まで飾りつけたがることはしなくなったセドリックだが、それでもティアラ達三人を前にだらしない格好などできない。

襟の皺まで細かく時間を掛けて確認する。自分に話など予想もできないが、もてなしの用意を侍女達にも命じる。

従者から三人が客間に案内されたことを報告されてからすぐに客間へ向かった。

もともとに十分程度の一息にしようと思っていたセドリックだが、その休息を取るはずだった時間全てを費やしても構わない、むしろ延びても構わないと思う。


本の先も気になるが、ティアラの顔を直接目にできる以上の癒しなど自分にはあり得ない。



……




「プライド、ステイル王子殿下、ティアラ。待たせてすまない」


客間へ通されてからすぐ、訪れたセドリックの姿にプライド達は椅子から姿勢を正した。

突然の来訪にも関わらずすぐに客間へ通してくれたセドリックに感謝と謝罪をしつつ、笑いかける。待たせてと言うが、実際はまだ侍女の茶すら間に合っていないほどの速さでの合流だ。

落ち着き払った姿で姿を現したセドリックだが、それだけでもすぐに自分達の為に時間を空けてくれたのだとプライド達は理解した。


フィリップの目の腫れも引いた後。早速セドリックの元へ向かうことを決めたプライド達だが、使者を通す間も必要ないというステイルの判断だった。

以前からプライド達であればいつでも来てくれとセドリックから言われていることもあるが、プライドのみならず更には珍しくティアラも同行すると言えば勝率は間違いないという、それはもう確信だった。

すぐにでも行動に移し、ヴェストの摂政補佐に戻りたいステイルにとって使者の往来を待つ時間も惜しかった。


向かいの席に座るセドリックへステイルの口からも「すまなかったな」と謝罪をしつつ、期待を裏切らない彼に心の中でも感謝する。

本当ならセドリックと会うと聞いた時点で逃げたくなったティアラだが、せっかくの短い休息時間だ。それに兄からその用件を聞けば、彼女自身もちゃんと頼みたい案件だった。

今も、プライドの腕にぎゅっとしがみつきながら緊張を抑えつつ、それでも部屋から自分で逃げてしまわないように鼓動の数に気付かないふりをする。姉を守りたいという気持ちがある以上、視察に同行できない自分はちゃんと依頼だけでも心を込めてここに同行したかった。

「それで、今日は一体どうしたんだ?国際郵便機関の方ならば試験運用も今のところは問題ないが。それともファーナム兄弟の……」

「単刀直入に聞こう、セドリック。件のミスミ王国のオークション。お前もレオン王子に呼ばれていたな」


『セドリック王弟も発明を手に入れるつもりだろう?ちゃんと誘うから』


「?ええ、フリージアの発明を是非競り落としたいと考えておりまして」

きょとんと眉を上げ、セドリックは一日の誤差もなく思い出す。

学校最終日に目にしたネイトの発明。それを得たいと願ったセドリックに、レオンからの提案だった。

ミスミ王国で行われる最大規模オークション。本来であればミスミ王国から直々の招待状がなければ参加どころかオークション会場に入ることすら許されない。

世界中から厳選した品々を集めたオークションは、競り落とすのもまた厳選された人物だけだ。友好を深めたいとされる大国フリージア王国、そして貿易最大手国として名高いアネモネ王国。

しかし、黄金の国サーシスも、そして鉱石の国チャイネンシスと合わさったハナズオ連合王国もまた招待には預かっていない。


ミスミ王国側としてもハナズオ連合王国との密接は図りたいところだったが、奴隷容認国ではあるミスミ王国はハナズオ連合王国側が拒んでいるのが現状だった。その為、王弟であるセドリックにも招待状は届いていない。招待状がなければ例え王族であっても参加は不可能だ。

だが、招待客であるレオンの同伴者という形であればセドリックもオークションに参加することはできる。ハナズオ連合王国の王弟でありながら、フリージア王国の民として根を下ろしているセドリックであれば参加程度は問題ない。何より招待者ではなくレオンの同行者だ。

よって、セドリックはレオンと共にミスミ王国へ出席することが決まっていた。既に身をフリージアから空けることも女王ローザから許可を得ている。

だからこそ都合が良い。


「一緒に来ないか?」


「……どういうことでしょうか。ステイル王子殿下ももしやオークションに……?」

ステイルの誘いに、セドリックは首を傾ける。

一緒に、の意味を神子の頭脳で模索するが理解できない。オークションにフリージア王国が招かれていることは把握しているが、ステイルも同行することはまだセドリックの耳にも届いていない。当然、つい今日秘密裏に決定されたことも。


「母上達から許可を得た。だが、まだ極一部を除いた機密事項だ」

ここからは誰にも話さないように、と。そう続けるステイルにセドリックもすぐことの重要性を理解した。

わかったと返事から声を潜め、喉を一度鳴らした。侍女がもてなしの用意にノックを鳴らしたが、その場で護衛達にも合図を出す。扉の向こうに控える侍女だけでなく、客間控えていた侍女や衛兵も全員が人払いの合図に従い部屋を出た。王族四人と近衛騎士だけが残される。

速やかに人払いをしてくれたセドリックに感謝を込めて笑い掛けたステイルは、ゆっくりと声量を調整し語り始めた。


順を追って説明するステイルの言葉に、セドリックがじわじわと息を呑み顔色を変えていく。

ティアラも無言ながらに真剣な眼差しでその様子を見守った。間に挟まれた位置に座るプライドだけが、申し訳ない気持ちで肩の幅を狭めていく。

セドリックを頼ることに躊躇いはないが、この話をすれば例外なく誰もが自分を按じ耳を疑い目の色を変えることもわかっていた。

そして予想通り、ステイルの口から〝ラジヤ〟の言葉が出た時点でセドリックの目が驚愕に開かれた。

瞳に宿った焔がボワリと大きく燃え上がり、一瞬だけ殺気のようなものまで跳ね上がるのをその場の全員が感じ取った。その前に語られた〝予知〟よりもセドリックには驚愕だった。


何故っ、わざわざプライドが、危険過ぎると。

言葉を詰まらせながら紡ぐセドリックに、ステイルも遮らなかった。口を結び、そうだろうそうだろうと大きく頷き、同意する。

セドリックが口を閉じステイルの言い分を聞く体勢に戻ってから、またゆっくりと説明を続けた。

勿論わかっている。だからこそと。そう結びながら、更なる深奥の事実も語る。プライドを確実に守る為に、セドリックにも協力を求めたい。それを求めることを既に最上層部は承知済みだと。

セドリックの答えは尋ねられる前から決まっていた。プライドを守る為、しかも身を晒すのがラジヤであればついて行かない理由がない。寧ろちょうど自分も同じ同行予定があるともなれば、チャイネンシスの兄の言葉を借りたくなってしまう。

「だからお前にも協力して欲しい。騎士も付かせるが姉君の近くに信頼できる人間は一人でも多い方が良い。自由に動ける人間も必要だ。勿論、ただにとは言わない」

「ッ必要ありません‼︎交換条件など無くともプライドの」




「お前も一度は人目を気にせず知見を広げたいと思ったことはないか?」




は……?と。

セドリックの勢いが急激に薙ぐ。さっきまで自分の胸を手で示し、今にもテーブルを乗り越えんばかりの勢いで立ち上がった彼の顔から一時的に力が抜けた。

頭に血が上ったあまり何か聞き逃しただろうかとも考えるが、絶対的な記憶の中では何も抜けてはいない。何故ここでそんなことを尋ねられるのかわからない。


視線の先ではステイルがにこやかに笑んでいた。カップが出されていれば間違いなく掲げていただろう優雅さで、代わりに自分の指を組みセドリックへ自分からも身を屈め前のめる。

わかっていたこととはいえ、条件を出す前からプライドの為に協力を受け入れてくれた彼に感謝しつつ語り出す。今回プライドを安全に行動させる為の策と、そして……新しい自分の専属従者の特殊能力を。

最後に「ハナズオとしてお前もその方が都合が良いだろう」「探るでも話すでもすれば良い」と締め括れば、セドリックの表情が一転し輝いた。

おぉ‼︎と声を漏らし、直度には「是非‼︎」と言葉を返す彼には、千載一遇の機会でもあった。


─ セドリック・シルバ・ローウェル参戦決定。


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