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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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199/321

〈七周年記念・特殊話〉貴族入団志願者は入団志願者と、もし。

七年間連載存続達成記念。本編と一応関係はありません。


IFストーリー。

〝もし、カラムの入団試験がアランと同時期だったら〟


「……やはり、徒歩だと時間もかかるな」


そう、呟いたカラムは歩きながら前髪を指先で整えた。見上げる先には自国の誇る王城の一部が顔を覗かせている。手持ちの時計を確認しながらも、所要時間と距離を確かめる。

まだ見慣れない城下に目移りして足並みが遅くなっていることを鑑みても、やはり明日の出発は余裕を見て出るべきだと考える。

自分の家であるボルドー家の所有地のうち、城下に位置する建物は少ない。実家も城下からは外れた領地であるカラムは大事な日を明日に控えた今、家が所有している別荘の一つに単身で訪れていた。

規模も小さく、使用人も家や小さな庭の管理を任されている数人しかいないが、城下に滞在する際の宿泊場所としては申し分ない。

城下に近い領地の貴族の家に生まれたにも関わらず、最低限の外出しかしなかったカラムには城下の町並みはただ歩くだけでも新鮮そのものだ。本来、今日も一日別荘の庭で鍛錬や演習に集中したかったカラムだが、この外出も必要なものだった。


騎士団入団試験を間違いなく受ける為に。


城下といっても広く、そして入団試験の受付は朝早い。今夜の宿泊場所から王城にある騎士団演習場まで道に迷って受けられなかったなど笑えない。

いくら目的地が遠目で見えていようとも、地図が頭に入っていようとも、実際に歩くのではどう変わるかわからない。騎士には貴族も珍しくはないことである以上、馬車で城まで送り届けられることも別段驚かれないのだろうとは思うが、カラムは気が進まなかった。

どうせ自分は家に騎士になることを望まれてはいない。兄のお陰でこうして入団試験も許されたというのに、城下にある別荘を借りるだけでなく馬車で送られるまでするのはどうかと抵抗感の方が強かった。あくまで自分は貴族であるだけで、立場としては他の入団希望者と同条件で門を叩きたい。


だからこそ、こうして自分の足で間違いなく城に辿り着けるように経路と所要時間を確認する。

城に近付くごとに増える本屋にもカフェにも胸が揺り動かされたが、今の自分はそんな無駄足をしている暇も猶予もない。ただでさえ、最年少である十四歳になる身で入団試験に挑む自分は他の入団希望者よりも身体のつくりからして遙かに不利だ。しかも自分は親に突き付けられた厳しい条件も叶えなければ、騎士にはなれない。


そう改めて己の立場を意識すれば、地面を踏みしめる足にも力が入った。騎士を目指すと決めてから、ようやく念願の入団試験を前に脇見などできない。

王都に入れば、そこからは道も比較わかりやすかった。規模も大きな店も多く、城の方向を見失いかけた時もあったが、城へと続く道は一際整備された大通りを辿れば良い。カラム自身の記憶力もあり、城へと続く一本道に辿り着くまで地図を取り出すことなく辿り着くことができた。


ほっとひと息吐いたカラムはそこで、もう一度時計を取り出す。

早朝はまだ太陽が昇りきっておらず暗いかもしれないが、これなら無事城までは自分の足だけで行くことができそうだと思う。その為にも今夜は早めに就寝しなければと、踵を返す。欲を言えば城門前まで行きたかったが、流石に用事もないのにそこまで行って怪しまれたくもない。

時間に余裕を持って到着しようと心に決め、来た道を戻る。帰り道は時間の計測も気にしなくて言い分、誘惑の多い王都は早足で駆け抜けた。

上級層の居住地も通り過ぎる。自分の別荘があるのはもう少し離れている。城下に住む富裕層のいる居住区とは違う、城下への仕事や観光用の居住地は城下でも比較土地代の安い場所に構えている。

その為に一度中級層まで降りれば、市場の前も横切った。うっかり足を止めてしまわないように横目で見れば、市場には体格の良い男達が多いと思う。普段の市場の様子を知らないカラムだが、恐らくは自分と同じ理由で城下に訪れた入団志願者だろうと考える。自分より体格にも恵まれ、当然年齢の差で身長だけでなく経験則も違う。彼等らの腰に構える剣を見れば、やはり明日の入団


ドンッ


「ッ?!待て!!」

人の流れに紛れ、ぶつかられたと思った瞬間だった。

最初は「失礼」と一言言おうとしたのも束の間に、相手の意図だったと理解する。ぶつかると同時に、腰に差していた剣を奪われた。手慣れた動作で一瞬の惑いもなく走り抜けた男は、カラムが振り返った時にはもう手が届かない先にいた。

急ぎ追いかけるカラムは、歯噛みする。決してふらふら歩いていたつもりはないが、油断したと恥じた。城下の中級層は、裏家業も多い。追いかけながら地図も思い返せば、裏通りからも離れていないと気付く。

こういう時期を狙っての物取りは珍しくない。


当日と同じ荷で経路を確認する為、剣を携えていたのが失敗だった。

騎士団入団試験の前日は特に、城下に国中の騎士志願者の若者が集まる。その中でも、騎士に憧れる若者が新品に近い状態の剣を腰に差していれば良い。十四歳で細身の青年など、物盗りにとっては奪ってくださいと主張しているようなものだった。上等で手入れも行き届いた剣は間違いなく金になる。


明日の入団試験で使う剣を奪われ、カラムも追わないわけにはいかなかった。体力と時間の無駄ではない、騎士を目指す自分がここで諦めるという選択肢はない。

物盗りだ!!と人通りの多い場所で積極的に声を上げながら、周囲への喚起と運が良ければ衛兵か騎士に気付いて貰えることも狙う。

しかし、物盗りの方がカラムよりも遙かに土地勘も優れ逃げることも長けている。しつこく追ってくる青年を鼻で笑い、わざと店の真ん中を突っ切り民家の屋根を登る経路を選ぶ。いっそこのまま裏通りにまで青年が付いてきても面白いとさえ思う。

裏通りに入れば、自分以外の裏家業にとっても今の青年は絶好の標的だ。小綺麗な衣服の若い青年など、剣や金を奪ってもまだ金にする方法はいくらでもある。騎士志願者だとでも宣えば、全員から袋だたきだ。

安全圏である裏通りへ向け、市場通りへと入り店を突っ切り踏み台にして壁を登り、そして屋根まで上がった男にカラムもとうとう足が躊躇った。自分はあくまで新兵ですらない一般人だ。店を踏み台に突っ切るわけにも


「ぃよっと!!!」


ドカッ!!!

一人の青年が、物盗りを蹴り飛ばす。

屋根に乗り上げた男を前に、カラムが見上げ歯噛みした瞬間だった。本来、人が通る場所ではない筈の屋根の反対側から飛び出してきた青年に、男の後頭部が打ち付けられた。

突然背後を襲われ、勢いのまま前のめりに倒れ込む男はそのまま意識も飛び、剣も手放す。受け身をとることすらできずゴロゴロと屋根から転がり落ち、ドシャンッ!!と一度踏み抜けた店に再び墜落する。


わああ?!キャアッ!!とあまりに突然のことに周囲の人々も騒ぐ中、カラムも目を見張る。

男が墜落した先は土埃が舞う中、店を連続で二度も踏み荒らされた店主が掴みかかった。「縄よこせ縄!!」とふん縛る店主に勇ましいと思いつつ、我に返ったカラムは再び屋根に視線を向ける。男が剣を手放した時はまだ屋根の上だった。どこに落ちたかと急き立てられる中、目を凝らす。

屋根には剣らしきものはどこにも見当たらず、更には物盗りを蹴り飛ばした青年の姿もなかった。

やってしまった、と。カラムも一人顔を顰め、今度は青年を追いかけるべく屋根の上へと向かおうとしたその瞬間。


「ッおい待てって!!これ!!ほらッ!!!」


ガッ!!と突然肩を掴まれ、カラムも驚き振り返る。見れば屋根の上にいた青年が、いつの間にか自分のすぐ傍に駆け寄ってきていた。

屋根に向かい走ろうとしたカラムを慌てて捕まえた青年は、探していた物はこっちだぞと剣を掲げて笑いかける。大きく目を見開くカラムも、一瞬肩を引くのも束の間に向き直った。間違いない、自分が盗まれた剣だ。


てっきり青年に今度は持って行かれたのかと思ったカラムだが、実際はわざわざ自分に届けに来てくれただけだった。両手で受け取り、剣の装飾や刃こぼれもないかと急ぎ細かく確認したカラムはそこでほっと息を吐く。

まだ盗まれただけで、外傷一つない。男の手からこぼれ落ちた時すら、青年の手によって屋根に転がる前に空中で掴み取られた剣は、汚れ一つ増えていなかった。カチャンと剣を再び鞘に収め、しっかりと手で握ってからカラムは青年に背筋を伸ばし一礼する。


「ありがとうございます。本当に助かりました。何か、お礼を」

「!あーーーごめん!なら取りあえずここ離れて良いか?」

頭を礼儀正しく下げるカラムに、青年は頭を掻きながらチラチラと土埃を上げた店を見る。更には騒ぎを聞きつけ衛兵まで駈けてきたのが視界に入れば、とにかく逃げたい。

カラムも、青年がこの場を去りたい理由は察せられ今は頷き彼の誘いに乗った。結果として物盗り逮捕に貢献した青年だが、男を店へと蹴り落としたのも彼だ。状況から考えても責任は物盗りだけに問われるべきだと思うカラムだが、ここで騒ぎに巻き込まれたくない気持ちは同じだった。青年が屋根の上からではなく直接届けに来てくれたのも親切だけでなく、目立つことを恐れたからだ理解する。


ひとまず現場から離れた別の通りへと駆け足で移動し、立ち止まった。

「このへんでいっか」と笑う青年に、カラムは再び感謝の言葉を言い直そうとしたが「いいっていいって」と二度目は青年から省略された。


「なんか物盗りって聞こえたら、お前らが横切っていくの見えたからさ。屋根登ったらちょうどアイツも上がってきてて偶然」

「運が良かったな」と笑う青年がいたのは、カラムが追いかけ入った市場通りではなく、一つ手前の市場通りだった。

物盗りと叫ぶカラムと男を遠目にみかけ、直線距離の方が近いと思って屋根を登ったが、ちょうど反対側から男も屋根を登りだしたところだった。お陰で不意打ちで倒せたと笑う青年に、カラムはまた頭が下がった。ちょうど屋根の上でぶつかったのは偶然だが、どちらにせよ自分の呼びかけを聞いて物盗りを追いかけてくれたことは変わらない。


「大事な剣なので、盗まれたら大変なところでした。是非、お礼をさせて頂ければと思います」

「んじゃあ遠慮なく聞くけどさ。この辺で安い宿とか知らねぇか?空き宿自体まだみつかんなくて」

今朝ここに着いたんだけど。と、周囲をぐるりと見回しながら眉を下げる青年に、カラムも「あぁ」と声を漏らした。

経路を覚える際にある程度の宿の場所も心当たりはあるが、城下には宿は少なくない。王都になれば高級宿ばかりだが、中級層であるこの辺であれば一般的な値段だろう宿はむしろ多い。

しかし、今の時期が悪かった。明日の入団試験に向けて国中から志願者が、一週間も前から集いつつある。今朝到着したという青年が、空き宿難民になるのも当然だった。

しかも「安い宿」ということは、高級宿に仕方なく泊まる余裕もない。そう考えている間にも「最悪屋根さえあれば馬小屋とかでもなんとかなるんだけど」と言う彼に、カラムも金を払うだけでの感謝で済ますことは諦めた。

まずは近くの宿から回ってみましょうかと、彼の宿探しに付き合うことを決める。本来であれば寄り道などしたくはないが、剣を取り返してくれた恩人だ。


「いやー助かる!アンタこの辺詳しいのか?こんな都心でも宿って案外みつかんないんだな」

「私も実は詳しくないのですが……。明日は年に一度の王国騎士団の入団試験が行われるので、この辺りは特に満員なのでしょう」

「あー、だよなぁ。アンタもだろ?俺も俺も。今年受けに来たんだけど、今夜ぐらいはちゃんとした場所で寝たくてさぁ」

貴方も?と、カラムは少し目を丸くして返しつつ、しかし意外でもないと思う。そして自分が入団試験に臨むことも、剣を取り返してくれた時点で想像ついたのだろうとも。

自分達以外にもそれらしき男達が大勢城下に行き交っているのだから、結びつけるのが当然だ。

屋根の上で一撃と大人を倒した身のこなしと、物盗りを見逃さなかった正義感からも自分と歳の近いだろう青年が騎士志願者であることは充分想像できる。しかも荷袋を肩に、今朝着いたという話からも城下に訪れた目的などそれが一番最初に思い当たるべきだ。


「城下まではどうやって?」

「普通に荷馬車乗り継いで。城下は物価高いって聞いてたからさー、せめて前日はちゃんと宿に泊まりたくて荷馬車代もケチったから一応金は足りそうなんだけど」

城下へと向かう商人や家畜賞の荷馬車に頼み同乗させてもらったりと、城下まで辿り着くのにも一苦労だった青年は道中は宿代もあまり使わなかった。


カラムと青年は手始めに現在地から一番近い宿に訪れる。しかし、その前に立った途端青年は「あ、もう聞いた宿」と苦笑いした。一応もう一度聞いとくかと、宿を訪問して聞いて見たがやはり返事は同じだった。

ふと、青年が既にいくつの宿を訪問したのか気になったカラムはそこで地図を取り出す。広げ、自分の足で向かう前に既に断られた宿はどこかを青年に確認することにする。地図が広げられた途端、青年は「おおー」とそれだけで思わず声を上げた。


「すげぇ立派な地図。アンタやっぱ貴族とか?」

「まぁ……。それよりも、この中で貴方がもう確認した宿を先に聞いておきたいのですが……」

地図などその品質も値段に応じて様々である。その中でも、城下に特化した詳細な地図は、当然値も張れば同時に贅沢品である。しかも使用感のない綺麗な状態の地図は、青年が所持する文字すら読みにくくなった地図とは比べものにもならなかった。

「へー!」と思わず宿以外の全てに魅入ってしまう青年に、カラムは貴族という言葉を濁しながら投げかける。青年も目に入った宿をしらみつぶしにしただけで全ては覚えていないが、それでも「この辺とか」と丸く指で円を描くように示せば、充分だった。

まだ青年は国門の一つからこの中級層の市場までの地区しか確認していない。一先ず城への距離は変わらない反対方向にある中級層を探そうと提案し、また歩き出す。


「貴族かー良いなぁ。あ、護衛は??貴族って一人で出歩くもんなのか?」

「家によるかと。私の場合は、……所要で少し出ただけですから」

入団試験の為に訪れた為実家から連れてきた護衛が少なく、ただの経路確認の為に連れ歩きたくなかった。そのどれを取って話しても、この青年には不快に受け取られるのではないかと過ったカラムは敢えてかいつまんだ。前髪を指先で押さえ、話を変えようと思考する。社交界で年齢の近い相手と話したことは何度もあるが、この青年のような相手は初めてだった。

貴族という立場が羨まがられる立場であることも知っている。どこか気まずさを一人感じてしまえば、いっそこの地図だけ感謝として渡して離れようかとも過った。今も「城下って貴族にもこんな簡単に会えるもんなんだなぁ」と関心したように呟く青年の言葉が感想なのか含みを込めた皮肉なのかもわからない。

居心地の悪さに肩が狭くなりそうになるカラムは、話題を変えるべく思考を巡らす。


「……先ほどの、身のこなし。素晴らしい動きでした。立ち入るようなことを聞きますが、もしや騎士の家系では?それともどなたかに師事を?」

「いやー!ない!ない!!鍛えるだけで全部自己流みたいなもんだし、うち地方のど田舎だから」

わはは!と手を振って笑い飛ばす青年に、カラムの方が一方的に申し訳なくなってくる。あの動きの俊敏さから、貴族でなくとも騎士の家系や優秀な師事者がいるのかと思ったが、どこまでも青年はそういった裏がない。師事者がいなければ騎士になれないとは思わないが、青年を前に掘り下げるものが見つからない。掘り下げればその途端に何か今以上に失礼な話題に到達してしまう気がして仕方ない。

現状でもこの青年は田舎の地方出身で師事者もおらず金の持ち合わせもない。その上であの身のこなしと行動力は才能として羨ましいと思うが、どこまで羨ましがっていいものかも憚れる。

口を噤んでしまうカラムに、少し顔を覗きこむ青年は首を小さく傾け今度は自分の方が口を開く。もともと自分の身のうち話は好きでもない。


「……城、でっかいよなあ。あそこに明日俺ら入団試験に行くって、なんかそれだけですげぇよなぁ」

「…………そうですね。ですが、それで終わらせるつもりは私〝も〟ありません。必ず入団試験に受かって見せます」

自分を気にして話題を変えてくれたのだろう青年に、最初は静かな声だったカラムも最後は強く意思を込め宣言した。

間抜けにも物盗りに剣を奪われた自分と違い、一撃で物盗りを撃退し取り戻してくれた青年への宣戦布告にもなると理解する。それでも、自分が騎士になりたい気持ちも変わらなければ、譲る気も、社交辞令でも謙遜でもこれだけは嘘を吐きたくなかった。


同じように城を見上げながら強い眼差しになるカラムに、青年も少し眉を上げ、それからニカッと笑った。決意の表明だけでなく、〝も〟と自分もそうなのだということを聞かずともわかって含めてくれたカラムの背を叩く。

「だよな!」とすぐ隣を歩いているにも関わらず鼓膜の破れそうな声をあげる青年に、カラムは思わず顔を顰めたが、文句は言わなかった。

明日の入団試験ではライバル同士でもある青年だが、叶うなら一緒に入団できれば良いと思う。自分にも後がないように、金銭面だけでも苦労しているこの青年もきっと今年の入団試験は単なる記念ではないのだから。そして、…………同時に。


「……あの、これは提案なのですが」

「??どうした?」

歩き続け、目的のまだ青年も手つかずの地区に近付いたところだった。

あとは宿を一つ一つ訪問するだけのところで、カラムは僅かに顔に力が入ったまま両足を揃えて立ち止まる。自分でも頭の中で何度も鑑みた結果だ。何より、この青年が悪人にはどうにも自分には思えない。


「もし今夜だけで宜しければ、我が家に来ませんか。剣を取り戻して頂いたお礼に歓迎します」

「ッマジか?!!」

ぎょっっと!これには青年も目が丸くなる。

相手が貴族だとわかった時点で、彼と同じ宿に泊まることは不可能だと思った青年だが、まさか泊めてくれるなど期待もしなかった。しかも「家」と呼ばれれば別荘か何かと大雑把に想像するが、とにかく自分にはありがたいことでしかない。

城下に来るまでも初対面の相手に世話になったこともある青年は、人の家にも抵抗はない。貴族なら部屋も余っているのだろうと、これ以上はなかった。

オレンジ色の目を煌めかせ笑う青年に、カラムも小さく笑みを返した。同じ入団試験に臨む者同士、前日くらいは力を貸し合うのも悪くはない。彼も自分も本隊に入れば、同じ騎士なのだから。

家に招いて明日はお互い最善の状態で挑めば、カラムもどんな結果であろうとも青年を逆恨みしはしない。むしろ明日を前に年代も近い、そして身のこなしにも長けた騎士志願者に出会えたのも良い機会だ。


「大したお持て成しはできませんが、これも何かの縁かと。明日も入団試験に挑む者同士、手合わせにも付き合って頂ければ私も助かります」

「……あー、……ッごめん!やっぱ良いや。せっかくわざわざ案内して貰えたし、ここまでで。本当、ありがとうな!」

突然打って変わり断り手を振ってきた青年は突然カラムから一歩距離を取った。

歯を見せて笑いながら手を振られれば、カラムも瞬きで返しながらも引き留めることもできない。数秒前までは喜んで付いてきてくる様子だったのにと思いつつ「そうですか……」と気の抜けた言葉だけを返してしまう。それでも「本当助かった!」と笑ってくる青年の様子は、怒らせたようにも見えない。何かあったのだろうかと、一瞬背後を振り返るカラムだがおかしなものもなにもなかった。


「んじゃ明日!お互い頑張ろうな!!もし見掛けたら俺も声かけるからさ!」

「え、ええ……。健闘を祈ります」

おう!!と元気よく声を返す青年は、持ち前の足で早速目に入る宿へと飛び込んでいった。自分達が出会った区域とも城からはそう距離も変わらず、しかし国門のどれからも離れたここであれば空き宿もきっとあるだろうとカラムは願うように思う。

まだ彼が宿を見つけられなかった時が心配にはなったが、それでもこれ以上の深入りはどちらの為にもならない。自分もまた明日に備えるべく、一人駆け足で別荘へと向かった。


互いに名乗っていなかったと気付いたのは、地面を蹴った後のことだった。





…………





「ッ待っ……待ってください!!貴方です!!アランさん!!ッアラン・バーナーズ!!」


騎士団演習場。

入団試験を最終の二次試験まで終え、合否に志願者達がそれぞれ声を上げるか踵を返す中、カラムは昨日と同じように息を切らせて人波をかき分けた。首席で入団を決めた身で、演習場の門へと駆ける。

申し訳ありません、失礼します!と、すれ違う騎士や志願者達にカラムは謝罪しながらも、その先を行く青年を追いかける。騎士団入団試験会場で、何度もその姿が目立った青年の名前が一次試験で声高に呼ばれるのをカラムは聞いた。

一次試験で大立ち回りで活躍した青年は、誰の目にも目立っていた。一次試験では自分よりも先に合格を決めたが、それまでだった。二次試験の結果が発表される前から、彼の試験を観戦していた誰の目にもその不合格は明らかだった。彼の合否が気になっていたカラムもまた、それを見ていた。


「お?おぉ、わりぃちょっとぼーっとしてた」

カラムだっけ?と、ようやく足を止めた青年アランは立ち止まっただけで僅かに足がふらついた。

耳が良い方のアランだが、今はカラムからの呼びかけにも肩を掴まれるまで気付かなかった。アランもまた、自分と同じく一次試験で優秀な成績を収めたカラムの名前は聞き、覚えた。気付いた時点で声を掛け、お互い合格したことを喜び合いたかったがそれどころではなくなった。一次試験合格者全体に告げられた、通達に。


『二次試験では各自、剣を持て』


持参していない者は、貸し出すから名乗り出ろと。そう言われた瞬間に、冷や汗が溢れ喉が鳴った。入団試験について事前情報を持っていた一部の志願者達と違い、アランは例年の試験内容も当日に知った。

一次試験と違い、剣の実力そのものを計る二次試験で〝今までまともに剣を握ったことのない〟アランが合格できるわけがなかった。

戦闘には長けていても、剣は素人であるとそれは目撃したどの志願者もわかるほど明らかで、そして本隊騎士を相手に振る姿は惨めと呼べるほど無様なものだった。


「そうだアンタ合格だろ?おめでとう」

気付いてたけど話しかけれなかった、宿見つかったよ、と。笑いながら話す彼に、カラムは息を切らせてすぐには返せない。そして言葉も見つからず肩を掴んだまま下を向く。

あの自分が家に招こうとした時、彼が何故急に断ったのかを知ったのは二次試験を目撃した時だった。


『手合わせに付き合って頂ければ私も助かります』


その言葉がどれだけ、彼にとっては鋭利に刺さったのかと、思い知ったのもその時だ。

よく考えればわかることで、鑑みるべきだった。荷袋一つしか持たない彼は、剣を持参していなかった。自分が彼に対し騎士志願者だと確信を持たなかったのも、彼が剣を所持していなかったからだ。宿代の為に節約すらしていたと話した彼が、剣を持っていなかった理由など一つしかない。安物の剣がごろごろと捨て値でも売られる城下と違い、地方の田舎出身である彼にとって剣は簡単に手に入るものでもない。

手合わせなど、できないに決まっている。彼は剣の心得もない。入団試験前にもし手合わせなどしたら自分は彼に何を言ったか、どう返したか、どれだけ言葉を選んでも思いつく言葉はどれも結局彼を傷付けるだけだ。「剣を使えないのに入団試験を受ける気か」など禁句。慰めの言葉すら侮辱になる。

騎士を目指す彼が誰よりも剣の必要性はわかっていて、それでも入団試験に訪れたのが答えなのだから。十四でそんな無謀な真似をしたのも、理由などこの場に訪れた騎士志願者全員と同じに決まっている。


「……ッ来年は、また受けるのでしょう?剣の指導者はどうされるおつもりですか?」

「おう、受ける受ける!剣も安いの買って帰るよ。他はなんとかなったし、剣も自力でやってみる。…………。んじゃ、俺もう帰らねぇと」

昨日と同じあっけらかんの明るい口調で話す彼が、顔を上げればその笑顔も歪だった。無理して笑っているとわかるその顔に、カラムも顔が強ばり気付かないふりはできない。昨日の自分の失言を謝ることもただ彼を傷付ける。

自分の手を静かに降ろさせる彼に、この言葉を言って良いかも悩み、しかしこのままにはしておけない。

剣の指導者など簡単には見つからない。騎士を目指すものならば尚更、付け焼き刃で叶うものではない。身のこなしとはまた違う技術だと、カラム自身がよく知っている。


「来年に向けるなら、城下に残った方が宜しいかと。剣を買ったところで指導者がいなければ」

「妹弟達置いてきちまったから。入団に落ちたのにあいつら見捨てられねぇし。まぁとにかく諦めねぇから」

なっ!と、明るく切り、肩を叩かれた。

しかし歪に笑う彼がどこまでは本気なのかカラムにはわからない。今にも泣きそうな顔で笑う彼が、堪えているのにこれ以上引き留めることが酷なのもわかる。しかし、それでもと。

踵を返そうとする彼に、もう一度飛び込みその手を掴む。自身が握っていたメモを、血が滲むほど強く握られていたその拳に掴ませた。手放さないようにと、彼のその手を両手でつつむように押さえ、言い聞かせるようにカラムは険しい顔で声を張る。


「ッ私の恩師についてです!元騎士で、騎士を目指す才能ある若者であれば住み込みでも受け入れてくださる!私からも、貴方のことを伝えておきます……!!」

門を叩いたらどうか面倒を見て欲しい、実力も才能もある若者だと。そう早口で圧倒するカラムに、アランの目が丸くなる。これを渡す為に、わざわざ追いかけてきてくれたのかと理解する。


カラム自身、昨日の恩だけでここまで彼に肩入れすることはないと思う。同年の志願者も、事情を抱える志願者も彼一人だけではない。もっと厳しい環境で騎士を目指している者もいると思う。自分達と同年で合格した志願者は文字も読めず、下級層出身の風貌だった。

だが、あそこまで絶望的に剣での実力差を刻まれた彼が、本当にまたこの騎士団演習場に戻ってきてくれるか不安になった。剣という消耗品をまた失い買わないといけなくなったら、剣の指導者が見つからなかったら、剣の実力が伴わないままいつか諦めてしまったら。そう考えれば、たとえ同情と思われても構わない。彼にできることをせざるを得なかった。

メモを握らせた彼の手に、自分の指先が食い込むほど力を込め、彼よりも自分の肩を震わせながら揺れるオレンジの眼差しに目を合わせる。






「貴方は、騎士になるべきだ……!!」






一次試験の実力を、誰もが認めていた。

実力が他の志願者より頭一つ抜けている最年少が三名もいると、本隊騎士までもが何人も噂した。その一人が自分で、もう一人はアランだ。

大人相手にも圧倒し、相手からの攻撃も怯むこと無く地面を噛むことなくすぐに蹴り、二回り体格差のある大人も殴り飛ばし、特殊能力も無しに空中戦のような身のこなしの軽さは注目された。騎士団入団試験に猛者がいることは覚悟したカラムだったが、同年代の猛者二人と自分も並べ数えられたことは焦燥とともに誇らしさもあった。

剣術も下手というのではなく、素人というだけだ。つまり才能の有無はまだ決まっていない。独学であれほどの身のこなしを身につけるほどの努力を重ねてきた彼ならば、きっと剣にもその可能性は同等に持っている。

あれだけの多彩な才能を財政面で、剣を学ぶ機会がなかったという理由だけで諦めて欲しくない。

強い声と睨むような眼差しで告げたカラムは、そこで手を離す。「失礼しました」とまた礼儀正しき一礼し、そこからはもう自分の方から背中を向けた。

棒立ちになるアランを置き、きっと誰にも見せたくなかったその顔を見ないようにと。


自分が()()()()騎士団演習場へと駆け戻った。





……





三年後。


「よっ、カラム。調子どうだ?」

「私は変わらない。アラン、お前こそ初めての〝入隊試験〟だろう」

本隊入隊試験。

それを目前に控えた新兵であるアランに、同じく新兵のカラムは前髪を押さえながら軽く睨むように返した。

気軽に自分の肩をポンと叩いてきた彼は、〝去年〟の入団試験で無事入団を認められた。


「今年こそ首席がんばれよー。俺ら二人同時に入隊できたらフェリクス先生が家にヴィンセントさんも呼んで祝ってくれるってよ」

「お二人とも忙しいのだぞと言っているだろう」

わはは、と。笑って流すアランも、カラムからのいつもの返しを気にしない。

二人に遠慮するカラムと違い、アランは騎士団に入団してからもこまめに親交を持っている。騎士団入団を目指す自分に、一年ほど剣を教えてくれた師匠と。


初めての入団試験に落ちてから、一年は音沙汰もなく入団試験にも現れなかったアランだが、その後にひょっこりと何事もなかったかのように現れた。恩師からの書状で知り、次の休息日に大急ぎで恩師の屋敷に訪問すれば、あまりにもケロッとした顔だったと今でもカラムは思う。

剣の基礎こそめちゃくちゃではあるものの筋は悪くないアランに、恩師も無事彼を預かった。

何故今年は入団を受けなかったんだと尋ねたカラムだが、その理由を聞けばまた何も言えなくなった。結局はこうして彼が一年遅れできちんと剣の指導者を求めて来てくれたのだから良かったと思うことにした。

もともと筋も飲み込みも良く、何より鍛錬を師匠の方が心配になるほどに怠らず続けるアランが、念願の剣を上達させるのは恐ろしく早かった。基礎と型さえ知れれば、後は誰に言われずとも自力で何度も何度も無限に鍛錬を繰り返すのだから、師匠にも「まともな指導者なら誰が教えても彼はああなった」と言われるほどの成長速度である。

カラムには敵わないにしろ、一年にも満たないとは誰も思わない。それどころかめちゃくちゃに鍛錬していたもう一年を足した二年の剣歴とも思えない実力に跳ね上がり、あっさりと入団試験を合格した。

アランが無事入団してくれたことは純粋に今も嬉しく思うカラムだが、……子どもの頃から師事した恩師と自分よりも交流が多くなっていることに関してはやや複雑に思う。しかもたった三度会っただけで、兄にも気に入られている。


「それで、緊張は?」

「すっっげぇ楽しみ!俺なんかよりお前は自分のことだけ考えろよ」

師を紹介した側と、紹介された側で同じ師を介し、今はお互い家の事情もある程度知れている。カラムが今年が最後の機会とも知るアランだが、手加減するつもりはない。しかし今年はどうしても自分よりカラムが首席合格して欲しいと思うのは本心だ。

カラムの鎧がかけられた腹に拳を当て、歯を見せ笑う。


「お前は騎士になるべきなんだから」

「その話はやめろと言っている!!」

カァッと顔が熱くなり目を釣り上げるカラムは、本気で怒る。一瞬、わざとアランが調子を崩しにきてるのではないかと考える。もう彼と再会してから何度酒の席で言われたかわからない。感謝してくれていることはわかるが、恩師や兄の前で言われたことは今も根に持っている。


「いや本気でさ」


ドン、と。最後にアランは背中を叩く。

さっきまでの抑揚のある声とは違う、水を打ったような静かな声だ。そのアランの表情にカラムも吊り上げた眉が降りた。

今でこそ無事新兵になれたアランだが、当時本気で落ち込み死ぬほど悔しくて爆発しそうだった帰路にカラムがかけてくれた言葉は一生忘れない。

たった一回知り合っただけの自分にあそこまで本気で気にかけ、師匠まで紹介してくれたカラムには一生返しきれないほど恩も感じている。良い師のもとで住み込みで学んだ一年足らずは、入団する前からこんなに剣漬けの生活ができて良いのかと思うほど、自分にとって充実し、楽しかった。何よりも、それまで剣も持たないのに入団試験に挑み無様な敗退を晒した自分は



『貴方は、騎士になるべきだ……!!』



あの言葉で一度報われた。

あれがなかったらもう一年は報われない日々が続いていたと思う。


「んじゃ、俺こっちだから。健闘を祈る」

「ああ、お互いに」

柔らかく笑うアランに、カラムも今度は肯定を返す。

本隊入隊試験に向け、別々の試合会場へと向かっていった。


連載を始めて七年となりました。本当に本当にありがとうございます。

今年はコミカライズも婚約者編が始動し、昨日はグッズのくじも開始し嬉しい一年となりました。

https://eeo.today/store/101/user_data/kuji-lastame-vol3?utm_source=twitter&utm_medium=social&utm_campaign=20250418_HGSG

まさかの、七年です…!!

本当に、まさかの七年も更新が続けられておりますのは皆様のお陰です。

心からの感謝を。


本日更新分、次は火曜日に更新いたします。

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