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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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そして密談する。


「まぁアランさんとなら平気だろ。カラムさんの方はアンジェリカさんがちょっと心配だけど」 


そうだったな、と。ステイルも言いながらゆっくりと突っ伏していた顔を上げた。顔の前で交差した腕の上に顎を乗せ、アーサーの方へ首を向ける。

自分の慣れたベッドよりも床に近い固い感触と定位置に、アーサーの部屋で潰れた時を思い出す。そう考えれば自分もアーサーと同室は初めてではない。


アーサーとアランの演目と、カラムとアンジェリカの演目。どちらも観客として見てみたいという欲もあるが、ステイルにはやはりラルクとの条件を攻略する方が優先だった。

その為にも打つべき手は全て打ち、何重にも返す手から打開策と反撃まで考えておきたい。サーカス団をひと月近く放置し団員を餓死寸前まで追いやっていた程度の代理運営者に負けるわけにはいかない。

ラルクにどう言い訳されても論破できるくらい完璧な勝利が欲しい。

今のところ各々の演目技術と完成度には問題ない。全員が身体能力も高ければ、演目自体は選択権があることもステイルには幸いだった。お蔭でプライドにも色々な意味で安全な演目を提供できた。


「!そういや、リオ様達どォだった?あとセフェクとケメト、会わせてやったンだろ」

「明日楽しみにしているだと。……セフェクとケメトは、学校も休みだから絶対行くと目を輝かせていたよ。仕方ないから今晩からヴァルと合流させた」

はは……と、ステイルはアーサーからの問いに遠い目で笑ってしまう。

近衛騎士達がテントを立てていた間、レオン達の待つ宿へ情報共有とヴァルとの約束通りケメトとセフェクの元への面談に向かわせたステイルだが、お互いそこまで大きい情報変動はなかった。むしろ、レオンにとってもセドリックにとっても、そしてヴァルから話を聞いたセフェクとケメトにとっても、プライド達がサーカス演目ということが一番の大事件だった様子を思い出すと、疲労感いっぱいの顔で笑ってしまう。

あくまでオリウィエルに会う為の算段だというのに、セドリックになど「有志を一秒たりとも間違えず目に焼き付けます」と力説された。絶対的な記憶力を持つ神子に嫌味なく言われたところで喜べない。

ステイル自身、演目を見られることはどうでも良い。自分はアーサー達のように花のある演目でもない。しかし、ステイル自身もまた自分のサーカス団の姿は見られたくないというのは本音だった。


「マジで父上達まで来たらどうしようかと思った……」

「最終手段としては考えたが、見られたくないのは俺の同じだ。ダリオの機転と器量に助けられたな」

ハァァァ……と長く深いアーサーの溜息に、ステイルも眼鏡の黒縁を押さえ……ようとして今は掛けていないことを思い出す。無駄に目の傍に指を当ててしまい、誤魔化すように目尻を擦った。

まさか前売りチケットだけで全席埋まるとは期待もしていなかった。最後に売り切れた枚数に応じて自分が女王である母親に直接報告と提案を持ちかけようと考えてはいた。

ほんの十数枚前後であれば「護衛の騎士を増やしたい」という名目で騎士を、それ以上の空席であればローザとヴェストへと「潜入しますが恥ずべきことはしません、あくまで潜入です。宜しければ確認にいらしてみてください」と上手く提案するつもりだった。


人前で、しかもラジヤ帝国の敷地内で正体を隠してとはいえ演目をするというのは、ローザもヴェストもそして騎士団長であるロデリックも良い顔はしないとは考えた。

見に来てくださいと誘っても、そういう場に赴くことすら嫌がられるとも思う。しかし第一王女と第二王女の王族としての〝監視〟という意味合いであれば足を運んでくれる可能性も高い。少なくとも女王とヴェストが嫌がろうとも、護衛の騎士なら必要人数は派遣してもらえる。ただでさえ自分とプライドはフィリップの特殊能力のお陰で、ローザとヴェストを含む共有している協力者と近衛騎士以外は別人の姿である。

騎士の目に晒されたところで羞恥はあっても、実際の彼らには別人にしか見えていない。露出する身体がそのまま本人のものであること以外は気にする必要もない。

それと比べれば、自分達の正体も本当の姿も見えていない貧困街の方が遥かに気も楽だった。なにより、彼らもきっと自分達単体に興味は持たない。

遠目に服や化粧装いが変わっていれば気付かない可能性も高い。


「てっきりお前は見られて全然良いと思ったけどな」

「そんなわけ─……いや、途中まではその通りだった。だが、あの衣装は…………今からでも変えたい」

ベッドに頬杖をついて首を傾げるアーサーに、ステイルもまた項垂れる。

最初は大して恥ずかしくないと思った。自分の演目はアーサー達と比べれば大人しいものだ。しかし、あの衣装を思い出せば今すぐ火にくべて別の衣装を余儀なくさせたいと思うくらいには嫌だった。

あの衣装を着てプライドやアーサー、そして近衛騎士達やレオンにセドリックにまで見られるのに言いようがなく羞恥に襲われる。ヴァルに至れば、頭の中では既に自分を指差して大爆笑している姿が何度も頭に受かんだ。セフェクとケメトにだけは本来の姿が見えてない分まだマシである。


「?どうしてだよ。似合うだろ普通に」

「お前ほどじゃないさ」

「アァ?どこがだよ」

アーサーには何故ステイルがそんなに嫌がるのかしっくりこない。

確かにステイルのいつものパーティーや夜会の衣装にしては珍しい系統で派手だなとは思うが、その辺の貴族の衣装と比べればそこまで大差を感じない。式典以外のパーティーにもなれば男性でも派手な衣装は珍しくない。少なくとも服装単独で見ずに、装飾全てを含めた格好で言えば初対面のセドリックほどの派手さではない。

今は他者には地味な男性に見えている筈のステイルだが、少なくとも自分の目にはいつもの整った顔立ちの男性である。大概の服は少しくらい派手でも着こなすだろうと思う彼が、そこまで切実に嫌がる理由がわからない。

むしろ、自分の方が服に着られていると思うし未だに人前で笑われないかと不安にもなる。ステイル達と違い、自分は本当の姿のままだから余計に恥ずかしい。


しかし反射的に嫌味を返したステイルは、アーサーとアランの衣装はしっかり二人に似合うと思う。

そして、自分も変えられるなら二人の衣装に変えたいと思うくらいにステイルは自分の衣装が不満だった。あんな恰好を両親や叔父に見られずともプライドやアーサー達に見られると考えるだけで本当は遠い場所に逃げたい。


「お前達の衣装は良いと思うぞ。演目の美しさは映える。派手さがなくてもお前らは二人揃って背が高いから問題ないんだろうな」

「ぶわっか、お前も大して差ァねぇだろ」

「大いにあるよこの野朗。……それに、お前は普段団服(あの服)や素朴なものばかりだから、ああいう系統も新鮮で良いと思う……」

うっかりアーサーからの悪意ない発言に言葉が若干乱れたステイルは、一人俯き首を振ってから改めて顔を向け直す。

アーサーが騎士になる前から顔を突き合わせているステイルだが、アーサーが団服以外でおしゃれな恰好をしているところが見たことがない。二人で稽古や手合わせをする時は動きやすさ重視のラフな格好ばかりで、式典で会う時には当然騎士の団服だ。

しかし、もともと騎士団長似の整った男らしい顔立ちである。騎士に相応しい鍛えられた身体付きで、身長もステイルにとっては自分と明確な差。男らしい服装なら大概自分より遥かに着こなすと嫉妬まじりに思う。少なくとも、たとえアーサーの団服を自分が借りて来てもアーサーほどは似合わない。

今も眼前で「団服(あの服)が一番格好良いだろォが」と不満げに断言するアーサーを見ながらそう思えば、自然と口元が緩んだ。

さっきまでの喧嘩腰のギシギシとした空気感と違い今はいつもの相棒とのやり取りに話しながらも自然体で気も休まる。口を動かしながら、交差してベッドについた腕に額から突っ伏してしまう。身長の話にまたステイルが潰れたなと思いながら、くぐもったその声にアーサーは耳を更に傾ける。


「…………お前には荘厳な服も似合うと思うよ」

「アァ?似合わねぇよ。!いや!っつーか団服(あの服)だって荘厳っつーか、お前は見慣れてっだけで軽い服じゃねぇからな?」

「知ってる。別の荘厳さもちゃんと似合うと言っているんだ。カラムさんも似合うし俺が一番似合わない……」

「ハァ?似合うっつーかお前普段そォいう服ばっかだろ。……てか、おい、ス……フィリップ。お前、ちゃんと意識あっか?」

「……だからあの衣装は燃やそうと思う……」

なんでだよ!!と、「な」の部分でうっかり声を荒げかけたのをアーサーは途中で抑えた。しかしあまりの意味不明の発言に言葉は続け、ステイルの頭頂部をぺしりとまた指先で叩いた。

どうせあの衣装一枚燃やしたところで、代わりのもっと派手な衣装を着せられるだけだけぞと正論も叩きつければステイルも黙した。どんだけ嫌なんだと溜息を吐きながら、アーサーはそろそろ寝るかと考える。ステイルが寝れそうなら明日の為に休ませるに限る。


潰れたままのうつ伏せに寝出すステイルに、ちゃんと毛布を肩まで被るように引っ張りあげる。

「んじゃな」ともうステイルに届いているかもわからないままそっと身を引き下段へと降りた。踏み台にしていた寝台になるべく振動をたてないように横になり、自分も寝るべく大きく深呼吸をする。足元にひっくり返したままだった毛布を手探りでかぶり直し、目を瞑った。

寝ようと意識と思考を閉じようとしたその時、また上段が寝返りを打ったのが布の擦れる音と気配でわかった。


「…………多分。他に現れたら、最初に降ろされるのは俺だ」

「????なんっ、!…………~っつーかそォいう話今すんな寝れなくなンだろ。あと絶対俺だそれ」

「カラムさんは。もしあの時お前に振ろうとした役割を振ったらどうしたと思う?」

「そりゃあの人は──……、……」

結構がっつりまた起きたと思いながら、降ってくるステイルの言葉に返すアーサーもそこで止まった。伏せたその主語も、殆ど考えるまでもなくわかってしまう。

「恋人同士なので相部屋で」と。そうステイルが自分に振ろうとしたのは、自分とステイルそしてプライドが三人で関係者として入団したからだ。

あくまでアランとカラムはアレスと団長以外には知り合い程度として振舞っている。だが、もし自分がアランと共に先行して潜入していてプライドとステイルそしてカラムが三人一緒にだったら、あの時はステイルに役割を振られるのは自分ではなくカラムになったとアーサーは冷静に思う。

そして想像するだけで死にかけた自分と違い、カラムなら第一王子に任される任務も強引にねじ伏したりしない。


「………………マジで、寝れなくなったから。今、俺が」

胸元までかけた毛布の上から両腕を出し、交差した手を目元に置き視界を塞ぐ。

今は潜入中で、明日は任務で、公演で本番というのに、余計なことを考えようとする頭を奥歯にぐっと力を込めて打ち消した。さっきまで畏れ多いいし死ぬから絶対逃げて正解だったと信じて疑わなかった自分の行動が、何故だか今は少しだけ後悔のようなものが思考の中に滲んでくる。

親友だからといって調子乗って甘えたのは、ステイルの方ではなく自分の方だったのではないかと薄く思う。


「…………わりぃ」

「お前のせいで眠れなくなった百と八回詫びろ」

「いやそれは俺の台詞だろ……」

思ったより元気なステイルの声色を聞きながら、アーサーは意識的に深く息を吸いそして吐く。

謝罪はしたが、眠る眠れないは寧ろステイルのせいで一方的に駄目になった。無駄に自分より八回足してきたステイルに、今度は物理的に抗議はしない。狭い天井を睨みながら、仰向けに転がりベッドから足を零す。今はベッドの上には登る勇気はない。


「もう、このまんま寝ねぇで明かすか……」

「……。昔々あるところに美しい娘が住んでいた。彼女はある祭りの夜……」

「ぶわっか。ンでお前が寝かしつけしてンだ」

「死者に。……引きずり込まれると有名な湖に近付いた。毎年祭りでは行方不明者が絶えず、その一年前には結婚を控えた姉が──」

「?!おまっ……やめろ!!お前の語り口怖ぇンだよ!昔ティッ……妹泣かせたろ!!」


突然語り始めたと笑ったのも束の間に、急に怪談を話し出すステイルに慌ててアーサーも両耳を塞ぐ。

さっきまで控えていた足でダンダンと逆足踏みをするようにステイルの底を鳴らす。今度は別の意味で眠れなくなると確信しつつ自衛に努めた。

寝かしつけるどころか三日三晩寝れなくされると血の気まで引いてくる。

上段では頭の先まで毛布を被ったステイルが、容赦なく語りを続けながらも静かに笑んだのも知らない。気が紛れたままに怪談を止めようと足をバタつかす。


睡眠不足二日目に突入した二人の夜は更けふけ、……三時間の睡眠を確保し終えていった。


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