Ⅲ116.侵攻侍女は追い詰められる。
「もう食いたいやついないかー?」
カンカンと、切るものがなくなったナイフがテーブルを代わりに叩く。
料理長以外もお肉を切り分け終えた人が鍋の底のような感覚で叩いてはおかわりの人はいないか呼ぶ。同じくお肉の切り終わったアラン隊長が「じゃあ俺もうちょい食いまーす」と自分で切ったお肉を摘み上げる。結構な大きい塊なのに頭上から口へ落とすようにばくっと頬張った。……アラン隊長、さっきがっつり食べたのに食べようとすればまだ胃に入るらしい。
パンとお肉のシンプルな献立だけど、アラン隊長の方向性で正しかったらしく誰からも文句はなかった。
寧ろ「肉だ!」とお肉多めが好評だった。パンもセットで結果的にお腹が膨らんで全員満足そうだ。こうして余ったくらいだし、全員に行き渡った証拠だなと思う。今の今までラルクもオリウィエルは来なかったけれども。
満足げに床へ座り込んだりテーブルに腰かけたりと、自分の体重を預ける方々が多いなと思う。大分一時的に重量体積増えたかもしれないけど本当に大丈夫かしら。
「さぁ英気を養ったらゆっくり休んでくれ!明日は朝も早いぞ〜!」
「おい!!寝る前に演者は最低三十分練習だぞ!!腹のモン軽くしろ‼︎」
上機嫌の団長が両手を広げる間、幹部の一人が待ったをかける。
このまま寝たら牛になるということだろう。明日に向けての練習をもっとしろというよりも単純な消化活動感がする。
騎士団はいつもどんな感じなのかしらと気になって、ふとちらりとアーサーを見たらなんたか疼くように右手をわしわしグーパーしていた。剣が握りたいんだろうなぁとわかる。自主練とか鍛錬もしてるらしいし、睡眠よりそちらの方が欲しいのかもしれない。空中ブランコとは別の味の運動なのだろう。
「そういえば、新入りさんのお部屋はどうします?」
思い出したように全体へ投げかけたのはお医者様の先生だ。
新入り、ということは私達のことだ。アラン隊長とカラム隊長は昨日からサーカス入団済みだし、まさか私達の部屋はない?!
今日いきなり押しかけみたいに入団した側だし仕方ない。……いや少なくとも元サーカス団の皆様分の部屋空きはある筈だ。
団員さん達も一度だけ先生の方に目を向け、それから考えるようにこちらへそれぞれ視線を向ける。私達だけでなく、アラン隊長やカラム隊長にまで視線を向けている人もわりといる。やっぱり連日の新入りだし、怪しんでたり勘付いている人もいるのかもしれない。今までは明日の為に余裕がなかっただけで、冷静に考えれば首を傾げても当然だ。
まさか団長もそれを考えて敢えて忙しく?!と一瞬思ったけれどすぐに改まった。違う、あの人の無茶振りブラック企業サーカス開催の原因は、哀しいかなレオンだ。
「そういや明日で演目持ちも五人追加か?」
「カラムとアランもまさか明日出ることになるとはなぁ……」
「いや今日入りのこいつらもだろ。ラルクのせいってのは聞いたけどよ」
「ジャンヌちゃんはぁ良いとして〜別に野郎は演目持ちでももうひと月くらい大部屋テントで良くない⁇」
演目持ち、つまりは演者だ。
そこでやっと話題の本質を理解する。昨日入ったカラム隊長とアラン隊長もそして私達も新入りというよりもここでは〝演者デビュー〟ということが重要なのだろう。サーカスの案内と一緒にアレスから受けた説明を思い出す。
演者以外の団員は大きなテント一つに全員が芋洗い状態で寝るけれど、演目持ちは個人テントで寝れる。
突発的とはいえ私達は演者に出世したから図らずとも個人テントを持つ権利を貰えたことになる。
アンジェリカさんの「男は大部屋のまま」という容赦なさに、アラン隊長は「俺らはそれで良いですよ!」と手を上げた。多分、団長を守るという意味でも団体行動は都合が良いのだろう。まぁ個人テントでも騎士の誰かが団長と同室になれば安全なのだけれども。
今からテントあと五個も出すのかと、そう一人が呟いたら全員が早くも疲れた顔をした。つい数秒前までは栄養満点のいきいきした顔だったのに。
「……あの。僕ら新人三人は同じテントで結構です」
ステイルが顔の位置まで手を挙げる。
少し難しそうに眉を寄せながら眼鏡の黒縁を押さえている。確かにそれならテントも一つで済むし、ちょうど良いかもしれない。
ただ、……男女一緒の部屋というのは大丈夫だろうか。
ステイルの顔もそういうことだろう。隣に立っているアーサーも見事にぎょっとしている。よくよく考えると護衛で部屋についてくれることは何度もあったアーサー達だけれど、同室で寝るのは初めてかもしれない。
私としては昨日の夜更かしお泊まり会リベンジできると思って、ちょっぴりワクワク感もある。私達王族二人の護衛という意味でも一塊りは騎士達にとっても都合が良い。
そして当然ながら、サーカス団員さん達にはそんな気楽さも事情も伝わらない。
「えぇぇ三人〜?ちょっと、ジャンヌちゃんってそぉいう……?」
「え、あ、やっぱ三人ってその子入れての⁇へぇ〜……」
「仲良し、って年じゃあないよな……あれ、兄弟だったか?」
やめてそんな目で見ないで!!!
予想できたとはいえ、あまりにも恐れたことそのまま過ぎる皆様の眼差しが痛い!針山みたいにがっつり突き刺さってくる!!
半笑いになりかけた顔が、一瞬で堪らず強張り逸らしてしまう。視線の逃げた先ではステイルもぐっと眉間に皺を寄せていた。あまりにも俗物を見る視線の山は私にもステイルにも慣れない所為でなかなか痛く効く。完全に爛れた関係に見られている!!
もうここは顔の似てない三兄弟設定で……ッいや子どもでもないのにそんな設定で納得できるわけない!良い年して三人バラバラは嫌ですって何?!
「……ッなら僕はカラムさんと同室で、アーサーとジャンヌを同室にお願いします」
「?!ばッッッ!!」
爛れた視線を耐えきれずステイル一人が離脱してしまった。というかそれはそれでなかなか視線悪化しない?!
アーサーも思わず声を零す中、ステイルはまるで知りませんとばかりに私達から顔を逸らした。ステイルこういうときこそ報!連!相!!と喉の奥まで出かかる。いや今は仕方ないし報連相の暇ないのはわかるけど!!
「同室か!私はお互い公認ならば構わないが、てっきりフィリップとジャンヌが同室組だと思ったんだがなぁ」
団長お願い話ややこしくしないで。
腕を組みながら悪気なく笑って話す団長に、睨みそうな目をぐっと絞る。多分私がステイルの侍女だと思ってるからだろう。
身の回りとかお手伝いするにも侍女が同室の方が都合良いと考えてだ。まぁ、貴族でも王族でも就寝時は異性の使用人どころか同性でも置かないで自分の時間を維持するけれど。少なくとも我が国は大体の家がそうだ。
団長のお国がどこかは知らないけれど、貴族や王族は使用人を二十四時間傍に置いているイメージなのかもしれない。私は一人の時間も欲しいからそうじゃなくて心底良かったと思う。
団長のややこし発言に「フィリップと??」と団員達がまた混乱し出す。本当にこのままだと関係を拗れた状態で怪しまれる。
アラン隊長とカラム隊長も顔を見合わせながら困り顔だ。あちゃーという声がここまで聞こえてきそうだ。つんつんとカラム隊長を肘で突いたと思えば、顎でこちら方向を示した。途端にカラム隊長が首をブンブンと激しく振っている。
「いえ僕ではなく」と変わらず黒縁を押さえながらさっきより声を低めるステイルは、平静を保とうとしているように見える。チラッとまた視線がアーサーへと散った瞬間、ステイルが続きを言う前にアーサーの顔色が急に変わる。
「実はアーサーとジャンヌが恋」
ぱつん!と。
ステイルの口を、アーサーの手が覆った。
背後から手を回すようにしてまるで誘拐の手口だ。あまりの速さに一瞬覆うだけじゃなくてビンタしたのかと思った。
まだ「アーサーとジャンヌが」しか聞こえなかったのに、どうやらアーサーには言う前からステイルの発言が読めたらしい。流石は竹馬の友以上の大親友。
赤鬼のように真っ赤な顔でステイルの口を塞ぐアーサーは目を見開いたまま、的確にステイルを腕まで使って確保する。「やめろ」「なにすっ」とステイルも取り押さえに近いそれに慌ててジタバタ抵抗するけれど、抵抗すればするだけアーサーも締め技に派生していくから勝ち目はない。特殊能力使えない上に先手を取ってくる聖騎士が相手だ。
「すみません、フィリップのぶわッかがふざけました。なんでもねぇです。自分とフィリップが同室で、ジャンヌは個室にします。テントも俺らで立てるんで備品だけお借りします」
片腕で第一王子を封殺したアーサーが、反対の手を挙げながら淡々と話を進める。珍しく戦闘中でもないのに目が据わっている。
ステイルのじたばたにも容赦ない。取り敢えず鼻は外されているだけ呼吸は確保されているけど、眼鏡が今はおでこまで上がって溺れているように見える。
まぁアーサーの言う通り、それが一番妥当だろう。確かに男性であるアーサーが同室の方がラルクに襲われる心配も減る。もっと言えばラルクを一度ライオンごと撃退しているカラム隊長やアラン隊長と同室だと余計に牽制にはなった。
寂しいなら一緒に寝てあげよっかとアンジェリカさんが手を振ってくれたけれど、ここは丁重に断る。たしかにそれはそれで女子会感もカラム隊長の練習状況も聞けるけれど、アーサー達と同室でないならあとは個室じゃないと意味がない。
「アランとカラムはどうする?私も二人のどちらかと同室で親睦を深めようか。カラム!君からアンジェリカとの進捗を聞くのも良いな」
「いえ、我々も引き続き同じ大部屋テントで結構です」
「アーサー達のテント立てんの俺も手伝いますよ。アレスさん、場所教えて貰えますか?」
良かった、団長も護衛と一緒に行動はわかってくれている。
団長の言葉に返すカラム隊長とアラン隊長二人は引き続き大勢と一緒に護衛の方向らしい。確かに他の団員は団長の味方らしいし、その方がラルクも手を出しにくいから安心だ。
そしてアーサーはステイルと同室。テントの中に入ってから瞬間移動で宿というのも可能だけど、うっかり団員の誰かに間抜けの殻を見られたら大変だ。
だからといって一時的とはいえ入団なのに夜だけ宿に泊まりますなんて言えるわけがない。ここは私達も護衛形態で泊まるのが一番だ。その為に事前に母上からも外泊許可を得たのだから。お陰で私も部屋は一人個室でも実際は、………………実際は???
はっ、と。そこで恐ろしく大事なことに今気付く。サーーッと全身の血が降りてくる感覚を覚えながら、今からでもやっぱり近衛騎士の誰かとお泊まりしたいですと言いたくなる。やっぱりステイルとでも同室しますと今から言い出そうかしら?その方がまだ、まだ健全に安眠できる気がする!!
けれど今さらそんな駄々こねを言えるわけもなく、口の中を二度ほど飲み込んでからテント併設の為に私も席を立った。
ステイルもアーサーにがっつり捕まったまま引き摺られるように後ろ歩きで向かい、アレスの案内の元テントと寝袋確保自体は滞りなく進んだ。私はアンジェリカさんのテントのお隣だ。
男子の個人テントエリアになるステイルとアーサーとも離れちゃうけれど、こればかりは仕方がない。むしろここからの問題は。
「…………よ……宜しくお願いします……ローランド、ハリソンさん」
そうコソコソ小声で言葉を続ければ、二人からもそれぞれ至近距離から返事を貰えた。……そう、至近距離から。
おひとり様用テントは当然ながらなかなか狭い。簡易ベッドを二つ横並びにしたらそれで足の踏み場がなくなりそうなくらいだ。今は私の分だけのベッド一台だけに、一応寝袋と毛布は別に二つアレスが提供してくれた。
アーサーもアラン隊長もカラム隊長もいない今、私の護衛につくのは当然ながらこのお二人だ。透明状態のローランドと、そしてハリソン副隊長も今は透明になっている。
ローランドと縄で繋がった状態で一定距離を持ちつつ手放しで透明になったハリソン副隊長も、テントに同室になってもらうことになった。縄でも透明の特殊能力者とひと繋がりになっていれば消えるのは私も防衛戦の前から知っていたけれど、お陰で今はお二人どころか寝袋も毛布も見えずどこに寝ているか寝方すらも全くわからない。
このお二人が間違っても妙なことするとは思えないけれども。まぁ、個人的にハリソン副隊長がこのままだと一人テントの外で野宿コースというのも心配だったから、理由はともあれテントで休んでもらえる方が私も安心ではある。
「ご、ごめんなさい。お二人は毛布や寝袋だけで……」
「とんでもございません」
「いえ」
まだ母上から配属されたてであまり慣れていないだろうローランドと、近衛騎士就任から未だに必要以上殆ど会話参加どころか発言もしないハリソン副隊長。護衛としては信頼できても、ルームメイトとしてはなかなか気まずい。
これがアーサーとかアラン隊長とかカラム隊長とかエリック副隊長……ッいやエリック副隊長はまだ昨晩のことでちょっと緊張しちゃうけど!!!
とにかくそれでも他の近衛騎士だったらもっと気楽なパジャマパーティーになれたけど、このお二人だとそうもいかない。これはもう無駄話せず寝なさいという騎士団長の念の表れかしら。
「……お、おや、……おやすみ、なさい……」
おやすみなさいませ、と。
二人からそれぞれに応答が返ってきたのを耳で確かめてからベッドに転がった。寝顔を見られるのも恥ずかしくて二人に背中を向けて目を瞑る。
慣れない固いベッドの軋み、肌触りも暖かさもスカスカの毛布、テントの外での騒めきや風の音。……そのどれよりも。
お二人が側で明らかに神経を尖らせている気配で、暫くは目を閉じたまま眠れなかった。