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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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そして安定する。

本日二話更新分、次の更新は水曜日になります。よろしくお願い致します。


『なんだフィリップ!もう休憩か?!ならば私にも一回見せてくれ!なに簡単で良い!!見せれる分だけでいいから披露してくれ!!』


演目を見せてくれと言われても、ステイルの演目は特殊能力が主軸である。そしてアレスやカラムのように口外せずあくまでトリックとして通すつもりで下準備も済ませた。

それを最初から種も仕掛けどころか大道具も全て大テントの舞台裏に置いてきてしまった今、訓練所には何もない。それを身振り手振りだけでやってみせろなど無理にもほどがある。実際にやってみせれば、特殊能力を丸裸にするだけである。


ステイルも最初はやんわりと断った。申し訳ありませんが当日のお楽しみに、と。しかし、サーカス団団長は子ども以上に諦めも物分かりも悪かった。

良いじゃないか良いじゃないかと繰り返され、ならタネは抜いても良いからどういう風に舞台上で振舞うかやって見せて欲しいと意味不明のことを望まれる。仕方なく舞台の入りから口頭説明も含めて訓練所の仕切り際でやって見せれば、たた歩いてお辞儀しただけで団長一人に拍手喝采された。

「良いぞ!」「フィリップ!!」「色男!!」と褒められ、まるで子どもを持ち上げるような団長の囃し立てにそれだけでステイルはもうやめたくなった。頭の中では三秒間に一回は「まだなにもやってない」と叫んだ。

その後もただ歩いてお辞儀して客に何を見せるかの流れを説明するだけの筈なのに、団長に「もっとにこやかに!!」「笑顔だ笑顔!!」「そこでウインクを!!」「良いぞ!!!世界一だ!!」と繰り返された。本人に悪意はないとわかっていても、ステイルには馬鹿にされているような感覚まで覚えた。

何年も社交界で鍛え、外面も良く見えるように維持してきた笑顔もピキピキと亀裂をあげるほどに胃が煮えていった。

口笛まで吹かれた時は「うるさい」とあと少しで言いそうだった。


王族であることは隠しても、自分は立場ある商人だと表向きの正体を話した筈なのに、団長からの無茶ぶりは全く変わらない。

それどころかどうやるのか見せて欲しいと言われたから流れを見せるだけだったというのに、ちょくちょく団長からテコ入れが入る。投げキスを、ウインクを、そこでくるりと回転して両手を広げて格好良くポーズをと言われれば、もう感情を殺すしかない。相手はいくら自分が断ろうとしつこく求めてくるのだから。


数年ぶりに無表情が楽だと思えるようになるほど、段々と愛想笑いすら面倒になった。長年ジルベールの前ですら保ってきた表情筋がとうとう健闘の末無力化された。「俺がお前の玩具じゃないぞ」と百は言いたくなった。

社交界でも様々な思惑で自分に愛想や取り入ろうとしてくる人間と関わって来たステイルだが、ここまで〝関わって疲れる〟部類は始めてだった。


子どもの頃からうるさく暑苦しかった旧友フィリップすら、団長と比べれば慎ましやかに錯覚できた。

明らかにステイルまで無表情の下に苛立ちを募らせていく様子に、アーサーも空中ブランコの上から慌てて「俺の方もまた見て貰っていいっすか?!」と助け船を出した。しかし当然、アーサーにとっても得意な相手ではない。

ステイルが相手をしてくれるのなら良かったとすら、途中までは思った。しかし予想よりも早くステイルから黒い気配まで溢れれば自分が間に入るしかない。

そしてアーサーからの呼びかけに、団長も上機嫌のまますんなりと興味の方向を変えた。「勿論だとも!!」と自分が必要とされる喜びと共に満面の笑みでフリージア王国の騎士の演目に目を輝かせた。


『アーサーそこだ!そこで投げキス!!君は顔も良いんだから出し惜しむな!!想像しろ観客の女性が黄色い悲鳴を君に上げている!!』


ンなもん想像してもやる気でねぇ、と。アーサーも既に何度も団長に返したくても心の中でとどめた言葉だった。

ステイルにも無茶ぶりをする団長が、技術面で及第点以上を見せたアーサー達にそれ以上を求めるのは当然だった。アランがいた時は、いくらかの無茶ぶりは上手く流すが躱してくれたが、今は自分しかいない。


最初の技術面の指導は良かった。空中ブランコの何も知らない自分に、どういう流れでどう見せれば良いのかも具体的に教えて貰えるのもありがたかった。しかし、途中が技術とは関係ない愛想や無駄な動きに続き変な信仰のような囃し立てを受ければ流石に疲れる。

「君ならできる!!」と言われても技術ならまだしも自分の人格完全否定するような行為を求められても困る。「アーサー!君の笑顔で女性は卒倒だ!」と言われても、わかりやすいが全く自分は心が浮き立たない。むしろ沈む。


アランがやってくれていたように「そんなことより」と話題や注意を反らそうとしても、自分にはそこで上手い切り返しが思いつかない。しかし団長にいくら頼まれてもやりたくないことはやりたくない。

ステイルほどではないにしろ、アーサーも「ンな笑顔っつったって仮面つけりゃあ大してわかんねぇだろォが」と悪口が開きそうになった。プライドの騎士として社交の場に出ることも多いアーサーも、それなりに典型文の切り返しや対応はできる。しかし、逐一意味の分からない必要性も感じられない無茶ぶりを受け流すほどの柔軟さはまだ足りない。


騎士団では掲げられた課題は何でも実直に真面目に向き合ってきたが、それは騎士になりたかったからである。

団長の言う「サーカス団の新たな星」にも「女性を魅了する貴公子」にも全くなりたくない。更には嫌味のつもりはないとわかっていても「君〝は〟顔も良い」とまるで他の仲間を比べて下げるような言い方はムッときた。ステイルの後だから特に。

頭では何度も今のステイルは姿も別人なんだからとわかっているが、たとえステイルではなくアランやカラムに比べられても、他の無関係の団員と比べられても気分が良くはない。本音を言えば「顔で強くなれねぇンだよ」だ。


それだけでも、アーサーにとってなかなか疲れる上に無茶ぶりの無視も辛い。しかも密かに団長へ怖いと思う要素もあった。

自分やステイル、そしてアランや他の団員に対しても団長の笑顔は全てが全く陰りも取り繕いもない本心から正真正銘の煌めく笑顔だった。

相手を持ち上げる為や慰める為に心にない言葉を言う顔をアーサーは知っている。しかし、そんな欠片微塵もなく本気で目の前の団長が自分に対して「女性を虜に」や「サーカス団の星」と言っている。そして投げキスや想像するだけで恥ずかしい振舞いも冗談ではなく本気で団長は求めている。それがわかれば余計に恐怖と圧が凄まじかった。

いっそ冗談だと思い込みたかった。しかし自分の目はどうしても団長が取り繕いのない澄んだ目しか見えない。それが怖い。


サーカス団でも、挨拶に回った団員の中には当然初対面の自分へ取り繕いの顔をする人間もいる。感情はそれぞれなその取り繕いよりも今は団長の真っ新な笑顔が、アーサーには常軌を逸してすら見えた。「白銀の王子と異大陸から上陸せし鳥の一族どっちが良いと思う?」という言葉すら冗談ではなかった。「勘弁してください」と必死に懇願した。

そして自分を練習中上手く庇ってくれたアランは、自分よりも遥かに長時間団長の相手をし続けてもいた。騎士団では交流を好む騎士であるアランだが、それでもこの団長相手じゃ絶対キツイだろとアーサーも早々に納得した。


だからこそ、ハリソンの食事調達だけでなくアランにも気晴らしにプライドと出かけてもらおうと思った。


そうでなければ言い出した自分がプライドと買い出しに言ったとも思う。

結果、戻って来たアランは見事に本調子に戻っていた。むしろ上機嫌を抑えているようにも見えるアランに、アーサーも最初に見てほっと息が零れた。流石はプライド様、と場所が場所なら直接プライドに礼を言いたくなった。

自分では手合わせを望むくらいしか思いつかない。そして騎士であることを団員に隠している今では深夜でもアランにそれは誘えないこともわかっている。普段は鍛錬や演習に身を注いでいるアランがただでさえここ数日で消化不良である。その上で団長の相手を長時間すれば、当然鬱憤も溜まる一方だとアーサーは考える。


「……アレスやユミルちゃん達団員は本当に何故あんなに慕っているのだろうな……」

「長く付き合ってりゃ色々あんだろ」

あくまで団員に聞かれても深く内容は気づかれないように。

厳重に配慮しつつ会話する二人は、そこで静かに息を吐いた。せめてプライドだけは団長の被害にこれ以上かからないようにしたいと切に思う。


「……アラン。もう良いのか」

「んー??あー平気平気。ちゃんと残るぐらいは買ってきたしさ、お前も遠慮せず食っとけよ」

俺もちょっと出しといた、と。カラムが遠慮しないように資金面もしっかりアランは補助を入れる。

肉を切り分け続ける自分に、食べなくて良いのかと心配してくれるのかとカラムに笑い返しながらも、そう言うカラムもあんまり食べていないと思う。元は団長の資金だが、アランも少なからず自分の懐からの資金を食費分はサーカス団の皮袋に戻していた。そうしないとカラムが遠慮するだろうことは予想もできていた。

しかしカラムは「違う」と一言切り、それから確保できたパンをまた一口指で千切り、自分の口に放り込む。アランがずっと切り分けるばかりで食べていないことにも気付いてはいたが、それはどうせ買い出しついでに食べて来たのだろうと想像はついている。同じく買い出しに行ったプライドもパン一つを持て余しているのがその証拠だ。


「昼頃に一度飛び出しただろう。サンドバック分は落ち着いたのかと聞いている」

「あー、あれなぁ……。ちゃんと弁償しねぇとな……」

ははは……と、流石のアランもカラムの言葉に苦笑まじりに返す。

あの時はぶつけるものが少なかったから仕方がない。アーサーにもカラムにも手合わせを頼める状況ではなかった為、取り合えず動いて拳で発散したかった。サーカス団の備品が思ったより脆かったこともあるが、自分でも反省はしている。肉を切る作業も、本来なら繰り返すほど重労働だがアランには軽すぎる。


プライドと一緒に買い出しに行くと聞いてから、ある程度気晴らしにはなるかと考えたのはアーサーだけではなかった。

ハリソンに食事をと頼んだのはカラムも当然ハリソンの栄養管理を思っての依頼だったが、同時にアランならついでにちょっとした息抜きくらい自分で済ますだろうと考えた。言わずとも、自分の精神管理くらいなんとかできる騎士だ。

そしてカラムがそこま気にしてくれたのだろうと理解したアランも、笑いながら「わりぃわりぃ」と軽く謝った。説明もなく団長を丸投げしたのも悪かったと思っている。今思い返せば大分逃げたなと自分で思う。だが、今はもう良いのかと聞かれれば。



「あと百年戦えるくらい生き返った」

「もう百年も生きるつもりかお前は」



ぶはっ、と。容赦ないカラムからの切り返しにアランは大口を開けて笑ってしまう。

しかし今は本気で百年寿命が延びた気がしてならない。何があったかは墓まで持って帰るつもりだが、思い出せばまた顔がニヤニヤと緩んだ。胃袋で言えばまだまだ肉もパンも入るアランだが、一週間食べなくても生きていける気がするくらいに活力が充満し持て余す。

アランのその満面の笑顔と上機嫌に、カラムもプライドの影を確信しつつ敢えて言及は慎んだ。


「長生きしてくれるなら何より」と前髪を払い、アランが切り分けたばかりの肉を他と同じく手掴みで取り去った。


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