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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
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そして休む。


「レイちゃんは駄目だな~手紙全部焼いちまう。やっぱお前は大人しく田舎で未亡人と貧乏貴族しとけ?な??」

「うるせぇ。その時はお前も道連れだ」

首に縄括ってでも引っ張っていく。と、そう決めながらレイは八つ当たりにテーブルを蹴った。

その直後、同時にディオスとクロイから「テーブル蹴らないで」と声を合わされる。それでも変わらず、ライアーから「はいはい」と投げるような肯定が返されるまで瑠璃色の眼光をその背中に向け続けた。

フンと鼻息を漏らし、一度自分もネルと同じソファー椅子で休もうかと両足を床に降ろしたその時。


くしゅっ!と、くしゃみが意図せず零れた。


「……ほら。いい加減着替えなよ。もしくは帰って」

肩ごと揺らす強いくしゃみに、クロイは呆れたように息を吐いた。

視線の先では反動で仮面が外れないように反射的に片手で押さえているビショ濡れ男がいた。雨に降られたまま家に入り、その後も着替えたライアーと異なり上着しか脱いでいないレイは肌にべったりと衣服が張り付いていた。温かな部屋でも当然、体温は奪われる。


夕食をご馳走になった後の今、家に帰るだけではある。しかし食べてすぐ動きたくもない。何より、窓の外を見るまでもなく窓を叩く雨粒の音で外に出る気は削がれた。

無言で眉を寄せるレイへ、雨が落ち着くまでは家にいたら?と提案するヘレネは無理に追い出そうとも思わない。いっそ一日くらい泊まっても良いとも考える。


椅子から立ち上がり、無視をしてソファーへ向かおうとすればそこでクロイが「ソファー濡れるから駄目」と先手を打った。直後には椅子から飛び上がったディオスが両手を開いてレイの前に立ち塞がった。

チッ、と舌打ちを溢すレイも流石にそこを強行はしない。諦めて再び椅子に座り直した。今更二人に言われた通りに施しを受けたくもない。


乱暴に今度は肘をテーブルに付け、頬杖をつくレイをいつソファーに向かうか警戒しながらファーナム兄弟は姉が食べ終えた食器と共にテーブルを片付けた。

濡らした布でしっかり汚れを拭き、途中でレイの肘もはねる。拭き終えれば言葉を掛け合う必要もなく三人は学校の鞄からノートとペンをテーブルに並べた。恒例の自習勉強だ。


ネルの参入により、レイ達が居間にいても自室で勉強に集中できるようにもなった二人だが、今日のように雨で冷える日はやはり暖炉のある居間で過ごしたい。

いつもは食後にソファーに移るレイも、今は仕方なく椅子に掛けたまま目の前で三人の勉強を眺めることになる。


最初はレイの視線が気になった双子だが、勉強に集中すれば次第に気にならなくなった。

良くも悪くもレイは見るだけで何も発言せず、静かなものである。食器を洗い終えたライアーも元のレイの隣に椅子に座れば、ネルしかいないソファーよりもとグレシルもまた椅子に掛けた。

三人の勉強風景を眺めるのは今日が初めてではないが、ノートにがりがりと書き込む姿を意味もなく眺める。

ディオス達から少しずつだけだが文字を教わるグレシルも最近はノートに書かれた単語を時々読み取れるようになってきた。

ペンを走らせるこの時間帯だけはディオス達にも大事な時間の為、傍若無人のレイもお喋りのライアーも口を閉じるようになった。邪魔をした時のファーナム姉弟の怒りようが他の比ではない。

暫くは静けた時間が流れる。


「……?姉さん、どうかした⁇」

ふと、姉のペンが止まったことに気付いたクロイが目を向ける。

授業の内容を復習していたヘレネだが、今は細い眉を顰めていた。クロイの言葉にディオスも前屈みになりテーブルからヘレネへ顔を近付ける。まさか体調でもとも考えたが、ヘレネは首を横に振ってから弟達とは別方向へ振り返った。


「あの、ネルさん。騎士について歴史とかお詳しいですか?」

「?いえ、兄なら詳しいだろうけど私はあまり……」

どうかした?と首を傾けるネルに、ヘレネは控えめな声でノートの記載部分を口に出す。

高等部の歴史の授業で学んだ騎士の名前だが、名前を書き写し損ねてしまったことをノートを見て思い出したところだった。中等部である弟達もそこはまだ履修した内容ではない。

そして騎士に元々興味も薄かったネルもやはりわからない。明日パウエルに確認するか、もしくは先生に聞こうとヘレネも考え直した時。


「ガーター・ベルリヒンゲンだ。そんな常識も知らねぇのかこれだから庶民は」

頬杖をついたまま低い声で告げるレイに、全員が一度顔を向けた。

ああそうだったわ、とヘレネも授業で聞いた内容を思い出しパッと表情が晴れる。頭の中で引っかかっていた部分が取れた感覚に肩の力まで抜けた。口が悪いことに慣れたレイに嫌味を言われたところで気にもしない。


「ありがとうレイ君。頭良いのね」

「さっすが御坊ちゃま。貴族育ちなだけはあるじゃねぇか兄弟」

今こそ普通教室に所属するレイだが、元は特別教室の貴族だ。

授業に参加しているだけで、普通教室の必須授業項目程度は全て家庭教師に教え尽くされた後だった。侯爵家の長男として公表する為、アンカーソンもレイへの教育に余念がなかった。

そういえば頭が良いんだったと。今までも貴族とはわかりながらも勉強をしている印象もできる印象もつかなかったレイに、ディオスとクロイは考えを改める。


「あっ⁈じゃあレイ次ので特待生狙えるじゃんか!」

「興味ねぇ。この俺様が貧乏人の為の枠なんざ使うか」

「いやいや兄弟。節約できるもんはしとこうぜ?な⁇」

しかしここはライアーの言葉も一言で断固拒否する。

普通教室にいることには気にしないレイだが、わざわざそんな試験を貴族だった自分が受けてひと枠むしり取るのは気分が悪かった。金がないのだと公言するのも、過去の自分達のような家もない相手から奪うのも気が進まない。


「大体んなことしたらまた女共が群がる。今でさえうんざりしてるんだ」

「うわっ。またモテ自慢」

事実をそのままに言うレイに、クロイが敢えて強めに反応する。

庶民には見慣れない仮面や服装のレイだが、流石にひと月も経てば同クラスの生徒の目にはある程度慣れた。仮面に隠されていない半分は整っていることもあり、少しずつ惹きつけられる女性生徒が増えていた。

特に簡単に近付く為の方法となれば、勉強である。授業に熱心にも見えないにも関わらず、教師に当てられても即答できるレイをみれば、当然そこを取っ掛かりにしようとする女子生徒は少なくなかった。

以前から女子生徒が煩わしい、勉強教えてだ口が悪いだ昼食一緒にだとうるさいと。レイからすれば心からの愚痴だったが、ライアーやクロイの目にはただの自慢にしか聞こえない。

クロイは女子にモテる男を見るのはディオスで珍しくないが、性格が良く社交的な兄と異なり何故こんな性格悪がモテるのか理解できない。


「自慢じゃねぇ。この前なんざ断っても何度もしつこ……ッくしゅっ‼︎」

「れ、い、ちゃ〜ん。風邪引くっつってんだろもう。薬代高くつくからやめてくれよ本当」

呆れながらぺちぺちとレイの額を叩く。

せめて暖炉の傍いっとけ?とそのまま袖を引っ張るライアーに、レイもちらりと引っ張られた方向へ目を向けた。

不意にディオスが席を立てば、ぱたぱたと居間から出て行きすぐに戻ってきた。使い古された毛布を小脇に抱え、レイへと差し出す。

しかし向けられた本人は、一体どういうつもりだと目を向けるだけで手に取ろうとしない。すると今度はクロイも席を立ち、ディオスの差し出した毛布を掴み無理やりレイに押し付けた。


「家にまだ居座るならこれくらい巻いて。君が風邪引いても良いけど姉さんに伝染ったら大迷惑」

「これなら濡れても良いから!」

「…………」

懐へと毛布を押し込められ仕方なく掴み返す形で受け取ったレイは、クロイと続くディオスの言葉に口を結ぶ。

外のザァザァと鳴る雨音を聴きながら、そこまでするなら追い出す方が早いだろと自分が思う。いっそ帰ろうかとも思ったが食後に腹が満ち、何よりまた眠くなってきた。

食前にもうたた寝したにも関わらず、睡眠を取ったと思えないほど身体がだるく重い。まさか本当にこの程度で風邪なんか引いたのかと自分でも疑いたいそうになる。

そうなれば次第に、濡れた服が本気で鬱陶しい。


「……もう良い。脱げば良いんだろ」

ばさり、と。

言葉を溢すのと脱ぎ始めるのとどちらが先かもわからないほど同時に服を脱ぎ出した。

最初にべたついた上の服から脱ぎ剥がし、ディオスとクロイも大慌てでヘレネの目を隠す。湿りきり水で倍の重量になった衣服を有無も言わさず手近なライアーへと押し付け、椅子から立てば下の衣も構わず脱ぎ捨てる。最後に下着姿にまでなってから、毛布で全身を包んだ。


「野鼠。服を乾かしておけ」

ディオスが「いきなり脱ぐなよ‼︎」と怒鳴るのも聞かず、女性が三人もいる中で平然と脱衣したレイはグレシルに衣服を任す。

濡れてないなら文句がないだろうと言わんばかりに毛布に包まりながら、暖炉まで歩む。ソファーへ寛ぐかと誰もが思った中、暖炉の前で立ち止まったレイはそのままごろりとカーペットの上に転がった。

「寝る。起こすな」と断言し、仮面のまま目を閉じる。

蓑虫のような姿で眠るレイに、最前席でそれを眺めていたネルは開いた口が塞がらない。

異性とはいえ年下の男の子が脱いだところで大人として動揺はなかったが、自分でもカーペットの上で下着姿で寝ようとは思わない。


「ねぇ。この人本当に元貴族⁇食べて脱いで床で寝るとか子ども⁇」

「やっぱり体調悪かったのかな……?」

「いやまぁ、半分は俺様の血」

怒涛の辛口を放つクロイと、心配するディオスに反し適当に言いながらライアーは半分口が笑ってしまう。

貴族の間は侍女達に身の回りの面倒を見られるのが当たり前。そして貴族になる前の忘れられない時代は道端で野宿が当然だったレイには、女性の前も床で寝るのも抵抗がない。

家でもグレシルの前で甘酸っぱさも青さの欠片もなく、自分と二人での生活時と全く変わりなく過ごしている。正直、拍子抜けどころかつまらない域だった。

暫く待てば安易に寝息まで漏らすレイに、速やかにディオス達も勉強へと戻る。悪口を叩かない分、寝ていた方が無害と判断した。


「!そうだ。ヘレネさん、今度人を呼んじゃっても平気?時間帯は調整するから」

「ええ、勿論。あの騎士のお兄様?」

レイの奔放ぶりに苦笑気味だったネルだが、ふと投げかける。

ヘレネ達の生活を邪魔しないように学校の時間帯でも、逆に自分達が留守の間に人が入るのが心配ならば放課後の時間帯にでもと考えるが、ヘレネ達としてはどちらでも良い。ネルの招く相手ならば信頼できると思う。特に、相手があの副団長であれば。……しかし。



「いいえ、友人一人。仕事もちゃんとしている信頼できる女性よ」



『……ですが、宜しいのですか?仕事が始まったばかりでお忙しいでしょう。そんなところにお邪魔しては』

『勿論です!お忙しいのはマリーさんも一緒ですし、それに……』

兄と同じくらい。と、知り合った期間は短いが、それでも相応の信用がある女性をネルは振り返る。

以前、アネモネ王国との取引後に庭園を案内までしてくれた第一王女専属侍女とのやり取りを。


『折角のお誕生日祝いですから』


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