Ⅲ115.団員達は集い、
「さぁお前達!!明日の公演の為に今日はたらふく食べて英気を養ってくれ!!」
ハハハハッ!と団長が両手を広げる間も、集まった誰もが注目するのはテーブルに次々と並べられる食料だった。
夕食を終えてから時間帯も深夜と呼べる刻になり、アーサーの護衛を受けながら遠回りに大テントの正面に戻った団長は堂々と団員の前で胸を張る。ラルクに見つかれば身の危険はあるが、サーカスの敷地内から微妙に離れたこの位置ならば問題ないだろうと自己完結する。
どちらにせよ、食料の追加という伝達に集まって来た団員達の前で堂々と襲われる心配もない。
アランとプライドが食料調達から戻ってきてから、テーブルを外に出し野外での食料供給を始めた彼らの前には大勢の団員が詰め寄っていた。
明日を前に栄養不足や空腹が麻痺しかけていた者も多い中で団長の〝ご馳走〟ならば間違いなく量があることを彼らも知っていた。
食え食えと無条件に飢えを満たすことを命じる団長に代わり、アレスを始めとする幹部達が「衣装入る程度にしろよ」「食ったら動け」「飲み込まないで良く噛んでね」「肉食え肉」「食い過ぎて明日腹壊したらぶっ殺すぞ」と乱暴ながらも食べすぎをしないように注意を呼び掛ける。
料理長以外にも複数人がテーブルの各所で大ぶりナイフを手にテーブルに広げられたパンや肉の塊を全員に行き渡るように切り分けていく。まだ食事会というほど落ち着いた場ではないが、誰もがご馳走を食べるべくテーブルの周りに集まっては食料の次なる供給に目を光らせた。
その様子を目の当たりに、プライドは中途半端に笑った口で固まってしまう。
屈強なサーカス団員のみならず、女性団員であるアンジェリカや線の細い下働き女性のレラすらも今だけは食器も必要とせず手づかみで肉やパンを頬張る姿は衝撃だった。それだけ空腹だったのだなぁと確認しつつ、既に買い食いを済ませた自分はやはりここは自重しようと決めた。
食べていないことが目立たないようにこそこそとステイルやアーサーの背後に下がる。肉を進めてくれた二人に断り、今はアーサーに毒見された小さめに切り分けられたパンをちびちび食べて時間を潰した。
食べていないのも目立たず、彼らにはしっかりと食事を取って欲しい。
テントから持ち出されたテーブル以外椅子もない立食状態で、アーサーとステイルも自分の食事を確保すべくパンや肉が回ってくるのを待つ。
プライドの為にパン一つは確保できたが、その後も団員達の必死の手が凄まじくなかなか強引には食事取得も難しかった。自分達より遥かに空腹であろう団員である。そこで大人げなく騎士の実力を出すアーサーでも、特殊能力を使うステイルでもない。
背後に控えているプライドの気配を確かめながら、テーブルに次々と回され取られる食料に目を向ける。食事の喧噪に紛れ、口と耳だけで互いは目も合わせず潜めた声で会話した。
「……それで、もう良いのか?」
「ああ。やっぱ頼んで良かった」
ぼそりぼそりと、互い以外他の誰にもプライドにすら聞こえない声で言うのは、目の前の食事とは関係ない話題だ。
プライドとアランが買い出しに出てから、訓練所で二人の帰りを待ったアーサーとステイルだがその間の話題を今また思い起こす。
最初に話しかけたのはステイルの方だった。アランとの買い出しの同行者に第一王女であるプライドを指名したアーサーにだ。二人がいなくなった後、何故プライドを指名したのかを相棒に尋ねるのは当然だった。
あそこはどう考えてもアランと共に買い出しに行くのは、同じ護衛対象でもプライドよりもプライドの補佐である自分の方が正しかった。もしくは訓練所から出す危険と手間を踏まえた上で団長自身に買いに行かせる方が良い。
それを寄りにも寄ってプライドを使わせるようなことをアーサーがするのは不自然でしかなかった。
尋ねてきたステイルに、アーサーも声を潜めつつ頭を首の後ろを摩った。自分でも上手く自然にできなかったことは反省していた。
プライドにも事前説明をできずに任せてしまったことが申し訳ない。手のサインで理解してくれたアランが説明してくれるとは思うが、気分を悪くさせたらと思うと勝手に表情筋に力が入った。
しかし、ハリソンに食事の機会をと言われればステイルも納得だった。プライドの護衛であるハリソンが彼女から離れるとは思えない。ならばサーカス団の誰からも見られる心配のない外で食料調達と共に食事を済ませて欲しいというならば、確かにプライドごと外に出すのが都合も良い。
「なるほどな」とステイルが頷きで返そうとしたそこで、アーサーが「それと」と二度団長を含めた団員の視線を確かめてからステイルに耳打ちしたのが。
「お前がアランさんのことまで気を回せるようになった成長に、相棒として嬉しい限りだ」
「褒めンのかおちょくんのかどっちかにしやがれ」
ケッ、と。ステイルからの憎まれ口にアーサーも素直には返さない。
勿論褒めてるさと誇らしげに笑われても、やはり直視しない。目の前のパンや肉が際限なく供給されることに関心しつつ、やっと一塊り肉を確保できた。取り敢えずはステイルの分と手渡すが、「自分で捥ぎ取るから良い」と断られた。アーサーから取って貰うのはステイルも少し悔しい。
プライドもパンだけで充分だと言われた以上、ならばと遠慮なく自分でかぶりつくアーサーはそこで一呼吸置くようにちらりとテーブルの別方向に立つアランに目を向けた。
まるで昔から団員だったんじゃないかと思うほどに周囲に馴染んでいるアランは、今は他の団員と同じく肉を切り分ける役を買って出ている。全くのいつもの調子だ。しかし、出かけ前のアランに違和感を抱いたのは間違いなかった。
隠し事や無理して笑っているというほどの深刻さはない。ただただ「ため込んでるかなー」くらいの違和感だ。その理由もぼんやりと想像がつけば、ここは外の空気を吸いに出て貰おうかなと考えた。
プライドを慕うアランなら、彼女と出かければそれだけでもいくらか気晴らしになる。昔からアランに気を配ってもらうことの方が多いからこそ、気付けた時くらい自分なりに気を回したかった。
ステイルも、アーサーから「アランさんもちょっと溜め込んでそうだったから」と言われてからやっと知っただけ。ステイルの目にもプライドや他の面々同様にアランは大して変わった様子は見えなかった。だが、「お前が言うならそうなんだろうな」とアーサーの目には信頼もある上で今は確信もしている。
何より、二人が買い出しに行っている間に自分達も。
「……寧ろ、今まで殆どの時間をお任せして申し訳なかったと猛省した。俺ですら後半は表情筋が攣りかけた」
「それどころか時々やべぇくらい無表情なってたからな。笑えって言われてあんな下ッ手クソな引き攣り顔初めて見た」
「父親に匹敵する深く長い溜息を繰り返したお前には言われたくない」
アァ?と、次の瞬間には互いが顔を向けないままに若干口喧嘩まじりになる。
アーサーからの指摘に刺激され八つ当たり半分に今度こそと腕を伸ばせば、やっとステイルも自分で肉に手が届いた。アーサーほど大ぶり肉ではないが、やはり時間が経過するにつれて団員達の食料へ手を伸ばす必死さが和らいでいるとステイルは思う。
アランが買い出しにいった以上、最初から団員全員に行き届く量だろうとは察していた。
がぶりと、上品な口でいつもより固い肉を細かく噛み切りながら、眉が寄ってしまうのをステイルは肉の固さの所為にする。
アランが不在の中、当然ながらアーサーと共に団長と行動を共にしたステイルだが、それまでの長時間が嘘のように時間の流れが遅く感じられた。プライド不在の所為だけではない。
それまではプライドの演目練習を横目に、自分も演目準備や打ち合わせ程度だった。しかし、プライドが買い出しに行ってしまったところで、同じく練習相手がいなくなったアーサーの空中ブランコでも観覧しようと歩み寄ったのが最初の間違いだった。
明日への余裕と暇を持て余したとバレたステイルに、当然目をつけたのはアーサーにとってももう一人の護衛対象だ。
『なんだフィリップ!もう休憩か?!ならば私にも一回見せてくれ!なに簡単で良い!!見せれる分だけでいいから披露してくれ!!』
そう、アーサーの空中ブランコ指導と観覧をしていた団長に文字通り絡まれた。