Ⅲ112.侵攻侍女は把握する。
「なるほどわかった。私も買い出しに行くか悩んでいたところだ。なるべく精のつくものを頼む」
空腹の団員は多い、と。
そう続けるカラム隊長にアラン隊長も明るく同意を返した。カラム隊長も夕食確保に間に合わなかったのか遠慮したからか、……いや遠慮だろう。私達と同じ夕食抜き組だった。
アラン隊長もカラム隊長ももしかしたら二日前からあまり食べていないのかもしれない。そう思うと鍛え抜かれた騎士の二人こそきちんと身体を維持する為にもしっかり食べて欲しいとも思う。なるべく食事は肉系を選ぼう。
アンジェリカさんとはコンビ解散かと一日で何度も危ぶまれたカラム隊長だけれど、最終的には団長の懇願に押されつつアンジェリカさんの熱量に引っ張られるようにして再度結成に努めてくれた。
予行練習は見れなかったけれど、取り合えずあれからは訓練所にいる団長の元に直談判しにこなかったしなんとか地が固まったと思いたい。
今も、私達訓練所組とは別場所で練習をするカラム隊長のすぐ傍ではアンジェリカさんが椅子に寛いで食事をしている。彼女は食事にありつけてることから考えても、やっぱりカラム隊長は遠慮したのだろうなぁと思う。
「えぇ~?ご馳走出るならお腹埋めなきゃ良かったぁ。団長の奢りなのにぃ」
「すみませんがアンジェリカさん。話の通り団長に呼ばれているようなので。宜しければご一緒願えますか。練習成果の確認を見て頂くのにもちょうど良いかと」
行くぅ~!と、元気いっぱいに手を上げるアンジェリカさんはやっぱり今は平和な様子だ。
良かった、流石カラム隊長仲良くなってくれたようで何よりだ。……ただ、アンジェリカさん。確か衣装が入らないからアーサーにゆるめてもらったばかりだった気がするのだけれども。今夜がっつり食べたらそれこそまた衣装を緩めないといけないことになるんじゃないかしら。
私とアラン隊長は、団長の奢りで団員の皆へ食事調達を任された。その間カラム隊長は団長をとお願いすれば快諾してくれた。ちょうどアンジェリカさんがお食事タイムで練習にも一区切りついたところなのも良かったのかもしれない。
練習状況はいかがですかと、伺ってみればカラム隊長もさっきほどの難しい表情はない。少し困り眉がちょっぴり垂れているけれど、それでも笑んで「一応は」と返してくれた。団長に会うべく急いで皿を平らげるアンジェリカさんに聞こえないように、口の横に手を添え私にだけ囁く声で話してくれた。
「問題点は理解できましたし、練習にも本気で取り組んでくださっています。あとは彼女自身の心の準備と覚悟に任せるとしか私には言えません」
やっぱりまだ問題全解決とはいかないらしい。
あはは……とちょっと空っぽ気味の笑いを零しながらも今はカラム隊長が少し前向きなのに安堵するしかない。
小さく頭を下げたカラム隊長は、おもむろに視線を顔ごとアラン隊長へと向けた。その視線に気付きアラン隊長も顔を合わせれば、すぐにその耳へ口を近づけた。こそこそと小声で何か話してるのはわかったけれど、内容は聞き取れない。
カラム隊長へ向け頭も傾ける中、アラン隊長の表情が眉の上がった状態から半笑いへと変わっていく。声は聞こえないけれど「あー……」と溢してるのだろうことが、口の動きで察しがついた。
短い要件だったのか、すぐにまた口を離したカラム隊長にアラン隊長は笑いながら手を振り顔を向けた。
「大丈夫大丈夫。アーサーにも頼まれたから」
「そうか。ならば良かった。くれぐれも頼む」
わはは、とちょっとおかしそうに笑って返されれば、前髪を指先で整える。
アーサーにも、ということはとさっきのやり取りを思い出す。つまりカラム隊長も同じことに気付いたということらしい。私も視線を注ぐけど、やっぱりそこまで重要案件ではないのかカラム隊長からも苦笑に近い笑みでぺこりと下げられた。
よし行こー!とアンジェリカさんがノリノリにカラム隊長の腕を組む。やっぱり大分仲良くなったんだなと思ったけれど、そのまま訓練所へ一緒に向かおうとするアンジェリカさんにカラム隊長が敢えてか両足を揃えて留めた。右足を大きく前に出そうとしたアンジェリカさんが石像を相手にしたようにつんのめる。
ゆっくりと丁寧な動きで自分の腕を組むアンジェリカさんの手を下ろさせたカラム隊長は、そこでくるりと振り返る。そして、……アンジェリカさんが座っていた椅子の上に置かれた皿とスプーンを回収した。
食べたままポイされた食器を回収してくれるカラム隊長に、当の本人であるアンジェリカさんは「細か〜い」と唇を尖らせた。
「どうせ後で下働きの誰か回収にくるんだし良いじゃーん」
「少し寄り道すれば食器洗い場に預けられます。皆忙しいのですからそのくらいはすべきです」
ぶぅ〜、と。つまらなそうに尖らせた唇から音を鳴らすアンジェリカさんは、それでもカラム隊長に渡されたら仕方なさそうに食器を受け取った。
なんだかカラム隊長の方が先輩か教師みたいだ。……プラデストの生徒か、アンジェリカさんかどちらの方が大変かしら。
私から少しご機嫌伺いにアンジェリカさんへ「何か食べたいものは?」と聞いてみたら、まさかの「お肉」と即答だった。肉食女子、と頭の中に全く違う意味の言葉が浮かぶ。それだけまだお腹ぺこぺこなのか、……本当に明日の衣装大丈夫か心配になる。いやでも今の今までたくさん動いてカロリー消費した筈だし。
食器洗い場へ向かうカラム隊長とアンジェリカさんに挨拶し、私とアラン隊長でテントを後にした。
いってらっしゃーいと手を振ってくれるアンジェリカさんに振り返し、馬車を借りに行く。団員全員分のご馳走だし、馬車の方が色々都合も良いとアラン隊長からの提案だ。
下働きの人に声を掛け、一番小ぶりの馬車で比較的近い市場へ降りる。暫くは万が一にも団員や付近に住んでいる貧困街に聞かれないように、当たり障りない会話でお互い済ませる。
「そういやアーサーから聞きましたよ。宣伝回りでエリックやヴァル達にも会ったんですよね」
「ええ、ダリオのお陰で前売りも早くはけて助かりました」
「ジャンヌさんのトランポリンのお陰もあると思いますよ」
「いえそんな……けど、そうだと嬉しいです」
「市場もそこまで離れてなくて良かったですね。なるべく安く大量に仕入れられれば良いんですけど」
「はい。もう料理するのも今からだと大変ですし、調理済みか簡単に手を加えるだけで済むのが良いですね」
せっかくだしとアラン隊長と一緒に御者席に乗せてもらったけれど、新鮮で楽しい。乗り心地も短時間だから言えることだろうけれどわりと良い。
ガタガタと馬車の揺れがダイレクトに伝わるけれど、それよりも隣で手綱を握るアラン隊長の声が聞こえにくい方が気になるところだろうか。今は聴力に集中させているのと、アラン隊長自身が大きめの声を出してくれるのが幸いだけど。
「そういやもうフリージア出身者には大体顔確認できました?」
「ええ、アレスが案内してくれたのでその時に。お二人が調べてくださった人は特にしっかり確認しましたけれど」
はっきり思い出せる相手は誰も。その言葉を飲み込み首を横に振る動作で伝えれば、アラン隊長は「そうですかー!」と明るい声で受け止めてくれた。折角前日に調査してくれたのに何も得られなくて申し訳ないくらいだったからすごく救われる。
「いや〜やっぱ貧困街の奴ら手を出してこない方で良かったですね!こういう馬車とか簡単に狙われそうですし」
ハハッと笑うアラン隊長の発言に、確かに!と私も笑ってしまう。
サーカス付近に陣地を構えている貧困街だけど、本来はこういう馬車持ちの荷物も狙いだろう。流石にここで積荷を狙われたら私達も応戦せざるをえない。
パカパカと馬の蹄の音をゆったり聞きながら市場を進めば、早速美味しそうな香りが鼻に届いた。もう遅い時間だけれども、夕食や夜食目的のお客様も多いのかわりと飲食系は賑わっている。
「肉ならあそこですかね」とアラン隊長が勧めてくれた先へ同意し、私達は馬車を止める。荷台方向に軽く声を掛け、私とアラン隊長で降りた。
吊るされた生肉だけでなく、目の前でくるくると遠火に炙らせながら焼いてくれるお肉がずらりと並んでる。「いらっしゃい!」と私達の視線に気付いた店主に、アラン隊長もまるで昔馴染みのような気軽さで手を振った。
「時間もないですし、ここで大量に買えたら纏めて売って貰うでどうですか?あと、パンも買えば腹の足しにもなって良いかなと」
すらすらと買い出しメニューを提案してくれるアラン隊長頼もしい。
買い出し仲間である私にも意見を確認してくれることに感謝しつつ、ここはアラン隊長の意見に従った方が良いと考える。私基準だと「あと野菜や果物とか」と言いたいけれど、多分彼らには直接血となり力となる方が良いのだろう。あの女子代表のようなアンジェリカさんすらお肉希望なのだから。
手慣れたアラン隊長に全面的に任せつつ、隣で改めて店から市場まで眺める。初日の市場も賑わっていたけれど、夜はまた違う雰囲気で楽しい。
「そういやジャンヌさんは食べたいのありますか?ずっと跳ねててお疲れなんじゃ。というか肉とパンってだけじゃ物足りないですかね。フィリップも」
「!いいえ大丈夫です!こういうのも好……食べ、たい!ですし」
王族二人に配慮してくれるアラン隊長に私は首を振る。慌て過ぎて色々言葉を間違いかけた。
こういうのも好きなんて前世の出店慣れの私ならばまだしも、王族である私じゃアラン隊長に不思議がられる。そして食べてみたいと言ったら言ったで今度は店のおじさんに「その年で食べたことないの⁈」とびっくりされる気がして両方身構えてしまう。
前世ではポテトとハンバーガーとかチキンとか焼肉で一食済ませた経験あるから全然有りだと思える。ステイルもパウエルから交換したパン一個でお昼済ませたこともあるし、抵抗はないだろう。
アラン隊長が今売ってる分まとめて買うから安くして欲しいと交渉すれば、店主が冷めて固くなった売れ残りも買ってくれるならと上乗せする。たくさん安く買えるならそれが一番だろう。
二度も言葉につんのめった私は、交渉を終えて店主と笑い合ったアラン隊長へ誤魔化すように話題を変えた。
「アランさんも、順調そうで何よりです。アーサーともすぐに息が合っていて」
「アーサー身体能力すごいですからね。ハリソンを迎撃するのと比べたら軽いですよ」
そう言ってまた明るい笑い声を飛ばしてくれる。
聞きながら、それを言ったらアラン隊長もすごい身体能力だと思うのだけれど……と言葉を飲んだ。多分謙遜だろう。アラン隊長の凄さはアーサーも皆が認めていると言っていたし、実際凄まじい。素手ならアーサーの方が未だに負けることが多いらしいし。
アラン隊長とアーサーの空中ブランコは本当に初めてとは思えないくらい順調そうだった。隊は一番隊と八番隊で違う二人だけど、同じ騎士で身体能力も高い者同士だからだろう。
本当に予備知識無しかと私まで疑いたくなる域でほぼ失敗なく演目を順々に成功させていた。大テントの舞台で予行練習でも、訓練所より高い位置や幅にも関わらず見事に怖気なく成功させていた。二人の場合、落下してもあのくらいの高さなら恐怖もないからも強いだろうと思う。
私もトランポリン練習しながらちょこちょこ遠目に見ていたけれど、監督役の団長も興奮した様子で「そう!そこで飛び移れ!」「おお!なんだ今のは?!」「良いぞ楽しくなってきた!」と熱血と興奮がこちらまで伝わってきた。
なかなか団長のおかわりに付き合うようにずっと休みなく練習してたように見えた。二人とも騎士団ではもっと厳しい演習を毎日努めているからそれと比べれば疲労もそこまでないとは思いたい。
店の売り物を纏めてくれた店主からアラン隊長が代金と引き換えに受け取り、一緒に馬車へ戻る。御者席の前に荷車の方へ先に回り、食糧を置いた。切り分けないとかぶりつくのも難しそうな大振りから、私でもお手軽に食べれそうな小さな骨付き肉もある。
荷車へ乗り込みはせず手前に置いたところで、アラン隊長は「んじゃ」と正面へ呼びかけた。
「ローランド。これ、奥に頼む」
承知しました、と。
アラン隊長の呼びかけに、誰もいないようにしか見えない荷台から返事が浮かんだ。透明の特殊能力者、ローランドだ。
私達が馬車に乗り込んだ時点で同乗していたのだろう彼は、さっきも人知れず馬車の見張りをしてくれていた。私達が訓練所で本格練習を始めてから母上達に報告へ出ていた彼は戻ってきて再び私達の護衛についている。
ローランドに積荷を任せたところで御者席に戻ろうかとしたら、アラン隊長に引き止められる。馬車で移動するまでもなく、少し行った先にパン屋らしき出店が見えた。
「近いし馬車このまま置いて行きましょう。ローランドについて来てもらって、その間にアーサーとカラムに頼まれたことも済ませておきたいですし」
「!そういえば、頼まれたというのは……?」
やっぱりカラム隊長とアーサー二人同じ要件だったと思いながら聞き返す。
アラン隊長の言葉に、一度消えた積荷が馬車の奥でまた現れ、そして「同行します」とローランドの潜めた声が馬車から掛けられた。
私からも尋ねるままに小首を傾げれば、アラン隊長はおかしそうに笑い荷馬車の奥に運ばれた積荷であるお肉の山を指差した。
「ハリソンの食事です」
言わないと滅多に食わないんで、と。
つまりは私達が買い出しの間、ハリソン副隊長に馬車の見張り兼買い出ししたお肉を食べてなさいということだ。
小さな荷馬車は荷車部分も完全な箱型ではなく天井もないけれど、周囲はぐるりと囲まれている。確かにどこかでずっと潜んでくれているハリソン副隊長の小休憩にはちょうど良いだろう。ここなら団員の目にもつかない。
アーサーが私に食糧調達を任せたがった理由を知る。サーカス敷地内だとハリソン副隊長と安易に接触するのも難しいし、ここで食べて貰うのが一番良い。
カラム隊長もだけど、アーサーも今は部下であるハリソン副隊長のこと気にかけてるんだなぁと思うとほっこりする。アラン隊長もばっちりハリソン副隊長の分もお肉屋さんで買っといてくれているのもやはり隊は違えど隊長だ。
ふと、ローランドはと思い小声で尋ねてみたら「帰還経由で済ませました」と返ってきた。母上の元から戻る途中でと考えると、やっぱりこういう機会を見つけて適宜自主調達してくれているんだなと思う。……ハリソン副隊長はそれをなさらないということになるけれど。
じゃあハリソン呼びますか、と。まるで鷹や鳶でも呼ぶように宙を見上げるアラン隊長と、食糧がおかれた荷馬車に。
─ なんか、扱いが猛獣みたいな……。
ちょっぴりそんなことを過ぎりながら、失言は口に出すまいと私は一人唇を引き絞った。




