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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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Ⅲ111.侵攻侍女は戸惑う。


「おーい夕食できたってよ!」


無くなるぞ、と。そうアレスがわざわざ呼びに来てくれたのは、もう陽が暮れた後だった。

いつの間にか夜で時間が経ったんだなと、瞬きを何度か繰り返して思う。気付けば訓練所の外を確認するまでもなくテント全体が薄暗い。日が暮れ始めてからはランプや灯りは灯されたけれど、それでも陽の光には敵わない。


大テントの舞台でも通し練習して一通り私も、アーサーとアラン隊長も問題はなかったけれど、それでも明日が本番だと思うと緊張を紛らわせるように練習に没頭してしまった。ステイルも小道具大道具の出し入れや段取りの確認には余念がない。進行役や裏方予定の下働きの人達と色々確認し合っていた。


アレスの呼びかけに私達だけでなく、訓練所にいた人達全員が早々に手を止めだした。

無くなるということは先着なのかもしれない。もしかして購買部みたいに一人複数持っていくの可能ルールなのだろうかと、アレスが両手に持つ皿二枚を見て思う。運動系職種のサーカス団員の皆様だし、一人で何人前食べても驚かない。

トランポリンで跳ねたまま空中で振り返った私も、団員達の行動の速さに合わせて跳ねる足を緩める。そのままトランポリン外に着地しようかとも思ったけれど、動き始めている団員さん達の上にうっかり着地しないように彼らが動き切るまで待つ。

ぴょんぴょんと低い跳ねへと高さを徐々に低めていく間に団員さんの一人がこちらに振り返った。トランポリンを分け貸してくれた女性団員のミラチェッタさんだ。彼女の演目はポール演目だけど、飛び移る時にしか使わないからと優先的に貸してくれたすごく良い人だ。

トランポリンで跳ねながらもすぐそこで行われる彼女のポールでの可憐な動きは私も何度か見惚れてしまった。


「ジャンヌ、アンタも早く行った方が良いよ。すぐになくなるから」

「あっはい。あのっ、やっぱり早い者勝ちですか……?」

「うち、そこは平等だから。明日儲けが出たらまた全員食べれるよ」

きゃあ。

つまりはもともと全団員分の食事量が配給できないということだ。明日儲け……ということは、これも赤字経営の影響ということだろうか。

詳しく話を聞きたいけれど、私の為に足を止めてくれたミラチェッタさんをこれ以上引き留めるわけにもいかず「わかりました」とだけ言って先に手を振った。あとはアレスに聞こう。

個数制限なら余計に途中参加させてもらった私達が分け前を奪うのも忍びない。団員が出口へ動き出した時点で空中ブランコから飛び降りたのだろうアラン隊長とアーサーが揃って「取りにいきます?」「取りに行きましょうか?!」と尋ねてくれたけれど首を横に振って止めた。私達は外食の方が良い気がする。

サーカス団員のご飯というのはちょっと興味はあるけれど、興味半分に食料を減らせない。さっきまでの集中が嘘のように訓練所を後にする団員達が捌けていくのを最後まで見送ってから、私もトランポリンを下りた。


「なんだ?フィリップ達は良いのか??うちの料理長は腕も良いぞ!?」

「材料がありゃあな。金ある奴は別で食ってくれた方がこっちも助かるだろ」

着地したところで大きな声に肩で振り返れば団長だ。

アレスの隣の床にどっかり座りながら早速食事を始めている団長に、どうやらアレスが持ってきた二人分は自分と団長の分だったらしいと理解する。団長は容易にサーカス団敷地内を歩き回れないからだろう。

練習中はどこかに離れていたアレスだけれど、彼は別の場所で練習していたのだろうかと考える。演目名は聞いたけど、彼が具体的にどういうことをするのかまでは私達も把握していない。ステイルと団長が作ったタイムスケジュール的には平均的な時間枠より短いくらいだったし、そこまで準備に時間もかからないかしらと考えるくらいだ。

ゲームでも演目で特殊能力を使っていたと語られていただけで、詳しくどんな風にだったかは語られていない。

そう思うとちょっと今から楽しみだなと思いつつ、私はアレスに歩み寄る。私の視線に「やんねぇぞ」と眉を寄せる彼に首を横に振り「それよりも」と今は金銭状況を尋ねることにする。


「いつ頃からこんなに枯渇しているの?やっぱりひと月開演しないと厳しいのね……」

「二週間前からはずっと底見ながらだからな。もともとどっかの浪費家団長が貯蓄もまともにしねぇし、腹に溜まればなんとかなる」

そう言ってアレスと団長が今食べているのも、パッと見はシチューに見えるけれどドロドロとした芋が主食だろうスープだ。シチューというよりもポタージュに近いかもしれない。たぶん料理長さんもなるべく嵩を増して一人でも多く団員に行き渡るようにしているのだろう。


一瞬、今日売れた前売り券の稼ぎはと思ったけれど開演前に使うのは流石に危険すぎる。何かあって払い戻しを請求されて払えなかった時が惨劇だ。

アレス曰く、別段こういうじり貧状況もサーカス団では珍しくなくその時は毎回早い者勝ちでの食糧配給で各自分け合っているらしい。団員も下働き演目持ち幹部関係なく食べる機会があるようにの早い者勝ち制度らしいけれど、一応飢え死にする前にはちゃんと誰かしらが譲り合うから問題ないと。あのラルクとオリウィエルさえ、例外はなく毎回ラルクが一番に待って二人分取っていく。


…………明日本番だけど、本当に大丈夫かしら。

二週間もお腹ぺこぺこでしかも準備期間も短いのにパフォーマンスを満点で見せれるかと考えれば、難しいとしか思えない。

遠回しにでも私から援助できればいいのだけれど……と我ながら王族特有の思考になってしまう。ちらりとステイルに目を向ければ、ステイルもステイルで同じことを考えたのか少し難しそうに眉を中央に寄せてから首を捻った。微妙、ということだろうか。私達が潜入しているのはサーカス団を援助する為ではないもの。


「まあ明日二部とも成功すれば一気に膨らむ!前売りも最高の売れ行きだからな、ここで成功すればその後にまた公演を決めても客も絶えないだろう。そうすればまた皆で食卓だって囲えるぞ」

しゃがむ膝に置いた皿を手放しして両手を開いて笑う団長は、なんだか本当に楽観的というか前向きというか大雑把だなと思う。

いつもは皆で食卓を?と尋ねるステイルに、団長は満面の笑みで説明してくれた。いつも……というか、通常はテーブルに料理を盛った皿を並べて皆で囲っていただきますスタイルらしい。ただ今日は練習に皆忙しいから食卓の準備時間も勿体ないくらい皆手が離せないことと、そして食料自体が足りないから早い者勝ちになっている。

なんだか、明日また成功させないといけない理由ができてしまった。是非とも明日の公演後はサーカス団の皆さんにお腹いっぱい食べて欲しい。

早くも成功前提の団長に、アレスは食事の味とは関係なく顔を苦そうにした。がぶりとまた大口で頬張り、飲み込むまで待たず口を開く。


「売上ちゃんと持ってんだろうな?言っとくけど、明日使うとしても売り上げの3パーセントまでだからな。それ以上使ったら今度こそ飢え死ぬぞ」

「!そんなに良いのですか。団員数はわかりますが、それでも自炊ならばもう少し削れると思いますが」

流石ステイル。

アレスの上限にすぐ具体的金額を計算したのだろう。私も頭の中で計算してみれば確かになかなかの額だ。少なくとも団員全員にご馳走代と考えてもかなりできるだろう。前売り券の金額と席数と当日券、それを二公演すると計算すれば大体の金額は想像つく。

アーサーとアラン隊長は計算するつもりもあまりないのか首を捻る中、団長が「うちは大食らいが多いからな」と笑った。その隣でアレスがスプーンで団長を指し示す。「これでも制限させてんだよ」と眉がずっと寄ったままのアレスに、団長がそこで初めて私達から目を逸らした。


「うちの団長はサーカスの全財産近くを一度の無駄買いで溝に捨てるような奴だぞ」

「失礼ですが本当にこの方は経営者として問題ないと言い切れますか???」

アレスのとんでもない発言に、とうとうステイルが食い気味に指摘した。

人差し指ではなく手の先で団長を示したステイルまで、今はアレスと同じくらいに眉間に皺が寄っている。うん、でもまぁ今のは無理もない。大規模なパーティーでもしたのかと言いたくなる。

ハッハッハッ!とステイルからの厳しい言ってを笑って流す団長だけど、他は誰も笑えない。このサーカス団が赤字経営が続く片鱗を今見た気がする。


「まぁまあ良いじゃないか!今はアレスが経理の方も頑張ってくれている。私は昔から細かいのが好きではないから助かっている。我がサーカス団の錬金術師だ」

つまりお財布の紐担当か。

まさかの経営者の方がお金管理大雑把というのも致命的な気がするけれど、アレスが上手く回してくれているのなら頷ける。呆れつつも、本当に今はサーカス団にアレスがいて良かったと私達も息を吐いた。


終わりがなさそうな団長の語りの始まりに、アラン隊長が顔の横に手を上げて食事調達を自分から言ってくれる。アーサーも「いえ自分が!」肘まで伸ばして手を上げる。そのままお前はジャンヌについてろカラムの分も買っておくかと騎士二人で相談する中、団長は全く構わない。「この子がちゃんと資金を回してくれるお陰で私も……」と誇らしげに胸を叩いたところで、急に声が上がった。

おぉ?!と、さっきまでの語りを中断し、まるで今気が付いたように目を丸くする団長に思わず息を飲み振り返る。

まだ半分残っている皿を膝から傾け落としそうになる団長はそこでバンと自分の膝を叩いた。直後、アレスが慌てて団長の膝から落ちかけた皿を手を伸ばし掴む。


「そうだそうだ忘れていた!!まだあるじゃないか!私のトランクにまだ金が残ってる!!よし!今日はその金で前祝いと行こうじゃないか!!」

「ハァ?!おいこら待て団長!!前祝いじゃねぇよ新人五人のぶっつけ本番だぞ!」

「ああそうだ!!新人五人の歓迎会もしてないな!!よし!!今ならばまだ市場も開いている!ジャンヌ、すまないがちょっと団員テントに取りに行ってくれるか?好きなだけ使って良いぞ!!」

使うな!!!!と、すかさずアレスの怒鳴り声が被さった。

ついさっき怒られたばかりだというのにもうまた泡銭化しようとする団長に口の端が引き攣ってしまう。いくら残っているのかわからないけれど、好きなだけって……。

このサーカス団、アレスが来るまではどうやってこの団長の浪費を食い止めていたのだろう。アラン隊長が確かアレスは一年前後と言ってたけれど。

商人であるステイルと護衛の騎士であるアーサーとアラン隊長を抜いての私御指名に、三人の視線がほぼ同時に動いた。仕方がない、ここでは私が一番下っ端だ。

続けてアラン隊長アーサー、そしてステイルが無言のまま数秒目配せし合う。なんだか全員何か言いたげなのが気になる。そして最初に手を上げたのはやっぱりアラン隊長だ。


「……あー!じゃあ俺。トランクの場所知ってるんで、取ってきます。そのまま買い出しに行くんで、団長はそのままアーサーと一緒にいて下さい」

「!あっ、いえ!!その、アランさんだけだと荷物負担でかいかもしれませんしもう一人……」

「ならば僕も同行しましょう。行きすがらカラムさんにもこちらに来て貰えるように声掛けていきましょうか」

アラン隊長一人で行かせまいとするアーサーに、ステイルの提案が上がる。

アーサーも一緒に買い出しに行ったら護衛が一気に二人いなくなってしまうし、それなら確かに王族であるステイルがアラン隊長と一緒に行動した方がアーサーの負担も減る。カラム隊長も来てくれたら団長の護衛も引き続き安心だ。

なんだか、揃って私に買い出し行かせないようにしてくれている感が申し訳ない。立場上私に行ってらっしゃいできないのはわかるけれど、団長とアレスからすれば凄まじい紳士精神の三人に見えるだろう。

ああじゃあ頼むよ、と。訓練所の外にも気軽に出れない団長が自分の皿を持ち直しスプーンの手を再開させる中、アレスも「いや誰でも良いけどよ」とめんどくさそうに眉を寄せた。あとは、アンジェリカさんと練習中だろうカラム隊長がこちらに来てくれれば



「ッッあ、のっ!!…………すンません、行くならフィリップよりジャンヌに買い出し頼めませんか……?!」



突然、流れを断つようにアーサーの声が訓練所に響く。

怒鳴ったというよりも、単純に思い切って言ったら予想外に声が響いたのだろう。自分で言った後に、耳の響きで焦るように誰より目を皿にした。「すみません」と勢いよく私へ頭を下げてから、今度はアラン隊長とステイルに顔が向く。

まだ誰も何も言っていないのに汗を滲ませ出すアーサーは「いえこういう買い出しとかジャンヌの方が得意ですし……」と侍女らしい理由を上げてくれながら、右手が動く。明らかに本音とは別の建前を口にする言葉よりも、その右手の方が流暢に話しているのだろうことがアラン隊長の表情でわかった。多分、騎士団内でのサインだろう。

何故ここでサイン??というか騎士の任務内で使う為のサインで伝えられるような理由なの?!と表情には出さず思う中、アラン隊長からは「あー……」と薄く声が漏れた。さっきよりも半笑いに近い表情に、取り合えずアーサーの意図は伝わったらしいと理解する。

流石に騎士団機密サインは私もステイルも知らないし、ここは後でこっそり説明を聞こう。

言葉の方は「それにフィリップはやることも」と覚束ないアーサーだけど、短く終わったサインの方はしっかり伝わったお陰でアラン隊長が「そうだな」と途中で打ち切ってくれた。


「じゃあジャンヌさん。一緒に行ってくれますか。荷物は俺が全部持つんで、金銭面の方だけ頼みます」

「え、ええ……。宜しくお願いします……??」

買い出しに行くのは全然良いのだけれど、理由の方が気になって声が浮いてしまう。

団長のトランク、そしてカラム隊長にステイルと団長の護衛を依頼しつつ買い出しにと、やることを頭に浮かべながら全員に挨拶をして訓練所を出た。行ってきますと言っても申し訳なさそうに頭を深々下げるアーサーが、確実にアラン隊長にではなく私に下げているのだろうなと思いながらも取り敢えずは笑って返した。


「アーサーは何が食べたい?」と気にしていないことを示すべく言ったら「無しで良いです!!」と言われたからちょっと笑ってしまった。

かなり気にしてくれているのはそこでひしひし伝わった。ステイルまで流石にこれには吹き出したのか、思いっきり背後に顔を向けて肩を震わせていた。

アラン隊長と訓練所を出て早速下働き用の団員テントに移る間もまだ聞けない。

こそこそ話ならと思ったけれど、視線を向ける私に言葉で尋ねられる前からアラン隊長が手をヒラヒラさせながら笑って見せてくれたから、多分そこまで深刻な理由ではないのだと先に確信できた。取り敢えず市場に出てから聞くことにしよう。


団員用テントに入ればすぐに、一つだけごろりと転がったトランクが目に入った。本来は演目用だろう分厚いマットの上にそれぞれ毛布がいくつも転がっていて、完全に雑魚寝状態だと理解する。

他は大して荷物もない中で、トランクはあまりにも無防備に転がっていた。しかも、鍵すら刺さったままだ。

盗まれてないかしらと思いながらも、アラン隊長が開いてくれたトランクの中身を覗き込めば。……お互い顔を見合わせた。


ざっくり計算満席公演一回分はあるだろう銀貨いっぱいの皮袋に、……とりあえず団長の〝好きなだけ〟は聞かなかったことにしようと心に決めた。


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