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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
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そして不安になる。


「ジャンヌも演目は今日の客の反応を見ても上手くいきそうですし、ジャックとアランさんも問題ありません。カラムさんもアンジェリカさんが今度こそやる気を出してくれたようですし、これで少なくともサーカスを追い出される心配はないでしょう」

ラルクがぶつけてきた最低条件は達成できる。そう自信満々に言ってくれるステイルに私もほっと少し息を吐けた。

そうね、と言葉を返しつつ、言われてみれば確かにそこだけでも安心であれば心持ちも穏やかになれると思う。

それにステイルからの条件も、セドリックがチケットも大幅に請け負ってくれたし当日券の立ち見もある。ラルクと賭け成立した時は色々と心臓に悪かったけれど、ここまでくるとぶっつけ本番でもなんとかなると思えてきた。


あとは練習さえがんばれば!と、少し前向きな気持ちになってくればちょうど訓練所の前だ。

荷物が大きいアーサーに代わり、ステイルが早足で素早く入り口を開けた。私が最初に通してもらって、次にアーサーが「わりぃ」とステイルにお礼を言いながら入る。そのまま隅の大道具置き場に廃品もそっと並べた。パンパンと両手を交互に叩いてアーサーが手の埃を払う。


「そういやジャンヌは大テントのトランポリンじゃなくて良いンですか?」

「大丈夫よ。こっちにもトランポリンはあるし、大テントでの練習は皆で一緒に行きましょう」

トランポリン単体演目は私以外にはいない。けれど、トランポリン自体はここにもいくつかある。ポールに飛び移る用だったり、肉体芸で跳び上がる用とか小さいのがメインだけれど、その内の一つを貸してもらって練習しよう。持ち運び用のトランポリンはまだ宣伝用の荷車の中だ。


舞台になる大テントで練習したいのは私だけじゃない。ステイルだって舞台の大きさや距離感も確認しないと器材の配置も決められないし、アーサーとアラン隊長だって本番用の空中ブランコで練習は必要だ。練習初日でもあるけれど、同時に本番前日という恐ろしい状況なのだから。

そう思ってふと訓練所の空中ブランコへ目を向ける。ここよりも本番はもっと高い場所なのだろうと考えたところで、…………気付く。


大勢の演者の練習音に紛れてさっきまで気付かなかった。

私の視線を追ってステイルとアーサーも目を向けたらしく「あれは……」「えっ」と声が漏れた。二人が驚くのも当然だ。空中ブランコに、いる筈の人がいなくていない筈の人達がいる。

状況がわからず、取り合えず目配せする必要もなく私達は最奥にある空中ブランコへと駆けた。練習音の騒々しさの中で段々と視線の先の会話が聞こえてくる。声を掛けるよりも会話を拾おうと、聴覚に意識を向ければ。


「いえ、アンジェリカさんではなく私個人の判断です」

「それでは私も頷けない。アンジェリカはやる気なのだろう?ならばもう少しあの子に付き合ってくれないか?」

しかし……、と。空中ブランコの下で団長と話しているのはカラム隊長だ。…………どうしよう、ものすっごい不穏。

また?!と叫び出したくなる気持ちを押さえて、二人に歩み寄る。アーサーとステイルからもそれぞれ喉を鳴らす音が聞こえてきっと私と同じことを考えたのだなと思う。つい、ついさっきアンジェリカさんと二度目の和解をした筈なのに!!


しかも今回はアレスも戻ってきていた。私達に気付いてカラム隊長を始めにそれぞれ挨拶してくれた三人は、すぐにまた論じ始めた。私達も聞いていて良いということだろう、声を潜める様子もない彼らの会話に私達も並び加わった。

団長と並んでカラム隊長の話を腕を組んで聞いているアレスは顔が一番険しい。彼の場合、その矛先はカラム隊長にではないのだろうと口が開かれる前から想像がついた。


「カラムはっきり言っちまえ。どうせアンジェの方が我儘かまた休みたいとかレラの手伝いと言って逃げるか喚きやがったんだろ」

「そうなのか?しかしアンジェリカなら練習量は少なくともすぐに仕上げてくれただろう?あの子は昔から物覚えが良いしああ見えて人と合わせるのも上手い」

「いえそういう問題では。…………とにかく、代案が無理ならばせめて別の相手を立てていただきけませんでしょうか」

あああぁぁぁぁぁぁあぁぁ……。

カラム隊長の苦労、凄まじい。つい、ほんのついさっき頑張るってあんなに言ったのにアンジェリカさん!!!そしてそこで有言実行して団長に直談判に来るカラム隊長は本気だ。

顔が口が苦くなっていくのを感じながら二人に目を向ければ、ステイルも眼鏡の黒縁を押さえながら難しそうに眉が寄っていたしアーサーはもうポカンと口が開いていた。

あそこまでがんばると言ってもうカラム隊長から逃亡したらしきアンジェリカさんが信じられないのだろう。アーサーの話だと騎士団ではカラム隊長に稽古や自主演習を見て貰うのは新兵も騎士も皆が喜ぶほどのことなのに。それを一度と言わず二度まで逃走なんて。


団長達と話しながら一瞬だけカラム隊長の視線が私に向いた。

思わず肩が揺れたけれど、こうなったら真面目にトランポリンと二足の草鞋も考えようかと思う。もとはと言えば私の予知の為に巻き込んでいるんだし、トランポリンも思ったより上手くいっている。

宣伝回り中に披露順も自分の中で組み立てられたし、カラム隊長に時間を使うのも不可能ではないと思えて来た。何より、このままだと本当にカラム隊長が可哀想過ぎる。まさかネイト以上にカラム隊長を振り回せられる人が現れるとは思わなかった。

団長もカラム隊長もお互い譲らず平行線の論議をし合う中、ふとそこでさっきから気になったことをもう一度確認する。

先に確認しておこうとアレスへ肩を並べ、カラム隊長と団長達の会話を邪魔しないようにアレスへ顔を近づけた。


「あの、アランさんはどこに……?」

「あー、あいつならカラムが来た途端に入れ替わりでどっか飛び出していった。団長が怒らせた」

怒らせた????????

ハァ?!とアーサーから思わずといった声が上がった。どうしようもう意味がわからない。先ずいつも寛大なアラン隊長がそう簡単なことで怒る姿が想像つかない。アーサーもこの反応なのだから間違いない。私だって怒らせたこと数少ないのに!!

どういうこと?と早口でアレスに詳細を尋ねれば、疲れたように溜息を吐いたアレスは頭を掻きながら説明してくれた。

アレスが作業を済ませて訓練所に戻ってきた時にはアラン隊長が空中ブランコの練習中で団長もご機嫌だったらしい。けど、団長のご機嫌がご機嫌過ぎた……というかもうアラン隊長の実力に大興奮の有頂天になってしまったらしい。

ちょうどカラム隊長が訓練所に訪れるちょっと前からアラン隊長に凄まじい熱量で本気でサーカスに来ないかとスカウトし出したと。給料面も含めた具体的待遇についても語り出して団長だけがどんどん盛り上がって、そこでカラム隊長が訓練所に現れた途端。アラン隊長が凄まじい速度で団長から逃亡してカラム隊長に突撃し、叫んだらしい。


『わりぃカラム少し頼んだ!!!きちぃ!!』


「ありゃ絶対団長のことにブチ切れてでていったろ。たまにいんだけどよ、そういうやつ」

……取り敢えず思ったよりは平和っぽいことに肩が下がるほど息を吐く。

ガシガシ頭を掻きながら首を微妙に傾けるアレスに、ステイルから細かくアラン隊長の態度も怒って見えたのか、そんな失礼なことを言ったのかと尋ねる。今の話だけ聞くと別に怒って出ていったとも限らないもの。


アレスからも、少なくとも表面上は怒った態度ではなかったけどと言われてやっとアーサーからも長く深い息が吐き出された。うん、私もさっきのは焦った。

でも実際は怒ったわけでもなさそうだと思う。アラン隊長のことだし、単純に団長の押しの強さにいったん距離を置いたという方が納得できる。少なくともカラム隊長という交代の護衛が来るまでは我慢してくれていたのだから。


話によると団長の語っていたのは簡単に言えば〝うちのサーカスすごいぞ〟自慢で、あとはアラン隊長にまでサーカスの芸名つけようとしたくらいだと。アラステア、アラスター、アーロン、アレンと……少なくとも騎士であることをうっかり口滑らせたりサーカスの比較対象で騎士の悪口は言ってないようだけど色々突っ込みたい。まぁ仮にもサーカス団に入団した設定のアラン隊長を堂々とリクルートする時点でちょっと危ういしもうお口にチャックさせたいけれど。

というか、表向き商人フィリップの護衛でその実私の近衛騎士をそこまで本腰スカウトしないで欲しい。待遇面が理由でアラン隊長をサーカスに取られるくらいなら、こっちだって給料十倍でも百倍でも払うと私の方がムキになりたくなる。

そこまでアラン隊長を困らせた恐ろしい猛者団長相手に、気付けば頬が膨らむ。多分目つきも悪くなっている気がする。

このブラック企業サーカス団長にはいつか一度お説教すべきだろうか。今もカラム隊長の苦情に全く譲る気配もない。


「ッッちょっとぉぉおお~~!!!!団長になに言ってんのよぉー----!!!お喋りカラムさいてぇえ!!!」


突然のキンとした大声が飛び込んだ。

いきなりの響く声に私達だけじゃなく練習中だった他の団員も手を止める。騒々しかった空間がまた静けさを取り戻す。アンジェリカさんだ。

走って来たのか、息を切らせているアンジェリカさんはせっかくアーサーに調整してもらった衣装も汗で湿っていた。可愛らしい衣装も台無しになるくらいの大股でズンズンこちらに歩み寄ってくる。

アレスが「アンジェ!!でかい声出すんじゃねぇ迷惑だっつってんだろ」と怒るけど完全無視をしてる。団長とカラム隊長の間に入り、今は団長にも背中を向けてカラム隊長を睨むように見上げた。

カラム隊長が、自分からは余計なことは言っていない。ただ交代か代案を提案していただけと説明すれば、その途端「もー-------------------!!!」とまた二度目の大きな声が訓練所中に響いた。

アンジェリカさんの細い手がカラム隊長の手を強引に掴み、引っ張る。


「やるっていったじゃん!!!!ほら練習いくよ!!本当に団長のとこ行くとかマジ最低!!!!おしゃべり!!ちくり魔!!」

「いえ、ですから貴方は……」

「うっっっさい!!!!私の方が先輩なんだから黙ってついてくる!!!ちょっと上手いからって調子に乗んないでよヘタレ男!!」

ぐいぐいぐいと、本気を出せば一歩も動かずに済むのだろうカラム隊長がアンジェリカさんに引っ張られていく。

アーサーが団長に合流したから良いと判断したのだろう。アンジェリカさんに引っ張られ理不尽に怒られ、更には団長にも「頼むよ良い子なんだ本当は」と背中を押し出されて足を動かした。……本当に本当に申し訳ない。

少し困り眉のカラム隊長に、ここは思い切って本当に私が代役を名乗り出ようかと口を開いたその瞬間。



「おー------い!!!!アーーサーーいるかぁあ?!お前んとこの相方ならちゃんと首に縄つけとけぇええ!!」

「カラムー------!!!!頼むからアランの面倒見てくれよ!!!〝怪力〟なの本当にコイツじゃねぇのか!!?」



アンジェリカさん参上に続いてまた団員が同情破りばりに殴り込んできた。今度は体格の良い団員お二人だ。マッチョの体格の御二人は確か両方演目持ちさんだ。

遠目でもわかるくらいにお怒りの模様で太い眉を吊り上げる男性二人に左右から腕を組まれ引っ張られてきたのはまさかの噂のアラン隊長だった。

お怒りの二人に反し「おっ!アーサーおかえり」といつもの調子で手を振ってくれた。取り敢えずいつもの調子みたいなのは安心だ。

更には訓練所にいる団長にもびっくりした様子の彼らはアラン隊長を連行して、今度は団長にまで苦情を訴え出した。「大テントで飛び回ってた」「一番でかいサンドバック壊された」と、ちょっとアラン隊長らし過ぎる苦情に口の端が片方引き攣った。取り敢えずサンドバックは後日お礼と共に弁償代払おう。


「いやー、空中ブランコだと団長の話で身体全然動かせねぇんでちょっと気晴らしに」

「気晴らしで俺より大技見せびらかすな!!」

「気晴らしで壊せる物じゃねぇんだよ普通!象に踏まれても壊れなかったんだぞ?!」

すみません。と。笑いながら謝るアラン隊長とお怒り心頭の団員さん達。


「ほらもう行くよ!こんなむっさいとこまで呼びに来させるとか男としてどうなの?!超疲れたんだけど??」

「ならばやはり別の代案か代役を……」

うっさい!!!とカラム隊長の正論を大声で叩き倒すアンジェリカさん。


……なんだか、明日の公演以前にサーカス団として上手くやっていけるか不安になってきた。


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