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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
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そして黙認する。


「………。~っ!ねぇジャンヌちゃん~!!聞いてぇ!カラム酷いと思わなぁい?!私の方が先輩なのに~」


さっきまで通行者その一として振舞っていたプライドの肩を、アンジェリカが声だけではなく手を伸ばしたところだった。

その途端、アンジェリカの小さな手がプライドに届くよりも前にアーサーがその手を掴み受け止め、降ろさせる。ジャンヌではなくアーサーを結果として掴んでしまったアンジェリカだが、深くは気にしない。「ねぇ~」とアーサーに降ろされるまま抵抗もしなければ今は同じ女性であるジャンヌに助けを求め見つめた。


アンジェリカが巻き込み出したことで、初めてはっきりプライド達の姿を目で捉えたカラムは一瞬肩が揺れた。プライド達を巻き込んでしまったことも戸惑ったが、同時にプライドの衣装姿が目に入る。耳を中心に顔が熱くなりかけたが、今は見惚れている場合ではないと口の中を噛んで自分に言い聞かせる。

それよりも自分の所為でプライド達にまで引き留めてしまうことになる方が問題だと状況を見つめ直す。

アンジェリカの手はアーサーがすぐに動いて止めてくれるとわかったから良いが、これ以上プライド達まで煩わせない。

彼女達もまたラルクの無理難題の為にそれぞれの演目を、……と。そこまで考えたところで、カラムの思考が切り替わった。


「…………わかりました。貴方がそこまで嫌がられるのならば私も無理にとは言いません」

ハァ、と。カラムのものとは思えない重い溜息に、アンジェリカよりもアーサーの方がびくりと震えた。

立場が悪くなる度に説明ではなくただ無言と繰り返しと話逸らしを続けるアンジェリカの劣勢は明か。この状況で真面目なカラムが怒らない方が無理があると、アーサーだけでなくステイルもプライドも思う。むしろ今の今まで耐えて来たのは大人のカラムだからこそできたことだ。

サーー……と血の気まで引いていくのを感じながら、揃って身じろぎできない。カラムが本気で女性に怒る現場をこんなところで見ることになってしまうのかとそれぞれが思う中、アンジェリカだけがその覇気のある声だけに肩を狭めた。

「なにぃ?」と唇を尖らせる中、カラムはもう真剣そのものの口調で彼女へ〝提案〟する。


「元はアンジェリカさんの演目ですし、当然異議を申し立てる資格もあります。ですから、……ジャンヌ、さん」

「ッ?!はい!!?」

途中、講師癖で呼び捨てになりそうになったところをカラムは途中切り替える。ここで彼女は生徒ではない。しかし精神年齢が子どもの先輩を延々と相手した心境は講師だった。

まさかの会話のキャッチボールが再び自分にも投げ渡されたことにプライドの声がひっくり返る。瞬きを増やしながら無意識に少し身構えてしまう。

プライドとしっかり目を合わせるカラムは、そこで深々と頭を下げた。


「アンジェリカさんとは別に、私のお相手をお願いできませんでしょうか」

へ??と、間の抜けた声を漏らすプライドと共にアーサーも目を見張る。アンジェリカもぎょっと大きな目が溢れそうだった。

カラムの言葉を理解したステイルだけが「あぁ」と納得したように呟いた。つまりは練習不足の状態でも既にカラムはそこまで仕上げてはいるのだと理解する。その上で彼が、プライドと共にも可能と判断したのならばこの提案も頷けた。

しかし、生憎プライドはサーカスの方針で演目まるまる一つを担当するのが決まっている。運動能力のある彼女はそうでなくとも本来引く手数多である。

その事情を言うべきかプライドが悩む間にも、カラムの言葉は続く。


「もし演目の変更が不可能でしたら片手間で構いません。私もある程度要領は得ましたし、ジャンヌさんの負担は最小限に致します。演目時間もその分アンジェリカさんの出番を減らせば問題も……」

「ちょっ……ちょっとちょっとちょっと!待って待って!!勝手に話進めないでよぉ!!」

とんとんと舵を切るように話を進めていくカラムに、一番泡を食ったのはアンジェリカ本人だった。

顔色を変えて飛びつくようにカラムに掴み掛かる。もう完全にカラムが自分を見ていないことに、顔を向かせようと必死に服を掴みぐいぐい揺さぶる。しかしカラムはまったく気にしない。

切り離し作業、と。プライドはその言葉が頭に過ぎる。まさかのカラムの方からのアンジェリカへの解散宣言である。これもステイルやジルベールのように彼女を本気にさせる為の揺さ振りかと思えば、プライドも敢えて唇を結んで今は黙した。

ジャンヌが断らないことに、余計にアンジェリカの危機感が煽られる。


「いやっいやぁ!せっかく団長にお願いされたのにそんなことになったらがっかりされちゃうじゃん!!カラムと組まないとラルクの鼻面も叩き折れない〜!!」

「申し訳ありません。ですが、私もやるからには必ず成功に努めたいと考えております。それなのに練習をここまで非協力的ではとても。団長には私からお詫びし説明もします。短い時間ですが、ありがとうございました」

「いぃ〜〜やぁあああああ!!!」

とうとうアンジェリカが涙目になる。首を横にぶんぶん振りながらカラムの服を掴み引き止めるが、カラムは頭を下げたまま全く改めようとしない。

彼自身は、脅しではなく至って真面目だった。

自分と組むのも元々嫌がっていた彼女が、練習に身が入らないのも無理はない。自分が彼女に迷惑をかけている側なのも、付き合ってもらっている側なのも自覚している。

団長の鶴の一言でやる気になってくれたことは安堵したが、結局通し稽古もまともに付き合ってもらえない。完成度を上げる為にも、失敗や事故などの怪我を防ぐ為にも練習は必要不可欠だとカラムは考える。

いくら形を覚えたところで、時間がないのにそれを余計無駄になどして良いわけがない。何よりカラムにとって



これは〝任務〟だ。



遊びでも社交でもない。第一優先はアンジェリカではなくプライドだ。

騎士としてプライドを守ること。そして護衛の中で彼女の予知した民を救うすべを得る為。第一王子であるステイル自らがラルクと交渉し得たオリウィエルと安全に接触する為の手段。その為ならば衣装や化粧も拘らない。人前で見せ物でも潜入の一環として割り切る。


それを事情を何も知らないサーカス団員一人の為に失敗など言い訳にもならない。ならば自分が別の方法で動くしかない。

幸いにも演目に使うにも、自分の特殊能力は使いようはいくらでもある。最悪の場合、演目自体を変えることも視野に入れて次の一手に切り替えようとカラムは判断した。

ジャンヌに補助を願うか、それが難しいならばやはり別の演目へ急ぎ変更をと、どちらにせよまずは相談すべく団長が今どこに居るかアーサーに尋ね出すカラムの頭は、もう次の的確な行動しかなかった。そして声の届かないアンジェリカは。


「〜っ!お願い!やる!!やるからぁ!団長にだけは言わないでぇ〜!!ちゃんと練習何回でも付き合うからぁ!本当にカラムのことは嫌いじゃないからぁ!団長喜ばすのもラルクへし折るのも私なのぉ!!」

びえぇぇっ!!と、化粧が落ちる勢いで泣き出した。

今にも団長のところに行こうとするカラムの腕にぐるんとしがみつく。そのまま喉をガラつかせ泣く女性に、カラムも流石に振り払うことはできなかった。

眉を僅かに垂らし、前髪を指先で払いアンジェリカへ目を向ける。先ほども団長の前で本気出す発言をしていた彼女の言葉と思えばまだ疑念が湧く。しかし、少なくとも本気で嫌がって泣いている彼女に、仕方なくもう一度だけ信じてみようと改めた。


自分に巻き付く腕に反対の手を重ね、びえ泣きする彼女がまずは落ちつかせる。「本当ですか?」と柔らかく確かめれば、カラムが想定するよりも早く頷きが三度返ってきた。

それを受け、カラムはひと呼吸分静かに息を吐く。先ほどの切り替え時と違い、今度は柔らかい音だ。


「……わかりました。そこまで嫌がられる点についても、きちんとお話し頂ければ可能な限り応じます。それを除いても、通しで練習はお付き合い頂けますか?」

やる!やる!!と短くぴょんぴょん跳ねるアンジェリカと、肩を落としつつもその涙を指で拭うカラムは完全に立場が逆転していた。


カラム自身は狙ったわけではないが、団員をあっという間に懐柔したように見える彼にステイルは関心させられる。

あんぐりと口を開けたアーサーも、やる気を見せた相手を突き放さないのは流石面倒見の良いカラムだと思う。

そしてプライドも、取り敢えず無事再開が見込めたらしい様子にほっと胸を撫で下ろした。やはりここは無言が正しかったも考えながら、顔からも力が自然と抜けた。


「めっちゃ練習するから!」「でも笑わないでね」と早口で続けるアンジェリカを宥めたカラムは、そこでゆっくりと慎重な動きでプライド達に頭をまた下げた。

お騒がせ致しました。巻き込んでしまい本当に申し訳ありませんでした。そう、謝罪を丁寧に重ねつつ、誰よりも申し訳なさそうにするカラムを誰も責められるわけもない。もともと巻き込んでいるのは自分達の方だ。

まだ仲裁に入るまでもなく結局一人で解決してしまったカラムに言える文句も思い浮かばない。


「我々は練習に戻ります。お引き止めして申し訳ありませんでした。……それと」

ふ、と。赤毛混じりの髪の旋毛が見えるまで下げた頭を上げたカラムは、背中を向ける前に言葉を切った。

アンジェリカとのいざこざの中でとてもだったが、去る前にこれは言っておこうと思う。プライド、ステイル、アーサーと目を合わせ最後にまたプライドと合わせ直し、微笑みかける。


「そちらの衣装、化粧ともにとてもお似合いです。本番も楽しみにしております」

それでは、と。また礼をし背中を向けたカラムにプライドと姿勢が伸びた。

目も合った上、衣装を着ているのは三人の中では自分しかいない。もう一人衣装を着ているアンジェリカに至っては「ハァ?!なんでそれ私には言ってくれないのぉ〜!」と文句を言っている始末である。

衣装も化粧もまとめて褒めてくれたカラムに、もっと早くお披露目しておけば良かったとプライドは密かに思う。


「!あっ!!あんた!新入り君!そこにいたの?!良かった〜!すぐ来て!」

去り際までしっかりと自分をフォローしてくれた彼の背中を見送ってから、着替えテントが開かれた。

アンジェリカの騒ぎに巻き込まれまいと天岩戸となっていたテントを開ければ、採寸係はすぐにアーサーへと大声と共に手招きする。

はい、すみませんお待たせしました、と。アーサーも駆け足で着替えテントへ向けば、運動着を選んだプライドとステイルも彼に続いた。


……あまりの怒涛のいざこざに、カラムと情報共有をし損ねたことに二人が気付くのはアーサーの採寸をテントの外で待つ間でのことだった。


本日2話更新分、次の更新は来週月曜日になります。

宜しくお願い致します。

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