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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
173/289

Ⅲ105.侵攻侍女は引き、


「いえッですから!」

「もぉぉお〜っ!カラムうっさぁい!!」


うわぁ……、と。

衣装テントでプライド達は茫然と立ち尽くす。アーサーの用事より先に、宣伝回り前に寄った衣装テントへ着替えの運動着や衣装選びをすべく訪れたが、そこにいた先客に言葉が出なかった。

目の前には、カラムとそして同じ演目相手であるアンジェリカ。てっきり今頃猛練習だと思った二人がまさに言い合いの真っ最中だった。

衣服こそは本番用衣装を身につけていたアンジェリカだが、動かしていた身体も今は少なからず冷めてしまっていた。代わりに会話ばかりが比例するように白熱していく。

ぽかりと口を開けたまま眺めるプライド達もすぐには会話に入れなかった。口を挟まずとも会話を聞いているだけで、二人の諍いの理由は察せられた。

戦闘中でもないに関わらず珍しく険しい表情のカラムと、そして男性用の衣装を手に負けずとカラムを睨み上げるアンジェリカは既にプライド達が発見する二十分前から言い合いを続けていた。が、内容は常に変わらない。


「せぇっかく女の子が選んであげてるのに文句言うとか無いしぃ!格好良い衣装の方が良いでしょ?!」

「選んで下さるのはありがたいと何度も申し上げています!アンジェリカさんが選ばれたそちらの衣装で結構ですとも何度も!!それを何故決めたそばから一着二着十着と?!」

「可愛い私と組むんだから私にも悩む権利ぐらいありますぅ〜!!」

ぶぅぅ〜と唇を尖らせるアンジェリカに、カラムの眉が吊り上がる。

今アンジェリカが選んでいるのは自分の衣装ではない、カラムの衣装だ。立場上先輩であり、演目でも組んでもらう側であるカラムもそれに文句はない。むしろ彼女の気が済むままに選んでくれれば良いとすら思った。自分の演目が何であれ、サーカスという形態上いくらか派手なのも覚悟はできている。

ただしそれはあくまで彼女が早々に決めてくれればということ前提である。

自分はその一着で決定で良いと言ったのにも関わらず「え〜でもぉ」「あっ、これとかも良くない?」「あーでも色がぁ」と談笑混じりに次々と悩み出す。これが彼女自身の衣装を選ぶ為の悩みやせめて休日のひと時程度であればカラムもある程度は付き合える。しかし自分の衣装だ。

そして自分は最初のそれで良いと言ったにも関わらず、そこでまた迷われる。しかもカラムが今何よりも眉間の皺を狭めている理由となっているのは。


「何故そこまで練習を嫌がられるのですか?!」


いっそ勉強を嫌がるネイトの方が聞き分けが良いとカラムは思う。

はっきりと核心をつくカラムの言葉に、アンジェリカも眉を寄せ目を顔ごと逸らした。あくまで目は合わせないと言わんばかりの意思表示を示す彼女は、見かけよりも子どもじみているとプライドは思う。


カラムにとって、衣装はある程度どうでも良い。彼女の好きなようにしてくれて良いし、女性が誰かの為に服を選ぶ時間自体は可愛らしいとも思う。しかしそれはあくまで善意が前提だ。

今の彼女はただただ時間を潰す為にわざと衣装選びに逃げているようにしかカラムには思えなかった。

いつもより厳しい言い方をするカラムの声を聞きながら、ネイトにもあんな怒り方しなかったようなとステイルは思う。アーサーに至っては騎士団での演習ですら、カラムがここまで責めるような怒り方は珍しいと思えた。

部下を叱責する時よりも、アランに注意している時に近い。ましてや相手は今女性だ。


「化粧も衣装もサーカスの要因として大事なのは存じています。ですが、演目の練習を怠ればいくらうわべを取り繕ったところで無意味なのは私よりも貴方の方が御存知ではないのですか」

至極尤もな指摘に、アンジェリカも言い返せない。

カラムも決して、衣装選びだけに目くじらを立てたわけではない。団長の指令を受け段取りの打ち合わせから練習を初めたまでは良かった。

彼女も真面目に構成には取り組み、カラムも心強くすら思った。実際に練習しても一部を除いて順調に進行できた。

しかし練習を重ねて早々急に彼女は「化粧が気になる」と言い出した。


もともと本番用の衣装も着て気合を入れていた彼女が、化粧もしないと気合が入らないと言われればカラムも頷いた。

彼女が丸ごと持っていきたいと言った化粧道具一式の箱も運ぶのを手伝い、その後も暫くは彼女が自身の化粧を見直すまで待ち続けた。想定よりもじっくり何度も化粧品を見ては「やっぱりなんか違うかも~」と目移りし続ける彼女がやっとそれを終えれば、今度は「カラムの化粧もやってあげるぅ」と言われて暫くは自分まで個人練習すらできなくなった。

サーカス上は先輩であり演目に便乗させてもらう側として化粧の練習台程度ならば喜んで付き合おうと椅子に掛けた。しかしそこでもやはり彼女は長い。何度も化粧を塗ってはまた剥がしとキャンバスよりも自由に塗りたりまた拭き取りやり直す。そして永遠に決まらない。むしろ彼女自身遊んでいるだけで本気で考えているようにカラムには見えなかった。


いい加減に練習に戻りましょう、化粧はもう本番前に他の方に相談しますと。断ったカラムが多少強引に化粧を拭き取り化粧道具を化粧箱に片付け、これ以上彼女の寄り道はさせてなるものかと、アンジェリカが通りがかった下働き女性レラに片付けを任せり、のも今回は自分からも事情を話して共に頼んだ。

やっと逃げ道をなくし、暫くは練習をまた再開させたアンジェリカだがそれも長時間には及ばなかった。練習自体は順調にお互いの息も揃い、短時間で高成果も出せているのにも関わらず彼女はまた逃避した。

「カラムも衣装着ないとやる気でない」と言い出し、また衣裳テントに来ることになった。そして今の今までずっと衣装をぐだぐだと選び続けていた彼女に、カラムが声を荒げるのは当然だった。


「失礼を承知でお尋ねしますが、本気で明日の演目を成功させる気はありますか。私のような素人に練習をさせずに上手くいくと本気で思っておられますか」

「ハァ~?別に本気だしぃ。大体衣装だって私が選んできてあげるから一人で練習してなってちゃんと言ってあげたじゃん」

「途中で逃げられては困りますから。地の利ではアンジェリカさんの方が遥かに上である以上、私は貴方から離れるわけにいきません」

既に子どもの逃亡には慣れているカラムにとって、目を離さないというのは常識だった。

自分が下働きをしていた時も、レラの手伝いをしていた彼女ならば寄り道で団員の誰かが困っていれば「だって手伝ってほしがってたし」という理由で簡単に練習を放り出しかねないとカラムは早々に理解していた。だからこそ彼女と共に同行し、……結果として今度は衣装選びで時間を食わされた。


明日のステイルとラルクの賭けを聞き、演目を成功させるのは最低条件であるカラムにとって本当ならば今の一分一秒でも練習に費やし本番と同じ域で彼女に合わせたい。

だというのに理由をつけて練習をいつまでも放棄する彼女に、今は若干苛立たしさも覚えた。彼女が付き合ってくれなければ自分もまた練習が叶わないのだから。


カラムに口で勝てるわけもなく、眉を吊り上げて頬を膨らますしか対抗できないアンジェリカは腕を組む。

怒っている振りをして必死に頭の中で言い訳を探すが、その間にもカラムの追撃は止まらない。既にこの会話の内容もこの場で四度目。言い返せなくなる度に沈黙で対抗する彼女が、また時間が経てば同じ言い分という名の言い訳を繰り返す。

更には視界に返って来たプライド達に気付けば、カラムも早々に衣装テントから練習場所へと戻りたくなった。「とにかくもう行きましょう」と彼女をこの場から移させようと切り出し、そこでプライド達へ頭を下げた。


本来ならば彼女達に気付いた時点ではっきりと中断して場所を開け渡したかったカラムだが、今は騎士ではなくあくまで同じサーカス団の新入りである。頭を下げて挨拶と謝罪が現状のせいぜいだった。

カラムから頭を下げられ、構わず間に入って良いということかと判断したプライド達も恐る恐る衣裳部屋に入る。新入りである筈のカラムに演者のアンジェリカが怒られているのをあまり目を直接向けないように気を付けながら、プライドの運動着をまず探した。

まだステイルの試着とアーサーの採寸係捜索が残っているが、このまま歩き過ぎるにはカラム達の様子も三人揃って気になった。


「やはりあの箇所がご不満なのですか。アンジェリカさんの本来の演目にはないものですし、ご不満はわかります。しかし今回の演目で最も一番大事なところでもあります。それを練習とはいえ毎回振りだけで省略されるのはどうかと……」

「ッい、良いのぉ!!本番では遠慮なくやっちゃって良いからっていってんじゃん!本番でやれば充分なのになんで練習でもやんないといけないのぉ?!あんなの一瞬じゃん!!別に省略しても問題ないでしょ!?」

「練習というのは本番にどれだけ近く綿密にやるかの精度があってこそ発揮するものです」

駄目だ尤も過ぎる、と。プライドの運動着を探しているふりをしながら自分の衣装を小脇に別の衣装も拝借するふりをするステイルも思わず顔が苦くなる。

プライドも、あまりに防戦一歩どころか一方的過ぎるカラムの勝旗に表情筋がわずかに釣った。

相手が悪すぎる、と思考の中だけで呟く。どう考えてもアンジェリカが勝てる見込みはなかった。

アーサーも、プライドの背後で一緒に探しているふりをしながらも顔色は悪くなる一方だった。騎士としても演習で手を抜くことのないカラムらしい言い分だと思いつつ、記憶の中にいるアランが笑いながら「固いなぁ」とカラムに言っているのがはっきりと浮かんだ。

アーサーもカラムが百正しいと思うが、同時に彼女とカラムの相性が思った以上に悪いのかもしれないと過り、喉が鳴る。ネイト以上にカラムの手を焼かせる相手が出ていることも驚いた。

ここにアランがいれば少しは仲裁してくれたのではないかと考えるが、残念ながら今はいない。


「………。~っ!ねぇジャンヌちゃん~!!聞いてぇ!カラム酷いと思わなぁい?!私の方が先輩なのに~」


いやあああああああ……と、プライドは心の中で叫びながら声に引かれるままに振り返った。


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