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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
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Ⅲ104.侵攻侍女は確認する。


「あーなるほど。でも良かったですね。ダリオ様のお陰で席は埋まりましたし、後は演目を成功させれば良いだけですから」


宣伝回りお疲れ様でした、と。プライド達から話を聞いたアランはそこで一度頭を下げ労った。

プライド達が思ったよりも宣伝から戻ってくるのが早かったのは意外だったが、そういう事情があったのかと納得する。まさかの短時間で全て売り切れと聞いた時はやはりステイルの策謀かプライドの演目が凄まじかったのかと考えたアランだが、セドリックの総浚いといえば笑うしかない。

確かにあの人はやりそうだなと思いつつ、そのチケットを貧困街にと聞けばそれはそれで手が抜けないなぁと思う。女王や騎士団長に見られるよりは緊張感もないが、一生で観覧する機会が今回だけになるかもしれない彼らに下手な演目を見せるのも悪い気がする。

頭を掻きながら笑うアランは、一度浮かせた視線をプライドに移せば今度はパタパタと顔を煽いだ。話している間に少し落ち着いた気がするが、やはり彼女の姿はまだ見慣れない。


アーサーと入れ替わりに空中ブランコから降りて来た時から血色が良かったアランに、てっきり練習最中だったからだと思ったプライドだが騎士隊長であるアランが未だに顔の火照りが落ち着かないと心配になる。

小さく小首を傾げるように覗き込みながら、アランと目を合わせた。


「あの、アランさん大丈夫ですか?先ほどから顔色が……?」

「!!ああいいえ!大丈夫、です!はい!いや~、すみませんあともうちょいで慣れるんで!!」

ハハハッと笑いながら扇ぐ手を倍速めるアランは再び視線が遠くへ行った。

慣れる……?とアランの言葉を吟味するプライドはそこでハッと我を顧みる。既に数時間で何度も指摘された自分の格好に、また露出を?!と慌てて胸元を両手で押さえて確かめた。しかし今は移動中のままボタンも外していない。少なくともヴァル達やセドリックに言われる時よりもマシな恰好な筈だと思いながら、くるりくるりと他に変なところがないか自分の衣装を確かめる。

女性なのにパンツスタイルというところの自覚はあるが、それだけならば戦闘時の服もそんなものだと思う。ならばぴっちりとした生地が破廉恥なのかしらと指の先で摘まむ。化粧の方はレオン達のお陰で誤解は解けたが、服装に関しては未だに自信がない。


「……やっぱり、この格好は変、でしょうか……」

「いや!むしろ良いと!思います、よ?!」

しゅん……と少し声量から小さく萎れたプライドにアランが勢いよく振り返る。

両手を交互に振りながら「ですよね?!」と同意を求めるようにステイルにも投げかければ、ステイルもステイルで力強く頷きで返した。やはり身体のラインがはっきりしてしまうことは気になりつつ飲み込んだステイルだが、今は胸元を自己防衛してくれている分自信を持って同意できた。

「勿論です」とアランに引っ張られるように声も張るステイルに、俯き勝ちになっていたプライドの頭も少し上がる。ちらっと目の前にいるアランをもう一度見つめれば、またほのかに染まった顔色ではあるがいつもの歯を見せる明るい笑顔を向けてくれた。

アランは「誤解させてたらすみません」と軽く謝りつつ、深呼吸を済ませ自分の頭をぐしゃりと髪ごと掴みながら彼女と意識的に目を合わせた。


「いつもと違って新鮮なだけで、そういう衣装も似合うと思いますよ。俺は好きです」

むしろいつものドレスよりも、と。今は仮にも侍女である彼女には言えない言葉を抑えつつ正直な感想を言えば、自分でもまた少し顔が熱くなるのがわかった。

アランにとってはプライドの露出云々はあってもなくても最初から気にならない。それよりもいつものドレスと系統が全く異なれば、どちらかというと彼女が愛用する戦闘服である団服のような動きやすい格好を見れるのは役得だ。

服装だけでいえば一般的な女性服よりも男性寄りの格好だが、それでもこんな可愛くなるもんだなと素直に思う。単純に自分のプライドを見る目が違うから可愛く見えるだけかもとも思うが、どちらにせよ近くで見ると珍しい化粧も相まって新鮮味も強かった。

彼女はどんな服も化粧も似合うなと本気で考える。目元も強めたキリッとした印象の化粧と男性のような動きやすさ重視の衣装で格好良さもある筈なのに、着込む肩から吊り下げたチョッキのひと繋がりの衣装は可愛らしい。下のブラウスと長い深紅の髪と相まってアランにはプライドの普段着のドレスよりもずっと可愛く見えて仕方がなかった。

今まで色々な彼女の服装を見て来たが、上位三位に食い込むほどにアランにとっては熱が上がる服装だった。


ここに来て直接的な褒め言葉を受け、プライドの表情がパッと輝く。やはり問題は胸元だけだった!と思いつつ、レラに選んでもらった衣装を本来の自分も似合っているとアランに言って貰えたことが嬉しくなる。目を大きく開いた直後、今度はふにゃりと顔が緩んだ。

「ありがとうございます」と自分まで頬が赤らむのを

、押さえた手のひらで感じ


「アランさんの衣装も楽しみに……へ?!あ、アランさん?!!」

ボッッ!!と、ほんの一瞬照れ隠しに目を離した間に顔が真っ赤に染まっているアランにプライドからひっくり返り気味の声が上がった。

やっと見慣れてきた筈の彼女に、急にそんな笑顔を向けられたら再加熱するのは当然だった。塗ったような顔色になりながら慌てて目を逸らし笑って誤魔化すアランは、手で扇ぐだけでは足りなくなり胸元を手で引っ張りバタバタと空気を入れ替えた。

さっきまでは顔が熱い程度だったのに耳の奥で動悸音まで聞こえてしまえば、一回外で頭を冷やしたくなる。このままプライドを直視はまずいと思うまま、逃がした視線の先に話題も逸らす。


「いやーハハハッ……にしてもアーサー流石ですねー。やっぱもう殆どできてますよ」

斜め上方では空中ブランコで今もアーサーがくるりと回転しているところだった。

アランに交代してもらってから早速彼のやっていた技をと身体を動かし始めたアーサーだが、自分で思ったよりも技一つ一つは簡単だった。向かい岸の高台から団長が指示を出しつつ飛び移る空中ブランコをタイミング良く投げてくれるお陰もある。

アランとアーサーで二人組空中ブランコを楽しみにしていた団長は梺で観覧するだけで留まらず、当然のように早速アーサーへの指導にも跳び上がっていた。「そのまま両腕の力で一度ブランコに上がって!」「そうだそこで回転してから飛び移れ!!」と指導というよりも声援に近かったが、何をやれば良いか思いださせてくれるだけでアーサーには充分だった。


アランの言葉にプライドも視線を追いかけるように改めてアーサーを見上げる。

自分とステイルで事情説明をするのに一時間も掛からなかったが、そんな短時間とは思えないほどにアーサーも仕上がっている。団長のただの野次か無茶ぶりかもわからない指導にも見事に答えているアーサーに、プライドも拍手を送ってしまう。


「そこだ!!そこで片手持ちにし!拍手をくれた淑女へ投げキスを!!!君ならいける!!」

「ッッいやイケねぇっすよ!!」

何言ってンすか!!と直後にはアーサーの怒鳴り声が鳴り響く。

空中ブランコ技にならなんでも応えて見せたアーサーにもできることとできないことがある。軽々とまた投げられた空中ブランコへ逆さづり状態から飛び移りながら顔を上気させるアーサーに、プライドも半笑いしてしまう。

フィリップに姿も変えられていない、男前なアーサーなら確かに投げキスで湧く観客も大勢いるとは思う。が、それはアーサーの性格上は大技を決めるより遥かに難しいとも理解する。

ちょっぴり見てみたいとも思ったが、言葉には出さずに自重する。拍手の為に前に出していた両手を応援するようにぎゅっと拳で握った。

アーサーが技を見せてくれたからこその次なる期待も兼ねての無茶ぶりだとは理解するが、自分だってトランポリン中に投げキスと言われたら絶対首を横に振る。


「良いじゃないかやってみろアーサー。俺も是非見てみたい」

「やンねぇっつってンだろォがふざけんな!!!!」

敢えての平坦な声と無表情で声を掛けるステイルに、アーサーが団長へ向ける倍の声で怒鳴った。

俺の性格知ってンだろ!!!と続けて叫びたくなったがそこは堪えた。正体を隠してもあくまで騎士の護衛である。言わないように強く下唇を噛んで堪えたが、蒼色の眼光で上から睨めば同時に隣に立つプライドまで目に入ってしまった。

そんな恥ずかしい真似をプライドに見られるのも死ぬほど嫌なのに、この流れで拍手してくれた彼女にと一瞬でも考えてしまえば、額だけでなく手のひらまで湿ってきた。一瞬でも気を抜いたら空中ブランコから滑り落ちると確信する。

遠目でもはっきりわかるくらい真っ赤になるアーサーに、アランもわははっと本音の笑い声が出た。腕を組みながら、意識も視線もアーサーへと移し、味方すべく声を張る。


「団長~!アーサーはそういうのは苦手なんで勘弁してやってください。どうせ俺ら本番は仮面被りますし顔わかんないですよ」

「ならばアラン!!君はどうだ?!ウインクでも良いぞ!!せっかくの貴重な二人空中ブランコ!!大注目間違い無し!!女性客は全員君の虜だ!!」

「粉微塵も興味ないですね」

ハハハッと笑って流すアランの容赦ない両断に、プライドはちらりと目だけを動かしアランを見上げる。

気のせいだとは思うがアランの口調が妙に団長に対しては常に容赦ない気がしてならない。笑って平和的に無茶ぶりを流しているが、いつものアランとは少し違う対応に思えた。

王族である自分達にも明るく笑いかけてくれることの多いアランだが、団長に対してはカラッとしていると思う。同僚であるカラムに対しての遠慮のなさとも、アーサーやエリックに対してとも違う。やはり立場上はサーカス団の上下関係はあっても、彼にとって騎士団とサーカス団は違うのだとプライドは考える。

騎士団長のロデリックに対しては言葉ももっと固い筈のアランが、サーカス団の団長にはもっと気安い。しかし友好的というよりも、一定の距離感を感じる突き放しも言葉の端端に察せられる。

「嫌なことは嫌と言います」という確固たる意思の現れだと思えば、アランの気質は純粋に騎士団所属だからなのかとまで思う。だが、結果として自分達の誰よりも団長に振り回されず上手くやり取りしているようにも思えれば、アランの対人関係の強靭さをプライドは静かに尊敬した。

社交界とは違う、こういう場所ではいっそカラムやステイルより上かもしれないと思う。

振り返ればアーサーも空中ブランコにぶら下がったままキラキラとした眼差しを頼りになる先輩へ真っすぐ向けていた。

団長からも「なんだつまらん!!」と声は上がるがへそを曲げる様子はない。眉を寄せるのも十秒程度、その後はアランへ両手を振ってみせた。


「たかがファンサ―ビスじゃないか!本番は明日だぞ?!そうだ!一回合わせてやってみれば必要性もわかる筈だ!空中ブランコのやはり一番美しいのは二人による連携技だ!しかも君達は特殊能力者と疑いたくなるほどに心技体が輝いている!」

「特殊能力者は数百人に一人の割合と言われているので、そう簡単にはいませんが」

「あーでもその前にアーサーは着替えテントに採寸しに行かないと。ミーシャさん達がもしかしたら揃いの衣装用意できないかもって言ってましたし」

なんだと?!と、ステイルの訂正に続き、アランのさらっとした報連相に団長の目が丸くなる。


アーサー達が宣伝回りに行っている間、他の団員と同様に当然ながら衣装係もまた多忙だった。

そこで団長自らが宣伝回りに行く直前に団員達へ張り出した演目表を見れば、まさかの出演者が増えている。何より、アランだけだった筈の空中ブランコにもう一人増えていることは彼女達にとっては大事件だった。

女性であるジャンヌは既存の衣装が見つかった。フィリップは体格も申し分なければ動きやすさも必要としない演目の為衣装も融通が利く。

しかしアランとカラム同様に高身長のアーサーは、空中ブランコだ。動きやすさも必要である演目では衣装も当然調整が必要になる。しかも、二人同じ演目であれば衣装も揃えるのが当然。アラン一人で決まり掛けていた衣装が、アーサーの参入でまた白紙に戻った。

揃いの衣装が二着ある中から二人それぞれの体格に合わせられるものを選ばなければならない。それを衣装部屋から掘り出すには先ずアーサーの採寸で身体を把握してからでなければ始まらない。最悪の場合、折角の空中ブランコで二人それぞれバラバラの衣装で出なければならなくなる。

アーサーも初耳の情報に目を皿にする中、団長が「それはいかん!!」と声を張り上げる。一刻も早くアーサーの採寸から衣装を確保しなければと、彼へ投げ渡すつもりだった空中ブランコを元の位置に片付けた。


「アーサー!急いで行ってこい!!君達は明日の光栄の希望の星だ!!揃いの衣装以外私は認めないぞ!!」

珍しく必死な形相で衣装係のいるであろう方向を伸ばした腕で指差す団長に、アーサーも背筋に力が入る。

はい!!と覇気良く声を張り吊り下げられた状態からそのまま両手を放した。空中で二回転を加えて速度を落とし、両足で当然のように着地する。

まだ着地技を教えていなかった団長は、アーサーの綺麗な着地姿にその場でガッツポーズをした。少なくともアーサーはもう客前に出せる実力だと確認できた。あとは衣装だ。


行ってこい行ってこい!とアーサーに手を振る団長に、プライドも自身の衣装を見つめ直した。

もうこの衣装でトランポリンが問題なくできることも確認できたと思えば、自分も着替えてこようかしらと考える。

開演前日ということもあり、衣装を着ての練習か練習着かは人によって違うが、プライドにとっては衣装を演目に馴染ませるよりも客の前に出るよりも前に汚してしまうことの方が心配になる。


「あの、私も一緒に行ってもいいかしら……?普通の運動着も借りたいから」

「良いですね。俺もまだ確保した衣装をきちんとは試着していないので、お供します。カラムさんにも会いたいですし」

着替えテントと衣装テントは隣接している。

既に汗でしんめりした後の衣装で尋ねるプライドに、ステイルも同意する。

団長もアランと共に居れば安全は確保される。彼が見てくれている間にアーサーと共に自分達が移動すればちょうど良い。一緒の敷地内にいるカラムにも早めに情報共有もしたかった。


護衛を任せられるかと尋ねるようにアランへ視線を合わせれば、笑顔が返って来た。「多分俺の方の技能確認もしたいと思いますし」と手で高台の上を示せば、まるで聞こえていたかのように団長からも「アラン!!君はもう採寸は終わっているな?!」と声が上げられた。

ずっとテントの外にいた団長はアランの実力もまだ目にしていない。

二人を待たせないように駆け足するアーサーに「じゃ、頼んだ」と肩を叩き入れ替わるように高台へ上っていった。


結局団長の最大の無茶ぶりを上手く流しつつ自分を逃がしてくれた先輩に、アーサーも改めて畏敬を覚えつつ軽やかな背中に改めて深々と頭を下げた。


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