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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
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Ⅲ103.侵攻侍女は帰る。


「団長。絶対大人しくしろよ?ラルクに見つかったらまた面倒なことになんぞ」


わかっているわかっている、と。アレスからの十度目になる注意喚起に、団長は軽やかな声を荷車から返した。

宣伝回りから最終的にはセドリックの提案により無事完売を果たしたプライド達は無事撤収し、テントに戻ってきた。

ラルクに命を狙われる団長一人を宣伝回り用の荷車に隠しテントの裏側にまで回って来たが、ラルクの琴線に触れるサーカスの敷地内であることは変わらない。プライド達もそれぞれ慎重に注意を払いながら荷車と共に移動した。

いつラルクが気付いてライオンを放ってきても対応できるように身構える中、団長が最も気楽に足を伸ばす。

ステイルからはいっそセドリックと共に行動させ貧困街に保護をしてもらうのはとも提案したが、サーカスをもう離れる気はないと頑ななだった。そんな団長をテントの前に一人放っておくわけにもいかない。


カラムやアラン、もしくはアーサーに任せるにしても打ち合わせは必要だった。彼らもまた各々の演目が今や課せられている。

そして姿を見せないローランドやハリソンのどちらかを団長においても、ラルクの目には格好の餌食である以上安全は保証されても無駄な争いを呼ぶだけである。ならば荷車と共に運び込み、なるべくラルクに見つからないように穏便に行動を共にするしかない。


「いやしかしまさか昼前に完売など初めてだ。あのダリオという男性はかなりの大物だな」

「ええ、まぁ……。…………ものすごく、大物だと思います……」

ははっ……と枯れた笑みを禁じ得ないままプライドは目を合わせられない。大物も何も王族である。

テントの裏手へ回り切るまでも、声を潜めつつ団長のセドリックへの賛美は絶えなかった。貧困街に無償でチケットを買うなんてなかなかできるものじゃない、素晴らしい男性だ、我々の活動をよくわかっている、ああいう人間こそ人の上に立つべきだと。

移動時間だけでも、よほど団長がセドリックを気に入ったのだなということはプライド達もよく理解した。セドリックをここまで手放しに褒める相手もファーナム兄弟以来だと思えば、目の前の初老の男性よりも自国で今頃学校にいるだろう元同級生をプライドは思い出す。彼らも元気かしら……と、逃避のように想いを馳せた。

フリージア王国でも式典と共に行われる祭りではサーカスや大道芸もあるが、こんな大規模なサーカスなどない。ディオスなら目を輝かせて喜ぶだろうなとまで考える。


そうセドリックへの賞賛を、思考が飛ぶほど浴びていた。

今のセドリックは確かに立派な人間になったものだとプライドも、そしてステイルとアーサーも思う。しかし、それは彼の今までの貢献や活躍を見て来たからだ。

セドリックが王弟として王子として郵便機関統括役として立派になったという話であればまだ自分達もそれなりに同意もできたし話に加われた。しかし団長が見たのはついさっき貧困街の為に前売りチケットを買い占めたまで。

そのたった一つの事象と功績について百に膨らませて同じことを誉め言葉だけ別の語彙で繰り返す団長の賞賛は、最初の五分で聞き飽きてしまった。

団長の興奮が膨らみきって声として爆発しない為にも相槌を時々売っては話し相手になるプライド達も、流石に疲弊し始めた。そんな中アレスから「敷地はいったぞ」は幸いだった。


「貧困街という存在は私も聞いてからずっといつか招待したいと思っていたんだ。だが噂に手荒そうなのと、うちは資金繰りが苦しくて昔からそういう子どもはこっそり立ち見で忍ばせるが限界でなぁ……。だがやはり見るなら席で見て欲しい」

「あ……なるほど……」

話の軌道がうっすら変わったことを感じながら、プライドはぽつりと零す。

貧困街でもサーカス団の話を聞き回った際にサーカス団のことを知っている人間がいたのは、そういうことかと理解した。てっきりバレないように忍び込んでいた方が多いと思っていたが、団長の話を聞くとむしろ公認だったように思える。

こういう性格がユミルを始めとするサーカス団員にも好かれる理由かと考えながら、プライドは荷馬車の中で曲げた両膝を両手で掴み直した。

資金繰り、という言葉に確かにそれでは安売りも難しい。レオンに十枚もチケットを譲った彼ならば、貧困街の子にくらいとは思うが、一時的な散財と定期的な散財は全く違う。ただでさえ長らく収入が閉じてしまっていたところだ。


……それにしても、どうしてセドリックはわざわざ貧困街に。


大丈夫かしら、と。少しまた心配になる。

プライドも貧困街をサーカス団に招待するのは賛成だ。むしろ恐怖と恥の授業参観よりもずっと良い。が、誰よりもエルドと軋轢を生んでいたセドリックが上手くやり取りできるかは不安も残った。

もともとエルドの犯した所業を知ってからは良い印象を持っていないセドリックは、交渉中もこの上なく喧嘩腰だった。そんな彼が、わざわざ自分から貧困街との接点を作るのは不思議にも思う。

金銭のない子どもの為にサーカスへ無償招待するというのはこの上なく彼らしい。しかし同時にわざわざ彼自身が望んでエルドや貧困街に関わりを持とうとするのには違和感もあった。

今は契約上の理由で大人しくしているが、彼らも本来は窃盗で生計を立てる軽犯罪組織の一つでもある。

盗みして徒党を組むしか生き延びる方法がないという彼らの立場を考えれば一概に否定もできないプライドだが、それでも情報収集以上積極的に関わって良いかの判断は彼女にも難しかった。

この国へ訪れてから最も散財し、そして調子を崩しているようにも見えるセドリックが無理をしていないだろうかと考えれば胃が重くなる。

エリックが傍にいるのなら大丈夫だと思うが、もともとラジヤ帝国を快く思っていない彼にとってこの地自体が荷が重い。


そこまで考えたところで、荷馬車がゆっくりと速度を落とし短い間隔で止まった。前方に向けて僅かに慣性に引っ張られたプライドは床に手を突きながらバランスを保つ。

止まった途端すぐに「着いたぞ」と声を掛けるアレスの声と、続けて荷馬車が開かれた。新鮮な空気に開放される中、アーサーも一番に立ち上がり内側からも扉を全開にした。


「俺は馬車と売上の方も保管してくる。お前らは団長連れて訓練所に行ってろ」

見つかるなよ。と、アレスが銀貨の入った革袋を掲げながら釘を刺す。

今日の前売り券の売り上げは既に大金だった。セドリックからの代金も全てが含まれた袋の中身は、それだけで暫くのサーカス団の生活費になる。安易に持ち歩くわけにもいかず、サーカス団幹部のみ知る保管庫にしまわなければならない。


テントの裏手にまで入ればこちらのものである。

ラルクも猛獣用の荷車以外には滅多に足を運ばず訓練所にはまず来ない。騒ぎさえ起こさなければ少し居座る程度は見つかる心配もなかった。

さっさと行けと、訓練所の眼前で馬車を止めたアレスは周囲を見回しながらプライド達を促した。最初に素早くアーサーが降り、続けて団長も飛び降りれば、立ち止まるアーサーと違い小走りで訓練所へと突入していく。

独走する団長を追いかけたくなったアーサーだが、プライドがまだ出てきていない今足が止まる。少なくとも外で待つよりは訓練所の方が安全なのは間違いない。

するりと訓練所に入る団長の後には騒ぎも聞こえなえれば、気配はちゃんと入り口付近で止まっている。続けて降りるステイルから「先行ってろ」と許可を得てからその場を任せ自分も訓練所テントへ駆けこんだ。姿の見えない騎士が二人着いているプライドと違い、団長は護衛がいない。


訓練所に入っていったアーサーからも何の異変の声が上がらないのを確認してから、今度はステイルが荷車へ向き直る。

いつもと違い動きやすい格好をしてはいるプライドに、それでも手を取り降りるのを補助した。

すとん、と殆ど振動もなく着地したプライドはステイルから手を放すと荷車の方へ振り返る。忘れ物がないかと見れば、まだトランポリンも面白可愛い被り物も積まれたままだったがアレスは躊躇なく荷車の扉を閉めた。


「あの、荷物降ろさなくても……?」

「あーあー良い。また宣伝回りすることになった時に入れ替えるからそのままにしとけ。やるとしても下働き連中だ」

お前ら演者だろとそう言いながら手で追い払う。

早く訓練所に入れと急かすアレスにステイルも、プライドを呼びつつ自分も一言返し彼女と共に駆け足で訓練所へ足を向けた。


今日までアレスの同行にも注意していたステイルだが、やはり演者と下働きでは仕事量も立場も変わるのだと考える。今日いきなり演者になってしまった自分達だが、もうアレスの中では下働きから格上げされていると実感する。

彼自身も演者には変わらないが、このサーカス団では新入りか古株かよりも演者か下働きの方が差異が大きい。


そう考えれば、アレスはどちらかというと下働きに近い仕事が多い気がするのがステイルは気になった。サーカス団でも幹部に思える言動も多い彼だが、下働きに指示もすれば逆に自分が馬車の片付けや金勘定に呼び込みやチケット販売など細かい業務も手慣れている。

何より、今の今までずっと団長に張り付いていた彼が、他の団員のように演目練習に必死になっていないのも気になった。それだけ腕前に自信があるのかそれとも、と。彼の演目名を思い返したところで


「いえ、ですからちょっジャンヌ達待ってくださいよ」

「!ほら来た!!もう来たぞ!?さぁさあ早く君の秘めたる実力を見せてくれ二人組の空中ブランコなど私も子ども時代以来なんだ」

ぐいぐいぐいぐいいいいい~。

訓練所に入ってすぐのところで腕を強引に引っ張られ抵抗するアーサーと、ギラギラとした目でアーサーを空中ブランコへと引きずらんと両手に力を込める団長が目に入った。

アーサーを追って自分達が訓練所に入るまで一分もない。その間にも早々に攻防戦を広げていたアーサーにステイルも眼鏡が僅かにずれた。


ついさっき荷車から移動したばかりだというのに、ここまで元気が有り余っている団長にいっそ感心まで覚える。

上に立つ人間といえば訓練所でも監督に努めるか、もしくは彼ならば前売り券が完売したことを触れ回るかと思ったが、それよりも今はアーサーだった。プライドも苦く笑ってしまう中、待っていたジャンヌとフィリップが来たことに団長は余計にぐいぐいとアーサーを空中ブランコへと引っ張る手を強めた。


プライド達が来るまでは入り口から動きたくなかったアーサーに反し、団長は訓練所に入ってからの判断も早かった。さぁ練習だ、君の腕前を見せてくれと準備運動の間もなくアーサーを空中ブランコへと連れて行こうとする。

ただし、力尽くでアーサーを引っ張ることは一歩も叶わず、プライドとステイルの目にはまるで団長が我慢のできない子どものように見えた。当然、引っ張られはしてもその場からビクともせず困り眉を垂らすアーサーが大人である。


二人が来たことにを確認してから、アーサーも「わかりました……」と力なく言いながら足を動かした。

集中して練習中の団員も何人かは団長の駄々こねに気付き目は向けるが、団長の帰還を知ればあとはもう見慣れた光景である。明日に迫った開演に向けて練習することに意識を再び向ける。……まさか、既に席が満員決定したとはまだ知らない。

空中ブランコの練習場ではアランが両手を振っていた。空中ブランコに両膝でぶら下がり逆さ吊りになりながら元気よく手を振るアランに、プライドとステイルも小さく手を振った。アーサーも「お疲れ様です」と頭を下げたところで、団長も気付き視線を上げ目を輝かす。


「おおお!!!アラン!!練習は順調か?!!聞いたぞ!!アーサーと共に空中ブランコだろう?!いや~嬉しくて嬉しくてな!!是非この目で一足先に見せてもらおうと思ったんだ!!」

「ハハハッ。んな大声上げて大丈夫ですかーラルク来ますよ~」

訓練所中に響く大声の団長に、血色の良いアランの方が注意喚起する。

アーサーが入ってきたのを遠目で気付いた時から声をかけようとしたアランだったが、団長も一緒にいる今は騒ぎにしてはいけないと口を閉じていたのに本人の大声だ。

アランからの指摘に団長もハッと息を飲む。荷馬車を下りる前にもアレスに言われたことを思い出せば、そうだったそうだったと頭の中で繰り返す。馬車の中では気に留めていたつもりだが、空中ブランコを前にしたらつい頭から抜けてしまった。


たらりと冷たい汗を流しながら「そうだったな」と口にも出して頭を冷やす団長は今更ながらに周囲を見回した。

団長の勢いが削げたところで、アランは腕を引かれるアーサーへ「お疲れ」と改めて手を振り笑いかける。きっと外でも苦労したんだろうなぁと思いながら、ちらりとまたプライドが視界に入れば平静を装ってもやはり顔が火照った。間違いなくアーサーもステイルも苦労したのだろうと確信する。



「アーサー、取り敢えず交代しようぜ。さっき見せたのやってみろよ。俺、フィリップ達から話聞くからさ」



それと折角の衣装姿のプライドともちゃんと話をしたい。と、そうこっそり思いながらも先ずは団長に捕まる後輩を空中ブランコ上へと呼んだ。


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