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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
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そしてさばかせる。


「驚かせて申し訳ありません、僕から謝ります。最初に断っておきますとこれは明日演目に出なければならなくなった為必須であり善意ある女性団員の協力あって最低限肌を見せない衣装を得られた結果です」


この程度の露出で騒ぐなこれでも苦労したんだぞ、と。丁寧な口調ではあったが、ひしひしとそんなステイルの嘆きが重なって聞こえてくるようだった。

な、なるほど……と、エリック達も肯定を返すしかない。セドリックよりも先ずは騎士達からの誤解を解きたかったステイルの配慮を受けとめるしかない。

一体その前の衣装はどれだけすごかったんだとエリックは過ったが、それ以上は考えないようにした。知ったら最後、間違いなく居た堪れなくなると確信する。プライドに女性らしい格好はなんでも似合うと思うが、それはなんでも着て欲しいという意味ではない。何より、今の彼女だって信じられないほど愛らしいのだから。

ジェイルとマートと違い、きっちりとプライドの本当の姿が見えていて良かったと心の底で思いつつ唇を絞る。


顔を真っ赤にするプライドを見つめ返しながら、その言葉を耳で拾うセドリックも大きく首を回しステイルとプライドを見比べた。

これでも、というプライドの言葉とステイルの説明を照らし合わせれば彼女の苦渋も理解する。


「ッすまなかった!あまりにも衝撃的だった為つい……。それで、何故ジャンヌまで演目に?」

「私だけじゃありません!フィリップもアーサーもカラムさんもアランさんも皆です!!これ以上知り合いに見られない為にも私も必死です!!」

純粋なセドリックの眼差しが今だけは痛く感じてしまう。

胸元を両手で隠しながら、これから演目の為には両手を放さなければならないことも逃げたくなる。自分だけじゃないと訴えてみたが、そんな中で露出が必要なのも恥ずかしいのも女性である自分だけだ。男性の衣装はステイルのものしかまだ確認していないが、少なくとも自分のような恥ずかしさはない。

全員……?!と明日の公演に総出演という事実に言葉を数秒無くすセドリック達に、そこでステイルから再び簡潔な情報共有が入る。オリウィエルに会う為、ラルクも自分達も全員が安全に目的を果たす為には満員御礼で演目を成功させなければならない。そこまで説明されればやっとセドリックも、彼女が人前で大道芸もどきをする自体にも納得はできた。

改めてプライドやステイルも優秀な特殊能力者に姿を変えられていて良かったと思う。王族がサーカスで演目披露など、フリージアの歴史全てを読み解いたセドリックの知識にも当然ない。

一先ず安心すると同時に、これ以上知り合いにという言葉にセドリックが新たな疑問を上げようとしたその時。


「おいジャンヌッッ!!!!お前は客の相手してねぇでさっさと跳ねろ!!!その衣装で恥ずかしがんなって何度言えばわかんだ!!!」

突如として放たれたの怒鳴り声にプライドとセドリックは同時に身体が跳ねさせた。

胸を両手で抱き押さえ隠したままセドリックと向き合うプライドは、アレスの立ち位置からは明かに談笑しているようにしか見えなかった。どこかで聞いたような声とセドリックに思ったが、被り物で視界が制限された上、今までも長期間街に滞在し買い出しにも出かけていたアレスは深くは気にしない。

そんなことよりもせっかくトランポリン設置を終えたにも関わらず演目を始めようとしない状況に痺れを切らせる。ズカズカと大股で歩み寄るアレスは虎の被り物の下で目を尖らせる。ジャンヌにだけではなく、若い男に絡まれている女性演者を助けようともしないフィリップとジャックにも腹立てた。露出の多い格好や若い女性のサーカス芸人などと軽はずみに手を出してくる男は多い。


「さっさと上がれ!!!アンジェリカでもねぇのに尻軽く男に媚び売ってんじゃねぇぞ!!」

「!失礼だが、女性に対してそういう言い方はいかがなものかと」

強引にプライドとセドリックの間に身体ごと割って入り、あくまで客ではなく演者を怒鳴る方向で距離を取らす。

貴重な客に波風を立たせず女性を逃がす方法としても最良の方法だったが、セドリックにはただただアレスが乱暴な男性にしか見えなかった。女性を頭ごなしに怒鳴るなど、しかも相手はプライドだ。真剣に眉間を狭めるセドリックに、アレスも被り物の下では険しく睨む。「アァ?」と声にも悪態を出してしまいながらジャンヌとの間からは離れない。

「失礼致しました」「ダリオ様お耳を……!!」と先ずはセドリックに説明をすべく場を収めようとするマートとエリックに続き、ジェイルもぺこりと無意味とわかりつつアレスとそしてジャンヌに頭を下げる。

自身の髪束を掴みながらアレスの肩を左手で掴むアーサーも、もう一人の騎士が暴力に訴える前にと強引に引っ張る。本気で力勝負をすれば当然勝つのは騎士のアーサーである。

プライドも、自分が双方に庇われているのだと理解した上で急ぎステイルへと振り返った。目を合わせようにも被り物をした彼の目がどこにあるのかはわからなかったが、大きな黒猫の頭が頷いたのを確認してから自分もアレスの腕を掴んでセドリックから引きはがす。ステイルも続いてセドリックへと歩み寄る。


「アレス!違うの!!この人達も私達の仲間でっ……ほら!テントでも宿でも会ったでしょう?!貴方が奪われたお金補填してくれた!!」

「ダリオ誤解だ。彼は庇ってくれただけだ。覚えのない若い男が演者に絡んでいるから距離を取らせようとしてくれた」

ハァ?!なっ?!と、プライドとステイルからの待ったに二人揃って声の主へと振り返る。

互いにまさか喧嘩を売っていたわけではないのかと疑いながら、今度は正面にその顔を見た。眉間に皺を寄せた顔同士険しいが、相手もまた間に入った言い分を否定しない。

今にも一触即発しそうだった四肢から力が抜けられれば、止めに入った騎士達も手を緩めた。誤解の争いを防ぐことできたが、セドリックとジャンヌ達が知り合いであることもアレスに気付かれた。

プライドとステイルもそれを互いに意思確認をし合ってからの制止の言葉だったが、セドリックは遅れてその事実にサーッと熱が引く。自分が諍いの中心になりかけたのはこれで二回目である。


「す、すまない。一度会っているからてっきり俺とジャンヌが知り合いなのもわかった上での所業かと……」

「ダリオ様が会ったのは二回だけですから……。我々もあんな大勢でしたし……」

大慌てで謝罪をするセドリックに、やんわりとエリックもフォローする。

セドリックの神子は知らないエリックだが、セドリックにとってはもうアレスと初対面ではないつもりだったのだということは察した。

見聞きした全てを記憶してしまうセドリックには、その他大勢の一人だった自分をアレスがジャンヌの連れの一人として記憶していないとすぐに察するのは難しかった。何年前のことならばまだしもたった一日二日前なら覚えていて当然と思ったが、……アレスは全く覚えていなかった。

ずらりと並ぶ中にアランやカラムもいたことに気付けたのも、当日だったからだ。大勢の集団の一人を細かく覚えているわけもなければ、人違いで奴隷商人に捕まり金まで奪われたと動転していた時に覚えようがない。視界も被り物で狭くよく見えず、今のセドリックはただでさえ本来の目立つ容姿として彼の目には映っていない。

改めて謝罪するセドリックに、アレスもゆっくり息を吐き出した。ハァ~~、と心配してやって損したと思いつつ顔を上げればぐるりとセドリックとも別方向へ向ける。


「団長ッ!!!誘ってんじゃなくてフィリップの連れだとよ!!」

「おおぉ!!なんだそうか良かった!どうもどうも!いやぁ会えて嬉しい!!さっきのリオとヴァルキュリャの友達か??」

「??ヴァル、キュ……」

「ヴァルのことだ。名付けたのは団長だから意味はない気にするな」

別に今更奴まで名前を伏せてるわけじゃない、と。団長の言葉に素直に虚をつかれるセドリックにステイルが訂正をいれる。

あぁ……と、一音を漏らしながら口を開けるセドリックの視線の先では団長が大手を振って歩み寄ってくるところだった。遠目で気付いたアレスと同じく、てっきりジャンヌが見知らぬ男にナンパされていると思った団長だが関係者なら話は変わる。

喧嘩になれば勝てないとアレスに解決を任せていた身をするりと駆け寄らせた。フィリップの知り合いであればつまりは裏の事情も知る者同士だ。さっきの十人の中にも含まれるかと考えながら、ここは友好を深めるべき握手を差し出した。


「私は団長のクリストファー。君の名前は?いやあ君達はアーサーと一緒か?それともフィリップと一緒の方か?ジャンヌかな??」

「だ、ダリオと申します。……フィリップ殿と同じ、商いを中心としています」

流石にサーカス団の団長相手に言葉を整えるセドリックだが、言いながらも少し不安が混じる。

ちらちらとステイルに目配せをしながら、自分の立ち位置はこれで良いのかと確認をする。今はサーカス団員でもあるステイルだが、その別の顔は商人だ。幾重にもなった設定を記憶の中で選別しながら口裏を合わせようとするセドリックにステイルはにこやかな笑みを返した。……が、被り物の下で全く伝わらない。代わりにプライドがこくこくと二度頷いて彼に返した。


「ダリオ!なかなか良い身体をしているなあ!ダイダリオン……いや君はフィリップと同じか。ならば失礼したな!ダリオも充分良い名前だぞ!!」

「あ、ありがとうございます……?」

口を俄かに開いたまま、セドリックは瞬きが多くなる。

ダリオという名前はもともとは自分のものではない。ヴァルといいどう言い間違えればそうなるのかと考える。続けて自分の護衛であるエリック、ジェイル、マートと紹介したが彼らは間違われることなくそのまま握手で終わった。この名前の持ち主であるダリオとは長い付き合いだと思うセドリックだが、今まで自分どころか兄二人も誰も彼の名前を間違えたことはない。


おかしな男だなと思いつつ話を聞けばここが宣伝回りの最終地だと知らされる。

プライドの活躍とケルメシアナサーカスの名前が売れていたこともあり、前売り券は予想よりも売れ回った。残りもうひと頑張りだと笑う団長に、プライドとアーサーも揃って握る拳に気合が入る。

しかしセドリックが具体的な枚数を尋ねれば、二部合わせればかなりの束である。

「前売り券が全て売れれば、無事サーカス団も満席ということで相違ありませんでしょうか?」

「もちろんだ。当日も席は受け付けるがその場合は立見席だな。まぁ君達の席分はリオに預けているから安心してくれたま」



「ならば残り全て買い取ろう」



ジャラン、と。

懐から取り出した小袋の音に、プライドとアーサーだけでなくステイルも目を剥いた。つい昨日大盤振る舞いしたばかりのセドリックから二度目の大噴出である。

セドリックならば昨日の金貨だけが持ち金なわけがないとはわかっていたが、まさかここでまた金に物を言わせるとは思わなかった。「ダリオ?!」とプライドが声を上げ、彼の腕を掴み待ったをかける。あまりにも彼一人の支出が多過ぎる。

サーカスのチケットは、決して安くない。仮にも〝商人〟とはいえ団長の手にある束は纏めて気軽に変えるような値段ではない。

ステイルも思わず眼鏡の黒縁を押さえようとして被り物に指をぶつけた。アーサーからも「そこまでしてくださらないで結構です!!」と首を横に振る中、改めて彼が金脈の王子なのだと思い知る。

買ってくれるならば喜んでと、躊躇なく束を差し出そうとする団長の手をアレスが掴み止める。サーカス団は潤うが、それだけではフィリップ達の目的の方が完遂しない。


「あのね?ダリオ。よく聞いて。席が全部売れても駄目なの。ラルクとの約束は〝満席〟であって〝完売〟じゃないからその手は使えないわ。それに貴方の席はもうリオが持っているし……」

セドリックに所有されていればもれなく空き席を埋めるのが誰になるか……!!!と、プライドは真っ青な顔で考える。まだ当日券にかけた方が希望があった。

しかしセドリックは小袋の中の金貨を数える手を止めない。ラジヤの通貨へ換金する前の金貨だが、素材が金である以上一定の価値はある。払う相手がサーカス団であれば問題ないだろうと、自身の今持つ金貨の価値を記憶の中で確認しながら正しい枚数をカチャリカチャンと選んだ。


「勿論聞いていた。残り座席数程度ならば充分埋められるだろう」

いやいややめてやめて!!と、プライドは言葉の前に首を横に振る。

セドリックにドン引きされたこの格好を見られるのも恥ずかしいのに、それを必要以上の身内に見られたくない。

ステイルが言っていた通りのサクラ大計画を、セドリックまで考えついたのが恐ろしい。

アレスに手を止められたままの団長も、席に当てがあるのならば問題ないだろうと掴んだチケットの束を指先で揺らした。明日の公演、そしてリオ達が来てくれるのならばあとは誰が座ってくれていても構わない。

別に明日が最後の公演と決まったわけでもない。明日は客席が満杯になればラルクの条件もこなせてサーカス団は久々の大収入を得られる。サーカス団の再会としても最高の滑り出しだ。ジャンヌ達の練習時間のためにもここでチケットを売り切ってテントに戻るのが最良に決まっている。


「早速参列を依頼してこよう。無いとは思うが、余れば俺が責任を持って無料で配布しよう」

いっそ全部無料配布したい、と。プライドは心の中で叫ぶ。

セドリックに買われるくらいなら今からでも自分が買って当日テントの前で配布しようかしらとまで考える。

セドリックは善意なのはわかるが、やはり見られる側として知り合いや親の授業参観は



「ちょうど暇を持て余した奴らだ。無料でサーカスが観れるのならば文句もあるまい」



……あれ?と。

セドリックの言葉にプライドは表情が固まる。

てっきり母親とその護衛である騎士団に提供するという意味だと思ったが、それにしては違和感がある。この場で王族と言えないとはいえ、セドリックが女王や騎士団にそんな言い方をするとは思えない。代わりに頭に浮かんだのは、……寧ろ想定よりも遥かに相応しい相手だった。


「あの、まさか……エルド、達に?」

「いや、奴は来ないだろうが許可程度はさせてみせる。住んでいた子どもの数だけでも充分いた」

貧困街。

その言葉をこの場で容易に出すのも躊躇い個人名を潜めた声で確認すれば、セドリックからは躊躇いのない言葉が返ってきた。

貧困街に一度足を踏み入れたセドリックは、そこの子どもの数も見た分は覚えている。一部と二部に分けても、両方でも充分足りる。更には子どもだけで行かせず保護者を鑑みれば充分足りるかむしろ取り合いになってもおかしくない。貧困街にとっては数少ない娯楽の機会だ。


セドリックとの契約で今は盗みもスリも含めた犯罪をしないと約束した彼らは、一時的にだが時間の余裕もある筈である。しかも、……幸か不幸か貧困街はサーカス団テントの目と鼻の先。

こうしてみると、サーカス団再会の客寄せの為にも彼らの動きを封じたのは正解だったなとプライドは思う。ここ最近だけでも貧困街が活動を見せなくなったことも前売りが無事に売れ出している要因である。

「代金は払い済みなのだからそれぐらいの協力と融通は利かせてみせる」と続けるセドリックは、静かな眼差しで金貨を代金分団長に差し出した。


「それに」

金貨が本物であることを確かめ、その質の良さに目を輝かせる団長からチケットを受け取った。一部と二部で一束ずつの合計二束のチケット束を掴んだセドリックは金貨と共に服の中にしまった。

腹立たしいことこの上ない貧困街の首領だが、しかし今の奴隷が横行する市場よりはマシだと考える。喧嘩にはならぬようにと今から自身に言い聞かせ、また井戸周りの現実へと目を向けた。


「……いま自由を許される彼らだけでも、この時を楽しんで欲しい」


貧困街の彼らもまた、元奴隷の過去を持つ者が当たり前のようにいる。そしてこの先奴隷にならない保障もない。

今は契約により犯罪をせずに済んでいるだけで、いつかは何かしらの理由で捕まり、井戸で水汲みをする彼らと同じ立場に落とされるかもしれない。

今の奴隷にも、この先の奴隷にもできることがない自分だからこそ、他にできることならばしてやりたい。

たとえそれが自己満足の、見下しと哀れみの傲りだと誹られようとも構わない。


「ではな。行ってくる」


珍しく静け切ったセドリックの声色に、プライド達もそれ以上何も言わなかった。

彼の言葉の全てをこの場で汲み取るのは難しい。唯一その片鱗だけでも、彼の発言の意図だけでも察せられたのはエリックだけである。

少なくとも恐れていた授業参観よりも遥かに平和で有意義な使い方を提示してくれた王弟に、プライドとアーサーは感謝した。


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