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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
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そして断る。


「昔から身体が弱くてっ……今朝家が崩れてから憔悴して!雨も酷くて熱まで出てるんです!お願いしますこのままじゃ」

「死んじゃいます!!僕は、僕らは良いからせめて姉さんを屋根のあるところに休ませてくれませんか?!」

「ッ従者募集の張り紙を見ました!!なんでもします!お願いします雇って下さい!」

「僕が働きます!僕は野宿で良いから姉さんをどうか住まわせてっ……」


これ以上なく濡れ、若葉色の目を真っ赤にしながら頬を伝わせているのが雨か涙かもわからない。ただ、ガラついたその声は明らかに泣いていた。

顔も一緒、表情も一緒、声も一緒、話し方まで一緒の双子は相対すると気味が悪い。地べたに這いつくばり、顔まで泥に塗れ、濡れた姿は浮浪者というよりも野犬だ。

何十人も候補者には会ったが、ここまで汚い連中は初めてだった。衛兵の手が止まったところで髪が跳ねた片割れも慌てて姉に覆い被さった。直接触れるではなく、まるで自分の背を屋根にするように地べたに四つ足をつく。どうせ既に姉の方も充分濡れ切っている。

俺様じゃなくてもこんな奴らを雇うどころか家に入れるようなもの好きはいねぇだろう。



『ア゛い゛ァ゛あ゛ぁぁあああ゛っっ‼︎‼︎』



ライアーに引き取られた俺様は、この野犬以下だった。

頭から先までずぶ濡れ汚れきり、ただ泣き喚くしか能がなねぇガキ共を眺めながらそう思う。

双子にもたれかかり肩で呼吸を繰り返す女と、そして顔も全てが同じ双子。ここで捨て置けば、少なくとも姉の方は死ぬだろう。

黙する俺様に、誰もが同じく口を閉ざす。御者が遅れて差し出した傘の下で一人濡れずに、あの日の己を見下ろした。

開けた口に雨水が入る片割れと、雨の中でもわかるほど喉をヒクつかせ鼻を垂らす片割れだ。

弱く、自分の主張だけ通そうとする使いようもなさそうなガキ共は、……俺様と違ってその手の中に守りたい相手が〝まだ〟生きたまま姿かたちも残っていた。


「…………お前達、名は?」

「「ディオッ……っ。ディオスとクロイ、です」」

言葉の詰まりまで重なる。一心同体という言葉が相応しいこいつらが気味悪く、そして今は少しだけ羨ましくも感じてきた。

こいつらは、きっと互いの考えていることがわからないことなんざねぇんだろう。別れの間際まで奴の深層すら理解することができなかった俺様とは違う。


名を尋ねる俺様に、一縷の希望を見出すように瞳を奥に光を宿す。俺様が御者に命じ、傘を俺様よりもと野犬共に移させれば一個体のようになった三人の雨が止んだ。一度御者の傘を見上げ、そしてまた俺様を見る。その動作まで完全に双子で揃っていた。

帰る家もないずぶ濡れたガキを今度は俺様が拾っても、ライアーは戻ってこねぇしライアーのようになれるわけでもない。……それでも。


「馬車に乗れ。屋敷に医者もいる」

ライアーと同じ手を差し伸べてみる己の気まぐれに、ほんの少しだけ奴の影に触れられる気がした。

俺様の命令に、二つ分の息を飲む音が雨の中でも微かに聞こえた。見開いた目で顔を同時に互いで見合わせ、そしてまた同じ動きで俺様を見上げる。


無駄に眩しいその眼差しから身体ごと逸らし、馬車へと踵を返す。護衛と衛兵共にも連れて来いと命じながら、指の先で仮面を叩き髪を耳に掛けた。

背後から「ありがとうございます!!」とまた二重の音が聞こえた。べちゃべちゃと泥が跳ねる音が聞こえ、御者から一緒に馬車に乗れば俺様も汚れると言われる。

どうせ着替えなんざ吐いて捨てるほどあれば、もう俺様も雨で濡れている。たかがその程度で六年前ほど汚れるわけでもねぇ。


段差を上がり、馬車の奥で腰を下ろして腕を組む。そこで目だけを扉に向ければ、思ったよりも早く野犬共も馬車に入って来た。

一緒に泥まみれの鞄とリュックが三つ、足元へ詰め込まれる。これが全財産だというのなら、やはり家が潰れたのは事実らしい。もう意識がないのか、姉を今は衛兵が抱えている。さっきも野犬を庇っていた方の衛兵だ。


俺様の向かいに並んで座る双子の隣へ最後に姉がもたれかかるように座らされた。声を揃わせ衛兵へ「ありがとうございます」と感謝した双子も、よく見ると顔が赤らんでいた。泣いた後か、それとも同じ熱か。どっちにしろ医者に見せれば良い。

「もうちょっとだよ」「姉さんがんばって」と姉に声を掛ける双子は、馬車の中でも変わらず頬に水を伝わせていた。

目の前に俺様がいるにも関わらず、仮面に怯えるどころか姉のことで頭が埋まっているらしい。


「……〝畏まりました〟〝仰せのままに〟以外は求めない」

馬車が改めて動き出してから、口を動かす。

俺様の声で一度注視した双子は、また同じ丸い目だった。こくりと大きく頷く動作まで同じだ。返事は良いが、どうせまだ自分達が雇われるとまではわかっていない。

もともと、従者など誰でも良かった。なら、別にこいつらでも良い筈だ。これでもう、煩わしい面接もしないで済む。屋敷の部屋も使用人用に二つでも三つでも空けられる。アンカーソンにとっては使用人の数が二人でも三人でもどうでもいいことだ。

開校まで半年、今から死ぬ気で勉強させれば良い。この大雨の中、侯爵家の衛兵にいつまでも齧りつく根性程度はある連中だ。



「死んでも俺様を裏切るな。……アンカーソンじゃない、今日からお前達の主人はこの俺様だ」



「「はい!!」」

馬車に木霊しようなほど響く声がまた二重で放たれた。

思わず耳を両手で押さえれば、ありがとうございますありがとうございますと今更になって頭を揃って下げられた。

もう、俺様には遠くそしてかけ離れた光のあるその眼差しに、直視できずまた目を逸らす。

すると今度はそこで終わらず、双子から揃った声で俺様の方が名を尋ねられた。


〝レイ・カレン〟と、アンカーソンではないその名を名乗れば、次の瞬間には揃って「レイ様」とまた二重音で返された。







……











「……い、……レイ!!起きろよレイ!!その椅子は姉さんのだって言ってるだろ!」


……うるせぇ。

ぼんやりと意識が定まりながら、舌を打ちたくなる。最悪の目覚めだ。

二度三度も瞬きを繰り返し、いつの間にか寝てたらしいと気がつく。……疲れた。

妙な脱力感に、変な夢でも見たのかと考えるが全く思い出せねぇ。

テーブルに仮面部分がぶつかったまま突っ伏していた状態に、顔を上げる前にちゃんと顔に固定されているか手探りで確認する。俺様が手を動かした途端、さっきからうるせぇ奴が「あっ起きた‼︎」と余計に声を上げ出した。


「どーけーよ!その椅子に姉さん座るのに‼︎寝るだけなら家で寝ろよ転寝仮面‼︎」

「黙れだれが転寝仮面だ駄犬……」

声を掛けていた駄犬が、今度は馴れ馴れしく俺様の肩を掴んで左右に揺すってくる。声も顔も見分けはつかねぇ双子の片方だが、これだけは断言できる。こいつはディオスだ。「駄犬って言うな‼︎」とギャンギャン煩く吠えるのはディオスだと覚えた。

揺らされた拍子に本当に仮面がずれ掛けた。強めに仮面を押さえながら顔を上げる。視界が開ければ、いつの間にか寝る前にはなかった料理の大皿が俺様を避けるようにして並んでいた。


「もう食事か……」

「おっ、レイちゃんお目覚めか?飯の前に涎拭けよー兄弟」

そうだよ‼︎と叫ぶ駄犬の声と合わさってライアーの軽い投げかけが聞こえてくる。誰が涎なんざ溢すか馬鹿が。

念の為口元を手の甲で拭いながら視線を向ければ、台所でライアーが女二人に挟まれていた。もう見飽きた光景だ。

一人は駄犬の姉、もう一人は野鼠。女を二人はべらして台所に立つライアーは、ここにいる間一番いきいきしてやがる。


「レイ君おはよう。ねぇこのデザインどう思う⁇ライアーさんもお揃いで考えてみたんだけど……」

「そ、の、ま、え、に‼︎そこ退けって言ってるだろレイ‼︎」

「ディオス、それ以上やると椅子壊れるから。ほら元貴族さんの椅子はこっち」

ガッタンガッタンと、とうとう椅子ごと揺らされる。

すかさず駄犬の片割れもう一人に、俺様がいつも座っている席を示すように引かれる。椅子の揺れが止まってから仕方なく客用の椅子に移ってやる。

食事の時は譲ってやるが、それ以外の時はやはり一番座り心地の良い椅子が馴染む。

座り直し、足を組めばそこで今度は刺繍女が図面を俺様に示してきた。……この女は、腕は知らねぇが少なくとも趣味は良い。

悪くねぇと一言返せば、刺繍女から「よね⁈」と弾んだ声が飛び出した。多分この家で一番有能なのはこの女だろう。


「ほんと君、何もやらないよね。また皿運ぶくらいしたら?」

「黙れ庶民。俺様の代わりに動くのがそこの侍女鼠だ」

「グレシルだろ‼︎女の子にその呼び方やめろよ馬鹿仮面‼︎」

仮面仮面とあいも変わらず馬鹿にしやがってこのクソガキ。

この俺様に向けて侮蔑の眼差しを向けてくるのがクロイ、うるせぇのがディオス。顔も髪も何も見分けがつかねぇ双子だが、口を開けば興味がねぇこの俺様でもいい加減判別できるようになった。クロイはクロイでその見下す目は腹立つが、実害がある分ディオスの方が厄介だ。

そう思ったところで、急激に鼻がむずついた。反射的に手で押さえながらくしゃみを鳴らす。そういえば、少し冷える。


「ほら。だから全部着替えなって言ったのに。この大雨の中傘も指さずにうちに来たんだから当然」

「そうだよ!折角父さんの着替え貸してやるって言ってるのに!濡れたまま着て乾くわけないじゃんか!」

 

駄犬……クロイの方に、物陰に干した俺様の上着を指差され、ディオスの方に今はいつもの椅子に関わらず今度は湿った服を引っ張られる。

食事前に着替えろよ!と声を上げられ、今度は俺様から振り払う。

大雨の中、向かいの家だからとそのまま駆けたがそれでも濡れた。野鼠はライアーを傘がわりにしたが、俺様はずぶ濡れだ。

上着はまだ脱ぎ干したが、その下の服まで着替えまでと言われても冗談じゃねぇ。

ふざけんな。とそのまま言葉にし、髪を耳に掛け声を張る。

「この俺様が駄犬共に施しなんざ受けてたまるか」



「「うちに毎晩食べに来ているくせに」」



………。

二重声で話す双子に、「そうだそうだー」と囃し立てるようにライアーの声までが応戦した。

もう一度よく見れば、奴はとっくに見慣れない服に着替えていた。


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