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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
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Ⅲ102.王弟は困惑し、


「さぁさあよってらっしゃい!!聞いて驚け!なんとケルメシアナサーカス待望の復活だ!!」


高らかな声がよく響く。

大袈裟な言葉に拍車を掛けながら宣伝にもその勢いにも余念のない男はライオンの被り物の下でも笑顔だった。

両手を広げ自身の動きも大きく見せながら、周囲へと注目を浴びるべく顔ごと視線をを四方八方にへと振り撒く。


頭に被り物をした男が両手を振って横行してくるだけでも、木陰で休んでいたセドリックには理解しがたかった。

なんだあの珍妙な被り物はと思いつつ、その姿で人前に堂々と出るのも恥の概念がないのかと思う。馬車を運転する虎の被り物を被る背の高い男まで「ケルメシアナサーカス明日二部公演ー!!」と平然とした声で触れ回っている。

そこまで聞いてから、遅れて目の前の謎の集団がプライドの話していたサーカス団だと気付く。


ケルメシアナサーカス、の単語は耳には入ってきていたがあまりにも奇天烈な恰好にばかり目が奪われ頭にまで届かなかった。

あれが、と言葉を溢しつつ目を見張る。プライド達が今も潜入している筈だろうサーカス団、自身も今こうして足を使って実態調査に臨んでいるその組織の一部が目の前にと考えたところで、………さらに続く三人組に目が点になる。

黒猫の被り物と馬の被り物の高身長の男性二名の間に挟まれた女性は間違いなくプライドだった。珍しい化粧を施されているが、その程度で見間違うようなものではない。骨格も人相も自分にはプライドの本来の姿が捕らえられているのだから。

その彼女が、馬車に腰を下ろしたままにこやかに手を振るのを見れば一帯どういうパレードだと喉まで出かかった。王族が馬車で民の前に出て手を振るのはよくあることだが、彼女が今腰を下ろしているのは荷馬車。更には戦闘服ともドレスとも言えない奇天烈な恰好だ。

そんな格好では戦闘でもすぐに怪我を負うぞとも、女性が!王女がそのような恰好を!とも、言いたいことが優秀な神子の脳で同時に多発する。

そしてプライドがいるとわかればその傍に立つ男達が誰かもすぐに理解する。被り物だけではなくその下にも意識を向ければ考えるまでもなかった。首から上を隠そうと体型は隠しようがない。アーサー騎士隊長とステイル王子と認識すれば、フリージア王国の聖騎士と次期摂政までもとんでもない格好をしていることにこれは何の夢かと疑う。

特にステイルは間違いなくそういったことを嬉々としてやるとは思えない。王族として振る舞い続けてきた人生のセドリックにとってその光景は衝撃だった。しかも、防衛戦で活躍した三人である。その三人が被り物や奇天烈な恰好で人前に出ている。


更にはライオンの被り物の男も、首から下には覚えがある。

さっきまで強烈な被り物にばかり注視してしまったが、全体を見れば間違いない。二度も顔を見たサーカスの青年だ。〝アレス〟と間違いないその名前も記憶しているセドリックは、彼の印象とは打って変わったふざけた被り物を被っていることに脳がバグりそうになる。

てっきりもっと落ち着き、重厚な印象の男性だと思ったが、あんな被り物を被ってくれるような男だったのかと気付けばもう顎がはずれた。


「…………エリック殿、あれは……」

「ええ、……ジャンヌさん……達、ですね……」

ははは……とエリックから苦い笑みが零れる。セドリックほどではないがエリックにもなかなかの驚きの展開だった。

サーカスに潜入とは把握していたが、早速人前に出るのかとこっそり思う。アランならそこまで驚かなかったが、目立つのが苦手なアーサーやそういった道化の振舞いとは縁の遠いステイル、被り物どころか全身サーカスに染まったプライドである。


ちらりとエリックが視線をセドリックから別方向にずらせば、ジェイルとマートも少し眉間を狭めながらも凝視していた。

ステイルの専属従者の特殊能力を知ることを許された近衛騎士のエリックと違い、二人はあくまで姿を変えられた彼女達のままが見えている。しかし、化粧程度で保護対象を見間違う騎士であるわけもない。アーサーに至ればもともと特殊能力を施されてもいなければ目立つ高身長と鍛えられた身体付きだ。同僚である騎士の彼らが気付くのに時間はかからなかった。


未だエリック達に気付かないのはプライドだけではない、もともと被り物の覗き穴の関係で視界が狭いステイルとアーサーもまだ気付かない。ちょうど広場の真ん中に馬車を止めた彼らは、ライオン男が宣伝の文言を口で語る中順調に荷車から器材を下ろし出す。


ここに来るまで既に器材を下ろしては組み立てそしてまた片付け荷車に戻すを繰り返していた彼らには、もう手慣れたものだった。

器材の組み立てや片付けなど力仕事にも慣れている騎士のアーサーと、そして組み立てをアレスに説明された一回目で概ね記憶と把握したプライドとステイルにより簡易トランポリンの設置はアレス達に指導されずともできる。

あまりにも手際の良いアーサー達の設置準備を眺めながら、エリック達は団長の大声よりも彼らの方へ耳を澄ませた。サーカス潜入中の彼らの面白可笑しい姿はいっそ、ここは見なかったことにして退散した方が親切ではないかと誰もが考える。

何気ない彼らの会話を聞けば、やはりその声は間違いようがないアーサー達だ。


「この辺で良いか?」

「そうだな。それ以上寄っても通行の邪魔になる。井戸が近いのに一般の馬車が通れなくなったら困るだろう」

「杭打つの全部任せちゃってごめんなさい」

いえ全然!と、元気よく言葉を返すアーサーは大きく振り上げた一打ちでトランポリンの固定杭を地面へ完全に減り込ます。

プライドならばこれがなくとも無事に着地できるとわかっていてもやはり大事な安全装置と思えば手は抜けない。間違っても彼女を受けとめる時に杭が抜けては演目だって台無しになる。

アーサーが順調に杭を打ち込む間にステイルも手は休ませない。アーサーほどではなくとも自分も力仕事にはある程度携わる。大声で宣伝するのも気恥ずかしければ、その分トランポリンの設置くらいは手伝えないと同行した意味がない。

最初は被るのも気恥ずかしさがあった被り物だが、よくよく考えれば派手な衣装で素顔よりは精神的に楽かもしれないと思えてきた。ただ、それをよりにもよって自分達の知り合いであるヴァルとレオンに見られたことは未だに少し恥を思い出す。

熟年のサーカス団員と変わらない手並みの速さでトランポリンを設置し終えれば、とうとうプライドの役目である。ストレッチをするように軽く腕ごと背筋を頭の上へと伸ばし、それからブラウスのボタンを上から順に外してい



「ちょっと待て?!?!?!」



思わずの上がった王弟の大声に、プライドも手が止まった。

ハッ!と今やっと彼らの存在に気が付いたプライドは、ボタンと緩めた手の形のまま肩まで上下した。聞き覚えのある声に振り向けば、セドリックが真っ赤な顔で腕を自分達の方向へと伸ばしていた。

フーーッ……ゼェッ、とあまりにも準備なく大声を上げた所為でセドリックも息が短く上がってしまったが、エリックに至っては顔を背けてしまった。ジェイルとマートも騎士として直視ができず視線をずらす。

セドリック達の存在にステイルとアーサーも瞼をなくしたが、被り物の下ではただ棒立ちしているようにしか見えない。また今度は彼らにまで!と発見されたことに顔が引き攣るが、つまりはそれだけ宣伝回りが街中を行脚できている証拠でもある。

一人でも多くの人の目につく為に、張り紙をできていない場所を中心に回っているのだから聞き込み調査中のヴァル達やセドリック達に目撃されるのも当然だった。

「ダリオ………?」とプライドが声を漏らす中、セドリックは疲労も忘れ早足で彼女へと接近する。手にする水筒の中身を飲むことも忘れ、波立たせ握る手に掛かっているのにも気付かない。


「プ、ジャンヌ!!さっ、流石に客や人目を引く為とはいえ色仕掛けなどはどうかと思うが………!!」

自分達の状況やプライド達の事情を聴くよりもなによりも、第一優先の提言を迷わず声に出す。

セドリックの言葉に、最初はわからずパチクリしたプライドだが自分の固まったままの手元に気付けばすぐに息を飲んだ。更にはセドリックだけでなく続くエリック達にも見られていると気付けばボタンを緩めていた手をそのまま両腕で抱えるように胸を隠す。あまりにも多大な誤解をされてしまったと直後には熱くなった血が引いて行った。

ヴァルに続いて今度はセドリック達にまでそんな誤解をされては溜まらない。「違う!!」と声を張り、胸元ごと身体も捻り彼らから隠すべく肩を突き出すようにして反らす。


「うっ、動きやすくする為に必要なだけです!!!!変な誤解しないでください!!!~~っっ!これでも移動中だけは閉じてるんだから見ないで!!!!」

言いながらまた耳を中心に熱くなってくる。

自分でも今はかなり恥ずかしいとわかっている。当初の衣装ほどは露出も少なくなったと調子に乗っていたところをヴァルに指摘されてからは、トランポリンの上で跳ねる前まで移動中もボタンを細かく閉じるようにしていた。

動きやすさの為にはボタンを緩めることは避けられない。むしろボタンを緩めず動けばどう頑張ってもボタンが弾け飛んで百倍恥ずかしいことになるとわかっている。しかしその配慮が結果として何も知らないセドリック達にはあまりにもな光景にしか映らなかった。


まさか俺様ナルシストだったセドリックから「色仕掛けなど」と言われたことに、プライドは鐘で殴られた気分になる。

自分の方が昔は似たようなことばっかしてきたくせに!!と言いたくなる唇を必死に絞る。そんなことを言えば絶対的な記憶能力を持つ彼が今度は赤面し頭を抱えることは目に見えている。

セドリックにとっては、第一王女であり淑女である彼女がサーカスの意向であろうともそんな胸を見せるなど恥晒しな真似をと善意で引き留めたつもりだったが、結果としてプライドに余計に恥の上塗りを思わせるだけだった。


「す、すまない……!?」

未だ事情を把握しきれず赤い瞳を白黒させるセドリックとプライドが睨み合う中、ステイルは彼を素通りしエリック達へと向き直る。

被り物のままにこやかな笑顔も今は伝わらない為、「お疲れ様です」と言葉を彼らに掛ければ、アーサーもそのかけ声に合わせて姿勢を正し頭を深々下げた。

二人の声と様子に、やはりステイルとアーサーだったのだと理解したエリックは苦笑いを隠せないまま彼らにも挨拶を返した。

被り物をしていても、黒猫の下の顔が社交的な笑みだろうことも狼の被り物の下が引き締められているだろうことも透けるように察せられた。


「驚かせて申し訳ありません、僕から謝ります。最初に断っておきますとこれは明日演目に出なければならなくなった為必須であり善意ある女性団員の協力あって最低限肌を見せない衣装を得られた結果です」


途中からは殆ど息継ぎなしで言い切るステイルがずっと強弱ない言い方なのが圧そのものだった。


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