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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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167/321

Ⅲ100.特殊話・最上層部は贈った。

三部百話達成記念。

第一部「最低王女と家族」と「外道王女と騎士団」の間あたりです。


「アルバート……私は母親失格だわ……」


「ローザ、もう一週間だ。いい加減に決めなさい」

「姉君。そろそろ準備を始めなければ余計後悔の残る選択にもなり得ます」


フリージア王国王城、その女王が公務を行う執務室で今日一日の公務を終えたローザは直前までの姿が嘘のように頭を垂らしていた。

公務こそ女王として微塵の気の緩みもなく行っていたローザだったが、ヴェストから一言「その書類で最後だ」と言われれば切り替わった。公務中こそ国のことだけ考えていられれば良い女王だが、公務を終えれば一人の女性である。

公務を終えた途端にぷつりと電池でも切れたように呟いき落とした言葉は、傍にいた二人にしか聞こえなかった。それでも、慣れたヴェストは素早く執務室の扉を内側から閉じた。たとえ侍女や衛兵であってもこのローザの姿は見せないように細心の注意を払う。

ここ一週間ずっと同じことで悩んでいたローザに、夫のアルバートも摂政であるヴェストも何に悩んでいるかまでは今更尋ねない。むしろそろそろ悩んでいないで決断をしろと促す。

国のことであれば目を見張るほどの決断力を持つ女王が、何故こんな細やかなことに一週間も悩み続けるのかとアルバートもヴェストも同じことを思考しつつ、言葉にはしない。それを言った途端、また今以上に打ちのめされることはわかっている。


プライド〝九歳〟の誕生日祝いに悩む母親が。


「だって……だって……!せっかくプライドが王位継承者として認められて初めての誕生日なのに!今まで通りとはいかないでしょう……?!」

「準備に遅れて間に合わなくなるくらいならば例年と同じものにした方が良い」

王族の贈り物は義務でも通例でもなければ、一日二日で買い付けて終わるような場合も少ない。そして泣き言を溢すローザに、扉を閉めた後のヴェストの言葉はただただ正論だった。


毎年プライドに誕生日の贈り物をしているローザだが、今年は例年のようにはいかなかった。

プライドが突然とはいえ王位継承者に相応しい王女になり、国中に次期女王として認めた後である。母親として、女王として王位継承者に相応しい贈り物をしたいと思うのは当然のことだった。


プライドと距離を取るようになってから、贈り物は一貫して装飾品にしていた。フリージア王国で発掘できる鉱石から作られた、国で一番有名な宝石で仕立てた装飾だ。

フリージアの王女として相応しく、そしてプライドの年齢に合わせて髪飾りや指輪、イヤリングなど品も変えていた。しかし、今年は事情が違う。


「だから言っているだろうローザ。お前が心からあの子に贈りたいものにすれば良い」

「それがわかればこんなに悩まないわ……。私が与えたいのはあの子が一番喜ぶものです……」

「幼い頃にプライドになんでも買い与えすぎた代償だ。きちんと与えるものを絞るようにすれば、プライドが本当に欲しいものも絞られただろう」

ヴェスト……、と。アルバートもこれには困り顔でヴェストを見つめる。

鋭い眼光が妻の義弟を捉えた。そんな昔のことを後悔しようと、もう八歳になったプライドの欲しいものは当時と変わっているに決まっている。それを優秀な摂政であるヴェストがわかっていないわけがない。


未だ理解していても睨まれているような感覚を覚えつつ、ヴェストもまた柔らかな目元にぎゅっと眉を寄せて見返した。

これについてはもうローザに同情の余地はないと考える。ローザを慰めるのはアルバートの役割である以上、自分はその分諫めるのが補佐としての役目だ。

プライドを突き放すまでのローザのかわいがり方はまさに徹底していた。プライドが欲しいという物は誕生日も記念日も関係なくなんでも「良いわよ良いわよ」と買い与えていたのだから。

あまりにも与えすぎて、当時のプライドが本当にそれが欲しかったのか、それともただ言ってみただけなのかも数が多すぎて判断できない。その事実を誰よりもよく思い知っているローザは両手で顔を覆ってしまう。

自分は子どもの頃欲しいものがたくさんあっても口にして欲しがることすら許されなかった為、どうしてもプライドにはそんな想いをさせたくなかった。


「なんでもではありませんっ……!あまりにも貴重な品は私だって断りました!それに白馬を欲しいと言われた時も生き物は責任が問われるからと……!」

「そして城にわざわざ新しい白馬を取り寄せて名前を付けさせたんだったな。プライドも名前を付けたら三日で興味を失ったから良いものを」

あぁぁぁっ……!と、まだ痛恨の一撃にローザはとうとう頭を抱えて机に突っ伏してしまう。

あくまで馬車用に使用する馬を増やしただけではあるが、それでも本当にローザの溺愛もそしてプライドが生き物を飼うことに向いてないことも両方示された良い事例だった。

机と同化したローザの背を優しく摩りながらアルバートもまた音はなく溜息を吐いてしまう。異国の人間である自分もフリージア王国の王族はそういうものなのかと思ったが、実際はローザの幼少時代の反動だと知ったのは大分後のことだった。ローザが親に貰えたものは誕生日でも祝いの席でも必ず宝石一粒だったのだから。装飾品ですらない。

プライドはローザが与えれば与えるほどなんでも幅広く欲しがり、……そして逆に断ったものに限って頑なに欲しがった。


「何度でも言うぞローザ。お前が与えたいものであればそれで良いんだ。あの子も、お前が選んでくれたものならきっと喜ぶ」

「でもでもっ……今までプライドが私のあげた装飾品を身につけているの見たことないし…………」

だからそれは勿体なくて身につけられないだけだと……。と、アルバートとローザの会話を余所に、ヴェストは書類を順番に正しい場所へと片付け出した。

もう似たような会話を一週間続けている二人に、頼むから今度こそ結論にまで至って欲しいと望む。プライドの誕生日までまだ余裕があるとはいえ、拘りたい品であればあるほどに時間もかかる。業者を呼びつけ品を取り寄せるでも、職人にあつらえさせるでも、プライドの誕生日に間に合う為に泣くのは王族ではなく依頼された側である。

このままだとついこの前プライドの弟妹になったステイルとティアラにも先を越されるかもしれないぞと言いたいところを我慢する。


「アルバートは良いわね……。今年も変える必要なんてないもの。プライドもティアラも貴方が贈ってくれたドレスを毎年喜んで着ているわ」

「勿論、私は毎年あの子が一番似合うドレスを選んでいるからな。いずれ第一王位継承者になることも信じていた」

フフッと途端に自慢気に笑むアルバートに、ローザは指先で突く。

いじわるいじわるっと呟きたい気持ちを唇を噛んで我慢し、しかし結局アルバートの圧勝であると思い知る。同じ親なのに、こうも違うと敗北感もある。

ローザと違い、プライドに会いに行くようにしていたアルバートは今もプライドの好みはある程度わかっている。いつも自分が会いにいくと事前に伝えておけば、その時の一番のお気に入りのドレスで出迎えてくれたのだから。

ドレスを贈った後は、必ず自分の目に届くパーティーで着てくれている。

そしてローザから贈られた宝飾品を身につけない理由も、本人から聞いている。「せっかく母上に貰ったのに無くしたら」「ドレスは盗まれる心配ありませんもの!」と言うプライドは、本気で無くすことや奪われることを恐れているように見えた。

今まで一度も盗難被害に遭ったこのないプライドが、それでも頑なに無くすのを怖がるのはローザからもらった宝石だけだ。


「今年はティアラに贈るドレスとも似たデザインを発注した。といっても、ティアラに贈るのは来年だが。あの子も姉とお揃いの方が喜ぶ」

「貴方はいつもそうっ……贈り物は絶対に外さないんだからっ」

「お言葉だが、私が外さないのは愛する女性にだけだよ」

最初にティアラが受け取ってから似たデザインのドレスをプライドが受け取っても、きっと彼女は「妹と似たものにされた」としか思わないということもアルバートは理解してる。

だからこそ、プライドに贈ってから似たデザインをティアラに贈ると順番も間違えない。しかし、今ああまで仲睦まじい二人を知ると、順番はどちらでも良かったとも思う。


相変わらずの溺愛夫婦の会話を聞きながら、ヴェストは書類を最後の束だけローザの引き出しへとしまう。

いちゃつく夫婦の横を腕で押しのけ、引き出しを引っ張り収納した。夫婦仲が良いのは幸いだが、しかしそういう甘い台詞は夫婦の部屋でだけにして欲しいとたまに思う。

自分も愛する妻がいる立場のヴェストだが、アルバートの口調はあまりにも甘すぎて自分の口では参考にもできない。空気を敢えて戻すべく「ジルベールはまだ仕事中で良いのか」と尋ねれば、もうローザの下へ来る前に退勤を許可していると返された。

自分はこんなに悩んでいるのに、今日も冷静で厳しいヴェストにローザは涙目のままぷくっと小さく頬を膨らます。つり上げた化粧もうっすらと滲んでしまった目で睨んだ。


「ヴェストはっ、もう決めたのですか?毎年貴方だってプライドには本ばかりでしょう?!」

「プライドは私の娘ではなく姪だぞ。王女として教養や知見を広げる為に本を与えることの何がおかしい?それに、もう今年は違うものを準備済みだ」

「!流石だなヴェスト。私達の可愛い娘に一体何を用意してくれた?」

初耳の情報に、これにはアルバートもそしてローザもヴェストを注視する。

毎年ヴェストがプライドやティアラに与えるのは本ばかりである。それはプライドが我が儘な頃から、そしてプライドにもティアラにも変わらない。今後誕生日を祝うことになるステイルに対しても変えるつもりはない。


しかし今回はヴェストも急ぎ本ではなく、新たに贈り物を発注した。

プライドが王位継承者として認められてから一週間以内に改め、検討し、決めた。ステイルへの扱いでプライドが心を入れ替えた片鱗を見せた時点で、いつかは誰かがプライドに与えるべきと考えていた品だ。

尋ねる二人を前に、ヴェストは帰宅の準備を進めながら贈り物の内容を伝えた。最初こそ意外そうに目を丸くした夫婦だが、その用途を聞けばようやく納得の頷きを返す。

自他共に厳しいヴェストらしい、贈り物だと思う。そして〝今〟のプライドだからこそ贈ろうと思ったのだろうとも。


「今後第一王位継承者としての全てを必要とされるあの子には、そういう物も考えも必要だ。ローザ、お前もプライドのことを何も知らないわけではないだろう。成長し変わったあの子が望むものを、アルバートと今夜中に考えろ」

私は帰る、と。上着もしっかり着込んだヴェストはアルバートにも一言挨拶を告げ、退室する。

女王の義弟として王宮にも寝泊まりできる部屋はあるヴェストだが、妻子がいる今は王居内の別の宮殿が我が家だ。

すまなかったな、お疲れ様ですと、アルバートとローザからも言葉を返しヴェストを見送った。始終厳しかったヴェストだが、最後に参考になる言葉もくれた彼は本当に面倒見も良いとアルバートは微笑む。

愛する妻の肩にそっと腕を回し、柔らかな表情で顔を近づけた。愛する娘の為に心から悩む妻と、お互いに納得できるものを選ぼうと決める。

アルバートの優しい口付けを受けながら、ローザもまたヴェストの言葉を心に留めた。幼い頃ではなく今のプライドをもう一度考えようと。




『ははうえ、わたしもほしいです』




本当に欲していたのは、何か。




…………



「お誕生日おめでとうプライド」


「ありがとうございます父上……!」

プライド九才の誕生日。式典までの準備に忙しい合間を縫って今年も会いに来てくれた父親に、プライドは目を輝かせて受け取った。

ステイルもティアラも各自の部屋で忙しい中、プライドもこの時だけは全てを中断する。それは前世を思い出す前から変わらない。

ただ、違うのは今年は父親からの贈り物にはしゃぐプライドへ侍女達の目も暖かいことだ。以前までの緊張と張り詰めた空気から一転し、今は誰もがはしゃぐプライドに安心した笑みを向けているのがアルバートにもわかった。


「ローザとヴェストからも預かっている。二人もこの後の式典を心から楽しみにしていると話していた」

一つひとつ両手で父親から受け取りながら、テーブルへ置く。

前世の記憶を取り戻した今でも変わらずプライドの胸はときめいた。自分の記憶では、厳しいヴェストや母親から贈り物を貰える貴重な機会だ。「ありがとうございます」と言葉を返しながら、やはり一番最初に贈り物で手に取ったのは届けに来てくれた父親からの品だ。

包装から出したドレスは、今年もプライドが目を輝かせるデザインだった。去年よりも少し大人っぽくそれでいて愛らしい装飾に胸が弾む。前世を思い出してからあまり派手なものは好まないプライドだが、それでも好ましいと思う。子供っぽい派手さではない、憧れた大人の派手さを込められたドレスだ。


「すっごく気に入りました!また次のパーティーで必ず着ますね!」

「それは良かった。実はここだけにして欲しいのだが、来年のティアラの誕生日にはお前のと似たデザインを贈ろうと考えている。どうだ?揃いは気が引けるならやめておくが」

是非っ!!と目を輝かせるプライドの笑顔は間違いなく本物だった。

ティアラとお揃いなんて嬉しいに決まっている。自分が貰ったドレスは大人っぽいデザインだが、ティアラが着たらどうなるんだろうと今から夢が膨らんだ。自分の着るドレスとティアラの着るドレスは系統が違うとは思うが、可愛いティアラなら何を着ても似合うとも、そして父親の趣味ならば間違いなく外さないという信頼も相まった。


楽しみです!とまるで自分のことのように笑顔を返すプライドに、アルバートも鋭い目を柔らかく緩ませた。母親譲りのウェーブがかった髪に指を通し、撫で下ろす。

満面の笑みを返してくれる娘は意味も昔も愛おしい。

一度ドレスを慎重にテーブルへと置けば、次に手に取ったのは本の大きさをした包みだ。父親に言われずともこれが叔父からの贈り物だろうと検討付けるプライドに、アルバートも何も言わなかった。慎重に包みを開き、そして中身が本ではないと知る。


「こちら、ヴェスト叔父様からでは……?」

「ああそうだ。中にカードも入っているからきちんと読むようにとのことだ」

小首を傾げたプライドは、ローザからの贈り物と間違えたのかと思った。

包みの中身は王女であるプライドには見慣れた小箱だが、しかしヴェストから貰ったことは一度もない。渡す品をヴェストが間違えたのではないかと考えながらプライドは箱を開いた。そして中に入っていたのは


煌びやかに輝く宝石だった。


ずらりと並ぶ同色の宝石が均等に小箱の中に並んでいた。

大きさこそ小粒だが、宝石の価値をまだ目利きまではできないプライドでもわかる上級品である。一粒でも指輪にすれば王族でも誇って身につけられる宝石が、しかも十粒も入っていたことにプライドは目を見開いた。自他共に厳しい叔父には信じられない大盤振る舞いである。

まさか娘や妻への贈り物と間違ったのではないかと、プライドは声を震わせながら父親に尋ねたが、間違いなくプライドへの品だった。

もともとプライド達への贈り物も王族である叔父が予算を削って選んでいたわけではない。あくまで相応しい相手に相応しい品を選んでいるだけだ。

更に同封されていたカードを手に取れば、そこに記載されているのはヴェストの字だった。誕生日おめでとうの一言の後に綴られた次の一文にプライドは目を溢れそうなほど丸くする。


『この宝石はお前用ではない』

なら何故私に、と。流石のプライドも疑問が浮かぶ。

誕生日のイタズラかと思いつつ、しかしそんなことをする愉快な叔父ではないことも知っている。むしろ人の誕生日にこんなイタズラをするなど、厳粛な叔父が嫌う類いだ。

父親に大きく振り返りたい気持ちを抑え、まずは最後まで読んで考えるべく続きの文面を目で追う。


『第一王位継承者として今後関わる使用人は増えるだろう。その者達に与えたいと思った時に使いなさい』

宝石を贈るのは今回が最初で最後。時間を掛けて大事に使いなさいと、そう綴られた文面を読み切ってようやくプライドも頷いた。この大きさなのも、ヴェストからとは思えないほど高価な宝石が十個も揃えられていることも全て理解する。

つまりは自分の為ではなく自分が今後お世話になる相手に褒美として贈る用の宝石ということだ。最後の一文には『九粒正しく使い終えたら最後の一粒は自分で取っておいても宜しい」と書かれていれば、やはり間違いなくヴェストからの贈り物だった。

九才の誕生日に九粒と自分用に一粒だ。

端の一粒を摘まんで日の光に照らせば眩く光った。王女として宝飾品は見慣れたプライドだが、しかしこれからの誰かに贈るものだと思えば、さらに輝いて見える。


「気に入ったか?」

「はい!とても。大事に使わせていただきます」

嬉しそうに微笑むプライドの反応に、きっとヴェストも満足するだろうとアルバートは安堵する。

プライドに厳しい目も忘れていないヴェストだが、しかしこれをプライドに贈るということは彼女のことを認めた証だろうと考える。

少し昔のプライドなら間違いなく宝石十個全て自分のものにするか、もしくは「人に与える用」と知った時点で笑顔を強ばらせていたのだから。しかし今のプライドは心から使用する日を楽しみにしているように宝石を見つめている。試しにアルバートから「もう贈りたい相手はいるか?」と尋ねれば、笑顔が返ってきた。


「ですが、ヴェスト叔父様から頂いた貴重な宝石ですから、きちんと考えます」

それが良いと、アルバートに頭を撫でられながらプライドは既に三名の使用人が頭に浮かぶ。

今後九人も会えるかを考えれば、今すぐにでも侍女のロッテとマリー、そして衛兵のジャックに贈りたいと思う。前世を思い出した直後とても怯えさせてしまったのに優しくしてくれた侍女二人にも、そして自分の立場を悪くしてでも窓から自分を引き剥がしてくれた優しい衛兵にも。

ステイルの部屋に訪問した時のことも秘密にしてくれる彼らは、プライドにとってもう身近な存在でもある。

しかし、自分にとっては身近な存在でも、今まで酷い扱いをしてきた姫様から宝石なんて安心して受け取れないだろうとも自覚がある。もっと時間をかけて、宝石を安心して受け取ってもらえるくらい仲良くなったら、もしくは三人の他にも親しい人に出会えるかもしれないと想像を膨らませればこんなに早く使うのは勿体なく思う。せっかく叔父からの品だ。ちゃんと相手も状況も見極めようと心に決めた。


─ 大丈夫。まだ九年あるんだもの。


一年に一個ずつくらいのペース、もしくはそれまでに使い切れれば良いと、そう思いながらプライドは静かに笑んだ。

一先ず、使用人というのなら愛する弟妹に贈るのは駄目ねと思いつつ、そっと小箱の蓋を閉じた。王族である二人は宝石を自分から貰ったところで生活に困っているわけでもない。

今後またもっと自分が褒美を与えたいと思う相手が現れる可能性も、お詫びをしたい相手が現れる可能性も皆無ではない。


最後に、残された包装にプライドは目を向ける。父親、叔父と続き、最後は女王である母親からの贈り物だ。

今年はどんな宝飾品かしらと、楽しみに思いながら包みを開く。

フリージア王国の代表的な宝石をあしらった宝飾品は、前世を思い出すまでは楽しみと落胆がまざっていたことを覚えている。


母親から貰える宝飾品はどれも誰にも絶対渡したくない品だったと同時に、……またこの宝石かと気落ちした。

宝石が嫌なのではない、しかし毎年同じ宝石で、しかもフリージア王国では珍しくない宝石を選ばれたことは子どもながらに〝手抜き〟と〝お前にはこの程度で充分〟と言われているように感じてしまった。

宝石にそれほど興味がまだないプライドだが、女王である母親から貰うならもっと稀少で貴族でも簡単に手に入らないような宝石を用意できた筈なのにと思っては一人で勝手に苛立った。


しかし今はもう、そうは思わない。フリージア王国だからこその宝石の良さも感じれば、何より毎年自分の為に職人に依頼してまで世界に一つの宝飾品を、そして贈り物を用意してくれるだけで充分ありがたい品だと理解する。相手は母親である前に国の女王なのだから。

普段よりも大きめの箱は、中身の影響で重さもあった。箱を開ける前から中身が何かと予想を巡らせるプライドは視線を宙に浮かせて、小首を捻る。

ネックレスかしらとも考えるが、それにしては重い。この大きさならまさか靴かしらとあたりをつけ、そこで箱を開いた。そして、収められていた品に今日一番大きく目を見張る。


「冠……?」


違うと、自分で呟いておいてすぐに思考が否定した。女性用の頭飾りだと再認識する。

アルバートからもそう説明されれば、頷きながらも両手で手に取りまじまじと眺めてしまう。黄金と宝石を遇われた立派な頭飾りは、ヴェストの宝石十個を凌ぐかもしれないほどの重厚感と高級感に満ちていた。

タイミングを計った侍女がそっと彼女の視線が届く位置に鏡を翳してみせたが、プライドはそこで頭の上に翳す前に気付く。手に持った時の重さから違和感はあったか、鏡にかざせばもう確信だった。

八才の自分の頭には大きすぎる。それこそ玩具の作り物のように、自分の頭に乗せても不格好に見えてしまう。

まさか大きさを間違えたのかと怪訝な顔をするプライドに、今度は鏡を翳した侍女も気まずく顔色を笑顔を維持したまま変えていった。痛恨の過ちかと見守る使用人の心臓がはやる中、アルバートは小さく笑い声を漏らしてから娘の重そうな頭飾りに手を添えた。


「これは〝今〟のお前用ではない。これを飾るに相応しい王女になるようにと、ローザから伝言も預かっている」

「!ありがとうございます……!」

なるほど!と眉を上げたプライドは父親の手と共にゆっくり頭飾りを手元に下ろす。

鏡を見たときは前世で子どものお姫様冠を思い出してしまったが、母親のミスではなかったことに先ず安堵する。せっかく今年は母親からの贈り物も心から喜びたいと思っていたところだ。

しかも、未来の自分を期待して贈ってくれた母親からの贈り物に胸が浮き立った。今は頭の大きさに合わないが、九年もすれば間違いなくきちんと嵌められると思う。

楽しみです!と声を弾ませたプライドの笑顔を見つめながら、アルバートはローザが決めた時のことを思い出す。


『以前、プライドに女王の王冠をねだられた時にはあまり良い断り方をしてあげられなかったから……』


欲しい。と、まだ欲しがりだったプライドに言われた時の胸の痛みを今もローザは覚えている。

ちょうど、予知をきっかけにプライドと距離をおくべきか考えていた頃だ。たとえ今のプライドにねだられても、女王の証である冠は渡せない。しかし、似たような頭飾りであれば与えられたにも関わらず、当時のローザはただただこの冠が、いつかプライドに渡ると断言するのが怖かった。

成人したら、大きくなったら、まだあげられないの。そのどれも口にするのが怖く、思わず言ってしまった言葉は。


()()()()()だめ』


プライドのいつもの欲しがりだと頭ではわかっていた筈なのに、まるで拒むようにそう言ってしまった。

自分が断ったら余計にプライドが欲しがるとわかっていたからこそ余計に強い口調になってしまった。当時まだ幼かったプライドは覚えていないだろうと思うが、零れ落ちそうなほど丸く開かれた紫色の瞳と、そして直後に泣いて喚いた娘の姿をローザは頭に焼き付いている。

だからこそ、今度こそ。同じものは贈れないが、女性になったプライドに似合うような素敵な冠の頭飾りをと。いつかあの子が被るに相応しい女性に、王女になることを信じて。

そう語ったローザに、アルバートも賛成した。……が、アルバートは知っている。プライドが今も昔も泣くほど欲しがったものは全て



ローザとお揃いにしたかっただけなのだと。



ドレスすら、プライドは昔から母親の来ていたドレスを意識したものを次から次へと好む傾向があった。

ローザが薔薇の装飾で現れれば、翌日には薔薇のドレスや装飾を好み、ローザが豪奢なドレスで式典に現れれば、翌日には豪奢な装飾やドレスを好むようになった。

白馬も、その前にローザがアルバートと乗馬を嗜んでいた肖像画を目にしたから。王冠も単にローザが身につけていたからで、王冠そのものに執着していたわけではない。


「この頭飾り、母上のものに少し似ていますね」

プライドは当時のことを覚えていない。だが、少なくともその気持ちは確かに伝わっていると。

顔を綻ばせ、今は被ることはできずとも鏡越しに当てて微笑むプライドを見て、そうアルバートは確信した。



……



「保管用のケースと飾り方はマリーに任せて良いかしら」


素敵なのをお願い、と。配置を考えながらお願いした私が専属侍女達と共に訪れていたのは自分専用の衣装保管室だった。

入り口の前で控えるアラン隊長とカラム隊長、そして近衛兵のジャックも護衛として見守ってくれている。

プラデスト潜入最終日。プラデストから無事帰還した私は、ロッテが持ってくれる長細い箱を最終的に過去の運動着が飾られている並びの傍らに配置を決めた。

私からの依頼にマリーも「承知致しました」と一礼で返してくれる。2人には箱の中身も衣装保管室に入ったところで安全のために確認してもらっている。使用する用の衣装ではなく、飾る為の品であれば安置と鑑賞の為に入れ物も相応しい物を用意する必要があるからそのお願いだ。

すぐに用意はできるだろうけれど、一先ず配置だけでも仮決定する為貰ったままの箱で定位置へと安置した。


毎年のようにマリーとロッテに繕ってもらった運動着は大事な宝物だけど、第一王女の私物として目立つわけにもいかない為に衣装保管室の一番奥だった。

目的を達成して部屋を出るべく歩きながら改めて保管した衣装を眺める。過去に来たドレスだけではなく、直属の刺繍職人による衣装や刺繍も皺一つなく並べられている。お気に入りに関わらず背中をパックリ綺麗に切られてしまった衣装も、背中を補修した後はこの部屋に保管される予定だ。


「本当、いつ見てもこの部屋は飽きないわ」

自分で言いながらフッと自然に笑みが溢れる。

私にとってお気に入りの思い出深い品ばかりが保管されたこの部屋は特別でもある。王女として、衣装部屋に自ら赴かずとも専属侍女に衣装の出し入れも配置も任せることはできる。それでもやはり、中の品々を眺めたくて何度も足が向いてしまう。


「?どうかしましたかプライド様」

途中、ふと足を止めてしまった私にロッテとマリーが背後で尋ねる。

一点を注視した先は、小さなサイズのドレスの並びだった。今の背丈になるまで、一年ずつ成長ごとに大きさが順番に異なっているその列は、毎年の誕生日に父上が贈ってくれたドレスだ。

自分の好みだけでなく身体の大きさにもぴったりのドレスを眺めれば、自分でも小さな背だった頃はあったんだと再認識する。ついさっき年齢操作で着ていた服が元の年齢に戻った途端身体に合わないのを恐ろしく痛感した後だ。

子どもの頃はこんなに小さいドレスも着れたのだと、当たり前のことがなんだか不思議な感覚になる。


「なんだか懐かしくなっちゃって。ティアラも持っていてくれているかしら」

このあたりとか、と。手に取ったのは九歳の誕生日に貰ったドレスだ。

それまでのドレスも毎年自分が着たいデザインのドレスを用意してくれて、ドレスも勿論嬉しかったけれど、父上が自分のことをわかってくれているのが嬉しかったことを昔から今も覚えている。


九歳の頃は翌年のティアラの誕生日に私のドレスに似た上で異なるデザインのドレスが送られた。

初めて父上から渡された時、すぐに私のドレスに似た衣装だと喜んで跳ねていたティアラはすっごく可愛かった。しかも私のドレスは私に、ティアラのドレスはティアラに合ったデザインにしてくれたのもさすが父上だと毎年思う。全く同じじゃないのに、並ぶとデザインが共有しているのだもの。

私の言葉に、マリーも「間違いなく大事にされておられると思います」と断言して、ロッテも頷いてくれた。

懐かしいドレスを指先でするりと撫でてから、とうとう衣装保管室を後にする。九歳の頃を思い出せば、また別のものが気になった。

扉を通して今度は寝室に入り、棚の引き出しから小箱を取り出す。父上がくれた初めてのティアラとのお揃い風ドレスと同じ、九歳の誕生日にヴェスト叔父様がくれたものだ。毎年本を贈ってくれる叔父様だけど、この年だけは宝石を贈ってくれた。




今は一粒しか残っていないのだけれど。



『マリー、誕生日おめでとう!』

最初に使った相手はマリーだった。専属侍女、そして近衛兵になってくれた三人への誕生日祝いの記念すべき最初の一回目はヴェスト叔父様の宝石を使ったブローチにした。

ヴェスト叔父様も宝石を贈る用というだけで用途は指定しなかったし、大事な三人へのお礼と感謝を込めて使うべきだと思った。

ただでさえそれまでずっと、贈るべきタイミングと相手を計りかねていたから。あの三人を置いて他の人に渡せない気持ちも強くなっていた。

そして騎士達……にも贈りたいことは山のようにあったけれど、それは自粛した。あのヴェスト叔父様は単に渡したい人にだけではなくて指定していたもの。社交界関係ではなく使用人……つまりはあの宝石を必要とするような人達にという意味もきっとある。

少なくとも上級層に位置する貴族や高級取りの騎士は、省かれる。配達人のヴァルにも仕事や業務外の功績の度に相応しい報酬は渡している。

最終的には、前世を思い出すまでに私のせいで城を止めることになった侍女達に贈った。


ティアラ十六歳の誕生日を迎える前に。


私の宮殿から持ち場を離れた侍女達も含めたらもっといたけれど、城自体から去った侍女を調べたらちょうど六人だった。……十個中ちょうど過半数になる六人。

ヴェスト叔父様も最初からわかっていてこの数にした気がしてならない。私だって、その侍女達の名前と消息と行方を調べるのすごく時間掛かったのに。

悪知恵働く記憶力の良いラスボスチートな頭脳は、辞めた侍女のことは名前どころか顔も存在すらも殆ど忘れてしまっていた。

きっと、ヴェスト叔父様は私が九歳の時点で全員のことを把握していたのだろう。叔父様にも子どもの頃から性格の悪さが透き抜けていたもの私。いくら隠そうともヴェスト叔父様を子どもの私が騙せるわけがないと、今なら確信できる。むしろ父上と母上にもバレていたに違いない。


貴重な、叔父様から貰えるのは最初で最後の宝石。私も一つは大事に取っておきたかったけれど、気付くのが遅れたら私の分どころか足りなくなっていた可能性もあるのがまた恐ろしい。それも全て含めての自己責任ということだろう。


贈った侍女達からは六人中三人からは御礼の手紙があった、けれど……その手紙を私がきちんと読むことができたのは届いてから大分後のことだった。

本当、当時マリーが手紙全部保護しておいてくれたことには感謝しかない。流石ベテラン侍女。

更にはそのうちの一名からは書状はなくて封筒に宝石だけがそのまま返却されたから、本当に自分のやったこおを思い知る大事な機会まで逃すところだった。恨みに時効はないことは私もわかっている。

そして返品された宝石が、今私の手元に残った宝石だ。今後の為にもこれは教訓として大事に持たせてもらう。


そして誰にも渡さなかったままティアラの十六の誕生日以降も手元に残り続けていた宝石は、……とある衛兵に受け取って頂いた。

デズ先生にも渡したかったけれど、王室教師も騎士ほどではなくとも高級取りだし城から既に手当てと慰謝料諸々も受け取っていたから、やっぱり衛兵に渡させてもらった。

彼らは怪我をしても業務内の怪我じゃ治療や保障はさておき慰謝料は貰えないもの。たとえ怪我させたのが第一王女であろうとも。

当時のことは本当に思い出すのも怖いけれど、近衛騎士達がいてくれなければ宝石十個でも足りなかった。衛兵はずっと遠慮してくれたけれど、本当に切実に伝えたら最終的には受け取ってくれた。


「……また、自分で揃えようかしら」

「プライド様、その場合は〝褒美用〟のつもりで控えて頂けますと幸いです」

思わず呟いてしまった私に、マリーから静かな声がかけられる。振り向けばマリーだけでなくロッテまで強い眼差しで二回も私へ頷いてみせていて、これには苦く笑ってしまう。

城を去った侍女達についてはステイルにもティアラにも隠して自力で調べたものの、専属侍女の2人は私が宝石をどう使ったか全て把握している。

今後用も全てを全て〝お詫び用〟に用意してしまっては、また同じ過ちをすると言っているようなものだ。


そうね、と言葉を返しつつ、小箱の蓋を閉じた。

元の場所にしまった後、また入れ替わりにもうひとつの小箱を取り出す。九歳の頃に貰った品のうち、もう一つ。母上から貰った頭飾りだ。

頭飾りを母上からもらったのはこれが初めてで、……少し前までは最初で最後でとも思っていたから宝飾品保管庫にではなくこれも宝石と一緒に手元に保管していた。ティアラやステイルがくれた贈り物と同じ、高級でも保管庫ではなく手元に置いておきたい品のひとつだ。

小箱を開いた途端、さっきまで黙していたアラン隊長が「あっ」と明るい声を漏らした。

顔を向ければ懐かしそうな明るい声と共に笑いかけてくれる。装飾品に興味ないアラン隊長も、この頭飾りは覚えてくれているらしい。



「十八の誕生祭でも被っておられた冠ですよね。お似合いだったのでよく覚えてます」

「アラン、あちらは頭飾りだ。冠ではなく呼び方も正確には──」



アラン隊長の言葉にカラム隊長が訂正する中、当時のことを思い出して照れ笑いしてしまう。

あれから九年。自分の誕生日で、この頭飾りがぴったり身に付けられた時はすごく誇らしい気持ちになった。

王女が頭飾りなんて珍しくもないし誰も気にしなかっただろうけれど、ドレスよりも私は自慢だったかもしれない。だって……

「ええ」とアラン隊長達へ身体ごと振り返る。両手に頭飾りを持ちながら、胸を張って心から笑ってみせる。

あの時はあれが人生最大の晴れの舞台くらいの気持ちだったけれど、これからまたこれを身に付けても良い日が来ることが嬉しい。




「特別で、お気に入りなのっ」




褒められたことが嬉しくて歯を見せて子どものような笑い方をしてしまう。

きっと憧れは、あの時から変わらない。


頭飾りは書籍8巻表紙を想定しております。


三部もなんと百話に到達致しました。

本当にいつも皆様ありがとうございます。


こうして百話重ねることができたのは、本当に皆様のお陰です。毎回感謝しかありません。

今後とも何卒よろしくお願い致します。


心からの感謝を。

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