表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
160/289

Ⅲ96.侵攻侍女は朱に染まる。


「本当にアレスがやってくれるの……?」


ここで?と、プライドは背凭れのない椅子にかけながら問いかける。

衣装を無事選び、レラに手伝われながら一度締めきったテントで着替えを済ませたプライドは折角の衣装に皺が付かないようにと姿勢を正す。次の仕事に戻るべく急ぎ足になるレラに手を振った後はきちんと両手を邪魔にならないように膝の上に置いた。

衣装選びから潰れて動かないステイルは、テントの前から依然として動かない。あくまでプライドの身の安全は確認すべく意識の半分は向けているが、残りの半分は未だ混沌としたままだ。

あんなところで前のめりになってしまった自分も、同姓であるアレスが平然としている中で一人動揺を露わにしてしまったのも引き摺る要因になっていた。


「他に誰がやんだよ。心配しねぇでもアンジェにも何度もやったことがある。それよりフィリップはあのままで本当に良いんだな?」

「え、ええ。ちょっと大きい声を出しちゃったことを気にされているだけだから……。アレス、器用なのね」

「いやだからそういう……もう良い黙ってろ顔筋肉動かすな」

ちらりと目だけをステイルに動かしたプライドだが、きっと衣装で大声を出してしまったのを恥らっているのだろうと考える。

仮にも雇い主役とはいえ、女性の着る服をあんなに大声で確定させてしまうのを社交界に鍛えられているステイルが恥らうのも仕方がない。まさかステイルがこういう衣装が好きとは思わなかったとこっそり思いながら、プライドは笑いそうな口元をきゅっと引き締める。

化粧道具を構えるアレスがやりやすいように目も閉じた。


プライド自身も今の衣装は気に入っているから良いが、ステイルにまであんなに押し出されるとは思わなかった。……つまりはそれだけアレスとレラに勧めてもらった衣装が根本的に自分には似合わなかったことかしらと思えば溜息が出そうになる。

プライド自身アレスの選んだ衣装はともかく、レラが最初に選んだ方の衣装はわりと自分でもアリかと思いかけていた分あのステイルの前のめりには戸惑いもあった。もうあそこまでステイルにしては珍し過ぎる大声主張で勧められたら、たとえ自分が気に入っていなくても選ぶしかない。

今の地味に偽装された姿に似合うかどうかはわからないが、本来の姿が見えるステイル達に見られてドン引きされる方が避けたかった。


「ったく、こんな衣装じゃなくて普通の衣装にしとけば良かったのによ。レラも最後に余計なことしやがって」

「せっかく選んでくれたのにごめんなさい。けどこの衣装も」

「しゃべるなっつってんだろ口に突っ込むぞ」

ン、と。アレスの注意にプライドはうっかりフォローを入れようとした唇を絞る。口に化粧紅を突っ込まれては堪らないと肩まで強張らせながら黙す。

つまりはこのアレスの文句を黙って聞いていろということだろうかと考えながら解放を待つことにする。まさかレラではなくアレスに化粧までしてもらうことになるとは思ってもいなかった。


ゲームの記憶を思い返せば、確かにゲームでもアレスが誰かに化粧をしてあげている場面はあった気がする。それが主人公か攻略対象者かモブかはわからない。

ただ化粧ができる理由に「できること増やしただけだ」と告げていたようなとぼんやり思いだした。

ゲームでも攻略対象者でも粗雑そうな印象があるアレスが、そういう細かい化粧とかができるというのが辛い過去に相まって第四作目では人気が高い登場人物だったな思い返す。


─ まぁ王道攻略対象者だものね。


「化粧も派手で、顔も派手。それの何が文句あんだよ。開演すりゃあ地味で恥かくのはお前の方だぞ」

そういう立ち位置も素直に人気が高い理由の一つだったのだろうと考えながら、アレスの言葉を黙して聞くプライドは顔にかけられた粉に息を止める。

よくよく考えれば口紅なんて一番最後じゃない?とそこで思ったが、余計なことを言われれば順番関係なく口に突っ込まれる気がしてならない。その途端、自分も未知の味を知ることになるだけではなく怒れるハリソンが不敬罪と判断することも容易に考えられた。


目は閉じていても、アレスの手並みが上々であることはプライドも感覚でわかった。常に王女として化粧師や侍女に整えられる側でその腕前の良し悪し程度はわかる。少し乱雑な手つきは否めないが、それでも迷いも手の震えもなく、そして化粧の順序も的確だった。

サーカス用の化粧といっても典型が一種類なわけでもないにも関わらず、一瞬で化粧を決めて仕立てられるのはすごいとプライドは口に出せない分胸の中で賞賛する。ある意味これも彼のゲームのチートかしらと考えてしまえば、うっかり口元が小さく笑いかけた。


「あとなぁ、でかいのも気にしてるっつったけどそれだってウチの女演者の中じゃ武器だし羨まれてんだぞ」

ピクッ、アレスの一単語に正直に右肩が上がってしまう。

口の中を噛みながら表情に出さないように瞼の裏に集中するプライドだが、化粧を施すアレスはプライドの顔全体が緊張するように張り詰めるのがすぐにわかった。

顔やかみこそ素朴な彼女だが、色をつければ一気に化けることはアレスも衣装を選ぶ前から想像できた。ただでさえサーカスの衣装と化粧だけで化ける人間は多い。

むしろ、サーカスでは女性が自分を卑下する場合は、身体能力や体格だ。


「背が高ければ客の目も引くし動きも目立つ。足が長けりゃ見栄えも良い。しかもお前みたいに細いのにガリじゃねぇで胸もあれば貧相にも見えず健康的にも見える」

「ンンンン!!」

セクハラ!と唇を絞ったまま言葉に出せない分前世で知る言葉を喉だけで発声する。

目を開ければ鼻の先にいるくらい近い距離にいるアレスからの堂々とした身体的特徴の指摘や女性蔑視にうっかりムカつきが立つ。

「褒めてんだろ」とジャンヌが何を言っているかはわからないまま文句だけを汲み取ったアレスは眉を顰めながら次々とジャンヌの目の周りを中心に変えていく。こんなに褒めてやっているのにジャンヌが怒る理由の方がわからない。


「サーカスの演者でも女は特にこういう体型がバレる衣装が多いからやっぱそりゃ見られる。けどお前の場合は絶対見られて馬鹿にする客はいねぇよ」

ガンガン!!と、言葉に出せない代わり足で今度は抗議する。地面を踏み鳴らし、最後は軽くだがアレスの足も探り探りで軽く蹴った。

慰めてくれているような口調のアレスに対し、プライドはやはり不満でしかない。慰めてくれるのは嬉しいが、体型については気にしているのは他の誰でもない自分だ。

その体系が他の人に見られバレるのが気にしている人間にとってどれだけのコンプレックスか!!とプライドは頭の中で演説する。

子どもの頃は胸がないお子様体型に恥じたこともあれば、いざ胸がつき女性らしい体格になれば着れる服がオーダーメイド以外難しいことも多くなって気になったこともある。王女という立場上はサイズ調整やオーダーメイドに問題はないが、視察でドレスに目を向けても試着できなかった時の恥じらいは忘れない。突っかかるのが足だろうと尻だろうと腹だろうと胸だろうと恥じらいは一緒である。

今回の衣装は動きやすさ重視のものだからこそ伸縮性ともともとの露出による布面積の少なさやデザインに助けられたが、伸縮性ほぼ皆無が多いドレスでは基本サイズの仕立て直しが多い。


「大体なんだこの肌。気持ち悪いくらい化粧の乗りも良いのになんでこんな地味で済ませてるのかわかんねぇ。金あんだろお前の雇い主にもっと化粧させてもらえ」

それは本当の人相がどギツくて今は地味に徹したい最中だから!!

そう心で叫べば今度は眉が動いた。ぐぐっと眉の間が狭まるプライドに、アレスから「褒めてんだっつーの!」とその中心を指で突かれた。途端に殺気のようなものを一方向から感じプライドも慌てて眉間の皺を伸ばす。目も閉じて動けない今、どうやってハリソンを止めれば良いかもわからない。

会話とも呼べない一方的な語りを聞きながら、アレスの手だけは順調にジャンヌの顔へ化粧を施していく。鼻の高さだけが触れた途端に妙に予想より高い位置にある錯覚を覚えたが、雑なアレスは気にしない。

本来のプライドではなく、あくまで侍女で地味な顔立ちの女性に相応しい化粧がものの十分で終了した。

よし、と。アレスの言葉と肌から口紅が離れていく感覚にプライドも目を開く。鏡を見れば、自分の目に見える〝ジャンヌ〟に相応しく輝いた化粧顔が自分へ目を見開いていた。頬に指先を添えながら「これが私……?」と前世の漫画のような台詞を言いたくなった。


美醜の問題ではなく、やはりサーカス向きの濃厚な化粧は仮面要らずで人相や印象も丸ごと変えるのだと身をもって実感できた。





…………そして。





「おい!フィリップ!!お前っ、なんでジャンヌさんにわざわざああいう格好っ……」

「うるさい……俺がどれだけ必死になって回避に動いたと思っている……」

コソコソ!!ボソボソボソ……と、新入り二人がひと固まりになって囁き合う。

真っ赤な顔のまま声を最小減に落としつつ叫ぶアーサーに、ステイルも熱い頭を片手で押さえながら顔を顰めた。これでも最大限苦労した結果だと本当なら声を大にして叫びたい。

プライドの姿に直視したまま唖然としてしまったアーサーだが、未だにまともに彼女の顔も見れない。サーカス自体見たこともないアーサーは、どうしてプライドにあの格好をさせるのをステイルが良しとしたのかもわからない。

確かに似合う。ものすごく似合っていると、アーサーは頭の中で事実を繰り返す。彼女の本来の姿が見えているアーサーの目にはプライドの化粧もアレス達とは全く異なって見えていた。化粧も、悪いわけではない。ただその顔でその恰好をと合わされば、アーサーの頭が少し混沌しかけた。


「もっと別にあったろ!アンジェリカさんの衣装とか普通のも!!」

「俺だってこんなことになるならアンジェリカさんと同じ演目を考えた。……ジャンヌの演目だとアンジェリカさん以上に動きやすさ重視らしい」

二人が言い合う間もアレスと団長は気にしない。先に回された宣伝回り用の荷馬車の中身を確認し、二人だけでも順調に確認と準備を進めていく。

距離の置いた位置で二人のこそこそ話をハラハラと内容も知らず見守るプライドは、きっと自分への駄目だしかしらと思う。

二人に限って自分を丸ごと否定することなんてないとは思うが、今回アレスやレラが選んでくれたのはあくまで仮の自分。全く別人に化粧と衣装選びを施した惨状を本人もわからない今、優しい二人も言いにくいのだろうと考える。それこそピエロレベルにまで面白おかしい化粧になっている可能性もある。

アレスの腕の問題でもなく、ただただ自分と正反対の化粧の結果なのだから仕方ないとは思うがやはり想像すればプライドも頬が熱くなった。しかし鏡を見た元地味顔の自分はちゃんとサーカス団員らいし見栄えだったと思い返せば、文句も言えない。自分のごく一部の関係者以外に見えている顔は鏡の向こうの自分なのだから。


「いやそれでももっとなんつーかあんな胸強調するような衣装じゃなくてっ……」

「ならばお前はこれをジャンヌさんに着ろとでも????」

遠慮なく相棒相手に異議を唱えるアーサーに、ステイルの血管がまた一つ浮き立った。

小脇に抱えていた衣装から自分用ではない方の衣装をそのままアーサーへと押し付け渡す。プライドが今の衣装で決めてくれた時点で、何も知らないアーサー達には絶対自分が傍にいながらと疑問を抱かれるのも予想できていた。

自分がこれでも健闘したのだと見せつける為、策士は当然対抗策も所持していた。


ステイルに付き渡されたその衣装をアーサーは首を傾けながら両手で受け取った。小脇に抱えられたまま少しクシャついていた衣装を手に取れば、広げる前から女性用の衣装であることはわかった。

ヒラリと大きなレースや煌びやかな布、何よりも鮮やかなピンク色の布地はそれだけでアーサーにも女性ものの印象が強い。ステイルの言い方から、これが本当は一番の候補だったのかと考える。

ぴらりと、両手で端だけ持って広げれば、…………次の瞬間に全身がビクリと跳ねた。


「ッッッッッッ?!?!?!!」

「この衣装でも他と比べたら露出をかなり押さえた方だったとジャンヌは納得しかかっていた」

これで、と。低い声でステイルが追撃すればアーサーは直視もできなくなり慌てて二つに折ったそれをステイルに押し返した。

頭ではちゃんとした上下繋がりの衣装だとわかっているのに、あまりの露出と密着する布地感に女性の下着を手に取ってしまったような錯覚を覚える。

軽く手に取るだけでもわかるほど布地が薄く、しかも四肢を根本まで露出した上での申し訳程度のミニスカート。そのスカートすら透けた生地を重ねたものの所為で向こう側が見えてしまうほどに心ものない。

何より、胸を強調するどころかがばりと開いていた。鎖骨から胸の間まではっきりと露わになる衣装はどう考えても淑女が着て良い露出を超えていた。

男性物のシャツでも上からボタンを三つは外していないと同じ露出にならないとアーサーは思う。そして、そんな露出の格好をプライドが着ればどうなるかと、……考えそうなところで首を振って止めた。


ブンブンと風を切る勢いで首を横に振るアーサーに、ステイルも「そうだろう」と縦の首振りで返す。

へそも出ていなければ背中も開いていない、足の付け根ラインも最低限スカートで隠されていても、この衣装を身分を隠したとはいえ王女に着せるなど後々サーカス団が不敬罪や蛮行の罪で捕らえられてもおかしくない代物だった。

事情説明用に借りる許可を得たプライドの第一候補衣装を手に、ステイルはもう暫く借りておこうと思う。プライドの今の衣装に、疑問を抱く人間が少なくともまだ二人、増えればもっといる。その中でこの衣装を見せれば全員を納得させる自信がステイルにはあった。

建前上「ジャンヌの衣装の予備」と銘打って借りたその衣装を自分の衣装を自分の衣装と纏めて布袋に詰め、荷車へと詰め込んだ。


「ふぃ、フィリップ様?それにアーサー。もし直した方がいいところ私にあれば遠慮なく仰ってくださいね……?」

「おいフィリップ!いい加減サーカスにいる間ぐらいジャンヌの話し方変えさせろ!!」

襲る襲るステイルとアーサーに呼びかけるプライドに、荷馬車の準備を終えたアレスが怒鳴る。

御者席に行く前にと片手に持った自分が使うのとは別の被り物を二つ、ステイルとアーサーへと放り投げた。一度空中へ浮いてから弧を描き手元に着地したそれをステイルもアーサーもそれぞれ落とすことなく受け取ったが、アレスの言葉には眉の間を寄せた。

「どういうことですか」と疑問のままに尋ねれば、アレスが嫌そうな顔でプライドを指差した。悪いのはジャンヌじゃなくお前だとそう言わんばかりに指先方向とは関係なくステイルを睨み付ける。


「ここじゃ侍女じゃなく俺らと同じ団員だ。お前にだけ様付けだの敬語だのしてたら怪しまれんだろ」

あぁ……、と口の中だけでステイルの呟きは留まった。

プライドも空の声のまま大きく一度頷き納得する。もともとの設定から再び設定が更新されたのだと今更ながらに気付く。

サーカスに入ってから何度も侍女のジャンヌとして振る舞っていたプライドだが、アレスからの紹介と挨拶で済ませていた為、ステイルとの直接会話を聞かれる機会も殆どなかった。唯一呼んでしまった訓練所でも、他の団員達から注目を集めていたのはアレスだ。


「そう、ですね……?ならばジャンヌさんは今後は俺のことはフィリップだけで……」

「言葉も整えずにー、……はい、……ええ」

わかったわ、と。プライドの曖昧な笑みで目を向ける。

視線の先のステイルも持ち直すべくアーサーへ丸めていた背を伸ばし、プライドへ顔を向けた。

さっきまでは直視が出来なかったプライドへ、自然に視線を合わせれたことにこっそりほっとする。

アレスから「できんなら最初からやれよ」と舌打ち混じりに言われながらも、再びまた普段通りになれたことの安堵が今だけは上回った。


潜入中はいっそずっとサーカス団所属も良いなとこっそりステイルの脳裏に過ぎる程度には。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ