表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
我儘王女と旅支度
16/289

Ⅲ10.男爵子息は思い、


「「お願いします!!今すぐじゃないと駄目なんですっ……」」


……耳障りなのは、雨音だけじゃなかった。

目に付いたのは、その雑音の所為だった。気分晴らしに出た時から大雨だったが、今朝はもっと酷かったらしい。

戻った今も視界が塞がれかける。このまま屋敷の敷地内まで入ると思っていた馬車は、中途半端な位置で動きを止めた。

門を開けるのに衛兵が戸惑っているのか、それともこんな雨の中でもまだ〝あの〟募集に行列ができているのかと考えた。もともと俺様がこんな天気に出たのも、連中の相手をすることにうんざりしたからだ。


暫くは雨粒が叩く窓の外にも目を向けず、頬杖をついて待ち続けた。だが十秒以上経っても動かず、しまいには衛兵の怒鳴り声とそれに負けねぇほどでかい悲鳴のような喚き声が窓越しでも耳に届いた。

そこで初めて目を向ければ、門前の浮浪者を力尽くで払いのけようとする衛兵とそして逆に浮浪者の方を庇おうとする衛兵の無駄な諍いだった。退け邪魔だ街の詰所に突き出すぞと叫ぶ衛兵に、もう一人が乱暴はやめてやれと止めている。

どうでもいいからさっさと俺様の馬車を門に入れさせろと思いながら窓の向こうに眉を寄せる。浮浪者もさっさと退けば良いものを、いつまでも衛兵に縋りついて離れない。またアンカーソンに何か奪われた連中かと窓辺で耳を立てれば入って来たのは。




「「助けて下さい!!!」」




「駄目だと言ってるだろ!お前らみたいな汚いガキ共は呼ん」

「募集には十五歳前後とありました!ちゃんと十四です!」

「住み込みで雇って貰えるんですよね!?」

……やはりか。

衛兵の怒鳴りに怖気ず声を張る声は、よく聞き取れねぇが多分男のものか。やっぱりまだ居たんだなといっそ関心してやる。

こんな雨の中でも、まだ俺様の〝従者〟になる為に群がる連中がいる。それだけアンカーソンの提示した雇用条件が喉から手が出るほど欲しい飢えた連中がいるということだ。


革命があってから半年。新しい女王になった後もこうして街中、いや国中に浮浪者も家無しも溢れかえっている。……俺様も、数年前まではそこにいた。

学園の経営権。その交換条件を叩きつけた俺様にアンカーソンが命じた一つが〝従者〟をつけることだった。

アンカーソンの監視下から離れ半年後に設立される〝バド・ガーデン学園〟に入学し学園近くの別邸へ移り住む。その行動を把握する為、何より手元から逃げないようにする為のていの良い監視役だ。


バド・ガーデン学園に入学できるのは十八歳未満の人間。下級層だろうが貴族だろうが入ることができるが、そこには一定の学力が求められる。同時に貴族も王族も、従者や護衛を連れ歩くことは許されねぇ。

俺様を監視したいアンカーソンは、俺様を監視させる為に年の近い従者を付けて生徒として潜り込ませることにしたらしい。その為にここ最近は俺様の従者候補が後を絶たねぇ。

アンカーソンほどの地位ならカレン家のような下級貴族で年の近い奴を雇うだろと思ったが、革命から城下を逃げ出す貴族が後を絶たない所為で見つからなかったらしい。

学力と年齢さえあればあとは学園に誰でも入学できると、とうとう街中に年齢指定の従者を募ったら当日から屋敷の前に列をなすようになった。

貴族相手ならまだしも庶民相手にまともな面接も面倒がったアンカーソンは、テメェで集めておきながら結局この俺様に期日までに決めろと抜かしやがった。

貴族でもアンカーソン家の使用人のどれかでも学力や年齢なんざ学園理事長の力があればいくらでも誤魔化してねじ込めるだろと言ったが、その途端アンカーソンも形相を変えて声を荒げやがった。


『お前如きの為に国に反感を買えるものか!!』

臆病者の根性無しが。

女王は死んだというのに、相も変わらずアンカーソンは城に怯えている。頭の可笑しい前女王以外にまだ不穏分子でもいるとでも?そんなのがいたら革命時に混乱に乗じて殺されてるに決まっている。

城に逆らうような違法行為の一つでもバレれば極刑もあり得ると、妄言のように繰り返す。カレン家を潰した男が良く言うもんだと思った。

どちらにしろ学校の支配権を狙う俺様には奴の体裁などどうでも良い。ライアーさえ見つけれられればアンカーソンが極刑されようと俺様が始末されようとどうでも良い。後は下級層も募る学園でライアーの情報を集められるだけ集めるだけだ。

俺様の邪魔はせず、ライアー探しをアンカーソンに報告しねぇ奴なら従者なんざどうでも良い。問題はアンカーソンじゃなくこの俺様側につくかどうかだ。


「お願いします従者でも使用人でも下働きでも何でもします!」

「何でも言うこと聞きますから雇って下さい!!」

ああクソうるせぇ。

俺様に役に立てるかじゃねぇ、ただただ自分の欲求ばかり押し付けてきやがる。これまでの従者候補も全員そういう連中ばかりだ。

最初こそ面接で最初に現れた奴でも即時採用して終わらせてやろうかと考えたが、俺様の仮面を見てすぐにわかりやすく顔色を変えるような肝の小さい連中ばかりが続いて辟易した。

自分がどう役に立てるかなど二の次。ああいうのばかり見ると、アンカーソンが当初俺様の従者に貴族を探していた理由も少しわかった。教養もねぇ上に役立たずの無能をひけらかして媚びを売る。そんな庶民をなんでこの俺様が四六時中傍に置いてやらねぇといけないんだ。

いっそ全員の面接に仮面を外して席に着く前に追い払ってやろうかとも過った。しかも従者経験はあっても、その殆どが従者とは名ばかりの使用人だ。

当たり前だ。十五そこらで従者経験がある奴なんざそう簡単にいるわけがねぇ。

連日続いて薄汚い庶民共を追い出す作業ばかりで、雨でも良いから屋敷から出たくもなった。このまま護衛を焼いて逃げようかとも思ったが、……懐かしい裏通りを見たら、明日からもう一度従者候補を探してやるかと思い直す程度には頭が冷えた。


「今日はもうアンカーソン侯爵は誰とも面接をされない!!せめて日を改めて来い!そんなずぶ濡れの格好で侯爵に会おうなど」

「住んでた家が潰れちゃったんです!!」

「いきなりっ突然!!皆無事だったけどもう僕ら何処にも行くあてがなくてっ……」

やめてやれ!!離せっ!と衛兵同士のやり取りがまた混ざり合う。

窓越しでもわかる悲痛な叫びが、涙混じりの声になっていく。衛兵が剣か槍でも構え出したか。気付けば目を閉じ、聴覚に神経を研ぎ澄ませていた。

ここからでも浮浪者の小汚さは充分わかった。これだけ騒いでもアンカーソンが動かねぇってことは今は外出か奥の部屋か。

お願いしますお願いしますと繰り返す声が、時々二重音のように聞こえてくる。雨音の所為で錯覚か。息継ぎの暇がいつあるのかと思うほど捲し立てるのを聞けば、家が潰されたってのも同情を買う為じゃなく本気か。今朝の嵐にやられたか。

嘘でも事実でも別にそういう奴らは珍しくもない。俺様がガキの頃から下級層には溢れかえっていたし、今じゃ中級層でも親がいねぇ奴はざらにいる。たかが〝それだけ〟でこの世の終わりみてぇな言い方をする奴らにも反吐が出る。

家がなくても、身一つで三年は生きていけることを俺様は知っている。……その生き方さえ教えて貰えていれば。

やめてくださいお願いします、と。また声が跳ね上がる。少し声が遠のいたかと思って薄目を開けて確認すれば、やっと衛兵が力尽くで門から浮浪者を引き摺─





「「姉さんを助けて!!!!」」





「………………………………………………………………」

ガラついたその声は、今日聞いた中で一番耳障りな音だった。

護衛に命じ、馬車の扉を開けさせる。

俺様の命令に、まだ屋敷内じゃないだの雨だのうるせぇのを睨んで黙らせる。そんなこと見ればわかる。

顔色を変えた護衛に開かれた扉から段差も待たずに馬車を降りる。雨粒が仮面を叩き、ぴちゃんと足元が跳ね濡れた。俺様が出て来たことに気付いた御者が慌てて傘を持ち運転席から降りてきた。


御者を待たずそのまま早足で門脇まで歩み寄る。

最初は雨と衛兵が邪魔で見えなかったそこにいたのは、浮浪者一人じゃなかった。

俺様の接近に衛兵共がどいつも振り返る。レイ様、坊ちゃまとそれぞれ勝手に呼びながら姿勢を正して礼をした。今すぐ退かせるだの浮浪者だの言い訳を全て無視する。そんなことよりも今はこの場で一番小汚ねぇこいつらだ。


衛兵の態度か、それとも俺様の仮面か貴族の服か。馬鹿みてぇに口を開けて座り込むガキが二人。

双子なのか、同じ髪に同じ顔で髪留めの本数だけが違った。一人は衛兵に引っ張られていた髪が今も微弱に跳ね、もう一人が守るように抱き締める腕の中には同じ白髪の女がいた。顔を上げる双子と違い、その女だけは俯いたままぐったりと寄りかかっている。


その女は。と、一言尋ねれば、口を開けていたガキ共は二人同時に「「僕らの姉です」」と同じ言葉を揃えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ