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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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そして選ぶ。


「なに出し惜しみしてんだ。顔はどうにでもなんだからその分諦めろ。サーカスに恥なんか通じねぇんだよ」

「へっ…………!??!!!!!あっ、あの、これちょっと、ろろろろ露出がっ…………」


一拍遅れて当てがわれた衣装に目を向けたプライドは、一瞬声がひっくり返りかけた。

男性の衣装とはまた別のハードルの高さに早々に顔が熱くなる。容赦なく次々と渡される衣装を握る手の平まで汗ばんだ。

待ってやめて選んで!?と叫びたいが、同時にアレスが選んだ上で自分にあてがっているのも理解する。〝セクハラ〟という言葉が頭に浮かんだが、飲み込んだ。アレスには全くそういう意図はないこともちゃんとわかってはいる。


もしかして気のせいかしら……と、アレスが再び別の物を棚から探し始めたところでプライドは喉を鳴らす。一縷の希望で衣装の一枚を広げて掲げてみた。…………前世のひと昔前のスクール水着と際どいビキニの中間地点のような衣装だと再確認する。

これって普通?!と、意見を求めるべくステイルへ風を切り顔を向ければ、見事に逸らされた。プライドと今は目も合わせられないと、ステイルも蒸気した顔を彼女から背ける。見なかったことにしたい。しかし、彼女が自分に求める問いも察せられれば言葉の代わりにブンブンと首を左右に振った。


似合うとは思う。偽装した顔でも、そして本来の顔でも間違いなく彼女なら着こなしてしまう。…………だからこそ、来てほしくないと切に思う。

ステイルからの首振りに小さく安堵しつつ、プライドは他の衣装も確認する。しかし渡された衣装のどれもが似たような露出ばかりだ。


「あ、あの、アレス!せめておへそとか胸とか太ももとかもう少し隠した衣装選んでも」

「おおおぉい!!!化粧道具一式持っていきやがったの誰だ!!!使用ノートに記録しろっていってんだろいつもいつも!!!」

ヒィィッ!と、控えめにお願いしようとしたプライドが一瞬で竦み上がる。

運動部の鬼先輩に怒られるような錯覚を覚えながら、心臓が縮むのがよくわかった。ちょうどアレスが衣装部屋テントから外へ顔を出した直後だった。

更にはプライドの内なる声ではない、本物の甲高い悲鳴が外から上がった。ガッチャラララッと何かが崩れ落ちたような音も続き、プライドだけでなくステイルもやっと我に返る。

「わるい!」と外へ飛び出すアレスの慌てた声を追い出れば、線の細い女性が地面に尻もちをついたまま腰を抜かしたように固まっていた。更にはその周りに化粧道具がコロコロと霧散している。

アレスが今探していた化粧道具だと、すぐにプライドも理解した。取り敢えずステイルと共に自分達の足元まで転がって来た衣装道具を拾いながら、アレスが駆け寄る女性へ自分も歩み寄る。


「ごごご、ごめんなさいアレス君!私じゃないの!ああでもだからって人の所為にしたいわけじゃなくって……わ、私今これ戻すの頼まれてちょうど置きにきただけで、でも遅くなったのは私が鈍いからで」

「わかったわかったアンジェだな?またお前に甘えやがって馬鹿女。いきなり悪かったお前に怒鳴ったんじゃねぇんだよ。立てるか?」

腰を抜かした女性へ手を差し出すアレスは、今度は自分に舌打ちする。

まさかよりにもよって怒鳴ったすぐ傍に人が来ているとは思いもしなかった。遠くにいる下働きか犯人の誰かに声が届けば良いと思ったが、結果として下働き女性を脅かせ化粧道具を散乱させた。

しかもアレスにいきなり不意打ちで怒鳴られた女性は半泣きだった。差し出された手を恐る恐る掴もうとするが、肩まで震えてしまう。アレスのことが今は怖くない女性だが、怒鳴られた余波は心臓まで響き残っていた。

手を取られ、なんとか立ち上がった女性だがその後にはすぐに地面に散乱させてしまった化粧道具に気付きまた顔を蒼白させる。


「あ!ご、ごごごめんなさいアレス君化粧っ……た、高いのにっ、今、今ちゃんと拾うからっ……」

「あーあー良い良い全部やっとくから、それよりレラ。悪いけどジャンヌに衣装選んでやってくれねぇか?あいつサーカスわかってねぇ」

さっき紹介したよな?と、また地面に四つん這いになろうとするレラにアレスが手で止めプライドを指差し示す。

化粧道具をひっくり返させたのは自分の所為であれば、ここは自分が拾おうと決める。誰よりも腰の低いレラにそんなことをさせる気にはアレスもなれない。

それよりも今は自分の選んだ衣装にごちゃごちゃ言おうとしていたジャンヌの相手を任せることにする。自分よりも女性の衣装は女性の意見の方が本人も納得することはもう学んだ。ジャンヌの演目を伝え、それに相応しい衣装をと言われればレラも小刻みに頷きながらその場を任せた。


二人のやり取りに一人プライドは首を捻る。妙な既視感に近い違和感に、アレスの態度がアンジェリカへと違うからだろうかと考える。

ステイルもそれに合わせ、衣裳部屋から一度出るべく自分の衣装だけ脇に抱えアレスを手伝うことにする。膝を曲げ、周囲に散らばった化粧道具を一つ一つ拾い始める。

レラも、要領の悪い自分よりもアレスの方が拾うのも早ければ拾い忘れもないと考え何度も謝りながら衣装部屋テントへと歩き出す。

ジャンヌさん、と。その言葉も何度もどもり震え、涙声のままだった。

紹介された時にもビクビクとした印象だったレラに、プライドも笑顔と声色を意識しながら言葉を返す。アレスとレラのやり取りに妙な既視感を覚えたまま呆けたままだった。拾った化粧道具をアレスの見える位置にそっと置く。

よろしくお願いします。と、礼をしてから改めてアレスに渡された衣装を藁にも縋る気持ちで見せた。

見せられた衣装を一枚ずつ慎重に指先で摘まんで確認したレラは、すぐにその衣装の全貌も広げずとも理解した。


「ぁ、う、うん。この中から選べば良いでしょうか……??どれも、ジャンヌさんにすごくお似合いだと思います……う、羨ましいくらいに……」

「えっ、あっ。その!ありがとうございます。けれど、もっもうちょっと露出の控えめな衣装が良いなぁと……。あの、これとか」

ぴらり、と。このままだと本当に露出最強の衣装にされると思うプライドが、先ほどアレスに駄目出しされた衣装へ手を伸ばし示す。

別段その衣装に拘りがあるわけではないが、アレスに押し付けられた衣装と比べれば露出は各段に少ない。その一点のみで尋ねてみれば、レラからは首を傾けられた。


プライドが手に取った衣装は、レラの目にも派手で綺麗だし似合うと思う。しかし、同時にアレスが先ほど言った「サーカスわかってねぇ」の意味もよくわかった。

初対面みたいな自分がここまで言っていいのかと、内心ビクビクしながらもレラは言葉を選ぶ。「あーうん、似合うと思います、けど、その」ともごもご口の中で溺れてしまう彼女に、アレスは拾い作業をしながら「はっきり言ってやれ」と応援をかけた。

プライドからも「どうぞはっきり言って下さい。わからなくてごめんなさい」と眉を落として笑いかければ、やっとレラも今度は言葉にできた。


「ジャンヌさんの演目には、あんまり合わないと……思います。動きにくいし、スカートが長いと間違って踏んじゃったら事故とか怪我になるし……もちろんレースはいっぱいの方がいいけど、ちゃんとお客さんの見栄えを考えて身体の線がわかる衣装の方が「人がやってる」ってわかって感動するし驚くし……あんまりドレスみたいなのだと折角大きな技とかやっても身体の動きが遠目にだとわかりにくくなっちゃいます……サーカスは、やっぱり生身の人間がやっていると実感できてこそ感動できるので……。動きやすいぴったりとした衣装は怪我の防止にもなりますし、……」

おおぉ……と、プライドもその説明に思わず声を漏らす。

自分が選んだ衣装がそもそも演目向きではないと言われれば、納得もできた。更にはアレスに選ばれた衣装は確かにどれもレラの意見に合っている。女性に肌を出せというだけの意図かと考えてしまった自分に反省しつつ、改めて腕に抱える衣装を見直した。…………が、やはり恥じらいが勝ってしまう。

無意識に唇を結んでしまったプライドに、そこでレラもまた血色を悪くしながら「あぁごめんなさい、でも確かに恥ずかしいですよね」と言葉をかける。同じ女性として恥ずかしい気持ちも当然わかる。特にレラにとって目の前の女性は自分と似た素朴な顔立ちの女性である。

身体つきこそ正直に言ってしまえば「露出した方が絶対客が喜ぶ」「露出映えする身体つき」だが、同じ女性として容易にはとても言えない。少なくとも自分が言われたらそれだけで傷付く。


「で、でもジャンヌさんは単独の演目ですし、膝丈くらいのスカートはあっても平気だと思います。あと、おへそがない衣装ならこれとこれとかっ……」

「!!是非!それが良いです!!」

弱い指の動きで摘まんで見せたレラの選別した衣装二枚に、プライドは胸を膨らませ声を上げる。

さっきまで本気で演目をどうにか変えれないかとまで考え始めていた頭で、新たに選択肢に出された衣装はまさに蜘蛛の糸のように細くも輝いて見えた。露出としてはやはり少なくはないが、アレスに選ばれたものと比べれば圧倒的に露出が控えられた。

バレリーナのような衣装のそれが、今のプライドにはとても輝いて見えた。更にはレラから「ここにタイツも履いて」と足し算のおしゃれを提案されれば、この場で抱き締めたくなった。

センスが悪いつもりではないプライドだが、やはり衣装の細かい選択となると侍女任せにしている部分が大きい。サーカス知識のある女性に選んで貰えたならば間違いない。


「減るもんじゃねぇしもっと見せりゃあ良いのによ。どうせ遠目なんだから気にする方が恥ずかしいってのに女は。なぁ?」

「……………………」

嬉しそうに声を弾ませるジャンヌと、やっと肯定的な反応をくれたジャンヌに少しだけ肩が下がってきたレラを見比べながらアレスは顔を顰める。

遠目で、しかも正体を隠した上で演目を見せる為のサーカスで、衣装程度で恥ずかしいなどそちらの方がアレスには腹立たしい。男が皆女の露出だけに目を向けると思うな自意識過剰だと言いたくなった。

サーカスは煌びやかな衣装こそ推奨するが、そこに色欲を満たす為の演目はないとアレスは学んでいる。


しかし、同意を投げかけたアレスにステイルは唇を結んだまま返せなかった。未だに火照る顔を隠し俯きながら、一個ずつ敢えて時間をかけて化粧道具を拾っていく。いっそ聞こえなかった振りをしようかと過るが、今はそれどころですらなかった。

アレスの選んだ衣装はあまりにも露出が多かった。胸や腰のラインがわかるだけでなく、足の付け根まで露わになるデザインに、正直「ふざけるな」と言いたくなったのも我慢した。それをレラのお陰で回避できただけ良かったと思う。そこだけは間違いない。

顔を上げた先でプライドが今にも決めようとする衣装に、彼女が乗り気になっている今水を差してはいけないと自分の頭に叫ぶ。しかし、それ以上の訴えが喉から競り上がりもう舌の根本まで来ている。

だが、その言葉を言うのは自分自身にも恥じらいが強かった。もう、自分の衣装などどうでも良くなるほどに、プライドが今手にしている衣装は



─ それも充分目に毒です……!!!



気付いてください!!と、心の中だけで訴え願う。

いくらレラが露出防止策を重ねてくれようと、いつもはドレスに身を包んでいる彼女にはあまりにも見せすぎている。

もともと女性らしい体付きのプライドは、そのラインが露わになるだけでも充分色香が引き立つ。しかも胸元や肩から腕までは露出が多いままである。スカートだって丈が短ければ簡単に翻るに決まっている。


最初にアレスの衣装を見た後だから露出が少なく見えるだけで、普段の彼女の格好と比べれば明らかに露出している。式典でさえドレスで何重もの布に覆われているというのに、そんなに身体のラインを大勢の前に見せるのかと思う。

プライドのことを考えて演目も提案し団長から許可も得たステイルだが、やはり別の演目に変更すべきかと本気で考える。最悪の場合、プライドが本番になって我に返り自分の衣装に恥じらいを抱けばそれこそ大惨事である。

更にはそんな彼女の格好を見て、自分だけでなくアーサー達も調子を崩すのまで容易に想像できた。それこそ連続大失敗もあり得る。

これからその衣装で宣伝周りにいくのかと思えば、眩暈を覚えた。ここはやはり意思を強くもってプライドに一言提言すべきだと、奥歯を噛み締めた。


「あっ……あと、これはもしもなんですけれど怒らないで聞いてくれますか……?あの、本当に嫌がらせとかじゃなくて、たぶんジャンヌさんならと思って、ほ、本当にスタイルすごく良いからこそのあくまで一案として…………」

ふと、マイナスから足し算のおしゃれで楽しもうとしたプライドに、レラが思いついたように衣装の一つへ目を向ける。

こんなことを言って怒られるかなとも先に想像しびくびく身体を震わせながら、掛けられた衣装の一つを手に取った。まだジャンヌの演目での実力は知らないが、彼女なら着こなせると思えてこその提案だった。

掲げられた衣装にプライドは目を見張る。アレスに勧められた衣装とも、そしてレラに提案された衣装とも全く系統の違うそれに一瞬何かの間違いかと思い、………一番素敵だとも思った。

「私が着て良いのですか?」と尋ねながら両手でそれを受け取る。上から下まで確認し、自分の身体に重ねて鏡に向き直る。確かにこれなら着れないことはない、と。そう思った矢先に




「それにしましょう……!!」




ステイルの、はっきりとした発声が響き渡った。

あまりにステイルにしては勢いのある声と響きに、ぱちりとプライドも瞬きして彼へと振り返る。

突然の大声にまたびくびくとレラが縮こまる中、ステイルは真っ赤な顔であることも忘れてプライドの方を向いてしまったことに遅れて気付く。息を短く飲み、心臓が一際大きく脈打った。我に返った時にはまた頭が燃える。

「そ、そう……?」とプライドにまで戸惑われながら言葉を返されれば、一瞬二つの意味で消えたくなった。安堵と羞恥でその場に顔ごと隠ししゃがみ込んでしまう。


両膝を抱え小さくなるステイルに、プライドも慌てて駆け寄った。


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