混戦し、
「いやーそう言って貰えると嬉しいです。でも本当見た目以上に簡単ですし、今のだけなら多分アーサーだけじゃなくフィリップ、さん?とジャンヌさんもできると思いますよ」
あっけらかんと謙遜で返してくれるアラン隊長に、すかさすステイルが「ここではフィリップで」と訂正を告げる。
役目は商人と護衛騎士だけど、ここでは良くて知り合いだ。商人設定をサーカス団員に説明する必要もない今は新入り同士でもある以上は、ステイルにも様もさん付けもする必要はない。私も同様だけど、まぁ「さん」のままでも違和感ないからそのままだ。
簡単、というけれど……うーん私はどうだろう。少し考えるままに首を傾けてしまう。
確かにやれるなら格好良いしやってみたい。正直に言えばラスボスチートで空中ブランコに飛び移るとか逆上がりに回転着地くらいなら私もできるかなとは思う。ただ、アラン隊長のように片手持ちとか、それに見せる為に長時間ぶら下がることはできる自信がない。運動神経と体力はチートでも、同時に非力である私にはずっと自分の体重をぶら下がり維持できるかはまた別だ。
それに、いまこうして私達に向き直るアラン隊長は、さっきよりもわりと良い運動だったのか血色も良く見える。鍛えられた身体のアラン隊長すら体温が上がるほどに空中ブランコにかかる負荷が強いなら、私は途中で手を放して落下の可能性の方が高い。
「そうね、やってみたいけれど……。でも私は力が弱いからずっとぶら下がっているのは難しいかもしれないわ……」
「あっ、じゃあ一緒にやりませんか?本来は二人以上の方が良いらしいですし、男女だと特に人気が上がるそうですよ。ジャンヌさんがずっとブランコ掴んでられないなら、俺が最初に受け取ってずっと掴んで放しませんから」
おおおおぉ……ものすごく心強い。
アラン隊長からのまさかのスカウトに、心臓がどっきり脈打つ。確かに私が知る空中ブランコも男女ペアのが多かった気がする。運動神経最強のアラン隊長とペアなら私が足を引っ張っても余裕で完成されそうだ。
空中ブランコってイメージだけででも一番の見せどころって空中で受け取ってもらうところだし、それならアラン隊長に握って貰えれば私は飛び移るだけで済む。何よりさっきの空中ブランコ芸を見たら憧れの気持ちも強い。前世では絶対無理だしやってみようとも思わなかった空中芸だけど、今のラスボスチートならできるかもと思うとむしろ良い機会かもしれな
「!!駄目です!!!!」
「アラン。お前なに上手く私情挟み込もうとしてんだふざけんな」
ぐいっ、と。……不意に背後から肩に腕を掛け引き込まれる。
一瞬前にアーサーの叫び声も聞こえたから顔を上げてみれば、高台から回収した空中ブランコを手にアーサーがこちらを凝視していた。払うところだったのか、一本に括った髪束を反対手でがっしり掴んだまま肩まで強張り上がったアーサーに、一瞬空中ブランコ反対の意味かしらと思い、……すぐに理解した。
…………うん、私もうっかり気が抜けていてごめんなさい。
アラン隊長もわかったらしく「ぁー……」と薄い声と半笑いで私とアーサーを交互に見比べた。ステイルも今気付いたように眼鏡の黒縁を指で押さえる中、たった一人一番危険な状態だった人が私の背後で眉を顰める。大声に慣れているのか、アーサーの声も気にせず言葉を続けた。
「お前らとこいつらが通じてんのは聞いた。けどな、だからってサーカスにそういうの持ち込まれんのはもう面倒なんだよ」
「いやー、まぁ私情って言ったら否定しませんけど。でも、本当は男女の方が良いって言ったのはアレスさんですよね」
「空中ブランコの他にも言ったろ」
ははは、とバレないように笑って流すアラン隊長に、アレスは変わらず私を背後から腕で引き寄せたままだ。
背後からの気配には私も気付いていたけれど、アレスだったし気にしなかった。まさか肩を組むように接触されるとは思わず、今はきちんと背筋を伸ばしたまま笑顔を保つ。言葉で言えない代わりに「嫌がってませんよ」アピールだ。…………そうしないと、多分どこからかナイフが飛んでくる。
アーサーが止めてくれて良かった。
今もどこからか殺気を放っている震源地様も、きっとアーサーの命令があったから攻撃しないでいてくれたのだろう。アレスも私に害を与える気はないし、これも単純にサーカス団員中のコミュニケーション程度だ。特に今はアラン隊長から私を引きはがす意図もあったのかもしれない。…………ていうか、待ってまさかもう私の演目他にあるの???
そんなの聞いていないと、思いながら顎の角度を上げてアレスを見上げる。
首を回って私の肩に垂れてくる彼の腕の重さを感じたけれど、そこでステイルが自然な手つきでアレスの腕を私から引っ張り上げ、降ろさせてくれた。友好的になってくれたのは嬉しいけれど、意外に腕一本も重さがあったし何よりハリソン副隊長が怖いからステイルの手並みに助かった。
直後にはストンと着地音が聞こえてきて、見ればアーサーが梯子を使わず高台から直接飛び降りたところだった。アラン隊長みたいに綺麗に着地の姿勢を作る間もなく一瞬でこちらまで駆けてきてくれる。
「すみません俺離れてて!!!」
大袈裟なくらい血相を変えて謝ってくれるアーサーに私も苦笑してしまう。
良いのよ、と言いながら両手の平を振って見せた。実際、アレスに気付いた上で気にしなかったのは私もだし、別にただ肩を組まれただけだ。ハリソン副隊長のお怒りさえなければ何ら問題もない場面だった。
さらにはステイルまで「悪い」とアーサーに少し眉を垂らして謝るから、まさかの大ごと感が出てしまう。本当にただ肩を組んだだけなのに!!
ステイルだって全くアレスに気付かなかったわけではなく、背後に彼が来たのを目視した上でそのまま気にしなかっただけだ。
私達の大袈裟なやり取りを気にされないように、アラン隊長が一人でアレスの気を引いてくれるのも申し訳ない。
「いやでも良くないですか?ジャンヌさんとだったら俺もめっちゃくちゃ頑張れますよ」
「そういうのをやめろっつってんだよ。アンジェに同じ態度したらぶっ飛ばされるぞ」
「大丈夫です。ジャンヌさんにしか言いませんし」
お~ま〜え〜な、と。アレスのお説教が続く。
アレスになんだか怒られている騎士隊長様に本当に申し訳なくなる。アラン隊長はいつもの調子で笑って対応してくれているけれど、本当はすごく偉い騎士隊長なのに!!!アーサーの先輩騎士なのに!!
考えれば考えるだけお腹が痛くなりそうだ。アラン隊長にとっては騎士団長とか王族相手とかでこういう上から目線されるのも慣れているのだろうし、騎士団なら護衛配属とかもあるし別段苦ではないだろうけどやっぱりごめんなさい!!
本当に笑って上手く会話を繋げられるアラン隊長の人柄に感謝しかない。
「うちのサーカスは女手足りねぇの知ってるだろ。せっかくの〝動けてでかい女〟なんだから一人演目でも花になるし、時間さえあったら空中浮遊とかポールとか組体芸とか男と色々組ませてぇくらいなんだぞ」
「すみませんが、ジャンヌは1人演目でお願いします。もしくは組むならアランさんかカラムさんかアーサーか僕以外は断固拒否します。」
「っつーかその呼び方やめてください」
「なら俺そのどれでもやりますよ」
アレスの言い分に、ステイルに続きアーサーまで声を低めてアラン隊長が笑って流す。
個人的にまた不本意な扱いを受けた私は、取り合えず売られる子牛の気持ちで心を落ち着けるべく一度両目を閉じた。
「良いんだよカラムは今団長に任せてるからすぐ決まる」
「なら俺も別に空中ブランコに拘ってはないですし、ジャンヌさんと合わせるならなんでもやりますよ」
溜息混じりのアレスに、アラン隊長が一番の壁になってくれている。
いつの間にか私の演目相談になっているアレスに、両目を開けてから周囲をちらりと確認したら他の訓練中の人達も何人かがこちらを見てた。さっきまでは事情把握しているアレスと身体能力麒麟児アラン隊長にばかり目がいっていたけれど、今は私にも少なからず視線が来ている気がする。
取り敢えずさっきの槍級の発言はアーサーが怒ってくれたしなかったことにするとして、アレスはどうやら私には他にもやらせたい演目がいくつかあるらしい。
上げられた候補だけじゃ具体的にどんな演目かわからないけれど、取り合えずある程度の身体能力もしくは身長が必要なのかなと考える。……駄目だまだ引き摺っている。
駆けつけてくれたアーサーが私とアレスの間に入り、ステイルが「演目については雇い主である僕の意見も聞いて下さい」と声を尖らせる。
その様子を開いた両目で改めて見守れば、アレスが「いやもうお前は空中ブランコで良いだろ」と再び強めの口調になった。