〈本日コミカライズTTS2巻発売‼︎・感謝話〉近衛騎士たり得る者は足並み揃える。
時間軸は第一部の「惨酷王女と罪人 」になります。
「お疲れ様です」
そうエリックが同じ一番隊の隊員に挨拶をかけたのは、早朝演習を終えた後だった。
朝食の為に食堂へと向かい歩きながら他の騎士達にも挨拶をかける。昨夜ほどではないにしろ慌ただしさのある空気を感じながら、今は欠伸を溢す。昨夜は本当に凄い夜だったと思いつつ、早朝演習を終えた今僅かに肩を丸くした。
国外の人身売買殲滅戦。一番隊の騎士としてその掃討に参加したエリックだったが、覚悟した以上に密度の濃い時間になったと思う。
単なる殲滅戦であれば、これまでも任務に参加したことはある。ただでさえ切り込み隊である一番隊はそういった任務が多い。しかし、今回の殲滅戦はあまりにも予想外のことが多すぎた。
一番隊隊長のアランと同じ班になっただけでも結構な緊張だったのに、その上自分が急遽班の統率を丸投げされた。しかも奴隷被害者の檻にはアーサーと、そして何故か在りし日の年齢に戻ったプライドだ。
最終的にはプライド達は無事に帰還したが、騎士のエリック達はその後も人身売買や奴隷被害者の後処理で深夜も回った。一番隊三番隊から保護された民への受け入れと保護所への案内と引き継ぎ報告を一区切り終えたところでようやく休息時間を回し、現在に至る。
その為、昨日の殲滅戦に参加した騎士の中には早朝演習は免除されて休息時間を取っている騎士もいる。
「………アラン隊長は本当にいつ休んでおられるんだ……?」
ハァ、と。溜息が誰へでもなくエリックの口から溢れる。昨日の重責任務よりも、いっそ昨夜から今朝までのアランの動向を思い返した方がどっと身体が重くなった。
昨日、自分達を率いて殲滅戦でも見事活躍し功績も立てたアランが、昨夜は休息時間にアーサーを引っ張ってほぼ一晩中殲滅戦の〝ジャンヌ〟談義に花を咲かせていたことは一番隊でも朝から話題である。
しかも、今日の早朝演習にも喜々として参加していたアランは、演習場の周回走行でもいつも通り先頭の方を走っていた。
昨日の休息時間を得た時間帯を考えれば、早朝演習に参加するのは当然だが、しかしその間身を休めるどころかアーサーを捕まえて燥いでいた第一人者だ。
エリックも、殆ど一目でしかちゃんと見られなかったジャンヌの話を聞きたくて休息時間に被った時間帯だけでもついアランの飲み会に参加したが、途中で結局仮眠になった。本隊騎士を真剣に目指すようになってからアランを見本に鍛錬や努力を続けているエリックだが、未だにアランがどういう体力維持を行っているのかはわからない。
自分だけでない、一番隊も三番隊もそしてアーサーですら、全体的に早朝演習での走行では順位が普段より落ちていたのにと思えば、今も相変わらず本隊騎士の底知れ無さを突きつけられる。
背中がつい丸くなり、額を押さえながら歩いてしまえば、そこでトンと肩を叩かれた。
「エリック、大丈夫か。体調が悪いならば無理はしないように」
「!カラム隊長……!失礼致しました」
大丈夫です。と答えるエリックはそこで急ぎ意識的に姿勢を正した。
早朝演習を終えた後とはいえ、あまりに丸くなってしまった背を反省しつつ礼をするエリックに、カラムも気にしなくて良いと手で返す。騎士として振る舞いや姿勢に意識すべきだとは思うカラムだが、今回はその為に彼へ呼びかけたわけじゃない。
エリックの所属する一番隊と同じく殲滅戦に任命された三番隊の隊長であるカラムもまた、今朝の早朝演習には参加していた。エリックとは違う隊ではあるが、ちょうど目についた騎士の中で特に背中が丸くなっていた彼が気になっただけである。
体調は、睡眠はと投げかけるカラムに、エリックはそれでもやはり肩が僅かに上がってしまいながら言葉を返す。はい、大丈夫ですと言いながら、流石に真正直にアランの飲み会に参加してうたた寝とは言えない。
「報告は聞いた。アランの代わりに急遽別班を任されたそうだな。ご苦労だった」
「恐縮です……。自分が任されたのはあくまで奴隷被害者の救出側なので、大変な戦闘は免れました」
「殿を務めたのだろう。充分な健闘だ」
そう言って肩を二度叩いてくるカラムに、エリックもじわじわと体温が上がる。ありがとうございます……!と頭を下げつつ、恐れ多くもやはり褒められたことは嬉しく思う。しかも相手は上官でもある騎士隊長だ。
新兵の頃は声を掛けてもらったこともあると記憶しているエリックだが、本隊騎士になってもまた声をかけて貰えるとはと思う。まさか隊の違う自分の働きまで把握してくれているとは思わなかった。
自分でなくても、カラムの率いる三番隊にも褒められるべき騎士は大勢いるだろうとわかっているからこそ尚更だ。
三番隊の働きは、今回も騎士団長と副団長にも高く評価されていることはエリックの耳にも届いていた。救出された奴隷被害者を投爆の中守り抜いた功績は大きい。次もやはり最優秀騎士はこの人なのだろうかと思いつつ、僅かにエリックは目を泳がせた。
三番隊の功績や噂は自分もいくつか覚えているが、たかが本隊の隊員でしかない自分が褒める側になっていいのかと考える。毎年の最優秀騎士に対して賛辞なんてそれこそ今更だ。
しかも、自分とカラムの共通の話題を思えばもう一年は前になるジルベールのパーティーか、今度は別の意味で口にすることが憚れる内容の
「ッな~に話してんだよ!お前ら!!」
どん、と。衝撃と共にエリックが振り返った時にはもう肩に腕を掛けられていた。
見れば、アランが自分とカラムの間に飛びこむような形で双方へと腕をかけている。疲労の欠片も見えない明るい笑顔で会話に入ってきたアランに、エリックはまた背筋が伸び一瞬呼吸も止まった。今度は正真正銘自分の直属の上司だ。
「おっお疲れ様です」と言葉に詰まりながら挨拶をかける中、自分と同じく突然アランに背後を取られた筈のカラムは全く驚く様子もなく落ち着いた表情でアランに顔を向けていた。
エリックと違い、アランと同期でもあるカラムはもうそういった距離の近さも慣れている。飛びこまれる前からアランが自分達の方に駆け込んでくるのも気配で気付いて諦めていた。今も肩にかけられた手はそのままにしつつ「アラン」と溜息交じりに呼び、両腕を組む。
「突然飛びこんでくるな。危ないだろう」
「良いじゃんお前とうちの一番隊のエリックだし。それより何話してんだよ?やっぱジャンヌ様か??」
お前は……。と、朝からジャンヌの話題に目を輝かすアランに、カラムは前髪を指先で整え、そのまま額を押さえた。
もう昨夜の任務からずっと彼の頭にあるのはジャンヌだけだと改めて思い知る。昨夜からジャンヌの話題にアーサーを捕まえ語り明かしたことはカラムも知っている。
早朝演習を終えて、ついさっきまで他の騎士と話しこんでいたアランだが、食堂に向かう途中で珍しい二人の並びに共通の話題を思い浮かべれば、飛びこまずにはいられなかった。
カラムが新兵や他の隊の騎士を気遣い声を掛けることはいつものことだが、昨日の今日では話が変わる。「聞かせろよ」と、二人の肩をぐっと引き寄せながら歩くアランに、全く動じないカラムと違いエリックは僅かにアランの方へ背中も反った。アランの腕の力が凄まじいこともあるが、上官相手に抵抗もしにくい。
「昨夜の件を労っていたところだ。お前も部下に絡むよりも自分の隊ぐらい労ってやれ。エリックに班を託したのもお前だろう」
「労ったって!昨夜も褒めたし酒も奢ったし。エリックなら殿経験もあるしいけると思ってさあ!」
「お前はジャンヌ様とアーサーに付いていきたかっただけだろう」
バンバンとエリックの乗せた手で肩を叩きながら笑うアランに、エリックも肯定の相槌を打ちながらも居心地が若干窮屈になる。あっさりと昨夜アランの飲み会に参加したことも明かされてしまった。
しかもアランが言う通り自分は昨夜アランに「ありがとな!」「殿お疲れ!」としっかり褒められ、飲み会でも奢りの酒を注がれながら「お前に任せて良かった!」と褒められたのに、自分の言葉が足りないせいでカラムにアランが怒られたのもまた申し訳ない。
次第に肩が一人狭まり額に汗を掻いていくエリックに、アランよりもカラムの方が気付き息を吐く。エリックの方だけでも腕を降ろしてやれと言おうとも思ったが、エリックにとってもアランは憧れの存在だと思えば自分の勝手な判断でそれを断ち切るのも悪いと思い、直前に飲み込んだ。
肩身は狭そうだが、嫌がっているわけでもない。
「まぁそうだけど!でさぁ、話すんなら今夜飲もうぜ!昨日のこと色々他の隊の奴らからも聞きたいし」
「昨日も散々話して飲んだのだろう。言っておくがアラン、まだ殲滅戦も全てが収束したわけではない。投爆の犯人も判明していない今、過度の酒だけは控えろ。そういうのは祝勝会まで取っておけ」
昨日も話しておられましたよね?!と、エリックが心の声でアランに叫んだと同時にカラムから指摘が入った。「わかってるわかってる」と軽く返すアランに、カラムは眉を寄せながらこの後もアランの同行にはいつもより注意を払っておこうと考える。
自分とエリックを誘ったアランが、間違いなくこの後も殲滅戦に関わった騎士を誘うだろうと確信する。もともと新兵の頃から飲み会や人との交流が好きで誘うことも多いアランだが、今はもう騎士隊長だ。騎士団の殆どが彼の部下であるところで、その誘いを断りにくい騎士もいることにいい加減配慮しろと思う。
断られても嫌な顔せず気にしないアランだからこそ許される行為でもあるが、それでも慣れない騎士は断るのに躊躇する。今もエリックが返事に悩んでいる様子に目を向ける。
「エリック、休むことも必要だ。騎士として必要な生活習慣の一つを怠るな」
遠回しなカラムからの助け船に、エリックも今度は苦笑いする。
懐かしいなと思いつつ、頭に浮かぶのは自分が新兵だった頃だ。当時も自主鍛錬する自分に同じような言葉がカラムから駆けられた。もうカラムは覚えていないだろうと思いつつ、ありがたく受け止める。
憧れるアランとはまた違う、カラムもまた尊敬する騎士の一人でもある。
アランもまた、無理強いするつもりは最初からない。カラムからの助言に柔らかく笑うエリックに「まぁ気が向いたら来いよ!」と軽く肩を叩きながら、二度目の勧誘はそこでやめた。それよりもと、自分が肩を組んでいるお陰でちょうど顔が近付いている二人に、声を潜めて話を続ける。
「いやー、昨日は面白かったな!カラムがすぐにはジャンヌ様に気付かなくてさあ」
「っっっ!!口にするなアラン!!!」
軽いアランの口調に反し、急激にカラムの顔が茹でたように赤くなる。
顔色だけでなく体温まで上がるのを至近距離にいるエリックも、そして彼の肩に腕をかけたままのアランもはっきりとわかった。
仕方ないだろう、不可抗力だと。言葉は頭に浮かんだカラムだが、しかし口にはしない。作戦に参加しない筈のアーサーがいる時点で考えるべきだったし、消えたフィリップも含めて推理できる情報はあった。暗がりとはいえもっとしっかりとジャンヌの顔を確認すべきだったと、今も悔いても悔い切れない。
よりによってプライド第一王女になんて口を利いてしまったのかと、今でも思い出すと羞恥が込み上げる。
エリックも、当時のことはカラムとの共通の話題として口にすべきか悩んだばかりだ。当時、ジャンヌの正体を口にして良いのかも、隊も違う騎士隊長に軽々しく訂正をして良いのかもわからずオロオロとしてしまった。
当時会話内容はあまりよく聞き取れなかったが、慌てたカラムの顔色を思い出せば、今でも申し訳なくなる。
アランからの手痛い掘り返しに、次の瞬間にはバコンッ!とカラムの拳が飛んだ。特殊能力抜きの拳ではあるが、それでもなかなか響きの良い音にエリックの肩が上下する。
騎士に入隊してから、こういうアランとカラムのやりとりを見るのは初めてではないエリックだが、しかし未だにカラムが敵以外で拳を振るう相手はアランしか見たことがない。アランも「わりぃわりぃ」と頭を押さえながらも慣れた様子で全く悪びれない。
仲が良いんだなとは思うが、最優秀騎士相手に手痛い軽口を叩くアランも、一番隊隊長相手に叩くカラムもどちらも恐れ多く絶対に真似できない。今も、何故自分が騎士隊長二人に並んでいるのかと思えば、遅れてじわじわと冷たい汗が伝った。
「アラン、知っているのに黙っていたのは敢えてだろう」
「いや~カラムが面白いことになってんなぁって思って。その後慌ててアーサー問い詰めてんのも面白かった」
アラン!!!と、流石に二発目はしないものの、アランの耳の近くでも構わず声を荒げるカラムに、改めて自分の隊長の凄まじさとエリックは思う。
未だに自分が共に歩いている理由はわからないが、それでも今日のことは昨日に続いて良い記念として覚えておこうと心に留めた。
一年後、この騎士隊長達と肩を並べる日が珍しくなくなる日がくるとは微塵も思わずに。
本日ラス為コミカライズ2巻が発売致しました!
ヴァル編完結です!!
ラス為TTSコミカライズ2巻の特典でかわのあきこ先生に描き下ろして頂いたペーパーから、勝手に構想し書かせて頂きました。
こちらは、丸善ジュンク堂書店様特典の描き下ろしペーパーを元に書かせて頂きました。
※書店ではなく、イラストで作者が勝手に選んで書かせて頂いています。
お楽しみ頂ければ幸いです。
活動報告も更新致しました。宜しければ是非、宜しくお願い致します。
明日も更新し、その分月曜日は更新お休み致します。




