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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス
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突き付けられ、


「おい!ラルク!!待てって!今は用がある!!」


駈け出すアレスに私達も続く。

今の今まで一度も目にすることができなかった名前だけの青年。猛獣用だろう鞭を手にその場を去ろうとする彼は、二度目のアレスの呼びかけに険しい表情で足を止めた。

まだ会話を聞く前から、アレスに対して邪険に思っているのが彼の態度と表情全てに現れている。ギロリとさせた眼光をアレスに向ける青年は、間違いなく前世のゲームで知るラルクだった。ゲームでは険しいというよりも、恍惚とした怪しい笑みを浮かべている印象が強かった。

足を止めてからもアレスに正面は向けず、顔の向きだけをくれる彼はこの上なく迷惑そうだ。アレスと、そして更には初対面である私達に目を向ければまだ眉の間が狭まった。

やはりどういう形であれサーカス団に所属している以上、部外者を判断するくらいはできるのだろう。中性的に整った顔立ちが険しいままにこちらにもまた向けられる。

薄紫色のショートヘアをした青年は、靴のせいか遠目には女性のようにも見えた。美青年という言葉が似合う彼は、男らしいアレスの体格と対照的に細く肉付きも薄い。桃色の瞳も合わさってどこか色香も感じられる中世的な顔立ちだ。

ゲームでは確かサーカスらしい化粧もしてて色気も強かったけど、今は綺麗な素顔だ。

団員全員が動きやすい服装で忙しくしている中、一人だけきちんと身嗜みに気を遣ったようにジャケットを着ているお陰で威厳も感じられた。それがなかったら見かけの若々しさの所為もあって幹部には見えないかもしれない。

踵の高いハイヒールは男性には珍し過ぎるけれど、サーカスの中だと不思議と違和感はない。ヒールを足しても自分より身長もあるアレスを見上げる青年は、彼が眼前にきたところで第一声は「なんだそいつらは」だった。


「アレス。お前がいれたのか。例の新入り達に続いてどういうつもりだ」

「こいつらも新入りだ。アンガス達、覚えてるだろ。あいつらが来週戻ってくるのと、それまでの代理だ」

金に困ってるんだと。と、背後を親指で差しながら紹介してくれるアレスが今までの団員達にも説明した内容を彼にも告げる。

私達もぺこりと頭を下げたけれど、もうラルクの眉間を狭めた眼差しはアレスに戻された後だった。


他の忙しなくしていた団員達と比べると、嫌そうな顔はしつつもきちんとアレスの説明を聞いてくれるラルクは、アンガスさん達元サーカス団員が戻ってくると聞いた時は少し眉が上がっていた。彼らの表向きの事情から代わりに私達を代理として雇って欲しいと、そこまでは唇を結んで聞いたラルクだったけれど……。

「団長にも許可は取っている」の、その言葉の瞬間、今日一番の険しい顔と敵意が同時に表出した。

ギリッと白い歯を食い縛り、身体全体が力むように肩が強張ると拳を握り肘まで屈折させる彼から「ふざけるな」と低めた声が放たれる。


「これ以上あの男の仲間なんて引き入れてたまるか。入団は許可しない、今すぐあの男と共に敷地から追い出せ。昨夜の新人もどうせ最初から奴が自分を守る為に……」

「これ以上もなにもサーカス団はお前ら以外皆団長の味方だ。この人手不足に数減らさせたら余計あいつらの反感買うぞ」

「僕の知ったことじゃない。言っておくがあの男を追放しない限り僕も僕の動物達も舞台には上がらない。さっさとお前達も目を覚ませ」

「目ぇ覚ますのはお前だろ」

仰る通り。言い合いをするラルクと、そしてアレスの切り返しを聞きながら心の中では深く頷いた。

真相を知らないアレスだけれど、それでもあまりにも的を射た返しだ。

けれどラルクには当然のように全く響かない。団長に対しての不平不満を口にしながら、途中からは新人……アラン隊長とカラム隊長も団長が自分の身を守る為に忍ばせたんだアレスも協力者なんだろ、そこまでしてサーカス団を取り戻したいか卑怯者と言い出す始末だ。

実際確かに団長を守る為も途中からはあったし、忍ばせたという言葉自体は私の護衛として間違ってもいないのだけれども。

少なくともこのサーカス団は団長さんのものなのだから取り戻したいのは寧ろ当然で、逆に今の今まで留守にしてラルクに丸投げしていたことの方が本来ならばおかしい。でも、…………。


「彼女に?断るに決まっている。彼女は誰とも関わらない。団長室に近付けば猛獣の餌にすると新人達にも教えておけ」

「ならこいつらこのまま雇うのは良いんだな?」

オリエウィエルにも挨拶したいという言い分を両断するラルクは、冷たい眼差しをこちらに向けた。

さっきまでは険しい表情しか見せなかった彼から今度ははっきりと敵意よりも色濃い殺意を感じられた。何故私達が会いたがっているのか警戒しているのもあるかもしれない。

アラン隊長とカラム隊長が入団した時も団長代理である彼女ではなくラルクが品定めに現れたくらいだもの。


彼女の目となり手足となりという精神は従順そのものだ。……でも、少しだけ安堵もする。

思ったよりもきちんとラルクはアレスと対話はできている。

カラム隊長達からの報告でも警戒されたとか距離を置かれたとはあったけれど、そこの言動に違和感があったとは言われなかった。

こうして事情を把握した上で彼に相対してもやっぱり、ラルクは操られているという感じはしない。アレスの言葉に全く耳を傾けないわけでもなく、思考もするし彼なりに筋を通して行動している。

ゲームでも途中から明らかにされるまでラスボスの右腕としてのキャラだったけれど、こうやってみれば話が通じないわけではない。…………これは、確かにアレス以外サーカス団員の誰も気付かないわけだ。

団長の言い方から考えても、きっと以前の彼とも完全に違うわけじゃないのだろう。


アレスの言い分に「そうはいっていない」と少し尖った声を返したラルクは、そこで不意に握っていた鞭を地面へ鳴らした。

バシン!と音が鳴るのと殆ど同時にアーサーとステイルが揃って私を庇うように前に立ってくれる。寸前の予知でラルクが何もやってこないことは分かった後だったけれど、それでもやっぱり二人が前に出てくれると心強い。

鞭の鳴りにアレスも流石に身構える中、ラルクは高らかに鳴らした鞭を端と端で両手で張るように掴む。ビシッ!とまた張られる拍子に音が鳴った。アレスと比べたら小柄に見える彼が、鞭一つで脅威に映る。


「ならこれでどうだ?役に立つ証拠を見せろ」


フンッ、と冷ややかな眼差しと共にどこか馬鹿にする冷笑はゲームでも何度か見た覚えのある悪い顔だ。

さっきの鞭も威嚇だったのか、両手に張った鞭を見せつけるだけで振るうことをしない彼は悠然と声を張る。明らかに無理難題を突き付けようとしているのだと、アレスが聞き返す前に理解した。

……盾になってくれた二人の内の片方から怖い気配を感じ取り、思わずそっちへ肩が変に上がる。

若々しい顔立ちのラルクは、ここで鞭を振るって追い出さないことを感謝しろと言わんばかりに顎を上げてアレス越しに私達を一瞥した。

ゲームでも、彼はラスボスの右腕として猛獣使いとしての実力だけでなく知能派でもあった。サーカスから逃げ出した攻略対象者達を少ない情報で推理して潜伏先を特定し、そして見つけ出したのも彼だ。

第一作目のラスボスプライドほど悪賢さはなかったオリウィエルにとっては大事な軍師でもあったのだろう。………、……うん。まぁでも。


「明日の公演でもし利益を出すことができたら、入団を認めてやる。こいつらだけじゃない、アランとカラムお前達五人全員だ」

待てよ、アランとカラムはもう決まっただろと。アレスがラスクの三倍以上の声を張るけれど、彼は涼しい顔のまま変わらない。

昨晩の団長保護とライオン事件。そこで二度も邪魔された彼にとっては、アラン隊長もカラム隊長も団長と同じ不快な存在なのだろう。団長が入団を認めた私達だけでなく、新入り同士一纏めに追い出す大義名分だ。

しかも今の言い分だとどうやら連帯責任まで課すつもりらしい。

ぞわりと、早朝の気温とは関係なく自分の腕を交互に摩りつつ私は顔へ意識的に力を込める。……うん。

サーカス団で明らかに立場を追われ、猛獣使いという武器一つ以外味方のいないこのサーカス団で団長を排除も失敗し、更に邪魔者新入り二人も纏めて追い出したい彼にとって今この場は好機に変わった。

「全員明日の公演で舞台に出す。客を誰一人白けさせず演目を〝全員が〟成功させろ。一人でも失敗するか外せば全員解雇だ」




「ならば大盛況だった場合は当然褒美も頂けるのでしょうね?」




アレスの怒鳴りに、それが半分重なった。

ラルクへの無茶振りに猛反撃してくれようと「無茶言うな」と声にするアレスに、ステイルが一歩前に出てにっこり笑んだ。

静かな口調に反した通る声は若干深みがあった。こういう時の声色を私はよく知っている。しかもうっすらと黒い気配までも感じればもう間違いない。アーサーも既に気付いたらしく、口を結んだままステイルを引き止めず見つめていた。


ステイルのにっこり笑顔へ向けて滲ませるその汗は、間違いなく冷や汗だ。


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