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フリージア王国備忘録<第三部>  作者: 天壱
侵攻侍女とサーカス

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そして心する。


「ねぇえ?!女の子ならこれできるぅ?!やっといて!!ねっ?!今度お礼するからぁ!おねがぁい!!」

「アンジェ!!!新人の足元見んな!!」


ひいぃ!!と心の中で叫びながら自分でも血の気が引いていく私に、アレスが声で間に入ってくれる。

どうやらこの中で一番押しに弱そうかつ女である私になら縫物を丸投げできると判断されたらしい。

正直できるものなら喜んでと言いたかったけれど、これだけは無理だ。新人が大事な先輩の衣装を預かってビリビリな残骸にするのは避けたい。下働きの私だけれど、よく考えれば団員の衣装繕うとか裁縫も私の仕事よねと思うと急に不安になってきた。

どうしよう初日で戦力外通告されてオリウィエル達より先に追放されたら笑えない。


早口で「ごめんなさい私もあまり……」と両手のひらを胸の位置で見せて断っても、アンジェリカさんとアレスの口喧嘩に飲まれて消えていく。……なんだろう。この二人のやり取り、妙な違和感というか既視感が。

アレスの罵詈雑言が加速していくけれど、アンジェリカさんの言葉の鋭さも負けていない。こんな逞しいお姉さん、ゲームにはいなかった。というか女団員自体ラスボス以外サーカスにいない!一瞬、主人公では?!と思ったけれどどう見てもしっくりこない。


「ッもう良い!次行くぞ次!アンジェのことはお前らも基本ほっとけ!!団長帰ってきたこねぇで油断してたコイツが悪い!」

「アンジェリカですぅ!!!!私はぁ団長はもう半月以内にはぜぇったい帰ってくるって思ってたもん~!アレスよりずっと古株で団長のこともわかってるんだからぁ!」

「……あの、もし良かったら自分やっときましょうか……?長さだけ言ってもらえたらやります」

さっさと次の案内へ向かおうとアレスが背中を向けたところで、おずおずと手を上げたのはアーサーだ。

ここまでずっと口を結んでいたアーサーが、肩を丸くしつつも名乗り出たのにびっくりする。どうしよう今女性として物凄い敗北感!!!!

いやアーサーは男性だし騎士だし!同じ女性でもないのに女子力の勝敗とかないのだけれども!


でも、提案されたアンジェリカさんの目はわかりやすくキラッと輝いた。

「ほんとぉ!?」と、さっきまでアレスに向いていた身体が真正面をアーサーに向けていく。まるでその言葉を待ってましたといわんばかりに素早く裁縫セットと衣装を手にアーサーへ飛び込んでいく。…………そういえばアーサーは庶民の家の出で、きっとお母様のお手伝いもしてるだろうし裁縫ぐらいできるわよね……。料理もできるし、もしかしないでも私よりも家庭的スキル絶対高い。下手すれば前世の私よりも。


「うれしぃ!」と甘い声できらきらとした眼差しでアーサーに衣装の調整部分を説明するアンジェリカさんはもう彼しか見えていない。

流石衣装の再調整を依頼することはなれているのか、指示は的確だ。直すのも布は継ぎ足し張るような作業ではなく、ウエスト部分の詰めている部分を一度緩めて少し詰めるだけだから単純作業だ。…………それすらもできないのが今の私なのだけれども。

ああこれなら、と。アーサーもすぐに単純作業とわかったらしく、預かるまでもなくその場でものの数分でやってあげていた。

時間貰って良いか確認された私とステイルもついついアーサーが針と糸を使っているのを見るのは初めてだから了承してしまう。関心して見入ってしまうほど本当に手慣れていた。

もしかしたら騎士の団服とか私服も自分で繕い直しているのもあるもしれない。


「これで良いっすか。実際着てもらわないとわかりませんけど……」

「うっわ~~ありがとぉお!!ねぇ?簡単だよねぇ?なのにアレスやってくんないとかクソけっちー。ねぇ~この人私の助手に貰って良い~??」

いきなりの勧誘?!!!

アーサーに直してもらった衣装を両手で抱き締めたアンジェリカさんが、そのままアーサーにも抱きつ……こうとして逆にアーサーから肩へ伸ばした片手でつき返された。「すんません」と、断りながら裁縫セットも返却するアーサーは流れるようにそこで一歩下がって距離も取る。

それでもアンジェリカさんの目はさらにキラッキラッ光る。受取った裁縫道具と衣装を抱き締め直しながら、自分より背も高いアーサーを見惚れたかと思えば次の瞬間ぐるんっとアレスに顔が向けられた。


「なに最近の新人!!!カラムといいこの人といい今までと違い過ぎ!!もう今度から全員こういうのが良い~!!やっぱアレスは性格悪い~!顔良くても性格の捩れが透け透けぇ。ねーやっぱこの人欲しい~!助手だけじゃ駄目ならちゃんと育てもするからぁ~!!」

「うっせぇ!!!役割も演目も決めんのは俺じゃねぇんだよ!!今まで男と組みたくねぇっつってたくせに手の平返すんじゃねぇ!!!」

「顔か中身が駄目だっただけだしぃ。アレスも特殊能力者じゃないか性格さえ良ければ組んであげたのにぃ」

「うっせぇ豚!!」

とりあえず、アーサーの性格がアンジェリカさんのお眼鏡にかかったらしい。特殊能力者じゃないというのは、単独で演目を持てる人か否かの問題だろう。


「いくぞ!!」と今度こそ背中を向けて歩き出すアレスに続けば、衣装を抱き締めたアンジェリカさんも今度は「じゃね~」とわりとあっさり手を振って見送ってくれた。

アーサーにだけでなく、戦力にならなかった私にも絡みのなかったステイルにも笑顔を向けてくれたから、きっと惨状時じゃなかったらもう少し話しやすい人かなと思えてくる。アーサーにも無理強いやしつこくせずにあっさり引き下がっているのをみても、わりとサバサバしている印象もある。

…………私達に背中を向けたと思った瞬間、その場で服を脱ぎ出したのが見えたけれど。

慌てて顔を逸らしたけれど、アーサーもステイルもアレスも皆進行方向を向いた後だったようで動転するのは私だけだった。でも、普通カーテンで仕切りを作るとか隠すとか更衣室的な場所に移動とかするわよね?!

サバサバを通り越してもう女子校にいる気分のような彼女にびっくりして心臓を押さえ付ける。まさかこのサーカス団に男女別更衣室の概念はないのだろうか。


「どうするアーサー?随分気に入られたようだが本当にアンジェリカさんと演目を組むか?」

「ぶわっか。どう見ても俺はそォいうんじゃねぇだろ」

揶揄うように尋ねるステイルに、アーサーがケッと吐き捨てながら睨んで返す。どうやらアーサーはそんなに乗り気ではないらしい。

背中を向けたままのアレスが「アンジェのやつリディアいなくて寂しんだろ」と言うから、やっぱり彼女としてはわりと本気でリクルートだったのかなと思う。性格と顔………と言っていたけれど、確かにアーサーならアンジェリカさんの演目のお相手には合っているかもとも思う。

さっきはびっくりしたけれど、冷静に考えたら見てみたい気さえする。その場合はなんとかして客席に忍び込ませて貰えるかしら。


「大体それいうならテメェのが得意だろフィリップ」

「生憎俺ではお前のように花がない。指名されたのもお前だしな。とても残念だ」

言ってろ、と。直後にはアーサーが涼し気な顔で笑うステイルを肘で小突いた。私もこれには思わず苦笑いしてしまう。

いま、素顔のままのアーサーと異なりステイルは私と同じく従者のフィリップの特殊能力で姿が他の人には変わって見えている。

ステイルも本来の姿ならきっとアンジェリカさんのお眼鏡に叶ったのだろうなと思う。確かにアーサーよりも適役ではある。

それをわかって敢えて知らないふりをするステイルと、わかっているけれど口には出せないから眉を吊り上げるアーサーに、先頭を行くアレスが首だけで振り返った。


「ツラだけならなんとでもなる。っつーかアーサー?だったか。本気でやりたくねぇなら今日中にマジの演目決めとけよ。じゃねぇとあの女になし崩しにされんぞ」

…………なんだろう。一気にまたアンジェリカさんが前世の押しの強すぎる女子みたいに聞こえて来た。


服の下でもわかる逞しい身体つきと、そして目立つ慎重に相まってアーサーは団長さんからも絶対演目担当と言われている。

アレスもアーサーの身体能力は目にしているし、彼を下働きで燻ぶらせる気はないのだろう。そして演目が決まらなかったら、本当にアンジェリカさんにお手付きされると。

それを理解したらしいアーサーは大きく肩を上下させた。「はい!!」と少し裏返りそうな声を放つと、さっきまでとは打って変わって真剣に指折り考え始めた。たぶん、さっきまで回った演者さん達の演目を思い返しているのだろう。アーサーほどの運動能力なら大概のことはできると思うけれど。


「あとフィリップ、だったな。お前も結構鍛えてんだろ。何か演目できそうなのあったら言えよ。うちにいるんならできるだけ客を稼がせてくれねぇと」

「いえ僕は。取り柄のない人間なのでジャンヌ共々下働きで結構です。事務や書類仕事とかは比較得意なので多少はお手伝いできると思いますが」

聖騎士と手合わせしてる次期摂政かつ国一番の天才策士が何か言ってる。

気を抜くと表情に出そうになる私は、社交界に鍛えられた表情筋で唇を結ぶ筋肉に力を込める。表向きは商人だし確かにそれくらいで良いのだろうけれども!

テメェコノヤロウとアーサーが言いたいのが蒼の眼光ですぐわかった。


「それよりも、そろそろ件の彼女やラルクにお会いできると嬉しいのですが」

サーカスの大テントを回りながらステイルがとうとう本命を口に出す。

ぴくりとこれにはアレスも肩が片方揺れた。彼もまた、私達の目的はある程度知っている。彼女が特殊能力者でラルクが操られているということ以外は。

今度は後頭部のまま頭をガシガシ掻くアレスは「もうちょっと先だ」と言いながら歩みは止めない。ここまで大テント内からサーカス団の敷地内も回らせてもらっている私達だけど、未だにあの二人には会えていない。匿われているオリウィエルだけでない、ラルクにもだ。


「少なくとも今までの団員の方々には疑念か歯牙にもかけられていないかどちらかのようですね」

ズバリと手痛い指摘をステイルに、私も姿勢を正しつつ小さく口の中を噛んだ。本当にその通りだ。

ここまで忙しくて粗雑に扱われている私達の紹介だけれど、彼らの忙しい会話に耳を立てていれば当然のように話題だけは入ってくる。

団長帰還の安堵とめちゃくちゃのお怒り。そしてオリウィエル……というよりも彼女を奉り庇うラルクへの不信感と、疑念が。


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